表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
やり直してもサッカー小僧  作者: 黒須 可雲太
第二章  中学生フットボーラーアジア予選編
98/227

第二十五話 目を離せないストライカー

 後半開始の笛が鳴らされ、中国との試合が再開した。

 中国から始まるボールを楊がセンターサークルからMFへと戻す。

 前半の頭はいきなりあれだけ飛ばしてきたのに、今度は随分とじっくり構えているな。敵の両サイドは若干上がってはいるが、中盤はむしろスペースを空けないように守りに気を使っているようにすら見えるのだ。

 がむしゃらなだけのサッカーが通じないと判断したか――もしくは前半の内に飛ばしたツケがきて、体力が心許ないのかもしれない。


 どっちにしろ日本にとっては都合がいい。

 一番厄介なのは最初の馬鹿みたいなプレスの嵐を続けられる事だったからな。あれだけ絶え間なく相手に押し寄せられると、いつもの通りのプレイでさえやりにくくて仕方がなかった。まあ、アジアを出ればあのぐらいのプレスを特攻ではなく戦術の一つとして有効に使ってくる国があるかもしれないから、この試合が終わるとちゃんと対策を練る必要があるだろうが。

 そうなるとこの試合で激しいプレスを体験できたのはかえってラッキーだったかもしれない。おっと、思考が今やっている試合からズレているな。気を取り直して集中し直そう。



  ◇  ◇  ◇


 日本はマイボールにしても速攻はしない。

 後半に入ってからはボールの奪取に成功してもしばらくは中国ディフェンスとの間合いを計りながら、日本代表はじりじりとボールを敵陣の深くに運ぼうとパスを回していくだけだ。しかし当然ながら向こうもゴール前には人数をかけてきっちりとした守備のブロックを作り、容易には近づけようとはしない。

 ここで強引に行くのも手なんだが……ちらりと後ろを振り返る。

 ハーフウェイより日本側のピッチに残っている中国人選手は一人だけだ。そのたった一人が長身FWの楊なのだから問題なのである。うかつにボールを中国に奪われて、ロングボールを日本の陣地の奥深くまで蹴り込まれたらと想像するだけで鳥肌が立つ。あれだけポストプレイもカウンターも得意な選手なのだ、適当にボールを放り込まれると、ただそれだけでピンチになってしまう。


 だが、こうやってボール回しをしているだけでは意味がない。ボールキープを重視しているポゼッションサッカーとは本来はボールを保持しているだけでなく攻撃するための物なのだから。

 それにこのまま中国がおとなしく負けを認めるはずがない。体力を温存した後で、絶対に一度どこかでスイッチを入れて逆襲に来るはずだ。その前にできれば追加点を取っておきたい。


 そのまま静かに試合が推移し、後半が十分過ぎたぐらいの事だった。ちょうど俺がボールを持っていた時、今度は右サイドにパスを回そうと思ったタイミングで中国の監督がベンチから立ち上がったのを鳥の目で捉えた。

 これはもしかしたら!

 一拍だけパスのタイミングを遅らせると、中国の監督が大声で何か指示をしている。もちろん何て言っているかなど理解不能だ。ただ一つだけ俺が判るのは――お前らがちょっとピッチ上への集中力が薄れているって事だ!

 一瞬中国のDF達は目の前の敵ではなく、自分達の監督の方へと視線を移した。それは時間にすればほんの瞬き程度の物だったかもしれない、だがその間だけは確実に俺達は彼らの目に映っていなかったのだ。


 向こうの監督が声を出した刹那、空気を読まない二人組である俺のパスと上杉のダッシュのタイミングは完全にシンクロしていた。

 俺がパスを出したのはこの試合ほとんどがボール付近でのプレイに絡んでこなかった、いわゆる「眠っていた」プレイヤーだ。だが、この上杉は自分の所にパスがほとんど来なくても、マークを外そうとする動き、オフサイドラインを破ろうとするダッシュ、DFの裏を取ろうとするムーブなど今まで一切手をぬいていなかったのだ。この少年は他の事はともかく、ゴールをするためには何度無駄なダッシュになるのも厭わず、汗をかくのも何とも思っていないのだろう。


 この時もそうである。おそらく上杉には「相手の監督が指示を出している」というのさえ気がついていなかったかもしれない。こいつには「敵DFが隙を見せた」というだけで自分が動くには充分な理由であり、今回もまたそのセオリーに従って一瞬集中力を途切れさせたマークを振り切っただけだ。

 そこに俺は細心の注意と持てる技術の全てをつぎ込んだ、速くて正確なスルーパスを上杉の足元、走るペースから考えて約五十センチ前に狙いを定める。

 自分の足元からパスを出すラインがすっと伸びている感覚で、そのラインにボールを乗せるように丁寧にかつ力を込めてインサイドで蹴る。


 蹴った瞬間空間にイメージしたラインは消えたが、ボールは糸を引くようにその線を上書きして中国守備陣のMFとDFの間をすり抜けて、ぴたりと計算通りのポイントとタイミングで上杉へと通る。

 よし、オフサイドにもならず敵のDFの裏を取った最高のスルーパスだ。そう自画自賛したくなるほどのいいアシストだ。

 あとはうちの誇るワンタッチゴーラーの出番である。後ろを振り返って確認をしていないはずなのに、俺からのパスをここに来るのが当然とばかりにトラップもせずに迷いなくその右足を振り抜いた。


 キーパーからすれば気がついたら目の前で上杉がすでにシュートを撃った後のような感覚じゃなかったかと思う。当然その状態でシュートを止められるどころか反応すらできるはずもない。

 豪快なシュートは見事にゴールネットを揺らし、日本の二点目が記録された。


「おおおーー! 見たか。ワイにパスを回せば点を取ったるんや!」


 よほど鬱憤が溜まっていたのか興奮して、その場でなぜかシャドーボクシングをしながら叫ぶ上杉。その見事なコンビネーションブローを打つ姿にいつものように手荒な祝福をしようと近付いてきた日本イレブンも立ち止まってしまう。

 最後に豪快なアッパーを空に突き上げると「見たか! ワイの力を!」と俺を指差す。え? 俺を仮想敵にしてシャドーボクシングしてたの?


「お、俺、ちゃんとアシストしましたよね」

「あ、そやな。じゃあどいつに文句言えば……」

「サポーターに言えばどうです?」


 俺が提案すると上杉が日本のサポーターが集まっているサムライブルーに染まった席を向く。すると彼が何か言うより先に「ウ・エ・ス・ギ、上杉ナイスゴール!」とのコールが響く。いくらなんでも、これでは怒りの持続はできないだろう。

 サポーター席に対して俺みたいに指を突き付けようとした上杉は「あー……」と口ごもると指さすのは中止した。その手で逆立てている髪をぽりぽりかくと、ぎこちない動きで傷痕が目立つ左拳を上げて応える。すると彼の名を呼ぶ歓声がさらに大きくなった。

 中途半端に手を上げたまま笑顔で固まっているこいつも、島津同様に耳を赤くしてやがる。どうも素直に称賛されるのが苦手な奴らがこのチームには集まっているらしいな。

 まあ、ちょうといい機会だ。


「ナイスシュートです、上杉さん」


 そう言って分厚い背中を破裂音がするほど叩く。ボクシングをやっていたせいか背筋が盛り上がるぐらいに上杉は発達しているんだよな。叩いた手が弾かれるようなしなやかで分厚い筋肉だ。

 俺に続けとばかり他のメンバーも祝福の平手を乱打する。その掌の雨の下からは「ちょい待ち」「あ、そこはアカン脳が揺れてまう」などの悲鳴がしているような気もするが、突発性の難聴にかかった事にしてスルーしよう。


 俺達がじゃれ合っていると、山形監督が「騒ぐのはいい加減にしてポジションに戻れ」とベンチから声をかけてきた。はいはい、言われなくても戻りますよ。まったく監督も空気が読めないなぁ。

 内心で文句を呟きながらちらっと中国側のピッチを見ると、その浮ついた気持ちが全て吹っ飛んだ。

 中国チームのイレブン全員がぎらついている。なんだかサッカーと言うより喧嘩の前のような迫力だ。向こうの監督に何か発破をかけられたようだが、中国チームの監督さんよ、二点目はあんたの指示を出す間の悪さも責任があるんだぞ。だからそんなに選手を死に物狂いに追い込むなよ。

 思わず乾いた唇を舌で湿らせて、まだ敵の変貌に気がついていないチームメイトに声をかける。


「おーい、まだ試合は終わってないみたいですよ、気を抜かないでください。そしてあちらさんがどうもキレちゃってるみたいです」


 俺からの言葉に幾つもの訝しげな視線が中国チームに注がれ、それが緊張した物へと変化する。

 さすがに皆も中国が背水の陣の覚悟を決めているのが判るようだ。敵の表情からは真剣さのみならず悲壮感すら混じっているのだから。

 二点差をつけたからといって油断なんてできるわけがない。おそらくこれからまた中国は前半最初のようなハイペースのプレス地獄をやるつもりだろう。

 ならばここからが日本の実力が試される時間だな。

 多少敵の気迫に呑まれた感がある俺達の中で、いつもと変わらぬ大阪弁が響く。


「毎度の事なんやけど、気を抜くなとか気合い入れろとかそんなんいらんわ。ワイはいつでもどんな相手でも、点を取ることしか考えてないんや。気を抜くもくそもあるかい」


 ……こいつはこいつでブレないなぁ。まあでもそうだよな。相手が気合い入れてきても俺達がやることは変わらない。その与えられた役割とプレイを一つ一つしっかりとこなしていく、それが勝利につながる道なんだろう。


「だから、またさっきみたいなパスを頼むでー。と、まだ世界がぐらんぐらん揺れて見えるわ。だから顎は駄目や言うたのに」

「はいはい」


 ま、上杉がいれば敵もディフェンスを空にして総攻撃というわけにはいかないだろう。こいつの存在がある事で、中国の腰が少し引けて攻めにくくなるはずだ。何だかんだ問題はあるが、頼りにしてるぜうちのエースストライカー様よ。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ