第二十四話 ハーフタイムでは落ち着こう
「よし、まあ前半は及第点だろう。中国があそこまで激しくプレスをかけてくるとは想定外だったが、よく凌ぎきったな。特にディフェンスに関しては武田と真田があの楊を抑えてくれたのが大きい。あれだけマークする相手がでかいとセンタリングで頭に合わされたボールは防ぎきれないが、いい体勢でシュートを撃たせないのだけは後半も徹底しろよ。攻撃もちょっとだけうちらしくない攻めだったが、とりあえず一点は取れたんだから悪くはなかったな」
「どこがや」
前半の日本チームの出来を評価する山形監督のその言葉に噛みつく者がいた。だいたい判るだろうがうちのエースストライカーである上杉だ。前半の最後付近の時間帯は得点を狙うより「ボールをキープする」のを目的としてパス回しをしていたから、彼にはほとんど回ってこなかったのが不満なのだろう。
なんで上杉にパスを出さなかったって? そりゃ判るだろう。こいつにボール渡したらどんな状況でもシュートするに決まっているからだ。敵の守備組織がかっちり固まっていて、日本が時間を使おうとしている場合は上杉にパスしようとは誰も思わなかったのだ。
「何でワイにパスをくれんのや?」
「そりゃ……なあ?」
上杉のイライラした質問に監督が俺達に対し「お前らは判ってくれるよな?」と言いたげな目でこっちを向く。ええ、判ってますけど、俺達に責任を投げないでくださいよ。選手を納得させるのも監督の義務でしょうが。加勢が来るのを諦めた監督が理詰めで説いていく。
「ふむ、もし上杉にパスが来たらどうしたかね?」
「シュート撃っとったな」
迷う素振りのない上杉に皆が頷く。うん、こいつは間違いなく躊躇なくシュートしてただろう。
「その、皆がボールを奪われないように慎重にパスを回していたのは判るよな?」
「ああ、面倒な事ようやるわって思うてた」
「……ならすぐシュートを撃って相手ボールにする上杉には、ボールをやりたがらないのも当然だと思わないか?」
「ほう、だからワイにボールがほとんど来んかったんか……」
監督の言葉にしばらく精悍な顔を曇らせてうつむいていたが、ややあって晴れやかな表情で顔を上げる。
「つまり、そんな状況なら確実にワイに来たパスはシュートしてもええボールちゅうことやな。うし、パスが少ないのは気に入らへんけどしゃあないか。まぁ他のごちゃごちゃした作戦は皆に任せるさかい、ワイにももうちょいボール寄越してな。ちゃんと点取ったるから」
事実上のボールキープ戦術の放棄宣言だ。自分はシュートしか撃たないと、こんな時ですら「点取り屋」としてのプレイスタイルを曲げようとしない。
監督もこの態度に「シュートせずにパスを回せ」とは言えない。ま、この少年にそんな無理な要求をごり押しする監督だったら上杉を代表に招集してスタメンにまで抜擢しないか。やれやれと髭面に苦笑いを浮かべ「上杉はもうそれでいい」とお墨付きを与えた。
どうせ上杉は何を言ってもシュートしか撃たないのなら、それをチームの共通理解にしておいた方が得策だと考えたんだろう。万が一誰かが上杉もパス回しに参加してくれるだろうとかいった誤解を持たないようにな。
そんな特別待遇でもチームメイトも「まあ上杉だし……」で納得するようだ。それだけで納得されるキャラクターってのも凄いな。
パス回しに参加しないのが一名出たのはともかく、これから後半どうするかを決めなくてはならない。
すると明智が手を上げて「提案っすけど」と監督と周りに作戦を提示する。
「後半も最初の十分は前半最後のボールキープする戦術でいいと思うっす。相手がまたプレスを強めてくるか、引いて守るのか判らないっすが、どっちを選択しても日本がボールを持っていれば対応できるっす。そしてもしプレスがきつくてボールが奪われそうになった時は、右サイドの前方に狙いをつけなくたっていいから、適当に蹴ってくれればいいっすよ。そこならうちのサイドアタッカーが二人いて、しかもその二人につくマーカー以外はプレスに行っているはずだから、つながる確率が結構高いっす」
「ああ、そうだな。緊急避難先として中国の左サイドの裏へ放り込むのを約束事にしておくか。あそこなら多少ズレたとしても最悪ゴールキックだ。下手につなごうとしてうちの陣地の深い場所でパスカットされるよりはましだし、運が良ければ山下と島津がボールを拾えるからな」
山形監督もしきりに頷く。
「そして守備は今まで通りでいい。オフサイドを取ろうとするよりも、しっかりとマークする相手を逃がさない様にしろよ。そして楊がゴール前にいる時は常に二人がチェックしているように。サイドを抉られたとしても、サイドへ広がるよりもゴール前を固める事を優先しろ、いいな?」
「はい」
皆の――特にDF達の元気な返事に監督も「よしよし」と頷く。そしてお次は、俺や明智にアンカー役のMF三人衆への指示だ。
「相手のプレスが強い場合だが、お前達ならそれをかい潜って前線パスを通せるはずだ。その時はできるだけ中盤ではもたつかずに、シンプルに縦へ速くできればワンタッチでボールを運べ。それが強いプレス対策になる。そして相手が引いて守ろうとする場合は明智とアシカの二人が中心となってのボール回しだ。どちらの場合も片方が上がればもう一人は下がってスペースを埋めるつるべの動きを忘れるな」
「判りました」
「了解っす」
最後に残ったFW陣――一人DFも混じっているが――に対しても指示がでる。
「お前らは、えっとそうだな」
集めたはいいがどうにも言いにくそうである。FWは上杉を筆頭にわがままと称されても仕方がないクラスのプレイヤーばかりだからな。俺が監督にそう同情していると左ウイングが「ちょ、俺もこいつらと一括り!?」と動揺した様子を見せる。あれ? まずいな無意識の内に心の声が洩れていたらしい。
失敗に体は固まったまま視線だけを動かして周囲を探ると、山下先輩が半眼で「アシカがそれを言うか?」と睨む。島津は「まあまあFWが少しぐらいエゴイストと謗られるのは仕方がないのでは」と宥めている。どうやら彼は自分もそのわがままなメンバーの一員に数えられているとは思ってもいないようだ。
最後の俺から名指しされた上杉は逆になんだか嬉しそうだった。唇をつり上げて逆立てている髪を下から上へ撫でつける。
「ワイがわがままなの判ってくれてありがたいわ。ならワイが自分勝手に動くのも判ってくれてるやろ。アシカがきちんとパスを寄越すなら別に何言われても文句はないで」
「えっ?」
いつの間にか俺が上杉へのパスを出す係りになっているようだ。まあ仕方ないか、口を滑らせたのは俺の方だしな。ただ譲れない点ももちろんある。
「パスは出しますが、確率の低いシュートを質より量とばかりに撃たれても迷惑です。できるだけノーマークに近い状態でシュートできるようなポジションどりをお願いしますよ。マークを三人も引き連れて「寄越さんかい!」って怒鳴られても俺は突発性難聴になりますからね」
「……ほー、その病気ってアシカの頭を斜め四十五度で叩くと直るんやないか?」
「ふっふっふ、そんなことを許すと思っているんですか? ……うちの真田キャプテンが」
「え? ごほっまた僕に丸投げ?」
驚いたのか、飲んでいたスポーツドリンクでむせる真田キャプテンだった。すまない、なんだかキャプテンって役職は面倒事を押しつけてもオーケーっていう感覚が強くて。「なるほど先に真田キャプテンの頭をその角度で殴れってことかいな」と冗談混じりだが剣呑な目つきになる上杉だった。
ピンチに陥ったかと思われた真田キャプテンだったが、彼に意外な援軍が現れる。
「真田キャプテンを殴りたいなら、先に俺を倒さなきゃいけないな」
「……武田かいな。一遍互角に戦っただけで、ワイとやり合えると思うとるんか?」
「やり合えるどころか圧倒するつもりだがな」
二人の間が緊迫する。あれ? なんでこんなバトル物の展開になってるの? その時、半ば忘れ去られていたこのロッカールーム内の最高権力者――監督が雷を落とした。
「お前ら、試合中だぞ。いい加減にしろ!」
さすがに口をつぐんだ上杉と武田の二人はお互いに目で会話する。
「では後日」
「おう、いっちょもんだるわ」
……とりあえず今の衝突だけは避けられたようだ。試合に出場している選手よりも疲れた口調で監督が口を開いた。
「お前らって本当に」
なんと続けようとしたのかは不明だが、そこでロッカールームの扉が開き、「もうすぐ後半開始です」とスタッフから声がかけられた。「お、おう」と頷く山形監督もタイミングを外されたのか微妙な雰囲気だ。
だけど、監督まだ作戦指示の途中ですよね?
「監督、FWへの指示が終わってませんが?」
俺の気配りに「いや、アシカが余計な口を滑らせなければ……」と逆恨みっぽく呟いたが、すぐに落ち着きを取り戻す。
「あーFWは自由にやれ。っていうか勝手にやるだろお前らは」
「ええ、そんな!?」
「あ、読まれてたか」
「言われへんでも勝手にやるわ」
「お墨付きをいただけた、と」
左のウイング以外は皆、嬉しそうだ。それと島津、だから繰り返すがお前はFWじゃないって。
こんな有り様で後半はうまくいくのだろうか?




