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やり直してもサッカー小僧  作者: 黒須 可雲太
第二章  中学生フットボーラーアジア予選編

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第二十一話 ジャイアント・キリングを始めよう


「速輝、よく頑張ってたわね」

「アシカ、代表初勝利アンド初ゴールおめでとう!」

 

 目の前には俺の好物のご馳走が並び、母と真がジュースの入ったコップを手に満面の笑みで乾杯してくれている。俺も表情を和らげると素直に「ありがとう」と感謝して果汁百パーセントのグレープフルーツを掲げる。

 このグレープフルーツは他の果物よりも筋肉を柔らかくするので、筋肉系の怪我やこむら返りなどの故障の予防になるらしい。最初は同じ果汁百パーセントでもオレンジジュースなどに比べてちょっと癖があると好きではなかったのだが、我慢して飲み続けるといつの間にか自然と好物になっていた。

 それでまた真が「納豆だって慣れれば同じ、ううんもっと好きになるよ! さあ口を開けてあーん」と俺に強引に勧めだしたのはちょっと面倒な思い出だ。あーんと口を開かせて納豆を食べさせようとしたのも、恋人同士のやる甘酸っぱい雰囲気のものではなく、どちらかというとフォアグラを作るためにガチョウに無理矢理食物を流し込むノリだったもんなぁ。


 ともかくこの豪華な夕食は、昨日行われたヨルダン戦での俺が日本代表へデビューしたお祝いだ。試合が終わってから昨日はずっと夜までサッカー関係者やマスコミの人に囲まれていたし、なぜか急に友達が増えた学校でも気が休まらなかったからここでやっと息がつける。

 それにしても小学生時代には矢張のチームで全国を制しても、ここまでは騒がれなかったぞ。

 せいぜいチームメイトの保護者や県内のサッカー関係者にお祝いされたぐらいで、代表選手となって外国を相手にすると周囲の評判や扱いが一気に変わるんだなぁと実感させられる。

 ま、とりあえず今は飯食って寝よ。自覚してなかったが、俺もどうやら日本代表としての初の試合でかなり疲労がたまっているようだ。


「速輝も疲れているみたいだし、今日はたくさん食べてさっさと休みなさい。夜更かししちゃ駄目よ」

「はいはい。大体夜更かしできるぐらい体力残ってないよ」

「ん、やっぱりだいぶ疲れてたんだ? 交代するまでは元気に走っていたし、スタミナは充分あったみたいだったけど?」


 母は俺の顔色を見て早寝を勧め、真が試合中の様子からの疑問を発する。 


「ああ、やっぱり代表戦は特別だよ。何というかピッチ上の空気は重いのに酸素は薄く感じて、いつもの試合の倍は疲れる」

「ふーん、やっぱり大変なんだ……あ、そういえばPKもらった時にファールされてたけど大丈夫だったの? 派手に飛ばされていたみたいだったけれど」

「うん、あれは半分は自分から飛んだし受け身も取ったからな。あんな時は地味に見える方が衝撃が全部肉体に伝わってダメージが大きい場合も多いんだ」


 へぇそうなんだと言いつつ、真は大皿に盛ってある寿司の中から海苔巻に手を伸ばす。その中身はもちろん納豆巻きだ。出前をとったこのお店は普通は納豆巻きは入れていないのだが、真は頼み込んで特注で作ってもらっている。彼女曰く「シャリ抜きでワサビ抜きの芥子入りが最高」だそうだが、それって普通の納豆を海苔で巻いただけのとどこが違うんだ?

 そんな疑問も抱くが、納豆巻きに伸ばされたその細く小さな手に違和感がある。いったいなんだろう……。


 俺がじっと見つめているのに気がついたのか「何よ」と少し赤く染めた頬を膨らませて真が手を止めて俺を上目遣いで睨む。そして「あ!」と右手に巻いてあったミサンガを左手で押さえた。そうか、俺にもやっと判った。いつも彼女が巻いていたミサンガが変わっているのだ。


「真、前のミサンガはどうしたんだ?」

「ん、あれって切れちゃった。願いが叶ったからかな」


 真はそう言って色がショッキングピンクから普通のピンクへと変わって、ちょっとだけ落ち着いたミサンガを優しく撫でる。


「ふーん、それってどんな願いかけてたんだ?」


 何気なく問うと、少し頬を染めて「アシカの方こそ、右足に巻いてる私が渡したミサンガにどんな願いかけてるの? やっぱりサッカーが上手くなりたいとか?」と尋ね返す。まあ俺のは別に隠すほどでもないし話すのは構わない。


「いや、俺の願いは怪我なんてせずにずっとサッカーを楽しんでプレイしたいって願いだな」

「へぇそうなんだ。アシカの事だからサッカーが上達するように願ったのかと思ってたけど」

「技術の上達は練習と工夫で何とかなる場合も多いが、怪我しないってのは運も含まれるからな。充分に注意はしているが、神頼みできるならしておこうかな、と」

「ふうん、じゃあやっぱり私の方の願い事が叶ったのか」


 ふむふむと一人頷く彼女に「質問に答えてくれないなら、聞いちゃまずかったかな?」と俺も思い始めた時、ようやく真がこれまでのミサンガにかけていた願いを口にする。


「あれを右手に巻いたのは転校した日にアシカに助けてもらって、その帰りが一緒の時だったよね。だから、アシカが頑張ってるサッカーが上手くいきますようにって……」


 あー、そう言えば俺がミサンガを真からもらったのはそんな場面だったったっけ。「お揃いに私もつけとくね」って真も右手に巻いてたが、そんな願いをかけてくれていたのか。


「真は馬鹿だなぁ。俺はさっき言ったみたいに勝手に上手くなったんだ。でも、もしかしたら代表監督が代わって俺を呼んでくれるような人になったのは真のミサンガのおかげ……な訳ないか。それでもありがとな。気持ちは嬉しいよ」


 俺の礼に「えへへ」とえくぼを浮かべる真だった。えーとこいつって前世でもこんな健気なキャラだったっけ?

 誰にも答えようがない疑問に捕らわれてしまうなぁ。

 


  ◇  ◇  ◇


 前回と同じように入場と代表戦のセレモニーが行われるが、それを受け取る俺の方はずっと落ち着いている。

 ピッチ上に出た時も眩しさに目を瞑らずにしっかりと周りの観察ができた。

 もちろん試合前――しかも代表戦なのだからテンションは上がるが、頭のどこかが冷たく冴えて現状を忙しく分析している。ただおろおろと周りについていくだけだったヨルダン戦とは大違いだ。


 試合会場は今回も日本のサポーターによって席は半分ほど埋められている。だが、前回と明らかに違うのは敵である中国のサポーターもヨルダンとは比べ物にならないほどの数が入っているのだ。

 もちろんホームである日本とは人数なら十倍以上も差があるだろう。しかし熱気は負けていないのではないだろうか? そう思わせる熱狂的な応援団が敵にはついているようだ。


 今回の試合相手である中国は山形監督によれば「ヨルダン以上、サウジアラビア以下で日本よりは一枚落ちる」ほどの実力だろうという事だ。それを鵜呑みにするわけではないが、明智の情報もその分析を裏付けているとなれば素直に受け取ってもいいだろう。これは別に監督を信用していないとかではなく、二つの情報源が一致したデータを運んできたから納得しただけだ。

 だが、チーム力と結果が比例する訳じゃない。むしろチームの戦術やフォーメーションの相性によって勝敗が決まる場合も多い。日本が地力では上回っているだろうというのは、落ち着く材料にはなるがそれで安心して油断する隙にしてはかえって逆効果になりかねない。


 そして……スタメンが全員で整列して国歌を聴いていると、大型選手の多い中国代表からでも頭一つ抜け出している少年がいる。FWの(ヤン)という十五歳ですでに身長が百九十センチに近い選手だ。その長身をいかしたヘディングで一次予選では得点を重ねた中国のエースストライカーである。山形監督が特に名前を挙げてチームの全員に注意するよう呼びかけた中国の大黒柱なのは間違いない。

 中国はこの楊の空中戦の強さを利用するため、サイドからのクロスとポストプレイで楊の頭に合わせて攻めるのをこれまでの基本戦術としていた。その作戦は単純ながら強力だ。

 しかも中国はサウジアラビアとの第一戦を落としたために、引き分け狙いではなくアウェーであろうとも勝利を目指してくるのではないかと予想している。

 それに対して日本もホームゲームでは負けは論外、引き分けも駄目。勝利――しかもできれば得点を多く取っての――するしかないという状況である。両国の意志は「負けないこと」よりも「勝つこと」に向けられている。

 つまりは真っ向勝負って訳だ。


 唇がつり上がり胸から熱い塊が沸き上がってくる。それは喉を通過する時に「ははっ」と洩れた笑い声になった。

 これが代表戦の楽しさか。ようやく俺は代表戦のプレッシャーを楽しめるだけの余裕を持てるようになったんだな。

 ふと気がつくと日本代表のほとんどのメンバーが笑っている。緊張感が足りないのではない。これから始まる試合が楽しみで待ちきれないからだと自分の体の状態から理解ができた。


 この試合が初スタメンのDF武田も唇を歪めて牙をむき出しにしている。……たぶんあれも彼にとっては微笑みのつもりなんだろう。体の強さとヘディングの上手さを買われて楊を相手にするマーカーに抜擢されたのだが、びびっている様子は毛ほどもない。うん、楊に比べても少し高さでは負けるが迫力では劣っていないな。上杉と喧嘩するほど気が強いんだ、いくらでかくても敵に呑まれる事はないはずだ。

 ふと頭に浮かんだのはサッカー用語で「ジャイアント・キリング」というのは弱小チームが強大なチームに勝つ、いわゆる番狂わせの事をいう。だが、この巨人である楊を倒せば、文字通りのジャイアント・キリングだな。

 くだらない事を考えたのが良かったのか無駄な力が抜け、精神的にリラックスできた。

 よし、こっちの準備は万端だ。

 さあ、かかってこい中国。いや違う、こっちから行くぞ。存分に戦おうじゃないか。


 ――そして試合開始のホイッスルが鳴らされた。


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