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やり直してもサッカー小僧  作者: 黒須 可雲太
第二章  中学生フットボーラーアジア予選編
92/227

第十九話 ヨルダン戦に終わりを告げよう


 俺が蹴ったPKによって日本が逆転すると明らかにゲームの流れが変わった。選手交代や戦術の変更などヨルダンのベンチワークが急激に慌ただしくなったのだ。

 まずヨルダンはこのまま守ってカウンター戦術では駄目だと判断したのか、あの二十番のスピードスターを引っ込めて、明智がスタメンだろうと予想していた九番のエースであるFWを投入してきた。

 だがどう考えてもこの交代はタイミングが遅かった。戦術を変えるならまだ同点の内にするべきだったんだ。今さら代えても日本の方へと流れ出した試合の展開は変えられない。


 もともと攻撃的な日本のサッカーは、相手が向かってくる時にその威力を最大限に発揮するのである。

 下げていた側面からの攻撃を活用しようとしたヨルダンの左サイドは、オーバーラップしようにも向かい合う日本の右サイドバック島津によって蹂躙されていた。

 サイドの攻防では強い方が相手をそのチームの陣地に押し込む事になる。ならば相手がボールを持っても下がろうとしない島津と押し合う敵の左サイドは不幸だろう。島津が下がらないのだから、押し合いではなく押されるだけになってしまう。そこに山下先輩まで加勢にくれば、ヨルダン陣地の左サイドはもう日本の植民地として実効支配されている状態だ。そこの深い位置から鋭いクロスやシュートが敵のゴールを襲っている。


 日本のDFはDFで堅実に守備をしている。ヨルダンがロングボール一辺倒から繋ぎを意識したパスサッカーを混ぜてきたのだが、真田キャプテンによるとそれがかえって守りやすくなったそうだ。

 スピードでだけ勝負してきた前半の方がDFとしての技術を発揮する暇がなくてやりにくかったらしい。武田がヨルダンのエースをそのパワーをいかした密着マークで完璧に封じ込めるのに成功していた。


 中盤は俺を含めた日本の三人のMFが掌握している。

 人数が少ないように見えるが、その三人ともパスカットのエキスパートである。これまでロングボールに頼っていたことからも判るように、ヨルダンの中盤のパス回しのレベルは決して高くはない。ましてやヨルダンの左サイドは完封されて使い物になっていないのだ。そんな状態で無理に攻撃に出ても、俺達にとってはパスカットの数を稼ぐいいカモでしかない。

 これならロングボール放り込み作戦の方が判ってはいてもカットできない分対処が難しかった。今のヨルダンからの攻撃は怖くない。これは試合前の漠然とした油断ではなく、戦況からの客観的な判断だ。


 ヨルダンの攻撃を真っ向から受けて立つ形になった日本は、右サイドを基点に攻め続けてさらに追加点を奪う。

 これまで沈黙していた山下先輩の代表初ゴールは、島津と俺のワンツーから最後は山下先輩へのスルーパスという敵の最終ラインをパスとコンビネーションで崩し切ったものだった。

 ゴールに流し込むと、初ゴールの嬉しさからか走り回ってアピールする先輩にそれを追いかける代表のイレブン。ようやく追いついた日本のサポーター席の前で山下先輩を押しつぶすようにしてゴールを祝った。

 下になった先輩は「ピッチに俺を埋葬する気か!」と叫んでいたが、その緩んだ顔から察するに最高のご機嫌のようだ。


 ここでたぶんヨルダンは心が折れたんだろう。

 残りの十分ぐらいはもう日本に攻め込もうとする気力がなく、コーナーに丸まってゴングを待つボクサーのように試合終了を待つだけだった。

 でも俺達は相手が戦意を失ったからと手加減するような性格ではない。

 さらにかさにかかって攻めたてる。

 また敵が前半同様に引き籠り体勢になったが、今回はあの厄介な二十番の快速FWはいない。おかげでDFや中盤の俺達も心置きなくオーバーラップできるのだ。


 完全に日本のペースになった試合で最後を締めたのは、やはりうちのエースストライカーの上杉だった。一人で二人以上のマークを受けていたが、あまりに日本がオーバーラップを繰り返すので我慢しきれずに一人が彼から離れた瞬間に、それを見逃さなかった明智からのアシストをダイレクトで蹴り込んだ。いや、上杉ってほとんどがワンタッチでゴールしているなぁ。ボールタッチの半分がシュートだという敵にしたら恐ろしいシューティングマシンだ。

 とにかくこれで四対一、ヨルダンサポーターは沈黙し日本の観客席からは紙吹雪が舞って試合は完全に決まった。

 ここで俺とおそらく両チームで一番走っていたアンカー役のMFはお役御免、一足先に交代してピッチを後にする。

 へへ、サポーターから歓声で送られるってのは初めてだが中々乙な気分だな。

 残り時間も日本はボールを支配し続けたが、これ以上追加点は奪えずにそのまま終了のホイッスルを迎えた。


 試合終了と同時に沸き起こる「ニッポン」コールに、ピッチから観客席に向かうチームメイトに俺も混じって、お辞儀や手を振って歓声に応える。こんなに大勢に挨拶するのは応援してくれるのが全員知り合いに近いアマチュアではあまりなかった。なんかまるでプロになったような気分だな。

 その時視線の隅に、遠い異国の地でも応援してくれていた自国のサポーターの下へ赴くヨルダンチームの姿が映った。足取りは重く、選手達の日に焼けた褐色の顔は沈んだ表情でまるでお通夜のようだ。 

 ――一歩間違えれば、俺達がああなっていたのか。勝負の世界は厳しいとはいえピッチの上に描かれた対照的な姿にちょっとだけ感傷的になってしまう。ま、そう思えるのも勝った余裕なのかもしれないが。



  ◇  ◇  ◇


 ふう、最初はどうなるかとハラハラしていたけど、日本が勝って良かったよぅ。

 アシカも前半は少し窮屈そうだったけど、後半は生き生きとプレイしていたみたいだったしね。

 でも後半になってすぐに相手に吹き飛ばされた時は、アシカのお母さんと一緒に立ち上がって絶叫しちゃった。お母さんは心配だからってなかなかピッチに目をやらないのに、たまたま目を向けると自分の息子が芝の上で三回転ぐらいしてるんだもん。びっくりするよね、そりゃ。


 幸いすぐにアシカが立ち上がったから私たちは二人ともほっとしたけれど、もし担架で運ばれたりしてたら私は失神したアシカのお母さんの面倒までみなきゃいけなくなったんじゃないかな。

 その後PKまで決めちゃって、幼馴染としては鼻が高いけれど、代表でも得点したアシカがちょっと遠くなったような気がする。

 でもアシカのお母さんが「うそ、速輝が蹴るの? 前みたいにならないように」ってPKを蹴る前にまた目を瞑ってお祈りしちゃってたから、アシカは以前にPK失敗した事があったのかもしれない。ん、でもそういうの詮索するのはあんまりよくないか。

 それより、アシカがPKを入れたり活躍するシーンは見ないで、吹っ飛ばされたりする所ばっかり目にしてるから心配性になっちゃったんじゃないかな。


 ある野球チームのファンなんか「あたしが応援に行くと必ず負けてしまうから、涙を飲んでテレビ観戦している」って聞いた事があるけれど、アシカのお母さんもそれに近い所があるような気がする。アシカが怪我しそうなタイミングだけ見ちゃって、ゴールしている所はあんまり見てないんだ。

 今こそピッチを見てあげて! お宅のお子さんが頑張ってるよ! PKを決めてこっちの観客席に拳を振り上げてアピールしているのに、お母さんが褒めて上げないと!


「んと、ほらアシカがこっちに向かって点を取ったとガッツポーズしてますよ」

「え、あ本当ね。速輝ったらあんなに砂だらけになって頑張ってるのね……、でもなんであんなにみんなに叩かれてるのかしら? やっぱり小さいからって苛められてるのかしら……」

「た、たぶん手荒い祝福なんじゃないかなぁ。アシカって最年少なのにレギュラーになってるんだから、チームのみんなから可愛がられているんですよ!」


 根拠もなしに断言する。なんで男の子って乱暴に平手でばしばし叩くのが祝福になるの? 女の子だったらせいぜいハイタッチか抱き合うまで、それ以上は苛めになっちゃうよ。


「ん? ほら頭を撫でてもらってるじゃないですか」

「ああ、あれは山下君ね。小学生時代からのお友達でいつも速輝と朝一緒にボールを蹴っていたわね。速輝ったら、あの子が代表でも一緒だなんて教えてくれなかったわ。これまでずっと年上だから面倒を見てもらって、その上仲良くしてくれていたのねぇ」


 アシカって年上っぽいけど、サッカーじゃ後輩なんだから色々お世話になっているんだろうなぁ。うん、今度あの先輩……山下だったよね? あの人にも藁人形二号君を送ってあげようかな。


 私がそんな余計な事を考えている間に日本はどんどん点を追加していて、気がつけば周りから回ってきた紙吹雪を投げていた。いつの間に受け取ったんだろう? まあいいや、おめでとうー! 手にした全部をぶちまける。観客席のここからは、いくら紙吹雪を投げてもピッチには届かないみたいだから心おきなく投げられたよ。

 アシカが一点しか取れなかったのは残念だし、後半倒された時は胸が痛くなったけれど、終わりが良ければ全て良し! だよね。


 ああ、アシカが他の選手と一緒にサポーターへの挨拶にくる。こうして見るとアシカともう一人だけが、頭半分くらいメンバーより小さく感じるよ。

 アシカが「もう少し身長が欲しい」っていうのは私みたいなコンプレックスだけじゃなくて、サッカーで必要だからだったのかぁ……。

 スタンドとピッチの距離がそのままアシカと私の大人っぽさの差みたいだな。 


 日本が勝ったのは純粋に嬉しいよ。アシカが怪我しなかったのは何よりだ。得点までしたのは凄いと思う。でも幼馴染みが遠くに行っちゃったみたいだからかな、子供の頃迷子になった時と一緒の気持ちが少しだけしちゃうのは。


 

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