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やり直してもサッカー小僧  作者: 黒須 可雲太
第二章  中学生フットボーラーアジア予選編

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第十七話 敵の攻撃は全て見切りました

 ハーフタイムになりロッカールームへ引き上げる日本代表の足取りは軽い。

 まだ逆転まではしていないとはいえ、前半終了間際という時間帯に上杉のゴールで同点に追いついたからだ。ヨルダンにリードされたままで後半を迎えるという最悪の展開は免れる事ができた。もしそんな事態になっていたら、後半はもっとがちがちに引き籠った相手だけでなくホームで負ける訳にはいかないという重圧とも戦わねばならなかった。

 もちろん欲を言えば相手のFWのスピードを見誤らなければ最初の失点は防げたはずだし、運がこっちに向いていれば得点も何点か上積みできていてもおかしくない。だが、そう自分達の思い通りに上手くいくはずがないのがサッカー、それも国の面子を賭けた代表戦である。


 そんな事は百も承知のはずだがそれだけで済ます訳にもいかない立場なのだろう、一斉にベンチに座ってスポーツドリンクを飲むスタメンを見る代表監督である山形の髭面は厳しい物だった。


「お前ら、前半の内に勝負をつけてこいと言っていただろう。時間ぎりぎりで同点に追いついたってのはどういう事だ」


 腕組みをして監督がキャプテンであるロドリゲスを見つめて雷を落とす。おそらく一罰百戒を狙ってキャプテンをその損な役目にしたのだろう。


「特に真田、あんな単純なカウンター一発で得点されるなんてお前らしくないぞ。クレバーで堅実な守備がお前の持ち味だろうが。後半はあの二十番のFWに仕事をさせるなよ」

「はい」


 あ、そうだ。うちのキャプテンはロドリゲスじゃなくて真田だったなぁ。試合が開始する間際に喉に刺さった小骨が今ようやくとれたようなすっきりした感覚になった。他にもドリンクを飲んでいた顔を跳ね上げ、やたら晴れ晴れとした表情になったメンバー達がいたからきっと彼らもようやくキャプテンの本名を思い出せたんだろう。特に意味はないが、お互いが顔を見合って親指を立て合うと微笑みをかわす。うんうん、仲良きことは美しき哉。


 そんな隣で無言の内に育まれている友情劇を気にも止めず、表情を引き締めたロドリゲス――じゃなかった真田キャプテンは山形監督に短く答える。


「これ以上あいつには一点も取らせません」

「あ、それについてなんですが」


 あえて空気を読まずに監督とキャプテンの対話に軽い調子で口を挟む。油断は禁物だがヨルダンからの攻撃はそれほど深刻な問題じゃないという雰囲気を意識して作らないと、チーム全体が委縮してしまいかねない。監督もそれを理解したのか、黙って続きを促した。


「あのFWの弱点は前半で見切りました。後半もヨルダンのメンバーチェンジがなければうちのディフェンスなら大丈夫でしょう」

「ほう、どんな弱点だ?」


 まず監督が食いついたが真田キャプテンも――まだしっくりこないなこの呼び方――興味をもってこちらに注目している。


「あの二十番はたしかに足が速いんですが、ドリブルはそんなに上手くないんですよ。もしかしたら陸上の短距離からの転向組かもしれませんね、身体能力に比べてボールコントロールの技術が低いんです。前半もボールを持たせるとかえって突破力が落ちてました。ボールを持っていない状態でマークする相手をスピードで振りきる事はできても、ドリブルで抜くのは無理でしょう。ですから、DFはロングボールが出れば彼とよーいドンでボールの落ちたスペースへ競争するんじゃなくて、むしろ二十番がボールを拾ってからゴールまでのコースをカットするようなマークの仕方をすれば振り切られることなくあいつを止められますよ」

「ふむ……」


 監督がちらりと真田キャプテンと視線を交わして考え込む。たぶん前半の相手のカウンターのシーンでの二十番のプレイを頭の中でリプレイして、俺の意見を検証しているのだろう。

 しばらくして納得がいったのか一つ大きく頷くと、山形監督は真田キャプテンに向かって「その方向で守るようにしろ」と告げた。真田キャプテンも異存はないようで「判りました」と俺からの提案を受諾する。


「よし、それに武田」


 と監督が控えの大柄な選手を呼ぶ。げ、どこかで見覚えがあると思ったら、合宿初日の練習試合で上杉と殴り合いの乱闘騒ぎ起こした屈強なDFじゃないか。


「お前がうちのDFでは一番体が強い。後半出場させるから二十番のカウンターを追っかけずに深く守って体で止めろ。いいな?」

「はい」


 意外に素直に答える武田にちょっと乱暴者との印象が変わる。まあ、チームメイトなんだし良い方へ印象が変わるのならばオーケーか。

 それに実際に練習試合で敵として何度も戦った感触からしても、細かな連携はともかくDF個人の能力ではスタメン以上だったような気さえする。オフサイドトラップのようなDF間の意志疎通が必要な守備をするのでなければ、このメンバーチェンジはありだ。

 よし、これで後半もヨルダンがカウンターだけなら日本の守備は心配ない。後ろの憂いなく俺は自分の役割を攻撃にシフトできる。

 問題はシュートの数のわりになかなか得点できない攻撃の方だが、こっちも打開策は一応考えてある。もっとも前半の内に上杉という日本代表のエースが一点取っておいたからこそ実行できる作戦だが。


「では攻撃に関しては上杉さんを囮にする作戦を提案します。これまでのシュート数の多さでヨルダン側も相当上杉さんに警戒心を持っているでしょうし、実際に得点したのも彼だけです。ですから後半は前半以上にタイトにマークがつくでしょう。そこで少しマークが緩むはずの他のFW達の出番という訳です」

「おお、任せろ! 最初から俺にボールを回していたらもっと楽に逆転してたと言わせてやるぞ」

「目立て無かった左サイドの僕がようやく活躍する番か」

「それを言うなら今まで我慢していた右サイドの俺も気張らざるえないな」


 俺から後半のキーマンに指定された二人は「ふっふっふ」と不適な笑みを浮かべている。それに加わっている島津だが、なぜFW達との呼びかけに自然とこいつが混ざっているんだ? それにあれだけ上がっていてまだ我慢していたのか? それでも山下先輩も島津ももう代表デビューのプレッシャーは感じていないようなのは好材料だな。

 だがここですんなりと収まらないのがうちのエースストライカーだ。


「ワイに囮になれっていうんか?」


 本気やったらただで済ませへんで、と味方に対しても迫力を滲ませる上杉に「ああ、上杉さんは今のままのプレイでいいですよ」どうどうと彼の前に両手の掌を突き出して落ち着かせる。だいたいこの人がおとなしく自分を囮に使う作戦が実行できるとは思えない。


「上杉さんは前半同様に最前線で張っていてくれれば、敵はどうしてもそっちに注意が逸れますからその隙を利用しようって事です。上杉さんはむしろ今まで以上にがんがん攻めてマークを引き付けください。後は他の攻撃陣がゴールしますから」


 納得いかないのか顎に手を当ててしばらく唸っていたが「ワイは別に点を取ってもええんやな?」と確認してきた。そりゃあもちろんだ。予定とは違っても日本に点が入るのなら拒む理由はどこにもない。


「はい、マークが厳しくなりますが得点できるならそれに越した事はありません。でもかなり難しいですよ」


 とあえて煽るような言葉で受け入れた。俺の言葉を耳にした途端ピクンと上杉の肩が跳ね上がりかけたが、深く息を吐く武道で言う息吹のような呼吸をすると唇の端だけをつり上げて「ならええ」と頷いた。よし、これで上杉はもっと点を取ろうと活動し、最前線で敵を集めてくれるだろう。

 そこに、こほんと咳払いの音が。

 咳をしたのは存在感を失いかけた山形監督だ。


「ん、ん、あー俺の言いたい事はほとんど足利が喋ってくれたような気がするが、最後に一言だけ付け加えさせてもらおうか」


 そう言葉を切るとロッカールームにいる全員を見渡して、厳しい表情を崩して少し照れたような笑みを刻む。


「開始前に言ったよな、日本の方が強いって。普通にやれば勝てるって。あれは油断だったかもしれないが、今のお前らの話し合いを見て確信したぞ。このチームは強い、しかも試合開始前よりずっと強くなっている。だから改めて言っておく。お前達は普段通りのプレイを足利の作戦に沿ってすればいい。それで勝てる。勝てなかったら責任は俺が取ればいいだけだ。日の丸の誇りを胸に全力でプレイする事、それだけを考えて自信を持って後半の三十分で叩きのめしてこい。判ったな?」

「はい!」


 控えのメンバーも加えて全員の声が綺麗に揃う。イレブンの士気は最高潮、俺のコンディションも万全で故障やスタミナ面での問題は何一つない。これなら後半はもっと積極的なプレイができそうだ。

 せっかく代表に選ばれたんだから、今俺のできる全力を尽くさなければもったいないよな。

 そんな決意の後押しをするように今日の俺はよほど体調がいいのか、すでに試合の半分は戦っているのに自分の胸の中から熱いエネルギーが無限に産み出されているようだった。小学生時代は体力不足でフル出場するのさえ困難だった俺が随分とまあ成長したものだ。

 これなら観客席にいる二人にも格好いい所を見せて、代表でやっていけるかどうかという心配を一掃する事ができるかもしれないな。

 

 そんな皮算用をしている俺はこの試合中に格好いい姿ともっと心配させる姿の両方を見せて、より彼女達に心労をかけることになるのだが、それはまた後の話だ。

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