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やり直してもサッカー小僧  作者: 黒須 可雲太
第一章 小学生フットボーラ―立志編
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第八話 点を取りにいってみよう

 時間の経過と共に俺もゲームに馴染んでいくが、馴染むというのは埋没しているのとあまり変わりはない。流れに沿ってプレイしていると言えば聞こえはいいが、自分では流れを作れずに流されているだけだ。

 試合も後半終了間近にいたっても両チームとも無得点のまま、膠着した状況が変わらずに我慢比べのようなじれったい展開のままである。


 俺も時折ポジションを上げようとするが、加入直後ならともかく今は警戒されているのかオーバーラップしようとする素振りだけでマークがつく。

 それもボールを奪おうとするのではなく、攻めを遅らせようとするマークだから厄介だ。ディフェンスから不用意なまねはしてこないで間合いを保ったままドリブルのコースを潰してくる。こうなってしまうと俺の中盤の底というポジションからでは決定的なパスを出すには遠すぎるし、何よりFWとのコンビネーションが悪すぎる。


 どうするべきかと頭を悩ませていると、攻撃的MFで十番の山下先輩が顎で前を示した。華麗なテクニックが持ち味の先輩もこんな拮抗状態に辟易しているようで、いつもはクールな表情が険しい。これは俺に前へ出ろと言うことか? 確認の為キャプテンに目を移すとスッと近づくと「後ろは任せろ」と後押ししてくれた。

 どうやら先輩方もこのままでは面白くないと、俺というまだ相手にとって得体の知れないジョーカーにかき回してもらいたいようだ。当然ながら味方も信用しきれていないから守備陣は上がらないが、俺が攻撃的にシフトする許可を得たと考えていいだろう。それは嬉しいがさて、どうするか……。よし、あれでいこう。


 手を上げてボールを要求すると、ボールが渡るより早く敵の七番がマークについた。先刻の一対一でこいつに俺よりパワーがあるのは判っている、ゴール近くまで進もうとするとそのパワーに物を言わせて潰しにかかるだろう。だがスピードはそれほどでもない、とはいえ今の俺のスピードとほぼ互角なのだから簡単にドリブル振り切るという訳にもいかないのだが。

 キャプテンからのボールを受けて、ようやく俺が攻撃できる準備が整った。ここからは前世のサッカー知識をいかした戦術を使わせてもらうぜ。


 俺は七番を後ろの正面に押し込むような形でドリブルを進めていく。小刻みに上体を左右に振ってフェイントをかけるが、全く釣られる様子はない。重心を低く間合いを保ったままじりじりと後退するだけだ。やはりこいつ自分でボールを奪おうと思わずに、時間をかけさせて守りを整えるディレイを選択しているな。

 普通ならば彼をかわそうとスペースのあるサイドへと流れるのだろうが、今回は逆にディフェンスの枚数が揃っている中央へ向かっていく。


 これは別に敵が密集していようと俺のドリブルで突破してやる! という作戦ではない。

 敵のディフェンスが多いところに自ら飛び込むのは自殺行為だと以前の俺は思っていたし、それが常識だった。だが世界レベルのクラブチームではよくあるプレイの一つなのだ。

 当然彼らクラスの選手でも密集している敵全員を抜こうとしてる訳ではない。

 ではなぜこんなことをするかというと……ほら、こんな場合には相手は二・三人掛かりでボールを奪いにくるのだ。人数の優位さを生かしていると言いたいのだろうが、そうではない。普通に考えれば守備の枚数が五枚も揃っている中に一人で突っ込んでくる場面などない。従ってそんなパターンに対応する練習などしているはずもないのだ。ここまで多人数で囲むシチュエーションは守備側としては想定外のため、誰がチェックに行くべきか判断に迷う。そしてなぜここにこれだけの人数が集まっていたかも考えれば判るだろう。敵が多いのと同様こっちの攻撃する選手も中央に数が揃っているのだ。


 そして、俺に数人掛かりでプレスをかけた分味方のマークはルーズになっている。俺が使ったのは敵のディフェンスをマークを張り付けたままのドリブルで意図的に過密状態にして混乱させる戦術だ。敵にしたってここまで敵味方が多いとマークの受け渡しも曖昧になる上、ボールホルダーに複数でチェックもしなければならない。意志の統一がはかれずにボールを取りに行くべきか、マンマークを続けるべきか、スイッチして別の人間のマークにつくべきか混乱する――その混乱した状況を作り出す為の戦術だ。


 名選手ならばこの人口密度の高い状況でも持ち前の技術で、簡単にパスを通してチャンスを作れるのかもしれない。だが俺にはそこまでの技術は無い。無いのだが代わりに俺には特殊能力がある。――ここまでドリブルで上がる時に鳥の目を使いっぱなしで敵味方のポジションを確認していたのだ、敵ディフェンスが統制のとれた動きをすればするほど読みやすい。敵がプレスをかけやすいここらへんの位置まで俺がドリブルで進めば――よし、予想通りうちのFWについていたディフェンスが寄せてきた、その瞬間に右足首だけでふわりとボールを浮かして俺はそのままゴール前に詰める。

 狙い通り頭上三十センチにピタリと送られたボールに先輩FWがジャンプする。


「決めろよ!」


 俺以外でもおそらくピッチ上の味方全員、いやベンチや観客席からも声が飛ぶ。

 敵と競り合うまでもない場所にコントロールされたクロスを、豪快なヘッドで叩き付けたシュートは……横っ飛びしたキーパーのナイスセーブによって弾かれた。


「ナイスキーパー!」「流石はアンダー十二代表候補」


 との声からするとどうも相手は有名なキーパーらしい。だがそんなのは構っていられない、こぼれたボールを押し込まなくては。敵の守備陣も必死で駆け寄るが、ショートクロスを入れた後に足を止めずにゴール前に走っていた俺と、一瞬とはいえFWとキーパーの対決の傍観者となっていたDFでは勝負は明らかだ。キーパーもまだ立ち上がっていないし、ゴールはがら空きだ。俺が先にボールに触れられさえすれば……。


 届け! スライディングした俺の伸ばした右足が転がってきたボールを叩く。

 と、なぜポストに当たる!? 

 俺のシュートはぽっかり口を開けていたはずのゴールマウスを逸れ、左のポストに直撃してしまった。

 こんなドフリーで外すかよ俺!?


 いや悪いのは俺じゃない「急にボールが来たのが悪いんだ」と未来の代表並みの言い訳を口にして、ポストから跳ね返ったボールを倒れたままで無理矢理押し込もうとする。とにかくがむしゃらに足を振ってゴールへと転がそうとする無様な動きで、とてもキックとは呼べないし、ましてやシュートというレベルではない。だが、どんなに不格好だろうとゴールに入ればそれで全てが正当化されるのだ。だから、とにかく入りやがれ、こんちくしょうが!


 戻って来た敵ともみ合いになりながらも強引にボールを流し込み、よしゴールだ! と確信した刹那、再びゴールキーパー凄まじい勢いで飛び込むと指でかきだすようにして得点を防ぐ。

 無理な体勢からだったせいかシュートの威力がなく、キーパーに立ち直る余裕を与えてしまったようだ。それにしても、このキーパー結構やるなぁ。あながち俺達の年代の代表候補というのも嘘じゃなさそうだ。ベンチを温めていた時は何で点を取れないのかと先輩方を内心馬鹿にしていたが、これほど手強いとは……ご免なさい舐めていました。

 

 だが敵キーパーの奮闘もむなしく、三度リバウンドはうちに渡る。いつの間にかゴール前に現れていた山下先輩は「ご苦労様でした、ごっつぁんです」といいたげな涼しい顔で、落ち着いてこぼれ玉をキックしゴールネットを揺らしたのだ。

 一瞬の静寂の後歓声が沸き上がった。

 チームの誰もがゴールを決めた山下先輩に群がり頭や背中をバシバシと叩いている。あ、先輩が本気で嫌そうな顔をしているからあれって相当痛かったんだろうな。

 と座り込んだままタイミングを外して喜びの輪に入り損ねた俺に、ヘディングしたFWの先輩が手を差し伸べてくれた。うわ、十分もプレイしてないのにもう俺の足はつりそうなほどへばっている。


「ほら立ち上がれよ。それと、まぁ、そのお前のクロスも悪くはなかったぞ」

「はぁ」


 とどこかツンデレっぽい発言に気の抜けた声で答えると、ありがたく手助けを借りてふらつく歩みで祝福しに行く。

 自分がシュートを外しまくったのは意識的に忘却し殊勲の山下先輩の背中を遠慮なく平手で叩く。


「ナイスシュートです先輩」

「痛ぇよ! お前は駄目押しすんな」


 祝福する俺に向けてなぜか殺気をにじませる先輩に「あはは、すいません」と本心のこもってない謝罪を繰り返す。

 本当は俺が格好良く決めているべき場面だったんだよなぁ。

 サッカーの得点はある程度運・不運に左右される。そして対戦相手やキーパー・自分の体調など外した言い訳は星の数ほど挙げられる。

 しかし、どんな上手い言い訳をしても俺が得点できなかったのは事実だ。まだ拙い連携や短かった出場時間も不利となる条件はそろっていた。だが一番の問題は……やはり俺の決定力不足だな。


 試合終了の笛が鳴る中、俺は勝利に喜び合うチームメイトの輪の中にとけ込んでいた。だがその心の中では、この試合で得たあまりに多い課題に誰にも判らないように一人で悩んでいた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 自分は小学生の時、全国大会に出たことがあるのですが、その時戦ったJリーグのユースチームと同等かそれ以上のレベルのチーム同士の試合ですね。 良いチームに入りましたね!
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