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やり直してもサッカー小僧  作者: 黒須 可雲太
第二章  中学生フットボーラーアジア予選編
89/227

第十六話 たくさん得点するコツ? たくさんシュートする事やな

 初代表で敵にリードされたメンバーがいる場合限定の日本の伝統儀式をしたおかげで、僅かに士気が上がり俺も落ち着いた。うん、これだけでもあの伝統のメッセージには意味があったな。

 俺達日本代表はセンターサークルにボールを置いて自陣のポジションにつく。

 本当はこれだけの観客を前に失点した悔しさと恥ずかしさで俯きたいのだが、日本のチーム全員が無理をしてでも胸を張って敵チームであるヨルダンを見据えていた。


 その悪びれない態度に観客席の一部からは「失点した責任感じてるのかー!」とか「負けているくせに格好付けるな」といった野次も投げかけられるが、それは圧倒的に少数派だ。

 有り難いことに会場内のサポーターのほとんどが「ニッポン!」と息のあったコールをかけて手拍子までして俺達を後押ししようとしてくれている。

 たぶんどこかで母や真も手を真っ赤にして声を枯らして応援してくれているのだろう。そんな想像するだけで、一点取られる原因となった余裕を持ちすぎた自分の馬鹿さに対する後悔と、絶対に逆転しなければならないという決意が胸に刻み込まれる。


 おそらく今の代表チームの頭上には陽炎が立ち上っているのではないか? そんな風に思うほど気迫がにじみ出ている。理屈じゃなく思い知らされたのだ、俺達が点を取られるっていうのは日本という国が殴られるって事だと。

 冷静に考えればサッカーはスポーツで政治や国の威信などとは無関係なはずである。だがプライドをかけて戦っている本人達にとっては紛れもなく戦争だ。初めて代表でプレイするメンバーは俺を含めてようやく戦争をする準備が整ったのだ。

 そりゃ向こうは戦争のつもりだったのに、こっちが喧嘩程度の気迫じゃ失点もするさ。


 だがカウンターでの失点は俺達のちょっとした隙もあったが、それよりもヨルダンを褒めるべきだと俺と明智のゲームメイカーの意見は一致している。おそらく彼らはボールを持って二回目のあのカウンターだけに全てを賭けていたのだろう。一回目でFWのスピードを偽り、DFの穴を探す。そして二回目でその穴に向かってFWを走らせキーパーはそこにコントロールしたロングキックで送る。最後にトップスピードにのったFWは何が何でもフィニッシュまで持っていくと。その為にだけにスタメンのFWを変更までしたのだ。そして最後まで彼らのシナリオ通りにやられてしまった。

 ぱしん! と乾いた音が響くぐらいに、いつもの気合を入れる儀式である自分の頬を叩く。


 見ていろよ、ヨルダン。これからの俺達は一味違うぞ。



  ◇  ◇  ◇


 うわーっと周りのお客さんが総立ちで絶叫する。私も息を止めて身を硬くして拳を握ってピッチを見つめる。

 だが、今回もまた日本のFWのシュートは守っているヨルダンの選手に防がれてしまう。


「ああっ! もうなんで入らないかなー」


 何度目になるか判らないほど得点チャンスを逃している日本に対して思わず口を突いたグチに、隣にいたアシカのお母さんが目を瞑ったままぐっと身を縮こまらせて「真ちゃん、日本はまだ負けてるの?」と問う。


「ええ。んと、でもさっきアシカが自分のほっぺを叩いて気合入れてたから、すぐに逆転しますよ!」

「そうだといいんだけど」


 とおそるおそる目を開けてピッチを眺めるその姿はかなり不安げだ。アシカのお母さんと一緒に応援に来たのは初めてだけど、こんなに心配性だったのかな?

 そんな私の疑問を感じたのか「ごめんなさいね、真ちゃんには迷惑かけて」と小声で謝るアシカのお母さんに「ん、何の事だかさっぱりです」と言い張って話を聞かなかったふりをする。「最近あの子が注目されるようになったら、あの子の周りが敵も味方も大きい子ばかりで直接見るのが怖くなっちゃって……」と小声で他にも付け加えようとしたのだろうが、また場内から沸き起こる絶叫にかき消される。


「ああ! 敵のカウンターが!」


 またやたらと足の速い敵のFWが敵陣からのロングパスを受けようとダッシュする。なんで肌が褐色の人ってだけでスピードがありそうに見えるのだろう? そんな疑問が頭をかすめるが、日本のピンチにぐっと拳を握りしめてしまう。が、頑張れ! 守備の人達。

 あ、よかった。キーパーの人が前へ出てボールを外に蹴りだした。

 ふう、まったく心配させないでよね。手の中が汗でぐっしょりになっちゃうよ。

 敵に攻められているシーンじゃなくてアシカが活躍している姿を見に来たのに、今まではあんまり良いところがないじゃない。やっぱり他のチームメイトに比べても背も低いし、苛められたりしてないのかなぁ。アシカって成績はいいから頭もいいはずなのに、人間関係では不器用だから心配だよ。


 あ、アシカがボールを持った! そこだ、行け! ってなんですぐにパスしちゃうんだろう。パスもらった相手がすぐシュート撃っちゃうから、アシカが目立てないじゃないか。ん、またアシカからのパスをダイレクトで撃ったぁ! もうっしかもキーパーに取られちゃったじゃない! 自分達ばっかり美味しいところ取りしないで、アシカにも撃たせてよぉ。



  ◇  ◇  ◇


 なかなかゴールに入らねぇ。

 時計で前半の残り時間が十分を切っているのを確認する。着実に経過していく試合時間に俺は努めて苛立ちを表すまいとしているが、うちのFWが分厚いヨルダンのディフェンスに跳ね返される度に舌打ちしてしまう。

 俺自身の調子はいいのだ。俺ができるだけ少ないタッチで配給するパスからは、そのほとんどの受け手がフィニッシュまで持っていけているのがその証拠である。フリーの選手を見つける目とパスの精度はほぼ完璧だ。ただその後の日本のシュートが問題なのだ。

 向こうが人数に物を言わせてゴール前に築いた壁が多すぎるし、FWにはつねにきっちりとマークがくっついている。

 こぼれ球を狙おうにもヨルダンにとって危険なバイタルエリアには、ボールを拾い集めるのが自分の任務だと決心しているようなアンカー役が二人もいるのだ。

 ちょっとやそっとの揺さぶりではゴールまでの道は開けない。


 だが攻めにくいからとここで睨めっこをしていても仕方がない。また後方からのボールを預かる俺は、トラップするまでにちらりと明智へと視線を走らせる。その意図を了解したのか、明智が一瞬前へ出る素振りでマークを引き付けるとすぐ後方へと下がる。

 それと連動するつるべの動きで逆に俺がドリブルで前へ出た。 

 今までずっとパスを捌いてばかりだった俺の突破と明智に気を取られた事で、マークがつくのが距離にして数メートル、時間にして二・三秒遅れる。

 それだけあれば俺がゴールを狙うのに充分な余裕だ。ミドルレンジからの人が多い中への強引なシュートを放つ。

 

 これは俺にとっては本来のプレイスタイルではない。いつもはもっと確率が高く、スマートな方法を探すのだが今回は特別だ。自分の危険性と中距離からの脅威を示すためにも多少は無茶なプレイをして、相手DFに警戒心を抱かせてペナルティエリアの外へ釣り出さなければならない。

 だからといってこのシュートは威嚇だけが目的ではない。きっちりと守備の隙間を狙ったゴールを奪うつもりのキックだ。入るのならばそれに越したことは無いが、外れても相手にとって脅威になるだけの威力と正確性を備えていなければならない。そのどちらも兼備したシュートである。

 ミートした感触は良好、コースもキレも狙った通りだ。

 

 だが、俺にとっては会心であったシュートはキーパーのパンチングによって弾かれた。くそ、壁役のDFが多い分撃つコースが限定されていたのを察知されていたか。

 しかし、ようやく日本にも運が向いてきたのかそれとも才能なのかそのこぼれ玉に詰めていたのはうちの上杉だ。点取り屋としての嗅覚でいち早くボールが跳ね返る場所に足を伸ばして何とか保持はできたのだが、押し込むには角度が悪く二人のマークも外せていない。

 その瞬間にゴール前にノーマークの小柄な影が現れた。島津のもう何度目か判らないオーバーラップだ。

 よし、このキーパーが体勢を立て直していない場面で島津にパスが渡れば決定的だ。上杉、パスを出すときはオフサイドに気を付けろよ。


 スリートップに加え、俺にまでDFが分散した絶妙のタイミングでの島津の出現を、上杉が気がついた様子にようやくゴールだと確信する。

 そして上杉はパスする事なく崩れた体勢と無理な角度のまま自分でシュートを撃った。

 そのシュートは上杉をマークしていたDFにぶつかり、ボールはゴールラインから出る。

 ……今のは島津にパスするべきだっただろうが!


「おい、上杉さん! 何してるんです!」

「ん? なんやFWがシュート撃ったらおかしいんか?」


 額の汗を拭いながらふてぶてしい顔をする上杉に神経がささくれ立つ。


「ふざけてる場合じゃないですよ。あんたはこの前半だけで何本シュート外してると思っているんですか? いくらマークが厳しいとはいえもう五本目ですよ!」

「もう、そないになっとるんかぁ……」


 上杉もまだ前半の内なのに五本連続で外しているのに驚いたらしい。ちょっと目を丸くしていたが、すぐにそれをにんまりと細める。


「じゃあそろそろ入る頃合いやな」


 ……こいつのメンタルは実に点取り屋向きな、空気を読めない鋼の精神を持っているようだ。ストライカーとしては羨ましい性格だが、友人として付き合うのは大変そうな超マイペースな奴だな。


「……シュートを撃つなとは言いませんが、せめてもう少し周りを使ってくださいよ」

「おう、オッケーオッケー。ほらコーナーキックがくるで。後で話は聞いたるさかい、俺の得点チャンスの邪魔せんといてな」


 ……まったく他人からのアドバイスを聞き入れる気がなさそうだ。奥歯をきつく噛みしめる事で溢れ出しそうな怒鳴り声を押さえ込み、明智の蹴るコーナーキックに適したポジションへと少し後ろに歩みを進める。

 ――本当に上杉はこのチームに必要なのだろうか? その疑問が胸中に浮かぶ。しまったそんな事は試合後にでも考えようか、今はこのコーナーキックに集中せねば。


 明智からのコーナーキックはショートコーナーで、すぐ近くに控えていたうちの左ウイングへのパスだった。平均身長の高いヨルダンDFがほぼ全員ペナルティエリア内でおしくらまんじゅうをしているような状況では、素直にゴール前へ高いボールは蹴れなかったのだろう。

 ちょっとしたアクセントにディフェンスが少し緩むが、まだセンタリングをあげられる状況ではない。

 悔しそうな表情で一旦後ろの俺に戻す。

 鳥の目を使ってもここまで混雑するとパスコースが見えてこない。だが、そんな人混み中で唯一俺へのボールを要求している少年がいた。あいつはボールを受けとるポジション取りは絶妙なんだよな。

 つい反射的にパスを出すが、受け取った上杉はマークを外しきれていないどころかすぐ二人に囲まれてしまう。いかん、またさっきの二の舞になるぞ。いや、こりないのは上杉だけじゃない。またあいつが駆け込んでくる。


「上杉さん、右!」


 俺の声に体を張ってボールを守りながらも右に走り込む島津を見つけたようだ。今度は上杉の頬に笑みが浮かび島津へ顔を向けると、さっきのプレイで学習したのかパスしようとするみたいだ。しかし、パスに慣れていないのかどうにも動きがぎこちない。馬鹿! あれなら囲んでいるDFに読まれてしまうぞ。ただでさえ、さっきのオーバーラップで島津への警戒が増しているのに。

 案の定相手のDFの一人が島津とのパスコースに割り込んだ。

 すると上杉は笑みを浮かべたまま、空いたDFの隙間からゴールへ向けて自分で蹴り込んだのだ。


 顔も体の向きも半分は島津の方へ向いていた。一人は外れたとはいえもう一人のDFに密着マークされていた。ついさっきに同じシュチエーションで得点できなかった。

 そんな事は上杉にシュートを躊躇わせる理由にはならなかったようだ。

 空気を読まない少年から放たれたシュートはDFの影に隠れ、キーパーが反応する間もなくネットを揺らしていた。


 上杉の野獣の雄叫びとそれをかき消すほどの大歓声がピッチを覆う。待ちに待った同点弾に俺たち代表メンバー全員が上杉の背中を叩き、つんつんと掌を刺激する彼の髪を一撫でしていく。もううちのチームには誰も上杉の叫んでいる姿を怖がる者はいない。

 思う存分に吼えてサポーターにアピールすると気が済んだのか、上杉は興奮の残るぎらついた目で俺を呼ぶと手荒く頭と髪をぐしゃぐしゃに撫で回す。


「な、何するんですか」

「ちょっとした礼や。パスくれたさかいアシカの言う通りにちゃんと周りを使ったやろ」


 ……こいつの周りの使い方は俺とはまるで違うな。どこまでいってもこいつの発想は「周りを使って自分が点を取る」という考え方でしかない。

 だけど、チームに一人はこんな空気の読めないFWがいると頼りになる。

 とにかくさっき頭を悩ませた疑問の答えは出たな。上杉は間違いなくこのチームに必要な仲間だ。



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