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やり直してもサッカー小僧  作者: 黒須 可雲太
第二章  中学生フットボーラーアジア予選編
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第十四話 会場の熱気を感じてみよう

 

 俺は通路からピッチへと出た瞬間、あまりの眩しさに目を閉じて思わず手で日差しを遮った。

 ここってこんなに明るかったっけ? 確か何遍か試合をした事のある筈の会場だが、これまでのどの時とも違う一種異様な雰囲気が感じ取れる。

 踏みしめたピッチの芝がいつもより柔らかく足下がふわふわと落ち着かずに頼りない。真昼の太陽がなぜか普段よりもぎらついているようで肌に痛く感じられる。半分も埋まっていないはずなのに観客席からの歓声が轟音となって耳をつんざく。空気までもが薄くなっているようでまだ試合が始まっていないのに自然と呼吸が荒くなっていく。


 ――これが代表戦か。

 覚悟はしていたつもりだが、自分で体験してみないとこのプレッシャーは判らない。自分の着ている軽くて通気の良いはずのサムライブルーのユニフォームが、何十倍に重量を増やしてずしりと体にのし掛かっているようだ。

 これまでのように学校のみんなや知り合いの父兄だけが応援してくれているんじゃない。日本中のサッカーを愛するファンが俺達に注目し後押ししているのだ。なるほど肩にかかるこの重みは日本中からの期待の重さか。

 

 時間が押しているのか会場のスタッフに促され慌ただしく整列すると、まずヨルダン国歌が流れる。耳慣れない音楽に戸惑っていると、続いて心の準備をする間もなくすぐに君が代がスピーカーから流される。テレビでよく観戦するフル代表の時とは違って歌手はいなかったが、起立した観客席から響く合唱にその渦の中心であるピッチにいた俺達イレブンは体が揺さぶられた。

 今までの体験とは何から何までスケールが違う。いつの間にか自分の体が小刻みに震えているのに気がついた。これが武者震いって奴なのかな。

 俺はこんな場所でサッカーをやるために人生を繰り返したのかもしれない。俺はボールを蹴っているだけで幸せになれる単純な人間だが、それでも今自分が立っているのがサッカー選手にとっては特別な位置であることは理解できる。

 ――俺は幸せ者だな。本当ならば尽きていたはずの命があるばかりか、やり直して最高の場所でサッカーがプレイできるなんて。ならばこれまでの全てに感謝を込めて、全力を尽くしてプレイするべきだろう。


 覚悟が決まると、ふわふわとしていた足の感触がいつものようにしっかりとしたピンと筋の入った物に戻る。少しだけ落ち着いて浅くなっていた呼吸を深く吸い込んでいると、ちょうど君が代が終わり観客が着席する所だった。行儀は悪いかもしれないが横目でちらちらと敵を眺めて試合前のミーティングを思い出した。



  ◇  ◇  ◇


「まず第二ラウンド通過する為の条件をおさらいしておこう、はい上杉」


 山形監督は茶髪を棘のように立たせた頭をぼりぼりとかいている少年に向かって質問する。

 それにめんどくさそうに答えるのはうちのエースストライカーだ。


「そんなん予選全勝すればええんとちゃう?」

「……うん、まあ間違ってはいないな。だが正確にはこの日本が入ったグループの四チームの内一位のみが世界大会へのチケットを手に入れられる。まあ二位でも勝ち点と得失点差が良ければ拾われて他の地域との最後の椅子を争うことになるが、こいつは他力に頼るギャンブルだ。だからあくまで俺達日本は一位通過を目指す、いいな」

「はい」


 いかにも「聞いてへんで」と小指で耳をほじっている上杉と違って、素直に頷く他のメンバーに満足げな顔をすると監督は言葉を続けた。


「日本と同じグループに入ったヨルダン、中国、サウジアラビアはどこも強敵だ。だがやはり日本の力が頭一つ抜けているだろうというのが我々やメディアからの評価だ。そこで今日の試合だが、こんなホームアンドアウェー戦う場合において格下とされているチームのほとんどが採用する鉄則と言っても過言ではない作戦がある。お前らも判るよな。

 そうだ、アウェーのヨルダンは間違いなく引き分けを狙って守りを固めた作戦を採用してくるはずだ」


 監督が予選突破までの大雑把な説明と試合前の最後の指示を与えようとしている。だが、ここで黙って聞いていられないのがうちのチームメンバーだ。


「でも万が一ヨルダンが予想を裏切って攻めてきたらどーするんすか?」


 明智の疑問にいきなり話の腰を折られたにもかかわらず、山形監督は顔をしかめる事なく答えた。この選手の意見を封殺しないで誠実に回答するだけでも前監督より俺好みな指導者である。


「その時は正面から殴り合いだな。お前らが一番得意な試合展開だ。もし攻め合いをして勝てないなら、このチームでは例えどんな作戦を立てても勝てんだろう。だが、点の取り合いでお前らが負けると思うのか?」

「ワイのいるチームが殴り合いで負けるわけないやろ」


 元ボクサーらしく上杉が殴り合いにはプライドを覗かせる。他のメンバーもその意見には同意しているようだ。この超攻撃的に作ったチームが攻め合いで負けてたまるもんか。そう俺も自信を持って言えるからな。


「ならヨルダンが攻撃的に来た場合の心配はせずに、相手が堅く守ってカウンターに徹した場合だけ指示しておくぞ」

「はい」


 チームの全員が真剣に山形監督の言葉に聞き入っている。そこに監督が自信に満ちた笑みを浮かべた。


「ま、その場合もいつも通りにやればいいんだが」

「え?」

「この代表チームが一番たくさん練習試合をしたサブメンバーのチームは、前の監督が採用していた三・五・二のカウンターチームだっただろう? あれは別に他に相手がいなかったんじゃない。予選で当たる筈のカウンターチーム対策だ。だからお前らはもうその手の作戦を相手にするのは充分に経験を積んでいる。心配せずともいつも通りにやれば大丈夫なはずだ。まあ強いて言うなら……」

「何でしょう?」


 ほぼいつも通りでいいのなら、俺達に任せると言っている放任主義の監督からの最後のアドバイスだけは頭に入れておくべき事だろう。


「練習しているサブのチームよりもっと引いて守るはずだから、DFを前に釣り出すためにもどんどんシュートを撃っていけ」


 山形監督の言葉は引き分け狙いで自陣深く引きこもる相手に対しての作戦としてはもっともだ。もし今回の代表チームが普通であればの話だが。思わず俺は監督に向けて問いただす。


「うちのチームに対して普段よりシュートをさらに撃てと?」


 手を横にしてその台詞を聞くや否や喜々としてアップを始めだしたFW陣とプラスワンを示す。全員の目が輝き、その口からはぶつぶつと独り言が漏れている。


「ワイの代表デビュー戦……監督お墨付きのシュート撃ち放題の権利なら、ハットトリックはもちろんもうちょい欲張ってもええな。どうせならワイ以外がノーゴールなら一層目立つかもしれへん……」

「ついに俺の初代表戦か、遅かった気もするがカルロスに代わる点取り屋の初舞台にシュートの無制限とは気前がいい。監督も判ってるじゃないか」

「攻撃的サイドバックとして選ばれた俺には監督に従う義務がある。監督の命であればシュートを常の試合以上に撃つのに躊躇いはもたない」

「ふふふ、左のウイングからサイドMFに下げられた時は、また影が薄くなると心配したがここで大活躍すればまだ挽回できる。前監督からも重用されていた俺の実力を今見せる時だな」


 なんだか勝手に皆さんテンションが最高潮になってるんですが、この熱くなったまま試合に出していいんですかね。そんな疑問を込めて監督に視線を送るが、露骨に顔をそむけて山形監督はやや覚束なげな口調で気合を注入する。


「い、いいか、さっきも言ったように実力はこっちの方が上だ。相手が引き籠っていても強引に攻め続けろ。お前らにペース配分とか、余裕を持った頭のいい試合展開なんかは最初から期待していない。試合開始直後からアクセルを踏んで相手を押し込んでシュートの雨を降らせてやれ。得失点差も俺達が二位になってしまう最悪の場合では比べられる可能性があるから、点は取れるだけ取っておけよ。とにかく相手がギブアップしたそうでも情けを見せず、アウェーの地でも復活しないぐらい叩きのめすんだ、判ったな!?」

「はい!」


 全員からの力のこもった返答に監督も満足したようで、髭面を綻ばせてている。


「それじゃあ、自信を持って行って来い! お前らなら負けるはずがない!」

「おお!」


  ◇  ◇  ◇


 こんな感じで試合前のミーティングは終わった。ざっくり噛み砕くといつも通り攻めろとロングシュートを撃てぐらいしか指示が出てないよな。あの監督はちょっと放任主義が過ぎやしないか? それとも俺達を信用してくれているのか?


 両国の国歌が終わったのを機にイレブンで肩を組んで円陣を作る。隣と触れ合う上半身が互いの熱で燃え上がりそうな錯覚を覚えるほど熱い。


「じゃあ、キャプテンのロドリゲスから一言」

「……絶対に勝つぞー! それと俺はロドリゲスじゃねーぞー!」

「おお!」


 全員で叫んで散らばったが、今の「おお」って答えの中には少なからず困惑の色が混ざっている。俺と同様キャプテンの名前がロドリゲスで固定されているメンバーが少なからずいるようだ。しかもロドリゲスではないとだけ怒鳴っていたので元の名前が思い出せない。まったくあのキャプテンの本名は何て言ったっけ……確か、さ、さ、さ……ロドリゲスでいいや、もう。

 

 そんな些細な葛藤は頭を振って意識から消す。試合中に考えるような事じゃないからな。

 アップで入れた体の熱を冷まさないように、小刻みに動かしながら改めて試合会場を見渡す。

 半分ほどの客の入りと言ったがそのほとんど全てが日本の応援だ。観客の姿はほぼ青一色で、レプリカユニフォームか青い服をわざわざ着てくれたんだろう。この会場にくるまでどれだけの手間をかけてくれたのだろうか、よく考えると本当に頭が下がるよな。

 そんな青い人波の中に俺の母や真もいるはずなのだが、どこにいるかはピッチからは判別できない。しかし、それでもまだ観客からしたら馴染みのない俺であるが、少なくとも二人だけは確実に応援してくれる人がいると判っている分だけ心強い。


 ――そして審判の試合開始を告げる笛が鳴り響き、俺と日本代表の世界に向けての戦いが幕を開けた。




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