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やり直してもサッカー小僧  作者: 黒須 可雲太
第二章  中学生フットボーラーアジア予選編
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第十三話 監督はカルロスを忘れたい

 山形監督の作る新代表チームはマイナーチェンジを繰り返し、二ヶ月をかけてアジア予選の第二ラウンドへ向けて少しずつチームとしての形を整えていく。

 練習試合もあれから何試合も繰り返して、欠点となる所を修正する。その結果さすがにディフェンスがザルすぎるだろうとウイングの二人のポジションが距離にして数メートルだけ下げられた。


 これによって表記上はFWを二人下げてMFを増やした四・五・一のフォーメーションとなる。だが、ポジションが下がっただけで二人のサイドアタッカーの役割はさほど変化していない。守備の負担はほとんど免除されているし、うちがボールを持っている時はMFにしては極端に攻撃的にプレイするのを許されているのだ。つまり攻撃するときは元の四・三・三に戻るという仕組みだ。

 このちょっとした変更は中盤に落ち着きをもたらしていた。いくら守備をしないとはいえ、味方の選手が中盤に居るだけで敵の攻撃を制限してくれるのだ。敵のパスもドリブルもわざわざ二人のいる付近を使おうとはしないからな。これによって敵の攻撃で使用できるエリアが減少して、俺達元々のMF三人――特にアンカー役の守備しなければならないゾーンは減り、負担は随分と軽減された。


「でもこの四・五・一って陣形を聞いただけじゃ、うちのチームがこんな突撃指向の攻撃的布陣だとは誰も思わないでしょうね」

「うん。僕だって自分の目で見なければ最終ラインと中盤厚くしたカウンターサッカーと誤解してしまうっす」


 俺の言葉に相槌を打つのは明智だ。こいつとはポジションも役割も似通っているので話す機会が多い。いつの間にか周りには仲のいい友達と認識されているようでちょっと癪に障る。でも、代表のチーム内で一番話しが合うのもこいつなんだよな。広くピッチを見る姿勢とか常にバランスを取ろうとするポジショニングとか、同じ中盤のゲームメイカーである明智と話していると考えがよく判るし、また刺激も受ける。

 と同時にどこか悔しさも感じてしまう。俺はやり直してようやくここまで来たのに、明智はそんなショートカットは無しで同等のレベルにいるのだ。だからこそ負けられない。今俺の一番身近にいるライバルでもある。


「ちなみに今度の日曜のヨルダン戦はどういう展開になると思います? 敵チームの情報は明智さんの方が持ってますよね」


 俺はもっぱら自分のチームの特色を生かす戦術が好みだが、明智は逆に敵チームを分析してその長所を消すのが巧みである。こういう部分では全く正反対だが、それが却って新チームの戦術の幅を広げていた。


「僕じゃなくて山形監督に聞けばいいじゃないっすか」

「あの監督の思考は基本的に攻撃中心ですからね、うちのウイングを下げるように進言した明智さんみたいな相手が嫌がる分析と対策を聞きたいんですよ」


 俺は褒めたつもりだがどうも明智はそう受け取らなかったようで「微妙な評価っすねー」と頬をかく。


「ま、味方にデータ隠してもしようがないんで話しますが、これはあくまで僕が独自に集めたデータで確実性は保障しないっすよ。もし監督の集めた情報と齟齬があれば監督の持ってきた方を優先して欲しいっす」

「了解」


 俺が頷くのを確認した明智は「では第一ラウンドからの相手の予想スタメンからっす……」と説明を始めた。



  ◇  ◇  ◇



「こんな所でまだ起きてらっしゃったんですか」


 どこか呆れたような声に、椅子をぐるりと回転させて山形監督は振り向いた。

 時計の短い針はすでに頂点を過ぎて、試合が行われるのは翌日ではなく今日になっている。

 山形はどこかばつの悪い表情を作り頭をかいた。監督室ではなく資料室にこもって考え事をするのが、彼は好きだったのだ。自分に割り当てられたあの広く立派な部屋より、このどこか雑然としたサッカーの資料で埋もれんばかりの部屋に親しみを覚えていた。

 だが、見回りにきたスタッフにわざわざ毎日綺麗にしてもらっている「監督室が嫌いでね」とは言いづらい。


「少し調べたいことがあってね……」


 と言葉を濁す。実際調べたい事はいくらでもあるのだ。今日の対戦相手であるヨルダンについても分析と対策は終わっているとはいえ、本当にそれで正しいのか何度も確認したいし、見落としがないかも気になる。

 さらにまだ率いて日の浅い代表チームについても、あのシステム変更が吉とでるのか不安や悩みの種は尽きない。


「どのような事でしょうか? お手伝いしますが」


 助力を申し出るこのスタッフは山形が雑用係にと連れてきたスタッフで、能力的には未知数だが一番信用できる相手である。以前からのスタッフなどと話をしていると「ここだけの話」がサッカー協会の上層部に筒抜けになってしまいかねないからだ。

 だとすると裏を考える必要のない彼とここで話し合いができるのは有益かもしれない。要は一人でぐるぐると考えを巡らすのが嫌になっただけなのだが、山形は対話で疲労した精神をリフレッシュしようと試みる。


「そうだな、じゃあ話相手になってもらおうか」

「私でよければ喜んで」


 相手のスタッフも言葉通りに嬉しそうだ。年代別とはいえ試合前日の代表監督の考えを聞けるのは自分の経験にとってもプラスになるとおもっているのだろう。

 そんな青年に山形は語りかけた。


「君は今の代表チームをどう思う?」


 僅かに顔を強ばらせた青年に「正直に言っていいから」と促す。


「はあ、率直に言って攻撃に傾き過ぎているのではないかと。いくらウイングを下げても、島津がいるかぎり守備の薄さは隠せません。もう少し守備に重点をおけばバランスのいいチームになるんじゃないでしょうか?」


 やや躊躇いがちに口に出されたのは常識的であり真っ当な物だ。だが、山形には少し違う思惑があった。


「それも間違ってはいないけどな。俺がこのチームを作ったのは何の為だと思っている?」

「はあ……アジア予選を突破して世界大会でいい成績を残すためでは」

「少しだけ違う」


 山形はどうして自分がここまで攻撃的なチームを作ろうとしたのか、その考えの一端を明かす。


「お前が言ったのもやらねばならない事ではある。だがな俺がこのチームでやらなきゃいけないと思っているのは……」

「思っているのは?」


 釣り込まれたのか前のめりで尋ねるスタッフに答える。


「カルロスに勝つ事だ。つまりは今あいつのいるブラジルに勝たなきゃいけないと思っているんだ」

「……なぜです? 山形さんはカルロスと直接の面識はありませんでしたよね」


 不思議そうなスタッフに会ったことはないなと認めて、だからこそと山形は力説する。


「前監督の残したチームもスタッフもそれに協会の上層部も、皆がまだカルロスの呪縛にかかっているように見えるんだよ。先天的なフィジカルの強い彼のようなプレイヤーがいれば勝てるのにってな。だからこそ俺は自分の作ったチームでカルロスを――そしてブラジルを倒すことで証明したいんだ」

「何をです」

「日本人でも必死に考えて努力し続ければ、相手がどこだろうと勝てるってな。だからこそ、あのブラジルに勝つためには最適だと超攻撃的なチームを作ったんだ。少しは堅守速攻のカウンターチームにも心が動いたんだが、ちょっとこの資料を見てみろ」


 と手元にあったブラジルの南米予選結果が示された紙を渡す。もうあそこは予選が終了して世界大会に出場するチームは確定している。


「これは……凄まじいですね」

「ああ、アルゼンチンと別グループに入るなどくじ運も良かったが、それでもブラジルは全試合で三点以上取っていやがる。比較的楽だったとはいえ相手は日本の予選で当たる敵よりも厳しい相手ばかり。そいつらがブラジルが相手だと守備中心の布陣で、しかも得失点差を考えて負けていても引きこもり続けた相手に対してもその得点差だ。攻撃力なら世界一ってのは誇張じゃないな」

「ええ……」

「そんな奴らを相手にして勝つにはどうしたらいい? 引きこもってカウンターを狙うのか? それを十八番にして毎回ブラジルやアルゼンチンと渡り合っているはずの南米の国々が、今回は予選で蹴散らされたのに? 日本が短期間でそれ以上のカウンター戦術を身につけられるとは思えない。ならば……打ち合うしかないだろう」

「だから攻撃的なチームを作ったと」


 山形は頷いて、椅子に深く座り直した。


「バランスを取って安定したチームでブラジルに勝てるなら俺はすぐにでもそうするさ。だが俺の計算上ではこれが一番勝算が高いと出たんだ。だがなぁ、ここで時間がないのがネックになる」

「チームの形を整えるだけで予選が始まっちゃいますからね」

「だから、このチームは後は実戦の――アジア予選という厳しい戦いの中で磨いていくしかない。幸い一ヶ月の練習より一回の苦戦が成長を促すこともある。それに期待して、世界大会までにどこまで成長してくれるかを祈るしかないな」

「アジア予選は突破するのが前提ですか」

「ああ、今のあいつらが負けるとは俺には思えない」

「同感ですね」


 山形はスタッフと忍び笑いを漏らす。彼らの当初の想定を超えて今のチームは強くなっている。


「上杉・山下・島津・明智・足利と前監督はよくこれだけの人材を使わずに放っておいたもんだな」

「使いたかったみたいですけどね。どうにも自分の掌の上で踊ってくれるタイプじゃないと見切りをつけていたようです」


 スタッフの言葉に頷く。山形の集めた新メンバーは誰をとっても制御が難しそうな少年ばかりだ。


「なるほど、みんな他人の意見に耳を傾けるタイプじゃなさそうだしな」

「明智と足利は中盤のバランサーとして柔軟に役割をこなしていますが?」


 山形監督は苦笑して首を振るとスタッフの疑問に答える。あいつらが従順なはずがない。

 

「いや、攻撃一辺倒の奴らより、あの二人の方が頑固だぞ。自分が納得しない限り絶対にプレイスタイルは変えんだろう。そのくせチームは動かし易いようにどんどん変化させやがる。特にあの足利って小僧は危険だな」

「そうでしょうか、試合前に話しをしたり監督の意図をくみ取って行動しているようですが」

「ああ最初は奴のゲームメイク能力と基礎技術の高さに注目していたんだが、最初の――あー無効試合になった練習試合であいつの修正能力に驚かされた。前半まるでいいところがなくても、落胆するどころか最適解を探してすぐに修正してきた。あんなに器用に試合中にチームの戦術を修正できるなら監督はいらんかもしれん。自身の手で選手を管理したがる監督にとっては鬼門だな。俺がどちらかといえば放任タイプで助かったよ、喧嘩せずに済むからな。だがまあリスクもあるが、足利の才能は大会本番の短期決戦では大きなアドバンテージになるはずだ」

「ならばブラジルに勝てますかね?」


 さあ? と山形は肩をすくめる。彼は自分の選択できる中で最も勝率が高くなるであろう作戦を選んだ。だが、それで勝てるかどうかはまた違う問題だ。人事を尽くして天命を待つ、すでにその心境に彼は至っていた。

 ならば今山形にできる事は――。


「あいつらが勝てるように祈るだけだ」

「それ監督の仕事ですかね?」


 坊主や神主か牧師のやる仕事でしょうと突っ込むスタッフの疑問ももっともだ。だが山形監督にはこれ以上するべき事が見つからない。


「まあ、だからといってやって悪い事もないだろう」


 目を瞑ると心の底から山形は祈る。どうかあいつらが世界の舞台でも勝てますように、と。


 この時山形監督も若いスタッフも忘れていた。アジアで戦う敵もまた世界への扉を開けようと必死な事を。そして、チームやメンバーを変えられるのが日本チームだけの特権ではない事も。



 ――そしてアジア予選第二ラウンド初戦、ヨルダンと戦う朝がやってきた。





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