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やり直してもサッカー小僧  作者: 黒須 可雲太
第二章  中学生フットボーラーアジア予選編

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第十話 逆襲を開始しよう


 後半開始してからしばらくは、ほぼ俺の想定したように推移していった。

 向こうのチームは前半同様に守りを固めた手堅いカウンター戦術を続行。それに対してうちの赤組は変わらず突撃体勢で襲いかかる状況だ。

 だが今はうちのDFラインは上がっていないために、中盤には敵が活用できる広大なスペースが存在する。この隙を三人だけで埋めるのは不可能だと判断して俺達MFは罠を張っておいた。出来ないのではなく、わざとパスコースを遮断しようとせずに意図的に残しておくルートも幾つか存在するのだ。全部のパスコースは潰せないが、俺が誘導してチェックしている範囲内にきたらボールを狩れる。 

 中盤の左半分は知らんがな。あっちはあっちで明智がどうにかしてくれるはずだ。

 これは信頼とかではなく責任の押しつけに近いが、あいつならやってくれるはずだ。たぶん。


 さっそく、敵のパスが俺のセンサーに引っかかった。カウンターであれば本来はDFからのロングパス一本というのが手順が少なくて理想的なのだろうが、相手は三・五・二でMFが五枚もいる。中盤が厚くて元々カウンター向きとは言えないこの陣形では、中盤を経由しなければ質の高い前線へのパスの供給は難しい。

 だから、ほら。わざとマークを緩めていた敵の左サイドのMFへのパスを注文通りにカットできた。明智と左ウイングのプレッシャーから逃げるようなパスをじっと待ちかまえていたのだ。これまでにさんざん島津が上がった穴だと狙われ続けていたんだ、いいかげんにこのパターンも読めるって。


 今までは通用していた攻撃パターンが止められたせいで、僅かに前のめりになって急停止する敵チーム。それを尻目にこっちが逆襲をかける番だ。

 そろそろウイングのポジションにも慣れたでしょう。目を覚ましてくれませんかね先輩! そんな思いを込めて蹴ったパスが山下先輩の下へと渡る。さあ、ここまであまり働いていなかった先輩の出番ですよ。

 カウンターのさらにカウンターという速攻には効果的な場面である。このままフィニッシュまで持っていってください。

 山下先輩は久しぶりに俺とのホットラインがつながったのが嬉しいのか、喜々としてドリブルを始める。そのスピードは大した物だが、相手も放っておくわけがない。すぐにゴール方向へ壁を立てるようにDFが立ちはだかる。

 だが、こっちの右サイドにはFW以上に攻撃的な男がいるのを忘れてないか?

 ウイングである山下先輩を追い越すように島津がオーバーラップしてくる。すかさず彼にボールをはたく先輩に速度を緩めることなくダイレクトでパスを返す島津。

 ペナルティエリア前でDFをかわすワンツーが綺麗に決まった。


 他のDFが来る前にと、山下先輩が蹴った渾身のシュートは横っ飛びしたキーパーに弾かれる。そのルーズボールの向かうバイタルエリアには明智の姿が。さすが良いポジションセンスを持っているなあいつは。

 明智は右サイドのごちゃつきを見て自分で撃つのかと思ったが、自分にDFが付く前に左足をコンパクトに振り抜き、より危険な男へのパスへと変える。

 上杉はパスが来るよりも早く――それこそ明智がボールを持ちそうになった瞬間にゴールするための動きを始めていた。ボールの行方を目で追っているDFの視界からバックステップで逸れてマークを外すと、死角である背中側に回り込むようなルートで改めてゴール前に飛び出したのだ。


 その足下へピタリと収まる絶好のボール。上杉はまだ体勢の整っていないキーパーを無視するようにゴールのど真ん中へと蹴り込んだ。

 先輩へパスを出した後、下がり気味に島津が上がったスペースをケアしていた俺の背筋にぞくりと冷たい物が走る。

 今のはゴール前であれだけ冷静な動きができる上杉も凄いが、それ以上にセンチ単位の誤差もなくラストパスを送った明智の技術が見事だ。まるで俺と山下先輩クラスのコンビプレイ――ってこいつら今日顔を合わせたばかりなんだよな。


 ぐっと拳を握りしめて、またもや雄叫びを上げている上杉と明智に歩み寄る。

 サッカーに関してだけは誰にも負けてたまるもんか。例え味方であるこいつらにも。

 挑戦の意志と若干の悔しさを込めて二得点目のエースストライカーの背中を思い切り叩くと、まだ得点した興奮の残っているらしくレーザーじみた視線で睨まれた。なぜだろう。



 ともあれ、一点差に追いつき気勢の上がる赤チームと舌打ちして苦い表情の白チームと対照的だ。

 まだ敵がリードしているのだが、それはあまり気にならない。なぜならこっちは「攻撃は十トンハンマーで防御は鍋の蓋」という具合に攻撃に偏ったチームだからだ。つまり点の取り合いになれば自動的にこっちのペースになっている事を示している。


 相手のキックオフから敵の攻撃が始まるが、どうも精神状態が表れているのか微妙にパスが荒い。これなら、前線でプレスをかければなんとかなるかと思ったがさすがにそう甘くはない。

 いや、判ってはいたのだが甘かったのは俺の予想、いや正確には味方FWの守備意識の低さだ。敵のボール回しをほとんど檻の中にいるパンダを眺める感覚でぼーっと突っ立って見ているだけだ。

 敵もプレッシャーがかからない状況に落ち着いたのか、いいタイミングで白チームのトップ下にパスが入る。

 

 くそ、エリアで分ければそこは若干だが右側で俺が担当するべき場所である。どう守るか迷った時相手がトラップをミスしたのか大きくボールを体から離した。

 ええい、行ってしまえ! 前線の突撃思考に感化されたのか、じっと待って相手の攻撃を遅らせる選択をせずに我慢しないでボールを取りに飛び出した。

 その瞬間に失敗して焦っているはずの敵のトップ下の口元が歪んだ。

 直感でミスをしたのを理解する。まずい、これは罠だ。

 しかし、ここまで来ては引き返せない。今できるのは俺が空けた穴に敵がパスするより早く、ボールを奪取しようと全力を尽くすぐらいだ。

 必死にダッシュするが、走り寄るのと少し離れたボールをキックするのでは後者の方が圧倒的に速い。俺が近付いた時点ですでに敵のトップ下はパスの予備動作を終えていた。

 

 しかしその体勢で相手が凍り付く。その表情はまるで幽霊を発見したかのようなぎょっとした顔だ。

 刹那の隙を逃さずに相手からボールをかっさらったが、取った後で鳥の目で状況を確認した俺でさえも動揺を隠せない。

 何と島津がトップ下のパスを出そうとしていた右サイドのディフェンスをしていたのだ!

 ……いやまあ冷静になって考えると、サイドバックがセンターハーフの後ろで守備をしているのに何の不思議もない。だが、島津が守備をする――いや俺より後ろに位置どっているのさえ、リスタート時ぐらいにしかなかったのになぁ。

 

 とにかく確保したボールをいったんアンカーに預ける。その途端にまた右サイドを島津が駆けあがる。それに応じて敵の守備陣が微妙に右サイドへと重心を移した。なにしろこっちの右サイドは島津と山下先輩のドリブラーが二人もいる。敵としても人数をかけて守らねば! と警戒心を刺激されるだろう。

 フリーになる位置へ移動して、改めてアンカーからボールをもらい直す。

 右に防御が偏っているな、なら! と左サイドへ開いた明智へとパスを出す。右へ傾きかけていたDF陣は慌ててディフェンスの修正をしようとする。その左右に振られてDFがぶれている隙に俺がぐいっと前へ出る。

 これまでは前線が厚く自陣は薄かった為に上がるのは自重していたが、守備陣が左右に動かされて中央がぽっかりと空いている。ここは出るべきだろう。


 決断した俺の下に明智からタイミング良くボールが戻ってくる。よし、中盤の真ん中に穴があいている。今がチャンスだ。

 空いたスペースを全力で走る俺のドリブルがミドルシュートの撃てる危険なエリアまで来たと判断したのか、相手のDFがついに上がって止めに来た。

 どうする? 鳥の目で観察すると、上杉は敵のマークを外そうと不規則な動きをゴール前で繰り返している。島津は右サイドの斜め四十五度の自分が一番切り込みやすい角度でスタンバイしている。この二人に加え、俺までも中央よりやや右側から攻めてきたと敵はマークをつけたんだ。必然的にこの人がフリーになるよな。

 パスコースは潰しているつもりかもしれないが、そこが開いているんだよ。


「いいかげんに決めてくださいよ山下先輩!」


 俺が詰め寄る相手の股の間を抜くパスを、先輩の前一メートルに送る。あそこなら一歩踏み込んで右足のダイレクトシュートを撃つのに最適なポイントのはずだ。

 

「待ちくたびれたぞ、アシカ!」


 そう叫んで山下先輩は俺のイメージした通りに一連の動作を淀みなくこなし、見事にゴールネットを揺らす。

 よし、今のパスにシュートは数センチも想定を外れていなかった。俺の技術は明智にも負けていないぞ。チームが得点した喜びだけでなく、自信をも蘇らせた熱が体を駆け巡る。 


「見たか、俺のゴールを!」


 同点に追いつく得点をして山下先輩が大声でアピールした相手は敵ではない。観戦していた監督やアシストした俺でもなく、ここまで二得点の上杉に対してだった。どうやら相当な対抗心を持っていたらしい。敵DFの「なんだこいつら」と言いたげな視線を無視してお互いが真正面から睨みあっている。

 ……ああ、こいつら同種の犬がどっちがボスかを決めるような感じなのかな。

 山下先輩はカルロスを相手にした時もライバル心を剥き出しにしていたし、ポジションは違うとはいえ同じ点取り屋としては上杉には負けたくないのだろう。俺も明智に対し微妙なライバル心を持っているからよく理解できる。

 だが、こんなところでいつまでも睨み合いをしていてもらっても困るな。


「どうどう、お二人さんともこんな所で喧嘩するよりどっちが点を取れるかで勝負したらいいじゃないですか」


 俺としては闘争心を試合に向ける良い方便だと思ったのだが、二人のぎらりと輝く瞳がこちらを向いた時に何かを失敗したのだと気づく。


「なるほど。それでアシカは当然その勝負には俺に協力してくれるんだよな?」


 山下先輩がこれまでに聞いたことがないほど優しい声で確認を取る。


「センターフォワードにアシストせんゲームメイカーはいらんわなぁ」


 上杉はなぜか壊していない方の右拳を自分の顔の前で握りしめる。

 え? なんでこんな「アシカはどっちを選ぶんだ?」という展開になるんだ?


「ちょっと、何やってんすか。もう試合再開されるっすよー。同点になったからと気を緩めて遊んでないで戻ってきてほしいっす」


 そこへ声をかけてきた少年がいた。よし、この瞬間の俺の目は二人のFWに負けないほど光っていただろう。君に恨みは……あるな。さすがに小学生の時の試合で削られた事はもう時効にしても、さっきのキャプテンのドン・ロドリゲス事件は許せない。こいつがキャプテンの名前を真田だなんて嘘つくから話がややこしくなったんだ。……あれ? どこか間違っているような気もするが、まあいいか。


「ああ、だったら明智さんはどっちのストライカーが組みやすいんでしょうかね? 聞いてみましょうよ。俺は山下先輩とコンビを組んで長いから客観的な評価は難しいですからねー」


 と言いつつじりじりと後退をし続け「もうすぐ笛が鳴るな」ときびすを返して離脱に成功した。

 後ろで「え、何っすか?」と困惑の声が聞こえたが、きっと空耳だろう。

 そんな事よりようやく同点に追いついたんだ、これからが正念場だな。


「ちょ、ちょっとアシカ君、ヘルプ・ミーっす!」


 うん、今日は空耳が多いような気がするが、そんなハンデにも負けないで試合に集中しなければな。ああ、そうだ。再開されるまでに、代表キャプテンのロドリゲスとディフェンスの打ち合わせをしなければ。忙しい忙しい。


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