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やり直してもサッカー小僧  作者: 黒須 可雲太
第二章  中学生フットボーラーアジア予選編
81/227

第八話 このチームならばやれるはずだ、たぶん。

 新しくスタメンに指名された俺達赤組の先攻で、練習試合開始のホイッスルが鳴る。

 さてどうするか、少しだけ頭を悩ませる。今伝えられたフォーメーションと顔を合わせたばかりのメンバーでいきなりの実戦に放り込まれたのだ。これではチームが組織としてまともに機能する方がおかしいとさえ言えるだろう。

 それでもここである程度の力を見せなければ、このメンバーと戦術をベースにして戦おうという監督の基本方針まで崩れてしまうかもしれない。特に新入りでいきなりスタメンを与えられた俺達は、他のチームメイトからさえも新監督の山形のお気に入りとでも思われているようだからな。

 この試合でいいパフォーマンスを見せる事ができなければ、メンバー選考がただの監督好みかどうかだけだと思われて、スタメン落ちしたメンバーに対する監督の求心力までもが失われてしまいかねない。

 だから、これはただの練習試合と甘く見ずに全力で勝ちにいく必要があるな。

 要は試合でベストを尽くせという事か――なんだいつもやっているのと同じじゃないか。


 すっと肩の力が抜けた時にセンターサークルにいるFWの上杉からボールが下げられた。

 所属するチームをはっきりさせる為に渡された赤いビブスをトレーニングウェアの上につけた俺は、パスを受けつつピッチ上全体を把握する鳥の目を使って、天からの視点で相手の陣形を確認した。

 うん、予想通り敵のフォーメーションは典型的な三・五・二だな。前監督の採用していた中盤を厚くしたオーソドックスな……あれ?

 

 俺が疑問に感じたのは敵の布陣ではない。味方の配置である。

 具体的には右のサイドバックのポジション取りがおかしい。

 一つお伺いしたいのですが、キックオフ直後の場面なのになぜ右サイドバックの島津様は、すでに味方のFWを追い越すどころか敵陣の守備の最終ライン近くまで到達していらっしゃるのでしょうか? 笛が鳴ったのを短距離走のスタートの合図とでも間違われたのでしょうか? 始まりの笛の音に合わせてダッシュしなければこんな短時間でそこに行けませんよね? 

 一瞬でこれだけ島津に問いただしたい事が大量に、しかもなぜだか敬語で頭を巡る。だが、それはとりあえず後回しにしてノーマークの――そりゃそうだ、残り時間僅かでリードされた状態ならともかく試合開始の直後に敵のDFがいきなりオーバーラップしてきたら敵も困惑するだろう――の島津にパスを出してお手並み拝見といきましょうか。


 キックオフされたばかりで三人のFWがまだセンターサークル付近にいるにも関わらず、右サイドの敵陣深くにロングキックを放った俺の行動は一瞬両チームの誰にも意味が判らないようだった。まるで敵に攻められた時の苦し紛れのクリアのような行動だったからだ。

 だが俺からのパスの先になぜか存在している赤いビブスの選手を発見した途端に、ピッチ上はいきなり騒々しくなった。

 開始十秒ですでに敵である白組のDFラインが破られようとしているのだ。敵もそしてはっきり言って味方もまだ状況に思考が追いついていない。

 

 こうなったちょっとした混乱時に個々人の持っている資質が現れるな。

 白組は組織だった守備をしているだけに勝手に動こうとはせずに、DFがお互いに声をかけ合ってチームとしての意志統一を果たすにはほんの二・三秒ほど余計な時間がかかった。

 こちらのチームは対照的だ。なにしろ赤組にはチャンスがあれば攻め上がりたがる奴らが揃っているのだ。

 相手が戸惑っているのなら勝手に体がゴール前に進むような突撃思考の連中がじっとしているはずもない。

 敵の守備が混乱から回復するまでの二・三秒という猶予は、こっちの赤いビブスをまとった攻撃好き達が敵陣に突入するには充分な間隙である。

 そう解説できるのは、いつの間にかうちが誇るスリートップの全員が敵ゴール前に集結しているからだ。味方で視界の広い俺でさえ「いつの間に?」と驚くような速度で走り込んできたうちの三人のFWに敵DFも焦ったらしく、急いでペナルティエリアにまで下がってきた。だが、さすがにぴったりと付く事はできずにまだマークが甘い。

 

 これならゴール前にセンタリングが上がればフィニッシュまで持って行ける。島津、できれば大柄なDFと空中戦で競り合うよりも、速くて低い触ってコースを変えればゴールになるようなボールを頼む。

 そう応援しながらも敵のカウンターとボールがこぼれた場合に備え、アイコンタクトのみで赤組MFの俺達三人は各々が前線の空けたスペースの補充に動く。


 ゴール前には手を上げて自分へ寄越せとパスを要求する赤組FW陣とクロスを警戒し緊張する白組のDF。だが島津の積極性は俺の想像の斜め上をいった。

 サイドを深く抉った角度のない所から強引なミドルシュートを撃ってきたのだ。

 ペナルティエリア付近に味方FWが三人に、それを止めようとする敵DFでごった返しているスペースのない中へ向かっての、道がないならどかすだけと言いたげな無理やりなパワーシュートだ。

 俺ならば絶対に撃たずにパスを選ぶ。いや撃たないのではなく撃てやしない。こんな確率の低いギャンブルなど。


 驚愕する俺の目の前で島津の放った弾丸のようなミドルシュートは、DFの肩に当たって上空へと跳ねた。シュートをまともにくらったDFはまるで上半身を銃撃されたように吹き飛ばされて、芝の上に倒れては咳き込んでいる。どれだけの威力があったんだあのミドルは。

 その跳ね上がったボールに一番早く反応したのは、さすがと言うべきか生粋のストライカーである上杉だ。

 ペナルティエリア内のマークがついている狭いスペースから弾かれたようにボールの落下点へと最短距離をダッシュして、まだ地面に落ちる前に体を反転させつつボレーシュートを放つ。

 自分が走ってきた方向への百八十度向きを変えながらのシュート。それも全力のダッシュから急停止をしながらというのは慣性を殺しつつ背後にある目で確認できないゴールへ撃つ事になるために、ボールを枠内へとコントロールするには高い技術が必要だ。

 その技をこのチャラいヤンキー風の上杉は、腕を強く振る動作だけで体のバランスを保って難なくやってのけたのだ。


 苦しい体勢からとは思えないほどの強烈なシュートはラインを上げようとしていたDF達の間を抜け、キーパーが反応する間もなくゴール左隅へと叩き込まれていた。

 開始一分足らずの速攻からのゴールに、得点された白組からはあっけにとられたような白けた空気が流れている。

 その春なのに寒い空気を破ったのは上杉の野太い雄叫びだった。

 決めたゴールと守備陣を睨みつけながら胸を張ると、首に筋と血管が浮かぶほど力を込めた叫びを上げていた。その姿はまさに野獣。得点を決めたにもかかわらず、あまりの迫力に味方である俺達の誰も近づいていけない。

 こんな時こそ精神年齢が大人である、空気を読まない振りもできる俺の出番だよな。


「ナイスシュートだ! 上杉さん!」


 明るい祝福の言葉とともに背筋が盛り上がった背中を思い切り叩く。うむ、良い手応えと破裂音のような高い音が響いた。これならば、さぞや立派な紅葉が背中についたことだろう。叫んでいる最中に背中に衝撃があったせいか、急にむせ始めた上杉がちょっこっと涙目になって睨む対象を敵ゴールから俺へと移す。こんな表情だと年相応の幼さが伺えて、ちょっとだけワイルドなこいつが可愛く見えるな。


「いきなり何すんねん」


 上杉のその目にはすでにさっきまでの迫力はない。雰囲気が変わったのを察してか他のチームメイトも寄ってきては、楽しそうに彼の肩や背中をぺちぺちと叩いていく。

 特に山下先輩などはどこか悔しそうに一回叩いた後で、スーパーのお一人様一品のみの特売品を素知らぬ顔で二度並ぶ主婦のように時間をおいてもう一度背中にアタックしていた。

 

 やられている上杉の方は、俺を睨もうと向き直った背後からどんどん叩かれているくせに、痛みではなく戸惑った表情になっている。その様子はまるで子猫にじゃれ付かれて困惑する虎といった風情だ。微妙に動いている口元は「ワイのチームでさえこんな事されへんのに……」と鬱陶しいくせに嬉しそうな複雑な表情で呟いている。


 よし! そんな様子を眺めながら俺は胸の中では上杉よりも派手にガッツポーズを取っていた。このチームは攻撃に傾きすぎるきらいはあるが、個人の得点力だけなら世界でも通用しそうだ。

 正直俺からすれば最も協力が必要な部分である決定力を補ってくれる選手の目途がついてほっとした。小学生時代からすれば格段に向上はしているのだが、それでもまだ俺よりも山下先輩などの方がよく得点してくれる。これはポジションだけでなく性格も絡んでくる問題だと思う。

 確率の低い所からでもばんばんシュートを撃てるようなメンタリティは俺にはない。常に確率の高い所へとボールを動かそうとしてしまうからだ。これはもっと得点力のある選手に成長するためにも矯正中だが、そうそう直るものでもない。それにボランチの奴が確率の低い場所から無意味にシュートを撃ちまくる訳にもいかないし、バランスを考えるとどうしてもアシストを重視するスタイルになってしまっている。

 

 そんな俺からすれば密集したゴールに強引にシュートを撃った島津、難しい体勢からのボレーを迷わなかった上杉とどちらも理解しがたい人種ではある。だが同時に心強い仲間であることも確かだ。

 

 これならいける。山形監督は間違っていないぞ。このチームの攻撃力ならば世界とも戦えるだけのポテンシャルを秘めている。

 手応えを感じた俺の唇には、たぶんいつものボールをパスされた時のような笑みが浮かんでいるだろう。



 そして世界と渡り合える戦力だと確信した俺達の赤チームは、前半を終えた時点で一対三と相手の白組にリードを許していた。


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