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やり直してもサッカー小僧  作者: 黒須 可雲太
第二章  中学生フットボーラーアジア予選編
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第七話 十一を分割するだけなのに難しいね

 山形監督が顔をしかめて腹をしきりと撫でながら代表メンバーを集める。どうやらこれからの基本方針を話すらしい。これは気合いを入れて聞いて、きっちり理解しなければ。監督がどんなサッカーを目指してどんな戦術を使うのか、頭に入れておけば練習効率が段違いになるからな。

 こほん、と咳払いをした山形監督は胃の辺りに添えていた手を後ろに回し、胸を張ってその髭面で俺達を見据える。


「まず最初に言っておくのは、このチームは二ヶ月後のアジア予選第二ラウンドとその後の世界大会に勝つために作られたチームだということだ。当然ながらアジア予選で敗退したらこのチームは即解散して、俺は首になる。お前らもきっと谷間どころかどん底の世代と笑われるぞ。それが嫌なら勝て! 勝つために俺はお前らを集めたんだ」


 眼光鋭く俺達に置かれた状況の危うさを訴えかける。その表情は真摯でとても嘘を言っているようではないので、たぶん彼の首がかかっているのは本当なのだろう。それを今話して子供にプレッシャーをかけるのはどうよという気もするが、秘密主義でどこか閉塞感のあった前の代表監督よりはまだましかな。

 おっと熱の入った監督の話が具体策に入ったようだ。


「このチームは熟成させるだけの時間がないから、基本となるフォーメーションと戦術にレギュラーを決めた後は、練習試合を多くこなして細かい修正をしながら急ピッチで仕上げていくぞ。だから疑問があればすぐに俺なりコーチなりに質問しろ。迷いを持ったままプレイしても何も頭に入らないからな。判ったか?」

「はい!」


 皆が真剣な表情で答える。


「じゃあまずは基本フォーメーションからだ。予選の第一次ラウンドは深刻な得点力不足に陥っていたな、それを解消するために思い切った変更を加えるぞ。現行の三・五・二から四・三・三への移行だ」

「ちょっと待ってください! 時間がないのにスリーバックからフォーバックへ変更するんですか? 守備のシステムが一からやり直しじゃないですか!」


 いきなりの大幅な転換に顔色を青くして抗議の叫びを上げたのは、キャプテンマークを巻いたDFだ。名前は……確か、えーと、誰だったっけ? とにかくそいつの抗議も当然と言えるだろう。

 今までやっていた三・五・二というのはDFが三人でMFが五人それにFWが二人というスタイルだ。これをDF四人とMFを三人にFWを三人にすると言うのはつまりチームのほぼ全てを入れ替えると言っても過言ではない。特に守備のリーダーである彼にとっては、ディフェンスの考え方そのものが変わりかねないこのシステムの変化は一大事だ。


「まあその懸念はもっともだが気にする必要がない。今、便宜的にフォーバックとしただけで、実質はスリーバックになるのは間違いないからな。お前には今まで通りそのディフェンスラインの統率を頼む」

「どういう意味ですか?」


 尋ねる声は困惑に満ちている。うん、そうなるよな俺にも意味判らないもん。


「島津を右のサイドバックに入れるという事だ」


 周りから「おお」というどよめきが上がる。それには驚きだけではなく「ああ、なるほど」といった成分も含まれている。どうやら「島津がDFに入る」という説明だけで、四人のはずのDFが実質三人になるのを皆が納得したようだ。どんだけ攻め上がってるんだよ、あいつは。

 その指名された島津はすました表情は変わらないが、頬がわずかに紅潮し唇が軽くつり上がった。


「承知した」


 答える声も凛として迷いなどどこにも感じ取れない。だがその佇まいからいきなりレギュラーに抜擢された事への喜びと覇気が発散されている。ちぇっ、いいなぁ。


「それで、話しの途中だったが良い機会だから俺の考えている基本的なスタメンを発表しておくか」


 そう言って監督から名前が告げられていくうちにざわめきは大きくなっていった。なにしろ今回初選出された俺達五名の名が全部入っていたからだ。

 島津はさっき言ったように右のサイドバック。上杉はセンターフォワードで俺と明智はボランチより少しだけ前目のポジションで、センターハーフという攻守の軸となるチームのど真ん中のMFのポジションだ。そして山下先輩はトップ下ではなくFWとして右のウイングだと発表された。


 このチームのMFが少なく三人で逆三角形の陣形をとると、三人とも守備ができるのは前提となる。だから守備をあまりしない山下先輩はFWにコンバートされたんだろう。先輩ならシュート能力は高い上ドリブルは得意だし、ウイングの適性も高いはずなので悪くないと思う。

 俺にしてみればほんの少しだけボランチより守備の負担は軽くなり、ちょっと攻撃的になれる。まあ今までがボランチとしては前へ出過ぎと言う苦情もあったから、逆にここがベストのポジションかもしれない。


 しかし、FWを三枚のスリートップに、「ウイング以上に攻撃的なサイドバック」の島津まで加えるとはどこまで攻撃的なチームを作るつもりなんだこの監督は。この布陣はどうしても一点が欲しい場合のオプションならともかく、普通は基本のフォーメーションにはしないぞ。

 よほど一次ラウンドでは深刻な得点不足に悩んだんだろうな。まあ、アジア予選では日本は強国としてマークされているから、どうしても相手は引いて自陣を固めて守る引き分け狙いの作戦をとってくる場合が多い。それを打ち破るべく、より攻撃的にして失点のリスクを高めてでも勝利をもぎ取ろうとする監督の執念がこの作戦から如実に現れているようだ。

 自分の定位置を失った元レギュラーの選手やトップ下から移された山下先輩などはぶつぶつ文句を言っているが、山形監督は構うつもりはないようだ。手を叩いて、とりあえずまずは試してみようかと補欠組との練習試合を提案してきた。


 監督は軽く言っているが、俺達にとってはこの練習試合の意味は小さくない。ぽっと出の新加入組にポジションを奪われた元レギュラーなどは、いい機会だとばかり自分達の力を誇示して俺達を潰そうとしてくるだろう。

 だが、逆にここでいきなりいいプレイをしてみせれば、急造チームでもこれだけできるのだからと、かなりの潜在能力を持っていると認めさせられるはずだ。

 俺は手を上げて監督に時間をもらう。


「監督、練習試合まで十分でいいですから打ち合わせをする時間をください」

「ああ、そのぐらいならいいぞ。さっきいったスタメン組と控え組に分かれて準備しておけよ。控えの方も今まで通りのメンバーと戦術なら、お互い良く知っているだろうから簡単に一チームを作れるな?」

「ええ、俺達は問題ありません。むしろスタメンの方が新加入が多くてまともなチームにならないんじゃないですか」


 と控えに回ったメンバーからの強気な言葉には、俺達新レギュラーに対する控えめな挑発が潜んでいる。でもこいつの言うのももっともなんだよな。という訳で挑発はスルーして、さっさと新チームの皆と話し合いを始めよう。


「じゃ、手っとり早く話を進めるために俺が進行しますけど、それでいいですね? はい、反対なしと。それじゃあ、監督が言った通りのポジションで何か問題がありますか?」


 スタメンに選ばれた全員を「こっちだぞー」と集めると、俺は誰にも口を挟ませない速度でさくさくと進めていく。


「フォーバックなのかスリーバックなのかはっきりして欲しい」

「そこん所はどうですか、たぶん一番の問題になる島津さん?」


 代表のキャプテンで守備の統率者からの当然の疑問に島津は肩をすくめた。


「オフサイドラインの上下には加わろう。それ以外の組織的ディフェンスはするつもりがない」

「……という事で、普段は高めのオフサイドラインを引いて島津さんが攻撃に上がったらスリーバックに変更と言うことで頑張ってください。そちらのDFの三人は前のチームから一緒だったからそれぐらいできますよね?」

「君、アシカ君だっけ? 結構無茶言うなぁ」

「最終ラインの苦労は他人事ですから」


 さらりと流して、次へと進む。


「じゃあキーパーさんは高めのラインに合わせて前目のポジションをとってください。DFとの最終ブロックは変わっていないんですから、何とかしてください」

「スイーパー兼用か、判ったぜ俺は結構足技が得意なんだ。任せろ!」

「得意だからって、上がってこないでくださいよ」


 念のための俺の釘差しに、キーパーは日焼けした顔をしかめる。


「キーパーが上がるわけないだろう。俺は島津じゃないぞ」

「すいません、小学生の頃チームに得点するのが好きなキーパーがいたんで。確かにあいつや島津さんとは違う常識人みたいで助かりました。頼りにしてますよ」

「うん」

「先程から俺のことをさりげなく誹謗しているようだが」

「気のせいです」


 ばっさりと島津の言葉を切り捨てて話しの流れを元に戻す。うん、俺は嘘は言っていない。さりげなくなんてなかったからな。


「ええと、DFとキーパーが終わりましたから。次はMFということで、俺と明智さんがピッチ中央のセンターハーフの位置で左右に並んでその後ろにボランチ――というより守備専門のMFであるアンカー役が一人、と。俺と明智さんも守備は下手じゃないので守りの負担は軽減できると思います。できますよね明智さん?」

「そりゃもちろんっすよ」

「俺も明智さんも体で止めるってタイプじゃないのでアンカーは忙しくなると思います。でも俺達はバランス取りとパスカットはボランチをやってた頃から得意なので、それ以外の積極的なディフェンスをアンカーには期待してます」


 守りも任せろと力強く断言する明智は信用できるだろう。もう一人のほぼ守備に専念してもらうアンカー役からも、その泥臭いが重要な役割に対する文句はなさそうだ。


「ではFWですが、中央に上杉さんと左右にウイングがサイドで張るスリートップですね。これは提案なんですが、通常のウイングみたいに左右からゴール前にセンタリングをあげるんじゃなくて、ゴールへ切り込んでシュートまで行くのを第一目標にしてもらえませんかね」

「うん? どうしてだ?」


 と疑問の声を右ウイングである山下先輩が上げる。


「山下先輩とは同じチームに所属していたから判っていますが、左ウイングの方も純粋なウインガーではありませんよね。これまで代表チームは二人のFWで戦術は中央突破でしたから、この手のサイドからクロスを上げるタイプは需要がなかったんです。でもお二人はドリブルが上手いので自分の力でサイドからゴール前まで行けるならフィニッシュまで行ってもらおうと」

「なるほどシュートが第一目標で、ゴール方向へのディフェンスが堅ければ次善の手としてサイドを抉ってクロスを上げろと」


 頷く左のウインガーも文句はなさそうだ。


「ええ、これは批判じゃないですがセンターフォワードの上杉さんもさほど身長が高くありませんし、空中戦ではサブ組の大柄なDF陣と争うのは厳しいでしょう。ですからFWは三人ともアシストするより自分でゴールするつもりでいてください。アシストは俺達が引き受けますから。ねえ明智さん」

「了解っす」

「ほら、明智さんもこう言ってるし。任せてくださいよ」


 そこで島津が再び手を上げる。


「俺はどの機で攻撃参加すればよい?」

「ああ、うーんと、好きにすればいいんじゃないですかね。山下先輩は右サイドから内に切れ込んで行くはずですから、右のサイドライン沿いはフリーになるはずです。オーバーラップしたいならスペースはいくらでもあるでしょう。上がればタイミングを計って俺達がパスを出しますから」

「承知した。では好きに上がらせてもらおうか」


 この言葉の意味が、そして島津というDFはウイングより攻撃的と言われる表現が嘘ではないと判ったのは試合開始直後の事だった。


「それでFWの三人と、それに後よく攻め上がるって聞く島津さんはどのぐらい守備の負担をしてくれますかね?」


 俺からの問いに対する各々の反応は以下に述べるが、名前を出さなくても誰がどう答えたか判る回答ばかりだった。


「そうだな、パスコースを切るのとDFのチェックぐらいならやるよ」

「え、今までそういうのはアシカに任せてたしなぁ。今回も頼むぞ」

「守備が不得手だから俺はオーバーラップを繰り返している」

「守備? なんやそれ美味いんか?」


 ……こいつらって、もうどこから突っ込めばいいんだ。モダンサッカーの基本でもある最前線からのプレスなど夢のまた夢だな、こりゃ。俺のため息と監督の「よーし十分経ったぞー!」との声が重なる。もう時間がないからこれでいくしかないのだが、激しく不安だな。


 こうしておそろしく適当な作戦方針と攻撃に偏重したチームの話し合いは時間によって打ち切られた。

 


 この後にたぶん代表の誰もが思い出したくもなく、山形監督に尋ねても「あの練習試合は必要だったんだ。いや、でもやらないですむならやらなかった方が、ああ、思い出しただけで胃が痛む」と言わしめたゲームである。

 その場にいた者達全てに口止めがされたにも関わらず、なぜか後々まで語り草となったある意味伝説の練習試合が今開始されたのだった。

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