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やり直してもサッカー小僧  作者: 黒須 可雲太
第二章  中学生フットボーラーアジア予選編

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第六話 新たな仲間と顔合わせをしよう


「それでは、今回新たに我がアンダー十五の日本代表に加わった五人を紹介しよう。まずはFWの上杉だ。お前達も知ってるんじゃないか? 今年の全国中学選手権の得点王だからな。

 それにMFの三人は、年齢順に山下・明智・足利だ。こいつらも全国の常連だから、よく小学生時代やユースで対戦したことがあるはずだよな。そして最後にサイドバックの島津だ。こいつも全国中学選手権でDFのくせに試合中にウイングより攻め上がっていたのが随分と話題になってたから覚えているだろう。この五人を加えて、ようやく新しい代表チームが誕生した。

 今度のアンダー十五の世界大会まで練習する期間は少ないが、ジュニアユースや部活動は最大限の協力を約束してくれている。その好意を無駄にしないためにも是非とも優秀な成績を――もっとはっきり言うと優勝を狙わなければならない。

 皆、これからは俺達は世界大会で優勝するんだと、その事を常に念頭に置いて練習するように」


 山形監督の檄に返ってきたのは戸惑ったようなばらついた返事だった。山形監督は髭面のその無骨な顔で微かに眉をひそめたようだが、すぐになんでもないような表情をとりもどして「それじゃウォーミングアップを始めてくれ」と指示を出す。


 紹介される際に俺達新入りが五人が並んで前に整列していた場所から、見本となるアップをするコーチと入れ替わるように代表チームの中に混ざる。

 すれ違う中には小さく手を振ってくれる選手もいたが、ほとんどはこっちに視線を合わせて軽く頷くぐらいの反応だ。

 代表の練習のやり方など俺や山下先輩は小学生以来で、どんな手順だったかもう完全に忘れてしまっていた。コーチのやるアップの仕方をジュニアユースと異なっていないか注意深く見つめながら、自分の肉体に少しずつ熱を入れていく。

 ふと気がつくと、さっき呼ばれた新加入の五人だけが見本のコーチを見つめて体を動かしている。今回加わったメンバー以外はほとんどコーチを見る事もなく黙々とアップをしているから、新メンバーは俺も含めて皆代表に不慣れなんだな。


 場に慣れていないのが俺達だけじゃないのが判ると、肩の無駄な力が抜けるぐらいに気が楽になった。前回の合宿の時以来、明智も代表には呼ばれていないようだし、他の二人も紹介を聞く限りでは初参加らしいしな。

 まあ、前の監督はチームメンバーをほぼ固定していたからなぁ……。


 とりあえず新入り同士でコミュニケーションをとろうかと、アップが終わると監督とコーチが話し合っている間のちょっとした空き時間を利用して話しかける。


「さっき監督が紹介したと思うけれど、足利 速輝(あしかが はやてる)です。一番年下なんでアシカって呼んでください、これからよろしく」


 最年少としての謙虚さとできるだけフレンドリーな笑顔をと心がけたのが良かったのか、どこか胡散臭そうな顔つきであったが新参メンバーは皆が挨拶を返してくれた。

 ジュニアユースか中学のサッカー部で活躍していたのだろうが、明智以外はほとんど接点がないので手探りで会話を構築する。


 まずはいかにもプライドが高そうなやんちゃ坊主風のFWの上杉からだ。確か全中の得点王というのだから、ユース出身ではなく中学校のサッカー部からの選出だよな。

 少し長めの茶髪を逆立てているのはファッションなのだろうが、一見した俺の感想は「ガタイのいいヤンキー風の兄ちゃん」だ。

 その強面の兄ちゃんに話しかける。


「俺が小学生の時には対戦した経験がありませんが、上杉さんはいつからサッカー始めたんですか?」

「あん? 中学入ってからや。まだ二年とちょいか」


 ……え? サッカー歴二年で得点王になったのか? 気がつくと俺だけでなく、新参組みに加えてこれまでの代表に参加していた人まで興味深そうに俺達の会話に耳を傾けている。


「たった二年でよく得点王になれましたねぇ。凄い才能があったのか、それとも凄い努力をしたとか」


 俺の疑問に山下先輩がいる辺りから「お前が言うな」というボヤキが聞こえたようだが、ここは無視しておく。


「はあ? よう聞かれるけど、点取るのに何の才能がいるっちゅーんじゃ。キーパーが守っとらんとこに玉蹴ったらええだけやないか」

「……え? それだけ?」

「ワイはそれしか教わっとらんし、それだけしかせぇへんよ」


 面倒げに答える上杉だが、そんなに簡単なはずがない。決定力不足とは日本のみならず、世界でもよく嘆かれるキーワードの一つだ。それが二年程度の練習で身に付いたのなら世界を狙えるクラスの天才ではないか。

 そんな奴は俺の前世知識には存在しないぞ。


「じゃあ、二年前まで何にもしていなかったんですか?」

「何や根ほり葉ほりよう聞くなぁ。お前は探偵か?」

「いえ、ただちょっと俺はシュートが下手なんで、どうやれば得点力がつくのか参考までに……」

「むー、まあええやろ。年下相手にムキになるのもアホらしいしな。元々ワイはボクシングをやってたんや。まあ小学生やからほとんど遊びみたいなもんやけど、たまにグローブとヘッドギアつけて殴り合うのが大好きでな。

ジムの会長さんもお前才能あるでと褒めてくれよったんやけどなぁ」


 彼は口をへの字形に歪めて左の拳を掲げて見せると、そこには時間が経過したはずなのにまだ生々しい傷痕とそれを縫合した痕跡が残っている。


「事故でこの拳を怪我で壊してしもうて、もうボクシングは無理なんや。そん時にうちの監督さんにサッカーせぇへんか誘われて、それからや」

「はあ、なるほど」


 予想以上に重い話を聞いて、雰囲気に押されるように頷く。そうか、拳の怪我でボクシングを断念してサッカーに転向したのか……。


「いや、おかしいだろ。ボクシングとサッカーは関係ない、どちらかっていうと手と足でする真逆のスポーツだよ!」


 思わず敬語を忘れて突っ込んだ俺は悪くないだろう。周りの人も上杉の話に聞き入っていたのが我に返ったように「確かに」と同意している。


「おお、ナイス突っ込みや。お前漫才の素質あるで」

「あ、それはどうも……ってだから、ボクシングとサッカーは関係ないですよね?」

「まあ、関係ないわな。監督さんも最初はサッカーのセンスあるなし以前に、ワイをほっといたらグレて何するか判らんでマズイ思うて誘ったらしいわ。けど一遍やってみたら練習試合とはいえ一人で五点取って、それからずっとチームのエースや」

「はあ、結局関係なかったんですねボクシングは」

「そうでもないで」


 上杉は片方の唇をつり上げて笑みを見せる。少し不良っぽい外見と相まって、危険な肉食獣の気配が漂う。


「サッカーもボクシングもワイからすれば、大して変わらへん。相手をぼこぼこにすればええだけや、直接殴れんぶんこっちのが面倒やけどな。そん代わりに相手DFも別に気にせんでええし、相手からいきなり殴られたりするよりずっと気は楽やな。なんで他のFWが敵に遠慮してワイみたいに点を取らんのか、こっちが不思議なくらいや」


 ……なるほど、大体判ってきた。天性の得点センスと格闘技をやっていた闘争心と強心臓が、怖いもの知らずで異形の点取り屋を生んだのか。

 前世では上杉などのストライカーはいなかったはずだから、どこでどうバタフライエフェクトが起こってこいつがここにいるのかも判らない。俺のどんな動きが引き金となってこいつがサッカーをするはめになったのだろうか?

 前回は上杉が事故で怪我せずボクシングをしていたのかもしれないし、事故で命を失っていたかもしれない。それは今ここで考えても判る事じゃない。という事はこれは余計な思考だな、うん、上杉のサッカーに関わるきっかけについては考えるのはもうよそう。今大事なのはこいつが使えるかどうかだ。

 サッカーを初めて二年で得点王になる決定力というのはどうにも理解がしがたいが、これ以上は実際にプレイしてみないと判断できないな。

 そうとなれば残りの島津にもバックグラウンドを尋ねておこう。


「島津さんは、いきなり空気を読まずに重い過去を語りだした上杉さんに匹敵するようなエピソードはお持ちで?」

「いや……他言するような事はないな」


 誰が空気読めん奴やと気色ばる上杉をなだめるように、坊主頭の島津は手で彼を押さえつつ言葉を続ける。


「DFのくせに攻め上がるプレイスタイルは、尊敬するサイドバックがそういうタイプだったからだ。俺と同年代のサイドバックにはそういった奴らが結構多いだろう」


 ああ、特にブラジルなんかは下手なウイングより攻める、悪魔の左足を持ったフリーキックの得意なサイドバックが有名だったよな。そういえばこの代表では俺より身長が低いのはこの島津ぐらいだし、同じように体格に恵まれなかったあの名サイドバックと似たプレイスタイルになったのかもしれない。なら良かった、この人は割と常識人のようだ。


「特徴を強いて上げるとすれば、サイドバックの俺がチームの得点王となったぐらいか」

「それ普通じゃないよ、かなり変だよ!」


 安心していた所に告げられた台詞にまたもや突っ込んでしまった。大体チームで一番点を取るのはFWである。まあ譲歩してもMFの中でも攻撃的なポジションについている者ぐらいまでだろう。サイドバックのくせにチームで最も点を取るなんて聞いたことがない。島津は常識的だと考えていた俺が馬鹿みたいじゃないか。


 とにかく新たなメンバーはかなり特殊な面々らしい。


「それで、アシカ……ってゆーたよな。他人にばかり聞いとらんで自分の事も話さんか」

「ええっと、話せって言われても。僕はごく普通のボランチですし」


 俺の言葉になぜか山下先輩や明智に周りにいた代表の選手までもが、口を揃えて突っ込んでいた。


「嘘をつくな!」


 と。

 え? 嘘はついてないつもりなんだけどなぁ。ああ、そうか。これを付け加えるべきだったんだな。


「こほん。すいません、訂正します。

僕は将来世界最高の選手になる以外は普通のボランチです」


 これでいいだろう。声を合わせて突っ込んだ後は、胡乱な目で俺を眺めていた山下先輩が「けっ」と小声を出して手を挙げた。


「あー、じゃあ便乗して俺も言っておくわ。俺も将来世界最高の選手になる以外は普通のMFだ」


 続けて明智までもが挙手する。


「この流れには逆らえないっすね。僕も将来世界最高の選手になる以外は普通のボランチっす」


 ……何、この居心地の悪い雰囲気は。周りの代表メンバーも「世界最高を宣言する奴が三人も……」とか「こいつら本当に大丈夫か?」といったひそひそ話をしている。さっきまで仲間の雰囲気をまとっていた上杉に島津までが、どこか一歩引いた様子でこっちを伺っている。

 監督なんか遠くで「なんでこんな問題児ばっかりが」と胃の辺りを押さえているじゃないか。

 

 ま、まあ言っちゃったものは仕方がない。ならこれからはそれを嘘にしないように努力するだけだな。


 こうして代表に初選出された全員がおそらく「今回加入した五人の中でまともなのは自分だけだ」と考えたであろう顔合わせは幕を閉じた。

 

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