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やり直してもサッカー小僧  作者: 黒須 可雲太
第二章  中学生フットボーラーアジア予選編
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第五話 皆に祝福してもらおう

 俺がジュニアユースクラブに足を踏み入れると、なんだかいつもよりも空気がざわついた感じだった。

 何があったのかと訝しみながらグラウンドへ出て挨拶をすると、ジュニアユースのチームメイトやスタッフが集まっている真ん中で監督が「おおアシカも来たか」と上機嫌で手招きをしてきた。その傍らには山下先輩もいるが、はてなんだろう? これだけ笑顔を見せているんだから悪い事ではなさそうだけど……。もしかして俺がもらい過ぎて始末に困った納豆を監督に贈ったあのお返しか? いや、それなら山下先輩とは関係がない。だとするとやはり先日の代表チームとの試合絡みの事だろうな。


「よし、アシカも来たから発表するぞ。うちの山下と足利の両名がアンダー十五の代表候補に選出された。はい拍手!」

「おおー!」

 

 よし! それを聞いた途端に俺はくるりと半回転し、ガッツポーズを小さく胸の前でとった後でまた正面へ向き直る。皆の前に顔を戻した時点では、すでにいつものクールな表情に帰っているはずだ。「アシカは大人っぽい」というこのユースでの評価を崩すわけにはいかないからな。

 俺がいきなり回転したのと代表に二人も選ばれたのに驚いたのか、一瞬の間があったがすぐに届いた素直な賞賛の声と拍手が響き、体中がくすぐったくなる。隣の山下先輩も口元をひくひくさせているから、きっと大口を開けて笑いたいのに真面目な顔するために歯を食いしばっているのだろう。

 やっぱりこうしてチームの皆の前で祝福されるのは嬉しいものだ。選ばれなかったチームメイトも内心は悔しいだろうがそれを表に出さず、笑顔で拍手の激励をしてくれる。こういった場面に立っているとスポーツマンシップというのが信じられるな。


 周りからの期待と羨望を込めた視線に、今回は前の代表合宿であったような不幸な出来事がないよう新たに就任した監督と相性が良いことを祈った。



  ◇  ◇  ◇


「ねえねえ、アシカ君ってサッカーの日本代表に選ばれたって本当?」

「ああ、年代別の代表ね。まだ候補でしかないし、監督と顔合わせすらしていないけれど一応そうなっているよ」

「へー、凄いんだね。もしよかったら有名な選手からサインとかもらってくれないかな」

「あー、すまない。俺はアンダー十五の代表だから、フル代表みたいに有名な選手はいないなぁ」


 どこから洩れたのか判らないが、俺と山下先輩が代表候補に名を連ねたというのは、ジュニアユースで知らされた翌日にはもう中学中に広まっていた。

 周りの生徒に持ち上げられるのはもちろん嬉しいのだが、露骨に態度が変化するクラスメイトなどもいるので純粋に喜んでばかりもいられない。

 あまりサッカーに詳しくなさそうな生徒が急になれなれしく話しかけてきたり、遊びのお誘いを受けても正直困ってしまう。幸い、俺の精神年齢はまっとうな中学生よりも上なので、全部愛想笑いでスルーしたがサッカー以外で気を使わせないで欲しいよ。


 そして寄ってくる生徒以上に気になったのが、中学のサッカー部員の態度だ。

 もちろんいじめや無視なんかはないし、そんなのを起こすような奴らじゃないのは知っている。なにしろ前回は同じ部活で一緒に汗を流した間柄なのだ。みんなサッカーが大好きな気のいい奴らだと理解しているが、どうにも俺に対しての態度がよそよそしいのだ。


 元々サッカー部とジュニアユースには微妙な緊張関係がある。サッカー部は「あいつらはちょっと上手いからって部活を馬鹿にして見下している」と思っているからだ。これは間違いない、なにしろ前回は俺もそう偏見を持っていた一員だったからだ。

 逆にユースに入って判ったのだが、こっちはこっちでサッカー部の大会が学校では大きく取り上げられ、クラスの話題になるのを羨ましく思っているのだ。自分達の方が実力は上だと信じてはいても、サッカー関係者でもない一般的な父兄が知っているのはサッカー部の活動の方がはるかに多い。それに対してちょっとした嫉妬が生まれてしまう。

 ゆえにお互いが対立するとまではいかないが、なんとなくぎくしゃくしてしまう。

 いっそ無関係な野球部や陸上などの運動部とかであれば話も弾むのだが、なんとなくサッカー部員とは話しにくいのだ。

 ま、仕方ないか。クラスメートに向かって笑顔で「応援してくれ」と答えながら、きっとサッカー部の奴らともいつかは前回みたいに馬鹿話なんかができるといいなと心から願った。



  ◇  ◇  ◇


「よかったねー、アシカってばモテモテじゃない。ん? どう? 嬉しかった?」


 そうどこか棘のある口調で背伸びして俺の頬をぐりぐりと指でつついているのは、一緒に下校している真だ。

 クラスでは自分の事のように自慢していたのに、なぜか今になってすねているのかいつもよりもつついている力が強い。

 とりあえず頬が赤くなるほどつつかれている人差し指を外し、反論を試みる。


「いや、サッカー良く知らない奴にちやほやされてもあんまり嬉しくないしな。……そういえば真もサッカーをほとんど知らなかったよな」

「わ、私は勉強したよ! 勝利中の十一人なんかわざわざゲームのハードまで買ってやり込んだんだからね!」

「……そりゃサッカーのゲームだろうが。まあ、無関心よりはずっとありがたいけどな」


 外された指をわたわたと上下に動かして「私、サッカー知ってるもん」と主張する真のさらさらと手触りの良い黒髪を撫でてなだめた。このぐらいで動揺してもらっていては困る。


「それにしても、応援してくれる人のほとんどが「納豆差し入れてあげるね」と言ってくるのはなぜだと思う? 納豆連続差し入れ未遂事件の第一容疑者の真君」


 そうこの疑問を追及しなければならないからだ。髪を撫でていた右手はとっくに拘束用のアイアンクローへと変化させている。


「ん? な、何の事かなぁ?」


 だがこの少女は頑固にも否認をするつもりのようだった。しかし後ろ暗い事があるのか、アイアンクローで顔を強制的にこっちに向けているにもかかわらず、眼鏡の奥の瞳を逸らして視線を合わせようとはしない。

 むう、心証と状況証拠で絶対的に黒なのだが断固として否定するつもりか。よし、では証言で止めを刺そうか。


「納豆を差し入れにきた人に尋ねたら、真が「差し入れは納豆がいいよ」って力説してたって話を……」

「そ、それは誤解だよ!」


 徐々に強まる握力から逃れようとじたばたしながら真は抗議する。


「何が誤解なんだ?」


 俺の質問に「とにかく手を離してー!」と真は嘆願する。掌の陰から覗く瞳にはレンズ越しにもうっすらと涙が浮かんでいるようだ。まずい、うっかり力を入れすぎたか? 


「す、すまん。そんなに力を入れたつもりじゃなかったんだが」

「メチャクチャ痛かったよ! 具体的には藁人形三号君に自分の髪を入れて釘を試し打ちした時ぐらいに!」

「え? いや悪かったのは確かだが、今回もその藁人形の時も頭が痛くなったのは気のせいなんじゃないのか?」


 謝る俺に、うずくまって頭を押さえ「うーうー、今度アシカの髪を三号君に……」と涙目で見上げる真がぷいっと頬を膨らませて横を向く。そのままの姿勢で「ん、痛かったんだからね、本当に。まったくもうアシカは子供なんだから……でも、もらった納豆を私に貢いでくれるなら、今のは水に流してもいいよ」というのはたぶん彼女からの和解勧告なのだろう。


「了解」

「ん、ならもう良いよ」


 あっさり涙が引っ込んだ真は自分の髪の乱れを手櫛で直し「ん、仲直り」と差し出された俺の右手をつかんで立ち上がる。え、今の涙は本気で痛かったからなのか? それとも演技? 判断がつかない俺の右手を引っ張ったそのままで、手をつないで歩きだそうとする真に対して尋ね忘れていた質問を思い出した。


「あ、そういえばさっき誤解だって言ってたけど、あれはどういう意味だ?」

「ん、私は「差し入れは納豆がいい」だなんて一言も言ってないよ。ただ私がアシカに差し入れするのはいつも納豆だよって伝えただけ」


 ……やっぱり元凶はこいつか。わざと誤解されるような言葉を使いつつ、嘘はつかないという高等テクニックを使ってまで俺に何がしたいんだか。


「ん、どうして怒ってるのアシカ?」

「いや、もういいや。とにかくその俺に納豆を押しつけるのは止めてくれ」


 俺の言葉になぜか真は口を大きく開けて目まで見開いた驚愕の表情を作る。


「ん? なんで? 私はアシカに納豆の素晴らしさを教えてあげたいとか、余ったら私に貰えそうとしか思っていないのに!」

「……思ってるのかよ。俺達は友達だろ、利用するのは止めてくれよ」

「んー、友達かぁ」


 つないだ手と反対の右の拳を顎に当てて考え込む真に、もう一歩で彼女の納豆の押し売りを止められるかもと希望を抱く。


「いや、親友で幼馴染みだったな。とにかく困ってるんだから止めてくれよ」

「ん、なら仕方ないね。皆には私から話をしておくよ!」


 機嫌が直ったのかつないだ手を大きく振って、ハミングしながら俺を引き連れる真に「なんで面倒がないように前回と同じ中学を選んだのに、厄介事が増えている気がするんだろう」と首を傾げてしまった。



  ◇  ◇  ◇


「ただいまー」


 真と手をつないだままの下校を強制され、ようやく安息の地である自宅へとたどり着いた。ふう、代表に選ばれたからって学校でも気を緩められなくなるのは困る。もう少し交友範囲を広げるべきか? しかし時間が……。

 そんな悩みに頭を捻っていると、母が「はい、お帰りなさい」と出迎えてくれる。

 そのエプロン姿と香ばしく甘い香りがお菓子を作っていたと告げているな。クッキーかなにかだろうが、母の作ったお菓子には外れがないから安心できる。


「おやつを作っていたの?」

「ええ、速輝(はやてる)が代表に入ったお祝いにね」

「そりゃ感激。今日一番嬉しいプレゼントだよ」


 少なくとも学校でもらったねばねばする大豆の発酵食品は俺にとってはプレゼントではない。あれ、断りきれなかった分は真に押しつけてきたが、ちゃんと無駄にならないよう処分してくれるよな。


「あ、それとパスポートはちゃんと間に合うそうよ」 

「やった、これで安心して練習に専念できる。ありがとう母さん、助かったよ」


 代表戦では海外の試合も多い。第二ラウンドまでの間にパスポートも準備ができてラッキーだった。ホームではスタメンだがアウェーになったら日本国内から応援するだけになり、その理由がパスポートを持ってないからってのは寂しいからな。


「それと……」


 柔らかな笑みからどこか浮かない表情に変えて、リビングの隅に置いてある段ボールを指さす。


「あんなのが届いたんだけど。速輝は誰かに恨まれたりしてないわよね?」


 その震える指先の先である段ボールをのぞき込むと、九十センチほどの藁人形が入っていた。またこいつかよ! 思わず額を押さえて頭痛を防ぐ。これは間違いなく「藁人形二号君、二歳児サイズ」だ。等身大よりもお求めやすい価格になっておりますと、真の家でチラシを見せられた事がある。

 たぶんこれは真のデマを信じた誰かが、お祝いのつもりで贈ってきてくれたんだろう。その証拠に藁人形のお腹の辺りに大きく「祝!」と書いた紙が貼ってある。

 だが、この状況下ではどうしても「呪」と誤読してしまうぞ。


 どこか不安げな母の様子に家でだけは休ませてほしいと思いつつも、これは一応お祝いのつもりなんだろうと母を安心させるために面倒な説明をし始めた。


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