第四話 監督もつらいよ
勝ち試合の後にチームメイトの皆と心置きなくじゃれ合う。この一時だけは試合のプレッシャーが抜け、次の目標に向かうまでの何も考えないでいい貴重な時間だ。
敗れた代表からの憮然とした視線を優越感混じりに背中で味わっていると、その中に異質な物が混ざっている。どうやら代表の監督らしき人からじっと観察されているのだ。その不審な髭面の男がなぜ監督と判ったかというと答えは簡単、その人の態度が一番偉そうだったからだ。
ここで言う偉そうというのは負けたチームに向かって怒鳴っているとかじゃなく、うなだれていたり面目なさそうな代表スタッフの中一人だけ余裕を持った何かを面白がる表情でこっちを眺めている態度の事だ。
ええと、あなたが見ているのは俺ですか? と自分の顔を指さすと、茶目っ気たっぷりにウインクをすると親指を立ててきた。
……あの人、本当に代表の山形って監督かなぁ。どうにも態度が軽すぎて代表の監督っぽくないから、念の為に後で写真で人物確認をしておこう。
気を取り直すと、山下先輩を含むチームメイトはまだお互いに喜び合っている
確かにこっちが今日に合わせてコンディションを合わせていたり、相手がベストメンバーでなかったりという要因はある。だが、同年齢の代表チームに白星――しかも相手を完封しての圧勝となるとかなり気分いいよな。
特に俺や山下先輩にはどれだけアピールしても代表には選ばれなかったコンプレックスというかわだかまりがある。それをこの試合で一掃でき、自分のプレイスタイルは正しかったと証明したようなものだ。これで今後の代表チームについては例え自分が選ばれなくても、冷静な態度でいられるだろう。
……でもここまで実力を見せつけたんだ、とりあえず一回ぐらいは呼んでくれませんかね新監督さん。
◇ ◇ ◇
敗戦に肩を落とすメンバーを見ながら、それほどマイナスの収支ではなかったなと山形監督は一人頷く。
新しくなった監督の前で良いところを見せようとアピールをしたかったメンバーには気の毒だが、彼は最初から前監督が作ったチームにはさほど期待していなかったのだ。だから今日の試合結果は彼にとって、あれだけの点差と内容になるのはともかく大枠では予想通りだったとさえ言える。
彼の手に渡された代表チームはこの年代においては珍しいくらいに規律正しく、フィジカルの強い正統派のチームであるのも事実だ。
だが、あまりにそちらに偏りすぎていて作戦の修正や格上のチームに対する対抗策などは全く想定されていない。
世界の流行を追うのに精一杯で、とりあえず形から入ってみました。そんな感じがどうしても拭いきれないのだ。
だから自分達の日本の強みを生かそうとせずに、自分達の弱みであるフィジカルだけは卓越したメンバーを選出したのだろう。
だが、考えてみれば弱点がなくなっただけで強みは全く生まれていない。「世界と戦える」フィジカルであっても「世界で勝てる」ほど傑出している選手はいないのだ。また身体能力だけでなんとかなるほどの差が出せるのは、それこそカルロスやアフリカ系選手の身体能力がトップレベルである一握りぐらいだろう。
日本は自分達の強み――細かい技術と戦術に対する理解度やチーム一丸となる協調性といった点を押し出して戦わなければ、世界を舞台にして強豪国には勝てない。そこまで理性的に判断するときつく唇を噛みしめた。
そう、山形監督のサッカー観からすれば選手個人の特徴を生かしたチームが好みなのだ。それなのに優等生揃いのチームをベースにしなければ、選手の選考を一からやり直すはめになる。そんな悠長な作業をしていればチームが出来上がる前に予選の第二次ラウンドが開始してしまう。
彼の好みの個性的で攻撃的なサッカーは新戦力の数名に求めなければならないだろう。
「だとしたら、前の監督達が切り捨てたこいつら期待していいかもな」
まだピッチで祝福し合っている――いや、もしかして喧嘩をしてないか? お互いが平手で背中や頭をはたき合いしている――足利と山下を眺めた。
あの二人は想像以上に使い物になりそうだ。ならリストにまとめてある残りの他のメンバーも役に立つかもしれない。
もちろん今のうなだれているメンバーを総入れ替えするわけではないが、何人かはピンポイントでの補強をしなければ「世界で勝ちにいくサッカー」は実現不能だ。
山形監督はこっそりとリストアップしてあったあの二人を含む、前監督に嫌われていたらしい選手達のプロフィールを受け取った時の事を思い出す。
書類を渡す知り合いは、彼らの調査に協会からの協力が得られなかったとさんざんぼやいたもので、なだめる為には彼に一杯奢る約束をしなければならなかったぐらいだ。
それでは、資料の内容を思い出すのは小学生の全国大会で前々回はベストフォーで前回は優勝したチームのキャプテンをやっていた足利からいくか。
この足利という少年は今回山形の率いるアンダー十五というカテゴリーで括れば、ほぼ年齢は下限に近い。その分体も小さくフィジカルも弱いのがネックとなってしまうが、それをカバーするだけのテクニックと戦術眼を所持している。
ボランチとしての能力は折り紙付きでパスや攻撃の組み立てにアシストなど、やや攻撃的に傾くきらいはあるが守備もできる。特にパスカット数は全国優勝時のチームでも最多だったらしい。スペースを潰す動きやマンマークなどの裏方の仕事も厭わないが、反面接触プレイを嫌がる傾向もある。スタミナにも難があり、連戦が続くとパフォーマンスが落ちることも。
最後に情報をまとめた責任者の個人的な感想として、欠点としてのフィジカルと決定力。そしてプレッシャーを受けた際に後ろを向く癖を解消できれば間違いなく代表でも活躍できる人材として評価されている。
なんでこいつはこれまで代表に入ってなかったんだ? どうも外国に居たせいで最近の国内事情に疎くなってしまっているのが痛いが、多少の性格の難ぐらいには目を瞑ってさっさと召集しておくべきだったろうに。
さて次は……山下かこいつは足利と小学校時代は同じチームで、足利の前の代のキャプテンだったようだな。
足利とはまたちょっと違ったタイプでこいつもとがったプレイ特性を持っている。
トップ下のポジションだがタイプ的にはドリブラーで、アシストのパスを出すより自ら切り込みあるいはスルーパスの受け手となって得点するタイプらしい。
攻撃面ではほぼ穴がなく決定力も高いが調子に波があり、メンタル面でもむらがあるため出来不出来の差が激しい。特に優秀なパサーがいると素晴らしい活躍をする一方で、パスが回ってこなかったり敵から削られたりすると無謀な突破を試みて自滅する事も多い、か。
最後に雑感として二学年下の足利とは相性が良く、コンビとして組ませると良く機能する、と。そういえば、今日の試合も足利のアシストで二得点をしていたな。なるほどこの二人組は使うのならコンビとしてまとめて使えという事か。
他にも数名の推薦された選手がリストアップされているのだが、ピッチで乱闘事件を起こした得点王のストライカーや、ウイングと間違われる超攻撃的サイドバックにテクニシャンだが相手を削ったら謝りにいくボランチなど皆一癖ありそうな奴らばかりだった。
……個性の強い選手を探してくれって頼んだだけで、おかしな奴らを集めろって言った訳じゃないんだが……。
記憶の中からデータを浮上させてぼやいた山形は、ピッチでまだ騒いでいる二人を改めて観察する。なんだ生意気とか反抗的なぐらいなら扱いやすいほうじゃないか。
優等生のグループは受け継いだのだ、時間がない状況ではあくまで骨格となるのは彼らである事に間違いはない。だが、そのアクセントとしてリストアップされていた連中も召集して、早くチームとして一体化させる必要があるな。
こうして考えるとこのチームの前身であるアンダー十二の時点での十番には悪いことをしてしまったな。カルロスの代わりに十番とトップ下でエースという役割を急に上層部に与えられて潰されてしまった選手にすまなく思う。
山形が直接何かしたわけではないが、前監督からカルロスの代役だと同じようなプレイスタイルを強要されて、結果が出せなかったら「お前のせいだ」と言わんばかりに代表から放出されてしまったのだ。彼も才能に溢れる少年だったようだが、周りの都合とプレッシャーの犠牲にされたようなものである。今回の召集にも応じてもらえなかった事実が示すように、代表への不信感は根強いらしい。今の俺ならもう少しましな使い方があると思うのだが……。
まあ今はこのチームを完成させることを優先して考えよう。
三ヶ月後の夏休みにアンダー十五世界大会が開催されるのだ。予選の第二ラウンドはその一月前である。
サッカーはクラブチームの休みのスケジュールで大きな国際大会が行われるので、日本の季節では夏に開催されることが多い。そのリミットを考えれば、もうすでにチームは熟成段階に入っていなければ時間が足りないぐらいだ。
今日はこれまで前監督が指揮していたのとほとんど同じメンバーとフォーメーションで戦ってみた。つまり三・五・二である。これはこれでバランスのとれた陣形で、優秀なMFが多い日本においては理に適ったフォーメーションである。
だが、これまでの国際大会や今日の試合でもこのチームにおいては機能していない。むしろ身体能力の優れたMFがプレスをかけすぎているためにピッチを窮屈に使っている印象さえあった。
今更フォーメーションや選手を大幅に変更するべきなのか……山形監督は唇を噛みしめて覚悟を決めた。大会まで期間がない中でチームの建て直しという火中の栗を拾わされたのである。結果が悪ければ全て彼に責任を押し付けて協会の上層部は知らないふりで終わりだろう。
だったら好きにやるしかない。例え失敗しても後悔しないぐらい自分好みの攻撃的なチームにしてみせようじゃないか。幸いこの試合で二人は使えそうな「駒」を発見できた。後、幾つかのピースを組み合わせれば世界を驚かせるのも不可能ではないはずだ。
そう自分に言い聞かせている唇だけでなく拳まで握りしめているのは、山形が各国の予選状況まで思い出してしまったからだ。
南米予選では二大サッカー王国のブラジルとアルゼンチンが、近年最強の下馬評通りの猛威を振るいほぼ勝ち抜けを決定させた。
ヨーロッパはビッグクラブが力を入れ出したカンテラやユースから、続々とトップチームに昇格しそうな俊英の揃ったチームがしのぎを削って大混戦だ。ここのアンダー十五のチャンピオンズ・リーグじみた予選を突破したチームが弱いはずもない。
アフリカからは身体能力の高い選手がチャンスだと目をぎらつかせて、速く激しいサッカーで潰し合っているそうだ。
アジアにおいても各国が日本をターゲットに追いつけ追い越せとばかり、どの国も虎視眈々と首を狙っている。
これから先はどこと当たっても強敵ばかりだな。
だがここで下手な成績でおとなしく生贄になってたまるか。選手と同じぐらい――事によってはそれ以上に監督のキャリアにとっては国際試合での結果は重要なんだ。
何としてもこのチームの奴らに加えて山下に足利も、百二十パーセントの力を出してもらうとしようか。




