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やり直してもサッカー小僧  作者: 黒須 可雲太
第二章  中学生フットボーラーアジア予選編
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第二話 代表と戦う準備をしよう

 俺は右足を伸ばし、相手のドリブルするボールを引っかけようとする。だが相手も反応が速い、反射的にアウトサイドへ持ち出そうとした。

 両者の動きが交錯し、二人の足の間に挟まったボールが不規則な回転をしながらルーズボールになって小刻みに跳ねる。

 その後を追うのは俺の方が一瞬早かった。周囲の状況を把握するのは、鳥の目を持つ俺の最大のアドバンテージだ。その特技を生かして素早くボールを自分の足下に確保する。


 ボールを奪われた相手の舌打ちが背中から聞こえ、この一対一は俺の勝利が確定した。


「よーし、そこまで」


 コーチの止めの合図が届き、ほっと一息つく。マッチアップしていた相手は高校生で俺よりもずっとパワーが有るために、どうしても接触プレイでは押されがちになる。まともにはぶつからないようにしても対抗するためには体力を消耗してしまうのだ。

 これまでの小学生を相手にしているのと中学生になってJリーグ傘下のジュニアユースで戦うのはずいぶんと差がある。対戦する相手がまだプロではないとはいえ要求されるレベルが違っているのだ。俺もその差に最初は戸惑ったものだった。


「アシカもようやく上との競り合いに慣れてきたみたいだな」


 そう声をかけてくるのは山下先輩だ。この俺より二つ年上の先輩も同じJのクラブのユースチームの一員で、中学生の年代のカテゴリーであるジュニアユースのチームメイトとなっている。小学生以来の付き合いになる山下先輩とは、昔と変わらずに今みたいにちょっとした休憩でも話をする仲である。

 そして彼もどちらかと言うと当りが弱いタイプなので、今日のように一つ上の高校生までのカテゴリーのチームと一緒に練習すると、俺と同様にパワー負けする悲哀を分かち合う同士になってしまうのだ。


「山下先輩の方はどうなんですか? パワー負けしないよう春休み中にウェイト・トレーニングで筋肉をつけるって言っていましたけど」


 山下先輩の長身ではあるが、まだ細身の体を一瞥する。


「いや、思ったより面白くないっていうか……」


 面目なさそうに頭をかく先輩に、溜め息を吐くのを歯を噛みしめてこらえる。この山下先輩はボールを使った一対一なんかは日が暮れるまででもやり続けるのに、興味が湧かない事はさっぱりなのだ。


「まあ、成長期に無理なウェイト・トレーニングは逆効果ですよ」

「そういえばアシカは「サッカーで使う筋肉はサッカーでしかつかない」って小学生のころからウェイトの否定派だったな」


 頷いて肯定する。俺のトレーニングメニューにおいては筋肉をつけるよりも、関節を柔らかく保ったり技術を向上させたりするほうが優先されている。別に小学生の時に代表合宿で会ったフィジカルコーチに反抗しているわけではない。実際に生活習慣や食事関連については参考にさせてもらったのだから。そして有効と思われるそれまではやっていなかった体幹を鍛えるという運動は取り入れているしな。

 だが、やはりテクニックよりフィジカルを重視するあのコーチとは永遠に相入れないだろうと今でも思う。そのせいでたぶん小学生時代の代表歴はゼロになったのだが……。

 相性ってのはどうにもならないよな。


 そんな不愉快な記憶はともかく、やはりここのジュニアユースチームに所属して良かったな。やり直した当初はもう知識については今更覚える必要はないと思っていた。だが、今の俺は個人的な技術や科学的なトレーニングだけでなくプロとしても通じる戦術的な動き方も教わっているのだ。

 作戦に沿った最適な行動パターンやフォーメーションごとに求められる役割の違いなど、基礎からもう一度勉強させられた。もちろんある程度は覚えて実践していた知識だが、それでも新たに得た試合でも使える知識も多い。 

 自分より上の年代でフィジカルで対抗できない相手と毎日のようにトレーニングができて、コーチからは細かく作戦や戦術の意図を説明される。肉体と頭が毎日くたくたに疲れるが、自分がサッカープレイヤーとして自覚できるほどの速度で成長している実感がある。


 中学の部活では大会のスケジュールがかっちり決められているせいで、これほど長期的スパンで余裕を持った育成は難しいもんな。うん、今回はクラブチームを選んだのは間違いじゃなかった。

 そんな自分の選択に満足していると、うちのチームの監督が声をかけてきた。矢張の下尾監督ほど親しみは持てないが、子供相手でも頭ごなしに命令したりしない理論派の頼りになる監督さんだ。


「おーい、アシカと山下。次の日曜に練習試合をやるのは知ってるよな」

「ええ、確かアンダー十五の代表が相手でしたよね」


 俺の言葉には僅かな棘がある。結局俺と日本代表とはあの気まずい合宿以降、まったく縁がないのだ。そのくせ試合結果とかは気になってしまう。特に自分が無視された形になったあの時のアンダー十二が世界大会に出場した時は、どう反応すればいいか困ってしまった。素直に応援ができずに、予選突破した代表が本選のトーナメントではカルロスの不在がたたり惨敗したあげくに敗退したのを、日本人でありながらも内心で暗く喜んでしまったのは自分の記憶から抹消したい醜い思い出でもある。

 そんな愛憎半ばの複雑な感情を代表チームに対しては持っているのだ。そんなチームと試合するとなれば、どんな態度をとればいいのかいまいちはっきりしない。

 

「今度新たに就任した監督は、俺と同期だった男だが中々優秀な奴だぞ。そしてうちのチームに有望な選手がいないか尋ねてきたから、お前らの事を推薦しておいた。お前らが代表に選ばれるというのは、うちのユースだけでなくトップチームの知名度も評価も上げる事につながるんだ。明日の試合では、テストだと思って全力でプレイしてみろ」

「は、はあ……」


 返答に力がないのは、どうも代表と聞くと一度だけ参加した合宿の記憶が甦り、いい感情が持てずに気分が盛り上がらないからだ。と、そんな気が抜けたような俺の背中で軽く高い音が響く。

 痛ってぇ。背後にいる山下先輩を半眼で睨む。試合中はともかく今は別に得点もアシストもしてないんだから叩かないでくださいよ。


「アシカも気合い入れていこうぜ!」

「はいはい」


 確かに代表に対する幻想はなくなったが、監督が替わったというなら俺との相性が悪いコーチ陣も交代したのかもしれない。あのチームの首脳陣は、俺が全国大会で活躍する度に役員席なんかで苦い顔をしていたのが印象に残っている。どれだけ俺は嫌われていたんだろうな。

 でも監督以下が総とっかえならばまた代表を目指すのも悪くない。いやそれ以前に試合を前にして気合いが入っていないのはサッカー選手として問題外だよな。どんな試合でも全力を尽くさなければ、プレイヤーとしてのレベルは上げられない。捨て試合でいいなんて負け犬の思考である。


 一プレイヤーとして考えれば代表との戦いは願ってもない舞台だ。

 相手は同年代では最高級の集団、試合をするだけで得られる物があるだろう。しかも、結果によれば俺達も代表に呼ばれる可能性すらあるのだ。

 もう代表なんて夢を見ずに、Jリーグで実績を上げて海外に行こうと将来を描いていたのだが、国際試合で活躍すればその進路を大幅にショートカットできるかもしれない。


 ようやく闘志が下腹から沸き上がってきた。胸を通り越し、肩まで熱い物がこみ上げて体をぶるりと震わせて宙に溶けていく。

 試合は週末なのに、もう体が戦闘準備に入りかけて武者震いを起こしている。

 さっきまでは俯抜けていたのにずいぶんと現金な体だなぁ。

 一つ大きく熱い息を吐く。


「ふぅっと、そうですね気合いを入れて絶対に勝ちましょうね」

「お、おお。急にアシカの態度が変わったな。でもその小生意気な方がアシカらしくって頼りになりそうだ。代表との試合でも俺にいいパスをばんばんよこしてくれよな」

「了解、先輩こそ俺のパスを無駄にしない様に頼みますよ」

「そりゃ大丈夫だろう。だてにここの練習でしごかれてねぇよ」


 胸を叩く山下先輩の顔には自信が溢れている。そしてそれを裏付けるだけの実績をこれまでの間に積み上げている。先輩も中学入学と同時にこのジュニアユースに所属したから俺よりも二年長く在籍している計算だ。

 一年生の時は周りの変化とレベルアップにとまどっていたそうだが、去年からは堂々のレギュラーとしてトップ下を任されている。

 幸いにも、加入と同時にレギュラーチームでボランチをやらせてもらっている俺とのコンビネーションは未だ健在で、先輩曰く「アシカが俺と同級生だったら、二人とも一年からスタメンだったのに」と悔しがるほど完成されている。

 俺と山下先輩が組んで試合するなら、相手が代表チームであっても一泡吹かせてやれそうだ。


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