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やり直してもサッカー小僧  作者: 黒須 可雲太
第二章  中学生フットボーラーアジア予選編
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第一話 初心を忘れないようにしよう

 喘ぐと言うより「こひゅーこひゅー」と喉の奥で笛のように高くなった呼吸を必死で落ち着けようとする。

 だが酸素不足の肺は何回荒い息をついても、頭にまでは新鮮な空気を運んでくれない。

 俺は立っているのを諦めると上体を折って膝について体を支えていた掌を地面に移し、ゴロリと地面の上に仰向けに横たわり春の柔らかい日差しの空を眺める。


 ――この練習メニューはちょっと負荷強度を厳しくし過ぎたかもしれん。これだけやっても消化しきれないんだから、今日はこのぐらいで切り上げて明日からはもう少し軽くしないとまずいかなぁ。

 俺はオーバーワークになりそうなほどのメニューを組んだ事を悔やむ。

 中学生になるんだからと調子に乗って、少々ハードなトレーニングをしようと思ったのが間違いなんだ。こんな苦しい思いをしたあげくに調子を崩しては何にもならな……。


 俺は今何を考えていた!? がばっと勢いよく起きあがった。

 体は湯気をたてそうな程に熱を持っているのに、今皮膚を伝うのは冷や汗で肌は粟立っている。

 俺はいつからこんなに苦しさに弱く、トレーニングに妥協しやすくなっていたんだ!? やり直した当初は、全力で走れるだけで嬉しくてたまらなかった。息が切れるほどトレーニングができるのは最高に幸せだったはずなのに。

 いくら人間が流されやすいとはいえ、あまりにも堕落しすぎだろう。たった四年前に手にしたサッカー人生をやり直せる奇跡と世界一になる決意さえ薄れているなんて! 練習内容を考えた時も、きつくはあるが無茶な内容にならないよう注意していたはずなのに。  

 ほとんど恐怖に襲われて、俺は残っていたメニューに慌てて取りかかる。


 今日は新年度の初め、二度目の中学校生活が始まる日である。小学三年のちょうど今日と同じ日付に俺は未来から戻って来た。

 あれから何年たってもサッカーへの情熱は変わらないが、自分への甘えが無意識の内に出そうになる。今の俺ですらこんなにきつくてボールを使わない練習だと嫌になってさぼりたくなるのだから、前回はどれだけ時間を無駄にしていたのかを考えるとぞっとするな。

 くそ、今更もう一度中学生になったからってちっとも精神的な成長が伴っていないじゃないか。新たなトレーニングに汗をかきながら、自分の進歩のなさに涙まで出そうになった。



  ◇  ◇  ◇


「それでは皆さんの東矢張における中学生活が実り多く、楽しいものになることを願って新入生歓迎の言葉に変えたいと思います」  


 校長先生のスピーチに拍手を送る。別段すばらしい挨拶ではなかったが、はっきりとした口調と短時間で終わったのが個人的には評価が高い。前回の歴史ではほとんどまともに聞いていなかったから、比較はできないんだけれどね。

 とにかく入学式も無事に済み、これで俺も東矢張中学の一員になった訳だ。


 実の所、俺は中学に進学する際には結構悩んだのだ。

 まず最初に決めるべき選択肢がサッカーを中学校の部活動でやるのか、それとも誘いのあったJ傘下のユースチームでやるべきかという問題だ。

 もし部活でやるのならば公立だけでなく、サッカー部の強い私立中学も候補に上がる。

 成績は何しろ二度目であるから大抵の学校は受験しても大丈夫な成績だし、全国大会で優勝したチームのキャプテンであればスポーツ推薦としても通用する。多すぎる選択肢にちょっと迷ってしまった。


 そんな中で最終的に俺が選んだのは、前回と同じ市立中学だが部活はせずにユースでサッカーを続けるという道だった。

 まずサッカー選手として考えると、俺は以前に中学校の部活のサッカーは経験している。だから今度はユースのサッカーに触れる事でロスのない濃い経験を積むことができるのではないかという判断だ。そして、ユース活動を重視するからには部活でスポーツ推薦などの援助を貰う選択肢が消滅する。従って学費の低い市立の学校にしたのだ。

 また前回と同じ学校であれば、そこで過ごした記憶が薄れかけているとはいえ多少は役に立つはずだ。周囲との関係などにおいて余計な摩擦や面倒が減り、サッカーに集中する環境が作れるはずである。


 そう自画自賛していた俺の「中学校サッカー集中ライフ」の計画は第一段階から頓挫してしまった。

 その原因はと言うと、


「あ、いたいた。ねアシカは何組だった?」


 と声をかけてくる幼馴染の真のせいだ。こいつは同じ中学に上がっていても制服が紺のセーラーに変化した以外は、髪が一層長くなったのとオプションに縁無しのメガネがついたぐらいで、ほとんど体型的に成長が認められない。つまりは出会った頃とほとんど変化のない棒のように細く、上からつむじが見えそうなぐらい小さくて凹凸のない幼い容姿のままだ。

 俺からすれば前回もそうだったのだから自明の話なのだが、本人にとっては気がかりなのだろう「成人しても子供料金で通用するよ、きっと」と俺が励ましているのに、なぜか涙目になって殴りかかるくらいナーバスになっている。

 この少女が何かと俺に構ってくるのだ。


「ああ、俺は三組だったな」

「ん、そうなんだ! じゃあ私と一緒だね」


 真は「てへへ」とえくぼを作る。

 入学式が始まる前に、クラス分けの発表はすでにしてあった。そこで俺は前回と同じ三組なのか、自分のクラスの確認と一応念のために真も一緒なのかチェックはしておいたのだ。だから、真の言葉にも特に動揺も見せずに普通のリアクションを返せる。


「そりゃ良かった。また一年間クラスメートとしてよろしく頼む」

「ん? 何だか反応薄くない? おまけに四年生からずっとお隣さんだった私を今更クラスメートとしてよろしくだって? アシカは人としての情が薄すぎるよ!」


 握り拳を固める真に今回も騒がしい一年になりそうだと嘆息する。

 真が同じ中学に進学し同じクラスになるのは前回と同様だが、なぜか今回は妙に距離感が近い。どうもいつの間にか懐かれてしまったようであるが、理由を考えてもこれといったものが見当たらない。

 俺がサッカーで名の知られる選手になったせいかとも思ったが、この真は一切サッカーには興味がない女の子なのだ。俺が小学校の時に全国大会で優勝した時でさえ「凄いね、で後何回勝てばワールドカップってのでも優勝なの?」と尋ねてくるぐらいなのだ。ファンとしてのミーハーな感情で近付いたようでもない。


 あ、もしかして小学生の時の給食で嫌いだった納豆をそっと真に渡したのがキッカケになったのだろうか。あの時は感激した様子でやたら目をキラキラさせて感謝しながら食べていたようだが、俺にとっても嫌いな食材を食べなくてすむウィン・ウィンな関係のつもりだった。

 その後で「んー、アシカは優しいね」と褒めてくれていたが、たったあれだけの事で俺を優しい男の子だと勘違いして妙なフラグを立てた訳じゃないだろうな。

 ……ホストなんかに騙されないか、ちょっと真の将来が心配になっちゃったよ。

 そんな風に思うのも、俺からすればどうしても真は子供に見えてしまうのだ。見た目も、適切な食事と運動で予想以上に順調に成長している俺と、やや発育不良な真は下手をしなくても兄妹のようだ。

 ましてや精神年齢だと、イカサマで一回分余計な経験を積んでいる俺と、まだお子様な真では比較にならないだろう。


「ん? アシカが私の顔をじっと見てるなんて、どうかしたの? それとも私のセクシーさにやっと気が付いたとか?」 


 真は眼鏡の奥の瞳を細めて長い髪をかき上げると、くねくねと体を躍らせる。はっきり言ってセクシーさの欠片もなく、おもちゃの花が音楽に合わせてくねくね動くのと同等の色っぽさしか感じられないな。

 うん、子供だ。女子中学生にしても真は子供すぎる。

 こんな子が俺に気があるんじゃないかと勘違いするとは、俺ちょっと自意識過剰すぎるかな。

 頭をぶんぶんと振って甘く染まりがちな思春期の思考を放棄する。


「じゃあ、さっさと教室へ行くか」

「ん、オーケイだよ」


 大きく腕を振って歩く真は、その小柄な体躯と相まって子供が行進しているような柔らかい空気を醸し出している。周りの上級生もまるで可愛らしい小動物を見る目で微笑みを浮かべて眺めている。こいつは年上に可愛がられるタイプで、年長に煙たがられる俺としては少し羨ましい。


 向かっているクラスも教室の場所も以前と同じだった事から、大筋で歴史は変わっていないようでもある。ただ自分の行動が変化しているためにどれぐらいのバタフライ・エフェクトがあるのか多少の注意は必要かもしれない。

 ま、でもサッカーに関する限りはそんな心配は必要ない。いや、心配できないと言うべきだ。「前回は勝ったから今回も勝てるだろう」とか「歴史上は負けていたから、今度もダメか」などと考えた時点で、おそらくどっちの試合でも敗北が決定してしまう。

 小学三年生の時に県予選で敗退するはずだった俺が、全国へ行って闘えるはずもなかったカルロスに勝利した事が、未来は不確定であると証明しているのだ。


 そんな風に考え込んでいると真に背中を叩かれた。叩かれたとはいえ真の力ではせいぜい「ぺちん」と音がする程度だったが、物思いから覚めるぐらいの威力はある。

 

「もう、またぼーっとして! さっさと教室に行くよ。まったくアシカは私が注意していないと、サッカー以外ではダメダメだなぁ」

「ふぅ、まあ一応礼は言っておくか。じゃ急ぐから俺は走っていくな、さらばだ」

「ん? え、ちょっと、待てー! こらー私を置いていくなー!」


 のんびりしているかもしれないが、今朝も必死で冷や汗を流しながらトレーニングをしてきたんだ。ピッチを離れた学校の中だけでは、こんな普通の中学生になっていても構わないよな?

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