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外伝  アシカ君の代表合宿記 上


 夏の厳しい日差しが和らいで風に秋の気配を感じるようになったころ、俺と新キャプテンに任命されて間もない山下先輩は珍しく練習前に監督に呼び出された。


「おい、山下にアシカ。お前らは全日本のアンダー十二の合宿に呼ばれたぞー。どうだ、行ってくるか?」

「え、本当ですか?」

「うわぁ、っと。こほん、ふん、俺の実力にようやく気がついたか」


 開口一番に監督から伝えられた話に素直に喜ぶ俺と、喜色を満面に出しながら慌てた咳払いで「俺はクールだぜ」と誤魔化そうとする山下先輩だった。

 監督も自分の指導する選手の中から年代別代表に選ばれたのは嬉しいのだろう、俺達に劣らず顔がにやけている。例えそれが公式試合に出場するのではなく合同トレーニングする為の合宿とはいえ、箔がつくのは間違いない。


「今回はこの前の夏休みにあった全国大会で活躍した選手を中心に呼んでいるみたいだな。今までの代表だったユース中心とは少し毛色が違った選考らしいぞ。だから、まだ年少のアシカも呼んでみたんだろうなー。期間も冬休みの三日間だけだし、初めて参加させて実力を見るにはちょうどいいと、選ぶ側としても軽いお試しに近い感覚なのかもな。それに全国大会の後からお前等をスカウトしたりテストしたりしようとする人達が来ただろう? それの一環とも無関係じゃないはずだ。それでうちの躍進の立役者の二人まとめて呼んでみようって事になったんじゃないかなー」


 確かに普通なら俺は十二歳以下の代表より、まずアンダー十という十歳までの代表に呼ばれるのが先なのだろうが。小学生までは結構細かく年代別に代表ってチームが別れているんだよな。でも、どうせなら上のカテゴリーでやれるんならその方がいい。吸収力の高い今、できるだけ高いレベルのサッカーに触れておきたいからだ。


「ああ、ならカルロスも一緒ですよね? あいつは代表でレギュラーですけど、山下先輩と同じ年齢ですし。ポジションも同じトップ下でかぶってますけど」

「ふん、今はあいつの方がメジャーだけど、いつか必ずポジションを奪ってみせる!」


 無駄に熱くガッツポーズをとり闘志を燃やす山下先輩は、確かに言葉通り代表のレギュラー奪りへ意欲満々のようだ。あのカルロスをどかして定位置を確保するのは至難の業だが、確かに目標としてトレーニングに励むにはちょうどいいかもしれないな。

 だが、そんな先輩の意気込みを聞いた監督は「えーっと」と口ごもり、頬をぽりぽりとかいた。これは監督が何か困惑した時の癖である。一体今の会話のどこが引っかかったんだろう。

 山下先輩と顔を見合わせると、先輩も監督の躊躇に気がついたのだろう怪訝な表情をしている。

 俺達が何事かを尋ねるより早く、監督は「ええい!」と迷いを断ち切る大声を出す。


「俺は隠し事があんまり得意じゃないんだよなー。ま、あんまり気にせず耳に入れるだけにしておいてくれよ」

「ええ判りました」

「前置きが長いんだよ、早く早く」


 頷く俺とせかす先輩の顔をちらりと確かめて、監督は短くまとめたニュースを語った。


「カルロスは日本の代表合宿には参加しない。今回だけでなくこれからもずっとな」

「え?」

「どういうこった?」


 驚きを露わにする俺達二人に、監督はもう一度だけ頬をかくと説明を始めた。


「カルロスがハーフだってのは知ってるよな。そのブラジル人の親父さんが日本で働いていたんだが、最近の不況でリストラの憂き目にあってしまったんだとさ。それでカルロスの一家は親父さんの実家のあるブラジルに帰ることになったそうだぞ」

「そんな……カルロスほどの才能があれば日本代表のエースにだってなれたのに」


 俺が思わず洩らした一言に一瞬さらに微妙な顔をする監督。それを見てまだ何かあるのかと追及する。


「それだけですか? あんまり言いたくない事情があるみたいですが、他から話を聞いてショックを受けるより監督の口から聞きたいですよ」


 監督が咳払いをして話しづらそうに続ける。


「そのカルロス一家が帰国したのはこの前の全国大会での成績が原因らしい」

「え?」

「外国では子供が優秀なサッカー選手になりそうだと、親に仕事まで紹介して家族ごとクラブに囲い込む事があるらしい。だけど日本ではまだそんな事はできないしな。カルロスにしても「個人でチームを優勝させられる力がある」って触れ込みで随分とクラブから優遇されてたみたいだから、今回の二回戦敗退って成績にはお偉方が失望させられたみたいで特別な優遇措置が無くなったんだとさ」


 淡々とした口調だがカルロスに対する冷たい仕打ちに監督も面白くないのだろう、いつの間に腕組みしている掌に力が込められて肘の辺りにしわが寄ってしまっている。


「でも、カルロスは俺達との戦いや一回戦で大活躍しましたよね?」

「それだけじゃ納得させられなかったんだろうな。得点やアシストにしても一回戦は前半だけの出場と二回戦で負けたのもあって試合数や出場時間が少なく、結果的に得点王もアシスト王もとれなかったからなー。ま、そんな状況で六得点三アシストしただけでもあいつの化け物っぷりが判ると俺なんかは思うんだが。だが優勝もできずに個人タイトルも取れない選手に、ブラジルから文句を言われてまで日本に居てもらう必要はないと考える上の人もいるって話だ」

「そんな……」

「で、ブラジルのクラブからカルロスの両親の方に親の仕事も込みでの勧誘があったみたいだなー。そうなると仕事のない日本にいるよりブラジルで一家そろって暮らす方がいいよな。そーゆー訳でカルロスはブラジルに帰国……になるのかな? とにかく行ってしまった。これであいつの国籍はまず間違いなくブラジルになるだろう。だから日本代表とは縁が切れてしまうってこった」


 俺は頭を抱えた。隣で山下先輩もショックを受けているようだが、その比ではない。何しろ未来の日本の十番になるはずのエースがいなくなってしまったのだ。思わずうめき声が洩れる。


「カルロスは本当なら日本代表の十番になるはずなのに……なんで帰国するんだ……」

「いや、もしカルロスが優勝していれば、そりゃ日本に残っていたかもしれないけどな。俺達は別に卑怯な手を使った訳でもないし、堂々と正面から剣ヶ峰を破ったんだ。合宿に行けばカルロスがいなくなった原因は俺達が余計な番狂わせをしたからだって、馬鹿な陰口を叩く奴もいるかもしれないが気にする必要は全くないぞー。どうせそんな事しか言えない奴らは二度と呼ばれたりしないからなー」


 確かにそんな陰口を言って他人の足を引っ張る事しかできない連中は淘汰されていくだろう。しかし、それよりも俺は自分の行動によって明らかに歴史が変わっていくのを再認識していた。

 ――これからは未来の知識は当てにならないって覚悟しておくべきだな。でも考えてみるとこれまでに役立てた事はほとんどないか。あまり気にし過ぎないようにしなければ、と気を取り直す。


「それに剣ヶ峰に勝ったうちがすぐ次の三回戦で破れて、うちに勝った鎧谷がまた次で敗退って風な結果になったからなー。カルロスのレベルってそんなに高くないんじゃないか? ってくだらない疑問を抱かれたみたいだな」

「そんな、ビデオでも見ればあいつの実力は一発で判るでしょう? 本当なら優勝できるぐらいの実力があるって」

「……アシカはさっきから本当ならカルロスが優勝したはずって言いたいみたいだが、どういう意味だ?」

「……えっと……」


 まさか俺の前世での記憶によると彼が優勝していたからだとは口に出せない。

 口ごもる俺を訝しげに眺めて監督は締めに入る。


「ま、今言ったみたいにカルロス関係でちょっと居心地は良くないかもしれんが、日本の最先端の育成レベルを体験してこい。どうせ三日間だ、すぐに終わっちまうしなー」

「はあ」


 とやや曖昧な態度で頷く俺達だった。代表の合宿に呼ばれたのは嬉しいはずなのに、なぜか素直に喜べない。


「でも、カルロスがいなくなってお前達が入ったみたいに、今回は入れ替わりで初選出が多いみたいだから顔合わせも兼ねているんだろう。うちが戦った相手で言えば鎧谷の十番だった明智も来るって話だ」

「ああ、あいつがですか」


 俺は自分と似たセンスを持っている明智が代表に入ったのに納得したが、山下先輩は顔をしかめて「俺もアシカも奴にはかなり削られたよなぁ」と呟いている。うーん、延長に入ってからのプレイだとそんな心配はなさそうだが、あのラフプレイで止めるスタイルはどうにかしてもらえないと誇り高いはずの日本代表には確かにふさわしくないかもなぁ。

 色々な葛藤はあるが、それを吹き飛ばすように監督の激励が響く。


「とにかくお前らは、サッカーをやっている小学生なら誰でも羨望する代表に参加する権利を得た。各自思う事もあるだろうが、間違いなくめったに手に入らないチャンスなのは確かだ。二人とも日本の小学生レベルの頂点を体験してこい」

「はい!」


 反射的に元気よく答えた俺達だった。それに俺の二度に渡る人生において初めての代表への参加である。

 うん、俺が進んでいる道は間違っていない。そう確信させるに足る嬉しい出来事だ。

 では日本の頂点とやらをちょっくら覗きに行って来ますか。

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