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やり直してもサッカー小僧  作者: 黒須 可雲太
第一章 小学生フットボーラ―立志編
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第六十六話 キャプテンはつらいよ

 足利がゆっくりと振り返るまで、僕達矢張SCの全員は凍り付いたように動けなかった。まだ敗北したという現実を受け入れられてなかったんだ。


「すいません……」


 俯いたままの足利から弱々しい謝罪が届く。いつも強気で生意気な足利のこんなかすれた小さな声は初めて聞くな。

 その言葉に反応ができないほど、みんなが沈みこんで暗く淀んでいる。しかし、こんな雰囲気こそキャプテンである僕の出番だろう。

 足利に近づいて頭乱暴に抱き寄せながら、大声で慰める。


「仕方ないよ、先に外した僕が言うべきじゃないかもしれないけれど、PKは運だ。足利はちょっと運と順番が悪かっただけだって」


 俺の声に賛同するように、ようやく動き出したチームメイトも口々に足利を元気づけようと足利の周りに寄って来る。「そうそう、仕方ないって」「うん、アシカがPK苦手なのは知ってたし、それまで決着を付けられなかった俺たち上級生が悪い」「いや、俺がせめて後一本でもシュートを止めていれば……」

 そんなみんなの慰めも聞こえないように、もう一度足利が「すいません」と謝る。


 そんないつもと違う弱々しい姿に、僕は足利と初めて会った時の事を思い出していた。

 新入部員の歓迎ゲームで、僕は初めて世界一のサッカー選手を目指していると公言する妙な後輩がいる事を知ったのだ。何しろその彼はその日に初めてサッカーボールに触ったそうだから、ボールに触る前から世界一になると宣言していたのだ。でもそれを冗談かと笑ったのは、歓迎試合が始まるまでだった。あの試合後、少なくても表だっては誰も足利の事は笑わなくなったなぁ。

 明らかに足利は他の新入部員と――いや僕の知っているどんなプレイヤーとも違っていたのだ。テクニックの才能があるだけなら一年下の山下で慣れている、スピードやパワーなら僕の方が上だ。でもこの足利は、僕からすればこいつは子供じゃなくてプロじゃないかと錯覚させるような不思議なプレイヤーなのだ。


 例えばこの大会で使うボールに触った時「このボールなら、あれが使えるな」と何度か練習するだけで無回転シュートを撃てるようになってしまった。

 僕やチームメイトはもちろん、監督でさえもまず無回転シュートを撃とうという発想さえなかったのに、この後輩はさらりと思いつき、それを実現してしまうのだ。まるで昔からそのシュートが撃てていたかのように。

 これが普通の三年生ならば新ボールに慣れようと思うぐらいがせいぜいなはずである。

 つまり、足利は技術や経験がどうこうというより存在そのものが少しおかしいのだ。


 僕は最初足利はきっと外国のプロ傘下のユースで、小さい頃からコーチの指導を受けていたんだと思っていた。この推理が正しければ足利が上手いのも、僕や監督まで知らない技術の引き出しを持っていても不思議ではない。そして、そこから何らかの理由で追い出されたとすれば、これまで他の所で習っていたことを隠したくもなるはずだ。

 僕の推理はそう的外れではないと考えていた、彼と親しくなって一緒に朝練をするようになるまでは。


 それまでは親しく口をきいた事もなかったから、みんなが噂する「生意気な後輩」というイメージしかなかった。まあ生意気と言えば、山下みたいに鼻っ柱が強い奴だと想像していたんだ。でも顔を合わせて話をすると全く違うのに気がつくのには時間はかからなかったな。

 僕はよく「大人っぽい」とか「子供らしくない」と言われるけれど、それを言うならよっぽど足利の方がふさわしい。僕よりもずっと落ち着いていて、そしてサッカーについて詳しい。プロのコーチに習っていたんじゃなくて、こいつそのものがプロのコーチみたいなんだよな。

 ちょっと探りを入れてみると、どうやら学校の成績も学年トップらしい。それをまたこいつは「このぐらいできて当然」って顔をしているんだから周りが「生意気だ」って感じるんだろうな。同じ矢張の仲間じゃなくて噂を聞くだけなら、僕だってあんまりいい印象は持てなかったかもしれない。

 そして、僕もそうなんだけど、こういったタイプは子供より大人受けがいいんだ。監督はもとより、矢張のママさん達――特に新入部員のママさんが「足利を見習いなさい」と言い出したのだ。うん、仲間からの点数が辛くなるのも判るな。


 僕から見れば足利は確かにサッカーは上手いし成績はいいみたいだけど、問題もある後輩でしかない。サッカーについては成長途中である肉体面はともかく技術面においては申し分ない、というかすでに加入した時点でチームナンバーワンだ。

 でも人間関係においてはかなり不器用だったのだ。いや少し違うか、愛想がないのともまた違うな、どちらかというと他人を眼中に入れていないようだったのだ。

 なにしろ一年から三年になる今年度まで、ずっと一緒だったはずのクラスメートの名前でさえ「えーと、お前誰だっけ?」と尋ねたというエピソードがあるぐらいだ。それなのに下尾監督や山下にキャプテンである僕なんかの特徴のある人間は、会ったばかりのはずなのにまるで昔から知っているような対応をするのだ。相手を見て態度を変えていると陰口を叩かれるのも、まあ仕方ないか。


 そんな得意分野以外はまるで当てにならない足利だったが、その分サッカーに関しては頼りになった。上手いのは承知していたが、実戦ではどんな物か疑問視していたのは僕以外の上級生にも大勢いた。練習では冴えを見せてもプレッシャーのきつい試合では役に立たない選手もいるからだ。そのプレッシャーを受けるのがまだボールに触って数か月のルーキーでは、信用する方が悪いとさえ言える。

 だがこの規格外の新入部員はむしろ練習より試合の方が本領を発揮したのだ。それは代表候補のキーパーを擁するチームとの対外試合の活躍で思い知らされた。

 そして、朝練を一緒にして気が付いたのだが、こいつの練習は実戦的で全てが試合を想定して組まれている。いわゆる練習の為の練習などは一切ないのだ。リフティングなども最初の足慣らしやボールタッチを確かめるだけで、試合に使えないせいかあまり進んでやろうとはしない。たぶんリフティングも遊びの一種だと考えているのかもしれないな。ただリフティングなどを止める時はいつも悲しそうな顔をしているのが印象に残るが、あれは自分では気が付いていないよな。

 かわいそうになって何度か「足利のリフティングも見せてくれよ」とリクエストするとそれは嬉しそうに「仕方ないですね」といいながらいつも笑顔で食いついてくる、こういう部分では山下同様に判りやすい奴でもあった。


 全国大会の県予選が始まると、足利という後輩がいるメリットを矢張というチームは存分に味わっていた。今までは山下と僕が分担していた攻撃の組立を足利に任せるようにすると、僕は中盤の守備に山下はドリブルなどの個人技術を生かしたプレイに専念できるようになったのだ。

 ここまでくると、もう誰も足利について陰口を叩く奴はいなくなっていた。実力で周囲を黙らせたのだ。もっとも本人はそういった陰口を言われていることさえ、気がついていなかったみたいだけどね。

 そして一度の敗北も挫折も知らずにここまで勝ち上がってきたのだが……。

 

 俯いたままの足利を頭から大きなバスタオルをかぶせる。髪を乱暴にがしがしと拭き、タオルの陰になっている顔は誰にも見えない様に覆い隠す。こんな表情は意地っ張りのこいつは見せたくないだろう。


「いいから気にするなって、誰もお前を責める奴はいないよ」

「すいません」


 タオルを通してまだ小さく謝る声が届いてくる。ちぇっ、いいよな周りのみんなは。我慢せずに声を出して涙を流している。もしキャプテンである僕までそんな風になったら誰がこいつを慰めるんだ。

 僕だってこれで引退なんだぞ、もの凄く悔しいに決まっている。いや、そうじゃないな。悔しいんじゃなくて、もう矢張のみんなで試合ができないのが悲しいんだ。


「もう、謝らないでいいって。ここまで来れたのは足利のおかげだってみんな判っている。もし足利がいなかったら剣ヶ峰には絶対に勝てなかった。いや、もしかしたら全国へも来れなかったかもしれない。それぐらい足利の力が大きかったって矢張のみんなは知っているよ。だからさ」


 タオルに包まれた、まだ僕よりもずっと背の低くて華奢で、キャプテンになってから今までで一番手のかかった僕の言う事をちっとも聞いてくれない後輩をできるだけ優しく撫でる。


「もう、泣くなって」 


 ……ああダメだな。やっぱり今回も足利は聞き入れてくれないみたいだ。



 ――こうして僕の矢張SCにおける最後の夏は終わった。

 

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