表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
やり直してもサッカー小僧  作者: 黒須 可雲太
第一章 小学生フットボーラ―立志編
65/227

第六十四話 回すな、絶対に回すなよ


 延長後半は、俺達矢張SCにとっても敵である鎧谷SCにとっても息がつけない展開になった。

 なぜか完全復調を果たした明智が、これまで以上に味方を動かすゲームメイクを指揮し、鎧谷のメンバーも明智のパスが遅いと言わんばかりに走りだしたのだ。

 ここまで「ボールを走らせる」事を徹底したせいか、この時間帯でもまだスタミナが残っているのが鎧谷の恐ろしい所だ。何かを吹っ切ったかのようなハイテンションで矢張ゴールめがけて攻め立ててくる。


 そうなるとこっちも受けて立つしかない。一点取った方のチームがほぼ勝利が確定する延長戦では、どんなチームだって自陣のゴール前でプレイされたくはない。俺達は審判から少しだけ判定を甘くしてもらっているかもしれないが、それでもゴール前でファールするとPKを取られる危険性がある。こんな土壇場でのPKを入れられて負けるなんて悪夢でしかない。だから出来るだけ自分達のゴールから離れた場所、それこそ相手ゴール前でプレイしたいのだ。


 だが当然相手の鎧谷もそう考えている。

 お互いがまずは相手陣内へ押し込もうとボールを回しては奪い合うのを繰り返している。どちらも一歩も退こうとしない総力戦だ。

 不思議な事に激しい奪い合いになっても、これまでと違って鎧谷のディフェンスはファールをしてこなかった。接触プレイが減ったわけではない。だがそのどれもが正当なプレイで、故意のラフプレイや審判が笛を吹くほどのものはゼロである。

 明智のような何か事情を背負った少年が、俺の言葉だけで変化するとは思えない。おそらくは何らかの話し合いが鎧谷の中で行われたのだろう。その結果がファールをしないという合意に達したと。

 まあ途中経過はどうでもいい。一番重要なのは鎧谷がファールしなくなったという事実である。ならば――、


「行けー、山下先輩!」


 フラストレーションを溜めているうちのエース様に突っ込んでもらいましょうか。山下先輩のドリブル突破はこれまではファールぐらいでしか止められていない。相手が反則をしないのならば最も止めにくい攻撃だろう。

 俺の声援を背に受けて、山下先輩が鎖から放たれた猟犬のように前のスペースに出したパスへ追いついてドリブルを開始する。

 向こうも当然それに対応して止めにかかる。だがそれがこれまでのように、体をぶつけるのが前提のディフェンスではなくボールを奪おうとする防御だ。

 随分とクリーンなディフェンスだが、それじゃ山下先輩は止められない。その人は毎日のように俺やキャプテンといった矢張で一・二を争うディフェンスの得意な相手と一対一をやっているんだ。


 俺からの信頼通り、マークしていた選手をこの時間帯でもまだキレのあるドリブルで振り切った。よしチャンスだ、そう矢張の全員が前がかりになろうとした時、かわされたマーカーのカバーに素早く入った明智が死角からスライディングして先輩のボールを奪取した。

 思わず自分の時のファールが頭をよぎり、審判に確認するがその笛からファールの音は鳴らされない。

 今のは正当なスライディングで、きちんとボールに向けられたタックルだったな。明智め、あれだけの技術を持っているなら汚いラフプレイをする必要もなかっただろうに。俺に恨みでもあるのかよ。

 奥歯を噛みしめ残り少ないスタミナを使い明智にプレスをかける。このタイミングでこいつに自由にパスを出されると、矢張のフォーメーションが上ずっているせいでカウンターの絶好機になってしまう。


 俺が前へ立ちはだかると、スライディングから跳ねるように立ち上がった明智が微笑んだ。これまでのようにどこか含むものがある笑みではなく、イタズラ坊主のようなニヤッとした表情だ。

 つられて俺まで笑い返す、もっともこっちは牙を剥いたとか形容するべきなんだろうが。

 俺とそれにボールを奪われた山下先輩の二人でチェックしようとすると、すぐに横パスでプレスをかわす。こいつはなんだか力みが消えてリラックスしてるな。

 

「随分と楽しそうじゃないか」


 思わず呼び止めた俺に明智は曇りのない笑顔で答える。


「足利君に言われた通りに反則を止めて、楽しんでいるだけっすよ」 


 ……敵に塩を送ってしまったか。いやでもあの危険な潰し屋のままでは怪我させられそうだったし、真っ当なサッカー選手になってくれればそれに越した事はない。でもできるなら覚醒するのは俺達との試合後にしてほしかったぞ。

 だが、こんな強敵と戦う場合、一つしかやれる事はない。即ち――こっちも全力で戦う事だ。


 信じられないが延長戦の後半に入ってから、一度しか審判が笛を吹かなかった。

 一度だけというのは終了の時に鳴らしただけ。つまり一度としてボールが止まる事がなかったのだ。

 十分という短い時間ではあるが反則はもちろん、スローインやゴールキックすらない完全にピッチ上だけで完結している世界だった。

 こんな試合展開になっては細かい作戦など役に立たない。なにしろボールが止まらないのだから、いちいち修正などしていられないからだ。ひたすらボールを追い、味方と声を掛け合い、自分にマークを任された相手との一対一に集中するしかない。

 ある意味サッカーの原点のような物だ。


「くっくっく」


 このハイスピードの展開に思わず笑みが洩れる。うん、俺は普段より試合中の方がよく笑っているような気がするな。

 ボールが止まらないんだから当然足を止めるわけにもいかない。残り少ないスタミナがみるみる減っていくにもかかわらず、俺は楽しくてたまらなかった。

 そうだよな、技術のレベルが高くフェアプレイで戦う相手とこんな舞台でやり合えるなんて、サッカーの醍醐味の一つを今味わっているんだ。

 これは俺だけでなく、たぶんピッチ上の皆の共通認識だったと思う。その証拠に誰一人として、ゲームの流れを壊すようなファールや意味のないピッチ外へのクリアなどを選択しなかった。

 延長戦のラストに差し掛かっているのだ、表情は疲れて苦しそうにそれでも輝かせながら全員でボールを追いかけている。


 だがその幸福な時間は無粋な終了の笛の音によって終わりを告げられた。

 延長戦は結局どちらも点の入らないまま終わってしまったのだ。となると今度はPK戦で決着をつける事になるな。……PK戦!? 走り回ってかいた汗とは別の冷や汗が出る。俺はいまだにPKは苦手なのだ。

 フリーキックで得点までしていて何を、と言われるかもしれないが苦手な物は仕方がない。もちろん全然入らないという訳ではないが、それでもキックの精度に比べて明らかに決定率が悪い。他の控えの選手達の方がまだ入るぐらいである。


 俺から負のオーラを感じたのか、終了と同時にメンバーも集まって来た。


「大丈夫だって、アシカが蹴る前に俺達が勝負を決めてやるって」

「そうだね、後輩に責任を負わせるわけにはいかないよ。足利の順番は最後になるよう監督に言ってみるよ」

「あ、そうですか」


 情けない事に、俺はこの時苦手なPKを蹴らなくてすむとほっとしていた。勝敗が自分の手の届かない――言い換えれば責任のない所で決まるのを認めてしまったんだ。本当に俺が精神的に強い人間ならば例え却下されるとしても「俺に蹴らせてください」と頼むべきだった。

 だが、事態はそんな俺を置き去りに進んでいく。


「よし、監督も足利の順番は一番最後だって納得してくれたよ」

「さすがキャプテン頼りになるな。で、キャプテン自身が蹴る順番は?」


 そこに監督の声が割り込む。


「じゃ、PKを蹴る順番を言うから自分の番だけは覚えておけよー」


 と読み上げていく。最初に蹴るのが山下先輩で、五番目にキャプテンとプレッシャーがかかる最初と最後の勝負所にメンタルの強い二人を持ってきた。

 ちなみに俺が蹴るのは十一番目で本当にラストキッカーになった。なにしろ俺の前にはキーパーがキッカーになっているのだから、そこまで信用がないのかとちょっとへこむな。

 そんな俺に気が付いたのか、チームメイトも慰めてきた。


「アシカを信用してないわけじゃないんだけど、俺達上級生に格好をつけさせてくれよ」

「大丈夫、お前の番の前には決着つけておくから」

「はい、頼みます」


 俺が頭を下げると、先輩方もくすぐったそうに自分の頬をかいたりして照れたような態度を見せる。いつもは生意気な後輩である俺が殊勝な態度なのが珍しいのだろう。


「ああ、俺ならPKぐらい目を瞑ってたって入れられる」

「僕なら敵のシュートを全部止めてやるね」


 なんだか嫌なフラグが立っているような気がしたが、事ここに至っては俺にできるのは皆の成功を祈るだけだ。


「サドンデスになって十一番目のアシカにまで回る筈ないから、リラックスしていろよ」

「そうそう、絶対に回ってこねーって」

「判りました。では安心して応援してますよ」


 こんなに信頼できる先輩達がいるんだ。きっとPK戦でも勝ってくれるはずだ。勝負がもつれて俺まで回ってくるなんて事は絶対にないだろう。




 回ってきた。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ