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やり直してもサッカー小僧  作者: 黒須 可雲太
第一章 小学生フットボーラ―立志編
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第六十三話 最後の力を振り絞ろう


 俺達矢張SCは延長前半のいい勢いと流れを保ったまま後半に突入した。

 だが、後半に入るとなぜかそれまでのいいイメージが通用しない。これまでは通っていたパスがカットされる、振り切れたマークがどこまでも追ってくる。

 どうしたんだ? と不審に感じるが、すぐに相手の士気が高くなっているのに気がついた。

 これまでの鎧谷は幾つかのパターンに則って、ここに敵がきたらこういうフォーメーションで守るというある意味オートマチックな物だった。

 だが、後半に入ってからは鎧谷のチーム全員が声を出し合って、マークの確認やオーバーラップしてきた選手への注意などをお互いにし合っている。

 やっていることは、これまでとそう変わりはない。だがその作業をこなす選手がみな生き生きと楽しそうにしている。まるで決められた事だからやるのではなく、自分達が望んでやっているというような精力的なプレイだ。


 あれ、おかしいな? ここは今までの作戦が通じなくなって、しかも明智のラフプレイが見破られてイエローカードが出されたんだ、気落ちするのが当然な場面だろう。なんで勇者がピンチで覚醒するような、以前よりパワーアップして復活をとげているんだ。

 そんな理不尽な思いを抱えつつ、こっちも慌てて気を引き締め直す。無意識の内にでも「この試合はもらった」という油断が生じていたのだろう。僅かに緩んでいる緊張感と矢張SCのフォーメーションを再構築しなければ。


「FWはオフサイドラインと駆け引きして常に裏を狙ってください、俺がボールを持ったら常にゴール前へダッシュです。キャプテンは俺の後ろのスペースは全部任せました。DFへの指示も全部キャプテンに頼みます。サイドは敵の攻撃時には中へ絞って下がって、攻撃する時はウイングのつもりで意識は縦へ。山下先輩は……先輩らしく好きにプレイしてください」


 俺の言葉に「オーケー」「了解」「僕の負担が結構大きいね、責任重大だ」「アシカの指示で心底納得できたのは初めてだな」という答えで皆が改めて試合に入り直す。そうすると俺からすると不思議な現象が起こった。

 気温は三十度を越える真夏日である。一日に二連戦、しかも二試合目の延長後半という小学生にとっては過酷な状況下で体力を使い果たしそうになりながら、なぜか皆のプレイのレベルが上がっているように見えたのだ。

 もちろん走るスピードそのものなどは落ちている。だが、試合開始したメンバーが時間経過でスタミナが減少するのと比例するようにはサッカーのレベルが落ちてはいかなかったのだ。

 一皮剥けたと言うのか、ピッチ上の皆がどんな時よりも集中してチームの為にプレイしている。これが俺達だけならば申し分ないのだが、なぜか鎧谷の選手まで何かから解き放たれたように楽しそうにプレイしている。


 特に理解できないのが明智である。

 イエローカードをもらって、審判からも危険なプレイヤーだと目をつけられたのは間違いない。しかもその後俺達にペースを握られっぱなしだったはずだ。なのにどうしてそんな晴れ晴れとした顔で躍動しているんだ?

 俺の怪しむ視線に気がついたのか、明智がこっちを振り向いてにこやかに手を振る。俺と明智は普通とちょっと違う視点を持っているせいか、割と目が合うんだよな。

 俺は苦虫を噛み潰した表情で仕方なく手を振り返す。何を思ったのか、明智が走り寄ってきた。


「足利の言う通りに、危険なファールは止めてサッカーを楽しむことにしたっす」

「そりゃ良かったな」

「それで、改めて思ったんすけどサッカーで一番楽しいのはやっぱり勝利の味っすよね。そーゆー訳で勝たせてもらうっす」

「いや、性格変わりすぎだろお前」


 どこか暗い影を背負っていたはずの明智の変貌ぶりに首を傾げてしまう。あのぶつかった時の肘は外したはずだが、頭でも打ったのかあいつは。

 まあ、いい。

 明智がどんな理由で性格が変わろうと、鎧谷がリフレッシュしようと、俺達はいつものように楽しんで勝つ。それだけだ。



  ◇  ◇  ◇


「明智、こっちだ!」


 とパスを要求する声が複数から届く。それらの声の発生源をチェックして――声を出さずに裏へ抜けようとしているサイドアタッカーへとロングパスを蹴った。

 彼へとボールが渡った瞬間「ああー」と残念そうな声が敵味方から洩れる。パスを要求した選手は「俺にじゃなかったのか」と落胆の呻きで、敵はその声を出していた選手をチェックしに行って結果的に空振りに終わった失望の溜め息だ。

 これはいい傾向だな。今までは俺のゲームメイクに文句を言わずに従っていたチームメイトが、俺に対して遠慮なく要求をしてくるようになった。それが自己満足では終わらずに、敵を引きつける囮の役目にもなってくれている。


 これまで俺はこのチームで王様として君臨していて、俺の出来不出来がチームの調子に直結していた。しかし、この延長後半は明らかに違う手応えを感じている。

 皆が従ってくれているんじゃなくて、皆が協力してくれているのだ。

 俺からのパスに応じて動くのではなくて、パスを生かそうと出す前から動き出してくれている。

 ああ、そうかこれがチームプレイって奴なのか。

 俺は今まで数種類のパターン練習を繰り返し、それらの組み合わせをチームの全員が一糸乱れぬコンビネーションで遂行するのがチームプレイだと考えていた。だが俺達が現在やっているのは一人一人がチームの為に自分で考えて動く、それが結果としてチームの利益になるという逆のベクトルからのチームプレイだ。


 こんな世界もあったんだな。

 俺は自分の考えに固執しすぎていたのかもしれない。県大会からここまで上がってくるのに、どれだけチームプレイを向上させるチャンスを逃したのだろう。

 真正面からぶつかれば負けていたかもしれない試合はあった。だがそれ以上に成長し、サッカーを楽しめた確率の方が高かっただろう。


 だが負けて引退したくない俺からすれば、まともに戦うのはリスクが高すぎたのだ。

 それで相手が怪我をしない、審判がカードを出さない程度のファールで反則を誤魔化せるようになってからは、この試合まではローリスクのラフプレイを作戦の主軸に取り入れていたのだ。

 それが間違っていたのかは判らない。判るのは今やっているサッカーがこれまでのサッカーよりもずっと楽しいって事だけだ。

 そうか、そうだよな。俺はサッカーが好きでサッカーが楽しいから、辞めるのが嫌だったんだよな。嫌いならばわざわざ危険なファールをしてまで、いやいやサッカーをする必要などどこにも無かったんだ。


 ここで俺は自分の中にあったある暗い考えを発見した。俺が汚いファールやラフプレイをしてきたのは、勝つための手段であったのは確かだが、もしかしたらこうも考えていたんじゃないか。俺が自分のやっているサッカーが嫌いになれたなら、サッカーを辞めるのがこんなに苦しまなくていいのに、と。

 

 そうか、俺はサッカーを辞める時の言い訳と言うか逃げ道を作っておきたかったんだな。「別に俺、サッカーはそんなに好きじゃなかったっす」って。逆に言えば、そんなアリバイを作らなければならないほど、辞めるのを考えるのが辛かったんだ。なにしろカルロスなんかテレビで見ただけで「こいつに勝てるのか?」と一人悩んでいたからな。全国で優勝できるなんて自分が一番信じていなかったんだろう。

 じゃあこれまで鎧谷が、いや俺の指示でファールされた人達は八つ当たりに巻き込まれただけなのか。自分の小ささが恥ずかしくなってくるな。まあこれまでの相手で通院するほどの怪我人がいなかったのだけが救いだ。対戦相手の追跡調査までしているなんて、自覚していなかったが無意識の内に罪悪感を感じていたんだろうな。


 よし、悔やむのも謝罪するのも全てはこの試合が終わった後にしよう。

 何しろ今までで最高のチームプレイをしているんだ。せめて俺のできる限りの力を、今まで迷惑をかけっぱなしのチームメイトに捧げなければならない。

 そんな俺の足元にまたパスが渡された。そのボールを俺の事を信じて前へダッシュする味方FWへと、丁寧にロングパスで送る。いつもより澄んだ音とシャープな弧を描いて、狙い通りの地点へとパスが成功した。

 足がボールを蹴った感触、味方との連携にアイコンタクトによる意志疎通の早さ、どれも過去に味わった事がないレベルだ。 

 俺は今までで一番上手くなっている。そして一番上手い相手と戦っている。


 畜生、サッカーって面白いよなぁ。俺、やっぱり辞めたくないよ。 

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