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やり直してもサッカー小僧  作者: 黒須 可雲太
第一章 小学生フットボーラ―立志編

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第六十一話 情けは人の為ならず、と自分に言い聞かせよう

 延長戦が始まっても立ち上がりは落ち着いた物だった。お互いのチームの力量を理解しているし、これまでのゲームで体力を消費しているために一気に勝負をつけるといった風にはならない。

 強引な攻めはとりあえず止めて、慎重に相手の出方を伺いあっている状況だろう。


 だが俺は少しだけ違和感を感じていた。俺へのマークが微妙に甘くなったようなのだ。山下先輩などに対してはドリブルを警戒しているのか、マークが付くだけでなく抜かれた場合に備えてフォローする人数さえ割いているのにもかかわらず、だ。

 俺を過小評価している可能性も考えた。だが、後半の終了間際の明智とのボール争奪戦から、お互いが似たセンスを持っているのは理解できたはずだ。ならば俺が明智に対してしているように、最大限の警戒を俺に対してもするべきではないのか? それとも俺程度では障害にならないとでも思ったのか? プレッシャーが軽くなったのは嬉しいが、舐められているんだとすれば腹が立つな。


 ならばこっちも勝手にやらせてもらおうか。そう思ってボールを味方に要求する。

 パスが足元に送られるが、マーカーからのプレッシャーがない。自由に動けるんならこっちのもんだと、これまでのようにパスでゲームメイクをするのではなく、自らのドリブル突破を選択する。

 真正面に立っているだけのマーカーを斜めに通る形で走り抜けようとすると、そのマーカーの影に当たる場所から明智がトップスピードで飛び出してきた。

 その勢いのまま俺へとスライディングを敢行する。


 傍目からはこのスライディングは、ほんの少しだけ勢いがつきすぎたようにしか見えないだろう。

 だが狙われている俺にははっきりと判る。これはボールを奪おうとしたものじゃない。こいつが狙っているのは――俺の足だ。

 背筋を氷の欠片がなぞる。

 甘かった。

 こいつがマーカーの裏にいるのは判っていたが、パスカットするために俺からの死角に当たる場所に潜んでいたのかと考えていた。まさか俺を潰すためにわざわざ待ち構えていたとは。

 しかもこの位置は俺をマークしていた選手がブラインドとなり、俺と明智の接触するシーンが審判からは見えにくいはずだ。ここまで計算づくで潰しにくるとは思っていなかった。


 明智が芝に太ももを着けた姿勢になりながら、鋭く右足を振り抜く。そこはボールが一瞬早く通り過ぎた場所で、まるで明智のスライディングが遅れたように見える。その一拍のタイミングのずれがボールではなく、そのボールにタッチした俺の左足へスライディングするはめになった。

 きっと明智は公式にはそう発言するだろう。だが現在マッチアップしている俺にだけははっきりと判る。明智の視線は常に俺の左足から動かず、ボールの動きには一切興味が無かったと。

 こいつ延長戦に入ってからおとなしくなったと思っていたのは、間違いなく今のわざとに見えないような場面で俺を潰すタイミングを計っていやがったのか!


 恐怖と怒りが俺の集中力を加速させた。明智は俺の左側面から左足首に向けてスライディングをしている。この左足はドリブルをしようとボールタッチして踏み込んだせいで、今のタイミングでは完全にかわすのは不可能だ。

 であれば被害を最小限に抑えなければならない。

 とっさに左足にかかった体重を減らすために踏ん張るのは止めて、左足かかとをずらして芝の上を滑らせるような格好にする。

 空手やキックボクシングをしていれば判るだろうが、体重のかかった軸足にローキックされればダメージが大きい。それは体重がかかっているぶん衝撃を逃がす事ができないからである。

 同様の事はサッカーでファールを受ける場合にも言える。むしろ派手に吹き飛ばされて衝撃を受け流した方がダメージは少なくてすむのだ。できるならジャンプしてでも左足を完全に宙に浮かせたいが、そこまでの猶予はない。

 だから俺は踏ん張るのではなく、自分から左足を滑らせて転んだような形で衝撃を小さくしようとしたのだ。そんな風に無理に出足を滑らせると、自分も体勢を崩してしまうがこれはもう仕方がない。


 明智の突き出した右足と俺の左足首が接触する。ぐっと歯を食いしばるが、覚悟を決めていた分と蹴られるポイントをずらしていた分だけ衝撃も痛みも大したことがないように感じた。

 そして明智はスパイクの裏から伝わる感触に驚いているのか、自分が反則を仕掛けてきたにも関わらずに目を丸くしているな。

 そのおかしな感触とはまず軽すぎるという点だろう。体重のかかっている足を狙ったはずなのに、俺が瞬間的に自ら転んだ格好になって重心を左足からずらしたものだから、左足は蹴られたと言うよりもむしろ押されたと言うのに近いほど衝撃は抑えられている。

 次に異常を感じたのは「堅さ」だろう。延長戦に入る前、明智から脅威を感じた俺はソックスの中にこっそりとすね当てを何枚も、それこそ足を一周するようにぐるりと巻いておいたのだ。その分微妙に重く、タッチも感覚が鈍く感じられるがこれからもこんなファールに備えて重装備に慣れておかなければいけないな。

 そのすね当てによってもずいぶんとダメージが軽減されている。


 嫌な予感というのを馬鹿にせず、念のために対策を取っておいて良かった。もし無警戒で明智のタックルを受けていたら、まず試合続行は無理、怪我は当然、下手したら後遺症が残るレベルのダメージが与えられただろう。

 その事を想像しただけで全身の毛が逆立ち、口の中がからからになる。


 ここまでの様々な考えが、明智に倒された一瞬で走馬燈のように頭の中をよぎっていた。

 そんな俺の体は明智が足をすくった状態で、尻餅を着くというか背中から着地する事になりそうである。だが、ここで俺の予定外の出来事が一つ。

 俺の体が倒れる場所が明智の体の上になりそうだったのだ。

 そりゃそうだよな。考えてみれば明智は勢い良く俺の足を刈りに突っ込んで来たんだ、その俺が倒れれば当然スライディングした明智の上って事になる。


 重力に引かれて明智の上に落下しつつある俺に、暗い声が囁いた。

「このシュチエーションなら下で明智がクッションになるので受け身は取る必要がない。いやそれどころか、お前が倒れる時に明智の体をスパイクで踏むか、硬い肘から落ちて下の明智を攻撃する形になっても不思議はないぞ。目立たないようにやれば、審判も観客も偶然の行為で済ませてくれるはずだ。だいたい怪我させるような反則をしてきたのは明智からじゃないか、俺はただやり返しただけ。いやちょっと受け身を失敗して、下敷きにした明智の体のダメージが大きくなっただけに過ぎない。因果応報と言う奴で、良心のとがめを感じる必要もないだろう」


 うん、そうだよな。別にわざとじゃなくて、これは偶然だよな。

 俺は倒れ込みながら左肘を地面に向けて――この場合は明智の体に向けて突き出した姿勢になった。プロレスで見る、エルボードロップの体勢だ。下にいる明智が俺の思惑を悟ったのか表情を凍らせる。こいつ、他人に怪我させる覚悟はあっても自分が怪我する覚悟なんか微塵も持っていなかったんだな。

 同情の余地は無しだと落下するその瞬間に、自身が選手生命を失った負傷した場面のフラッシュバックが起こった。

 痛み・悲しみ・悔しさ・絶望・無力感・ファールした相手への憎悪、すべてがごっちゃになった何とも言いようがない感情が湧き上がる。


 ああ、あんな思いをするのは二度と御免だよな。……例えそれが敵であっても。

 ぎりぎりで俺は肘を引き、お尻と背中から明智の体に倒れ込んだ。

 下敷きにした瞬間「むぎゅっ」というカエルが潰されるような小さい悲鳴が上がったが、明智も腕で落ちてくる俺の体をブロックしていたようだし、ただ普通に押しつぶされたぐらいのダメージで済んだはずだ。

 

 俺もお尻が痛かったし背中を打ったせいで咳き込んだが、さっさと明智の体から起き上がる。反則を仕掛けてくるような奴とは長く接したくない。

 お、良かった。タックルをされた左足も異常はないな。体重をかけてもほとんど痛みは感じないぐらいで、ちょっとした打撲程度に収まったようだ。

 素早く立ち上がった俺に向かって審判が駆けてくる。あんまり真剣なその表情にちょっと微笑が込み上げる。大丈夫だって、とりあえず怪我はしていませんよ。


「大丈夫かね」

「ええ、引っ掛けられた足も、落ちて打った背中も異常なさそうです」

「それは良かった」


 安堵を滲ませて審判が俺に頷きかける。その顔を厳しく引き締めてまだ地面に横たわっている明智に対し、イエローカードを突きつけた。


「鎧谷十番、明智君。今のは危険なファウルだ」


 威厳に溢れる声だが、明智は審判よりも俺の方をじっと見ていやがる。審判もそう察したのか声を荒げて「今のはもう少し後ろからだったり、足利君が怪我したりしてたらレッドカードだったよ。もう一回今みたいなプレイしたら君じゃなくても一発退場だからね、ちゃんと判ってる!?」と詰問する。


「判ってるっす」


 今度は俺から審判へと目を移してしっかりと答える。「もうしないっすよ」

 それに納得したのか、審判もメモに書き込むとそれ以上は何も言わなかった。


「ずいぶんと甘いっすね。今のタイミングだったら反則をとられずに俺を潰せたでしょう?」


 審判は離れたので、俺だけに届くぐらいの低く小さな声だ。


「また削られるとは思わないんすか、だったら甘いんじゃなくて馬鹿っすね」

「甘いと思うよ、俺もね」


 自分で思っているよりも冷静な声になった。この明智って奴に対してはさっきほどの怒りは感じていない、こいつが本当に危険な奴なら何も言わずに次にまたラフプレイをやるだろう。こんな八つ当たりじみた事を被害者である俺に言うって事は、たぶん自分でも今やっている行為が間違っているのが判っていながらやめる事ができない――つまりは子供って事だ。


「でも、潰し合いや壊し合いしたって楽しくないだろう? 俺はサッカーが好きだから、サッカーの事を嫌いになるような汚いプレイはしたくない。明智がどう考えているのかはしらんが、そんな壊し合うプレイが好きならお前はずっとやってればいいじゃないか。俺達はその先にいかせてもらうけどな」

「こんなの好きな訳ないじゃないか! 何も知らないくせに勝手な事を言うな!」

「じゃ、やめればいいだろ。それとお前の特徴の語尾にっすが抜けてるぞ」

「……倒れる時に俺に怪我させようとしなかったのには礼を言うっす。それと借りは必ず返すっす」

「俺に無理な反則を仕掛けてこなければそれでいいよ」

「……善処するっす」




 

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