表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
やり直してもサッカー小僧  作者: 黒須 可雲太
第一章 小学生フットボーラ―立志編
6/227

第五話 早朝練習を頑張ろう

「行って来まーす!」

「車に気をつけなさいよー」


 母と最近恒例となった朝の挨拶を交わして道路に出ると、左右を確認しジョギングを始める。ちなみに俺の格好は汚れてもいいように上下とも紺のジャージで、背中にしょったリュックにはタオルやドリンクが入っている。いささかおしゃれではないが、すぐ汗と土だらけになるのにあまり神経質になっても仕方がない。ちなみに俺がちょこんと手にぶら下げた網にはサッカーボールがちゃんと入っている。


 こんな早朝から何をするのかというと、うちのサッカークラブには朝練がないのでその分をカバーする為に自主的に登校前のトレーニングを実施しているのだ。

 ゆっくりとしたペースでトレーニング場所にしている公園を目指す。朝早くに人が少ない公園を探すと、近くの公園はすでに愛犬家やゲートボールの集団に占拠されていた。そこで、ちょっと離れた地区だが希望通りの物が見つかった為にそこを根城にしているのだ。自宅からの距離のマイナス点はジョギングにぴったりの長さだと目をつぶっている。本当はランニングをするだけなら新聞配達のバイトでもすればいいのかもしれないが、まだ小学三年生で毎日やれるのか疑問に思われたのと他のトレーニングが出来なくなるデメリットから自主練習の方を選んだのだ。


 呼吸が乱れない程度ののんびりとしたスピードで、早朝の新鮮な空気の中約十分走ると目的の公園へ到着だ。すぐには止まらずに公園の外周を一周してから柔軟運動に移る。九歳という年齢では無理なウエイトトレーニングをすると成長を阻害する恐れがあるため、俺はこの柔軟体操を重視している。関節の可動域が広がればプレイの幅が広がるのは勿論、怪我をしにくくなるのが一番の目的だ。俺はトレーニングをするようになってからウォーミングアップとクールダウンはしつこいぐらいにやるようになった。以前の怪我の軽いトラウマかもしれないが、これは良い方向へのものだろう。

 ジョギングでほてった体を冷まさない様に手早く関節を伸ばす体操をする。柔軟の時は無理に呼吸を止めたり、勢いをつけたりするのはご法度である。相撲で新弟子が股割の時にやるという、一気に関節を広げるのは実は結構リスクが高いのだ。


「それに俺って横綱目指すほど太ってないし」


 誰にともなく自分のスタイルの良さを強く自己主張しながら額の汗をぬぐう。真剣にすると柔軟だけでも結構な運動量になるのだ、春の陽気ではすぐに汗が吹き出してしまう。しかしながら柔軟体操もやってみると意外と奥が深いな。うむ、そのせいかまた昨日よりも少し体が柔らかくなった気がするぞ。

 いくらなんでも効果の出るのが早すぎる? 思いこみだと? 構わない。こういうのは思いこみでもなんでも「そう信じた」方が効果がアップするのだ。鰯の頭も信心からの格言もメンタル的には全くその通りなのだ。

 だから俺は何度も心の中で繰り返す「凄いぞ、俺は昨日よりまた成長している」と。あ、これ口に出したら周りからなま暖かい視線を浴びるから真似するなら注意しろよ。


 一通りウォーミングアップを済ませると、ハンドタオルで顔を拭いてスポーツドリンクを一口味わう。どうして運動したらスポーツドリンクって甘くなるんだろう。そんな飲む度に頭をよぎる疑問をスルーして、お待ちかねのサッカーボールを網から出す。本当はここまでもドリブルして来たかったのだが、交通ルールを守れと母に叱られたので手提げの網で運んできたのだ。


 ボールを爪先で軽くリフティングするとつい口元がにやける。この前の練習中に同級生に指摘されて初めて気がついたのだが、俺はボールを扱っているときにいつも「にひっ」という感じの笑いを浮かべているそうだ。気持ち悪いからその癖直してくれと言われたので現在鋭意修正中である。夢が叶ってプロになった時、テレビに映る試合中の姿が常ににやけているんじゃ悲しいもんな。


 そんな顔を引き締める努力が必要なほどにボールを蹴るのは楽しい。そしてこれからがその大好きなボールを使ったトレーニングだ。クラブの練習は専らミニゲームと連携などの実戦練習が主なので、個人技術を高めるのはこんな風に自主的にやらねばならない。

 俺はリフティングしていたボールを足下に落とすと、習慣にしようと決めている練習を始めた。

 

 公園にある低い鉄棒と平行にドリブルを開始する。

 まず一つ目の鉄棒の支柱である棒に向かって右で軽くボールを蹴る。上手くまっすぐ返ってくると鉄棒とすぐにまた平行に移動して左で次の支柱へパスする。今度は狙いがずれたのかあさっての方向へ反射した。舌打ちしてボールを追いかけるとまた次の支柱へとキックする。

 支柱は細い上に丸いので正確にボールを蹴らないと、どこへ跳ね返るのか判らない。それをドリブルしながら、途中で右・左・インサイド・アウトサイドと交互に狙っていくのだ。キックが僅かでもずれるとそれが数倍のズレたボールになってはっきりと表れてしまう。基礎を磨くにはいい練習だとやり始めた時は自画自賛したが、未だにきっちりと足元に戻ってくるケースは二割を切っている。

 難易度が高かったかもしれないのだが、今更メニューを変えるのも何か負けたような気がするので嫌なのだ。今は半ば意地になって「いつかはこの八連棒をクリアしてみせる」となんか格闘漫画の試練のように思って練習している。


 他にも色々とあるのだが、それらの基礎的な訓練を一人で黙々とこなすのが俺は嫌いではなかった。いやもちろん試合なんかの方が血湧き肉躍るのは間違いないのだが、孤独にボールを蹴っているだけでも充分に楽しいのだ。単純なゲームでハイスコアを目指している感覚のようで、リフティングや目標をボールで狙い続けるような練習などは時間を忘れて没頭してしまう。

 だからいつまでもやめ時が見つからない――とちょうど腕時計が金属的な音色のアラームを鳴らした。

 母曰く「あんたサッカーしてるとそれで一日潰しちゃうから、これ着けてなさい」と渡された腕時計が、今日の朝練はこれまでですと告げていた。


「ふー」


 天を仰いで深く息を吐き、また大きく朝の冷えた酸素を吸い込む。それだけで小さな肉体の芯に溜まっていたトレーニングの疲労の淀みが軽くなっていくのが実感できる。子供の体って自分でも驚くほど回復と成長が早いんだよな。もちろんこれも子供時代を通り過ぎてから普通は気がつくことなんだろうが、俺にはその恩恵が身にしみて判っている。

 日々自分の体が成長していくのをリアルタイムで実体験すると、まるでゲームのキャラクターが簡単にレベルアップするのを彷彿とさせる。俺の感覚では翌日に寝込むほどくたくたになった状態で眠っても、次の朝目が覚めるともう全快どころか昨日以上にエネルギーが貯まっているのだ。

 

 そんなスピードで成長しているのは身体能力だけでなく、サッカーのテクニックに関しても同様だ。ちなみにちょうど今の俺の年代の九歳から十二歳までを「ゴールデンエイジ」と呼んでいるそうだ。この期間は神経系が発達するために、技術面では一番覚えが早いらしい。

 やり直しに気が付いた直後は漫画によくあるリスクの高い特訓をしてでもパワーアップ出来ないかとも考えはしたのだが、自分の成長速度にちょっと考えを改めた。健康でありさえすれば子供の成長って皆チートじみているのではないかと。であるならギャンブル度が高い無茶な訓練はする必要がないと判断したのだ。その成長におけるボーナスタイムであるゴールデンエイジを上手く利した人間には、この年代を利用しなかった者と比較して大きなアドバンテージが与えられている。


 実際に身体能力が優れた人間が十代後半からサッカーに転向したとして、アスリート的な能力を生かした「凄い」選手にはなれるかもしれないが、「サッカーが上手い」選手になるのはほぼ不可能なのではないのだろうか。例外があるとはいえ、それが過言ではないぐらいこの年代における神経系の発達は技術面の上昇と密接な関係があるのだ。ちょうどその期間の入り口から自覚を持ってトレーニングを始められる俺は本当に幸運だと思う。そのラッキーに恥じない様に頑張らなければいけないよな。


 まあ、それはともかく朝の個人練習はこれまでだ。やれるならば学校をさぼってでも一日中でもサッカーをしていたいのだが、やはり両親にあまり心配をかける訳にもいかない。前回の人生で親不孝ばかりしていたので、親に迷惑をかけるのが若干トラウマになってしまった。そこで今の俺は、サッカー関連の譲れない部分以外は親に譲歩しているのだ。おかげで両親とも「三年生になったら急に聞き分けがよくなった」と関係は良好だ。

 もちろん学校の成績も急激にアップしたのだが、それも「サッカーをしているおかげで集中力がついた」からだと吹き込んでいるのでサッカーにのめり込むのも賛成してくれている。

 とりあえずここまでの生活は計画通りの順風満帆と言ってもいいだろう。


 道具をリュックにしまい、ボールをネットに入れて家路へと急ぐ。

 朝食は一日の基本である。食べ逃すなど絶対に許されない。もちろん偏食などはもっての外だ! 納豆以外の全ての食物は差別せずにおいしくいただくべきである。ふふふ、味覚が大人のままで良かったぜ。子供の舌のままならばピーマンなんかは苦く感じられるのだろうが、経験が「ピーマンは苦さがおいしい」と教えてくれているので苦さが気にならないのだ。食べ物は舌ではなく脳で味わっているってのは本当だぞ。

 ちなみに朝食にこだわっているは俺の食い意地が張っているからではなく、成長期における食事の重要性と運動直後の栄養補給のメリットを知っているからだ。決して飯ウマの母に餌付けされたわけではない! ……たぶん。

 

 ま、まあともかく家に帰れば腕自慢の母の朝食にプラスしてヨーグルトと野菜ジュースが待っている。これも俺が頼んだもので「栄養のバランスは考えて作っている」としぶる母に頼み込んだものだ。野菜ジュースはそのままサラダにして取るのに比べると栄養が低下するとか言う人もいるみたいだが、何こういうのは気持ちの問題だ。体にいいと思いこんで飲めば実際にプラシーボ効果も加わって効くのだ。ヨーグルトはまあ、その俺の好みってだけだが。で、でもおいしいよね、ヨーグルト? みんなも食べ物を粗末にせず、乳酸菌もちゃんととろうぜ! ……ただ納豆だけは勘弁してくれよ……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 新聞配達のバイトでもすればいいのかもしれないが、まだ小学三年生で毎日やれるのか疑問に思われた [一言] 新聞配達のバイトは中学生からで親の同意が必要です。児童福祉法違反。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ