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やり直してもサッカー小僧  作者: 黒須 可雲太
第一章 小学生フットボーラ―立志編
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第五十八話 チームメイトを走らせよう

「俺を出してください」


 ピッチ上での鎧谷のお祭り騒ぎから目を逸らして、隣に座っている監督に訴える。

 前半こそピンチの連続だったが後半になって山下先輩を投入した事で、俺達が攻め込めるようにはなり互角の勝負になったのだ。だからこそ、この時間帯での失点は痛い。

 一方的に押されていた前半を思い出させ、自分達の体力の消耗を思い知らされる一撃である。

 本来ならばすぐに点を取り返そうとメンバーが急いでセンターサークルにボールを戻すのだが、その行為でさえ気落ちしたせいでいつもより時間がかかっている。


 今、行かなければ間に合わなくなってしまう。

 それを理解しているのだろう下尾監督が渋い表情で時間を確認した。後半十一分で一点負けている状況、ハーフタイム中に俺を出すと認めた条件に合致している。

 諦めたかのように溜め息を吐くと、俺の肩を引き寄せ一言だけ告げた。


「怪我だけはするなよ」


 やるべき戦術とか点を取ってこいとかのアドバイスではなかった。いつもの交代の時の「試合を楽しんでこい」という言葉さえない。

 つまり監督は俺が怪我をするリスクが高いと考えているのかもしれない。俺はただちょっと疲れているだけで、そんな心配は無用だと教えて上げなければいけないな。

 幸いにもハーフタイム中のアップですでに体は温まっている。小刻みなダッシュを一・二回、それで準備は完了だ。俺は靴紐をきつく締め直し、ソックスを引き上げて、改めて気合いを入れ直した。

 交代する先輩の為にも、前の試合の剣ヶ峰の為にもこのまま敵の術中に陥ったままで終わるわけにはいかない。あっさりと敗北したら、俺達がカルロス達に勝ったのまでまぐれだと思われそうじゃないか。


 交代する先輩に背中を軽く叩かれて送り出されると、ピッチの真ん中へと小走りにポジションをとりに行く。

 失点後の試合再開を待つ間に、目を閉じて周りの状況と鳥の目の調子に自分のコンディションをまとめてチェックする。うん、スタミナは確かに心許ないが、それ以外は問題ないようだ。若干いつもより足に力が入らないのがマイナスだが、これはパワーの必要なブレ球を撃つのが無理なだけで、他のプレイには影響がない……はずだ。

 まあ今更グチを言っても仕方がない、自分のおかれた状況で最善を尽くすだけだ。自分の頬を叩いて気合を入れる。いつの間にかこれもルーチンワークの一つになっているな。気合が充填されるのはいいのだが、頬のひりつくような痛みが長引くのが難点である。くそ、この苦痛は全部鎧谷のせいだよな。よし、あいつらボコボコにしてやるぞ。

 やや八つ当たり気味のファイトを燃やし、ようやく俺は一点差で負けているピッチに立っている実感を得た。


 ゲームが再開されると、鎧谷のボランチの一人が俺の前にぬっと立ちはだかった。この少年はあからさまな俺へのマンマーカーである。今まで敵は個人マークをほとんどつけてはいない。後半から入った山下先輩を除けば、他のメンバーは全員がゾーンやオフサイドで対応されている。

 それなのに俺にわざわざマンマークをつけたのは特別待遇というだけじゃない。「これ以上君を前には進ませないよ」という敵からのメッセージなのだ。


 これではっきりしたのは鎧谷の監督が――あるいはピッチ上でさかんに指示を出している明智ってプレイヤーがかもしれないが、俺を攻撃の為に入れたと思っている事だ。

 もちろん一点負けている現状では攻撃的にシフトしなければならないのも確かだ。だが俺はもともとは攻撃に偏ったタイプではないつもりである。

 このチームとして動脈硬化に陥っている我が矢張SCを、敵の要である明智に対抗してこっちも中盤からゲームメイクをすることでチームを活性化するのが一番の役目なのだ。剣ヶ峰戦で誤解されているかもしれませんが、マスコミやサッカー関係者の皆さん、本来の俺はバランスのとれたセントラルMFなんですよー。

 と誰に向けているのか不明なアピールを終えると、これからの自分のやるべきことを考える。監督が明言しなかったから自分の頭で考えて動くしかない。


 前線からパスが中盤の底の俺にまで下りてきた。相変わらず攻撃陣は消化不良な攻めに終始しているようだ。おっと、俺についているマークがじりじりと圧力をかけてくるな、ここは無理せずに一旦キャプテンへ戻そう。

 ボールを渡すのと同時に前へ進もうとすると、慌ててマーカーが後退する。ふむ、やはり俺がオーバーラップするのを相当に警戒しているらしい。二回戦で二得点もしたのが相手とっては強烈な警告になったのだろう、俺をゴールに近づけまいとしているディフェンスだ。


 ならばこちらもそれに応じた戦い方をさせてもらおうか。

 改めてパスをもらい直すと右手を大きく振る。このサインは単純明快だ、右サイドに向けての指示「走れ」である。「先輩、行け!」の声と共に、強く長いDFラインの裏へのパスでサイドMFを走らせる。

 お、ちゃんと追いついてパスを受け取ったじゃないか、偉い偉い。俺の子供扱いした心の声が聞こえた訳でもないのに、右サイドのMFがキツい眼差しでこっちを睨む。うん、消沈するよりは俺に腹を立ててでも走り回ってくれる方がずっとましだ。

 本当はその殺気混じりの視線に「もう少し優しいパス」を出すべきだったかと後悔しかけたが、そんな反省をするべきじゃないな。


 俺の能力ならばこの中盤の底という自陣からのポジションでも、オフサイドを取られずに前線へのロングパス、または敵DFの背後のスペースへのスルーパスを通せる。

 チームの足が止まりがちな状態だからこそ、ギリギリ届くはずのスペースへパスを出すことでチームメイトを無理矢理にでも走らせるのだ。……決して自分が走るのが嫌だからではないぞ。

 

 敵陣の深い所で俺のスルーパスを受け取った先輩は、何か言いたい事がありそうだったが久しぶりのチャンスを優先させたようだ。オフサイドをかいくぐった為に敵は周囲にはいない。とっさにゴールへ直進するよりは縦への突破を目指したらしく、サイドライン沿いに突き進む。

 ディフェンスラインが破れた事で敵味方の動きが慌ただしくなった。敵DFは争うようにゴール前へ後退し、こちらは一気に全員がポジションを押し上げる。


 ゴールライン近くまでサイドを抉りきった右サイドから、中央へのセンタリングが上げられた。ゴールから少し離れた地点へのふわりとしたボールだ。鎧谷DFに長身のDFがいない弱点を突くように、キーパーが飛び出せない場所への、速さよりうちのFWの高さを生かそうとしたセンタリングである。

 いくらか速度が遅いために敵味方を問わずに大勢でのヘディング争いになった。しかし、これに勝利したのは敵のDFだった、その頭で大きくクリアされてしまう。どうやら高さでの勝負になる前に、ポジション争いでそのDFが勝利していたらしい。少し遅めのセンタリングがここでは裏目に出た形だな。


 だが矢張のチャンスはまだ終わってはいない。こんなこぼれ球が出る展開でこそ、俺の鳥の目のメリットは最大限に発揮されるのだ。

 クリアされたボールの所へ誰よりも早くたどり着く――そう思っていた。だが、俺と同じタイミングでボールへ到達した少年がいたのだ。向こうのキャプテンでありボランチの明智だ。

 こいつは確かさっきまでゴール前にもいなかったし、中途半端なポジショニングだったはずなのだが。どうして俺と同じぐらい短時間でこぼれ球にたどり着けたんだ? 足下のボールを確保しようと肩と肘で押し合いながら、訝しげな視線を投げかけると同様の視線を寄越す明智と瞳が正面からぶつかった。


 ――その時に俺は理屈抜きに直感で理解した。おそらくは明智も同様だろう。こいつも俺と似たような感覚で、つまりピッチを空から見ているような鳥瞰図でゲームメイクしてやがる、と。

 そして猛烈な敵愾心、あるいは同族嫌悪が襲ってくる。こいつにだけは負けられない!

 それは明智も同じ様で押し合っていた肘を少し引いて肘打ちしてきやがった。負けじとこっちも目立たないように肘打ちで応戦する。小柄な二人における審判の目から逃れるような地味かつ陰険な戦いは、そこへ駆けつけた頼りになるうちのキャプテンのおかげで水入りとなった。


 ボールよりお互いへの攻撃に意識を向けていた俺達を尻目に、キャプテンがあっさりとシンプルに足を伸ばしただけでボールだけを奪っていったのだ。すぐさまパスでボールを捌くと、まだ絡み合っている状態の俺の襟首をぐいっとばかりに掴んで自分の方へ引きつける。

 視線は明智に釘付けのまま「足利、君の仕事はそんなんじゃないよね」と今までになく冷たい口調で俺へ告げる。

 そしてこうも続けた。


「こんな場合は僕を呼んでくれないといけないよ、僕って割とラフプレイも得意なんだから」


 そのいつもと変わらない優しい笑顔なのに迫力を滲ませたキャプテンに、尊敬されているだけでなく彼が得点しても誰も祝福の張り手ができない理由を理解した。


 ――どうもこの試合はすっきり爽やかとは行きそうにない雲行きだなぁ。

 

 

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