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やり直してもサッカー小僧  作者: 黒須 可雲太
第一章 小学生フットボーラ―立志編
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第五十六話 やだなぁ、わざとじゃないっすよ


 後半の開始と同時に俺達矢張SCの動きは格段に良くなった。それはベンチで眺めている俺の目からでもはっきりと確認できる。うちが交代のカードを二枚切って、山下先輩とサイドのMFをフレッシュな状態で途中出場させたおかげだろう。そこを基点にテンポの良いパス交換が生まれているのだ。


「いい感じで攻撃ができていますね。正直言うと攻撃陣のリズムを戻すのに、山下先輩で大丈夫か心配していたんですが」

「ああそうだな。こんなゲーム全体の流れを変えるのは山下のような個人で突破する奴よりも、むしろお前みたいな後方からの司令塔かなと思っていたんだがなー。想像以上に山下がプレイで皆を引っ張っていってるじゃないか。ん? どうだ、アシカは悔しくなってこないか? うりうり」


 肘で脇腹をぐりぐりと責めてくる監督から、座るベンチの位置をずらしてちょっと距離をあける。


「効果音を口に出してまで、俺を攻撃するのは止めてくださいよ。それに、悔しくないとは言いませんが、ちょっと先輩の力に感心して見直しています。ピッチから離れて客観的な目で見ると、山下先輩も充分に全国レベルの選手ですね」

「……俺はアシカの子供っぽくなさにびっくりだけどなー。ちょっとは悔しがってくれよ、なんかベンチに置いておいたら俺の代わりが務まりそうな落ち着きぶりじゃないか」

「そんな事よりも、あ、またゴール前でチャンスです!」

「お、おう」


 俺のあからさまな話を逸らす言葉にもあっさりと乗ってくれる監督は、ノリがいいのか人がいいのか、多分両方だろうな。そう結論づける。

 だが俺の言った台詞は話を逸らす為ではあっても嘘ではない。うちのチームが山下先輩のドリブルでの中央突破から相手のゴール前でシュートチャンスを迎えている。

 ちっ、パスを受け取ったFWが反転してシュートを撃つ寸前にボールを奪われてしまった。さすがにここまで勝ち上がって来ただけあってゴール前の守りは堅いな。でも今の攻撃のリズムは悪くなかったぞ。こんな攻めを繰り返していけば、いずれは得点できそうだ……。と審判が笛を吹いているな。何があった?

 改めてピッチを確認すると、審判が走っていく先に倒れているさっき途中出場したばかりの、うちのチームのエースの姿が見えた。


「山下先輩!?」


 思わず立ち上がり、ピッチで横になり左足の太もも辺りを抑えている先輩へ呼びかける。俺だけではなくベンチメンバー全員が声をかけたせいで、山下先輩は顔をしかめながらもこっちを向いて「大丈夫だ」と掌を振る仕草をして体育座り近い格好で足を伸ばす。歪んだ表情で芝に座り、左足の付け根をとんとんと手で叩いていて痛みを紛らわす動きからすると、痛みはあるが怪我ではなさそうだ。

 おそらくはぶつかったのだろうが、太もものあの辺りは比較的にぶつけても怪我しにくい場所ではある。間を置かずに立ち上がって、足を振って痛みを散らそうとする先輩の動きから深刻なトラブルでは無さそうだとほっと胸をなで下ろした。


 審判が山下先輩のそばの敵チームの選手に注意している。あいつが先輩を倒した選手か。カードは出してないのだから悪質ではないという判定だろうが、ファールされたのがうちのいいリズムをつくっていた原動力だけに少しいらっとするな。

 ……いやちょっと待てよ。俺が気がつかなかったって事は、そのファールはおそらくボールと関係のない離れた場所で行われたはずだ。だとすれば山下先輩は狙われているのか?

 背筋をちりちりと刺す嫌な電流が走っている。そんな疑いの目で見ると、先輩を倒したDFと向こうの攻守の要であるボランチの明智という選手が顔を寄せ合って何か話しているのでさえ疑わしく思えてくる。

 あ、明智がファールしたDFに笑顔で肩を叩いてやがる。この時俺は思い込んだ。明智がわざとファールで山下先輩を倒したんだと。証拠も何もないただの思い込みではある。だがチームメイトが倒されたのをただの偶然で済ませるよりは、腹を立てた方がはるかにまともな精神を持っているはずだ。


「山下先輩、狙われていますよ!」


 と大声で先輩に向かって注意する。これは先輩に狙われていると知らせるのが一番の目的だが、ついでに審判にもアピールする意味も混じっている。これで審判は山下先輩に対する反則にはチェックが厳しくなるはずだ。これで少しでも手助けになればいいのだが。

 審判に「今のファールはわざとだろ、カードを出せやボケ」と無言の念を送っている俺に向けて、山下先輩はぐっと拳を突き出してきた。言葉は届かないが、同じチームなのだ、アイコンタクトで意味は判る。


「山下は何が伝えたいんだ?」


 訂正。同じチームでも判らない人間もいるようだ。仕方ない仲介してあげますか。


「まあ今の拳の力の入れようと意志の籠った眼差しからすると、たぶん「心配はいらない」か「俺は大丈夫だ」といったあたりでしょうね」

「ほう、良く判るな。アシカと山下はそんなに仲がいいとは思わなんだが」

「……まあ、他には「この拳で殴り返す」とか「アシカ、ジュースおごってやる」とかいう可能性もありますが、これらの線は薄いかと」


 なぜか監督は俺をかわいそうな子を見る目で眺めた。


「そうか、きっと山下が言いたかったのはアシカが最初に言った「大丈夫」って方だな」

「ああ、それともう一つ」


 山下先輩が伝えたい事ではなくて、勝手に伝わってきた事を監督にも教えておくべきだろう。


「山下先輩、めっちゃ怒ってます」



  ◇  ◇  ◇


 ちょっとこいつの性格を読み間違っていたかもしれないな。内心で俺は呟いた。剣ヶ峰戦や県大会での情報から想定した山下という選手の性格は、ムラのある天才肌のプレイヤーだった。

 その読み通りの性格ならば後半に出てきて調子良くプレイしている最中に、太ももに膝蹴りが入ったりしたらすぐに苛立つはずだ。だが今見る限りでは感情が檄しているのは確かだが、上手くその怒りをコントロールしている。

 怪我をしにくい安全な部位ではあるが、太ももの付け根を膝で打たれると痛みと痺れがかなり強烈に感じられるはずなのだが。そこを小さく鋭い膝の一撃をぶつけたのだ。足の裏を見せるようなあからさまな物ではなく、密着した状態からの細かい動きだから運が良ければ審判にも見逃されるかとも期待していたが、そうは上手くいかなかったな。まあ、カードを貰わなかっただけマシとしよう。


 それにしても、山下という選手はDFにファールさせたらやる気をなくすと簡単に思っていたが、どうも考えが甘かったようだ。むしろ立ち上がってからの彼の姿には、傍目にも凄みを感じさせられるな。

 このタイミングでこんな気配をだしているなら間違いないだろう、これまでの山下って選手のデータからすると自分でゴールを狙ってくるな。


「キーパー、たぶん山下が直接ゴールを狙ってくるっす。パスだった場合はディフェンスがなんとかするから、キーパーは山下だけに集中するっす」

「判ったぜ、明智」

「他はマークする相手から目を離さないようにするっす。敵はハーフタイムの後でちょっとだけ体力が回復しただけだから、このフリーキックさえしのげばすぐにガス欠起こして失速するはずっす。それまでの辛抱っすよー!」


 俺からの檄に「オッケー」「判った」「明智の言葉は力が抜けるな」といった反応をする仲間に頷く。

 今喋った言葉に嘘はない。誇張は混じっているのだが。

 矢張SCは俺達鎧谷に比べると、試合開始してから前半の途中で運動量がガクンと落ちた。これは前の試合の疲れをまだ引きずっている事実を示している。いくらハーフタイムでリフレッシュと選手交代で活性化をはかっても、そう簡単に体力が復活するはずはない。

 今の矢張の攻勢は山下を中心としたリズムに乗った攻撃で、疲れを一時的に忘れているだけに過ぎない。ならば、ファールで試合を止めてリズムを崩した上でこのピンチをしのぎきれば、間違いなく矢張は息切れをするはずである。


 それでも――俺はちらりと山下を眺めた。こいつのフリーキックを止めてからの話だ。そうでなければ馬鹿な皮算用でしかない。

 ここでこっそりとキーパーにだけ聞こえるように耳打ちする「山下は絶対にあいつらから見てゴール右上隅を狙ってくるっす。そこにヤマを張っておいてほしいっす」と。


 できれば今のアドバイスが無駄になるように、枠を外してくれよ。

 ゴールを守る壁に入りつつそう心から念じる。俺達鎧谷SCは無失点で終わることを前提にゲームプランを立てているのだ。もし失点する事があれば非常事態であり、勝率が著しく下がってしまう。

 そうなれば――俺は覚悟を決める。不運な事故を起こすしかないっすね。あ、しまった。表向きの口調がこっちにまで移ってしまったな。  



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― 新着の感想 ―
[一言] 主人公は除いて小学生設定にかなり無理あるキャラいるな
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