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やり直してもサッカー小僧  作者: 黒須 可雲太
第一章 小学生フットボーラ―立志編
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第五十五話 改めて作戦を練り直そう

「前半はやられ放題だったなぁ、全く誰のせいだ!?」


 ハーフタイムで戻って来た選手達に、監督は珍しく語気を強めて尋ねる。その怒気に気圧されてか、一瞬で矢張のベンチの空気が緊張で張り詰めた。

 ピッチから持ち込まれた倦怠感とスタメンの間での不協和音が吹っ飛んで、皆がどこか萎縮した態度に変わる。

 下尾監督がここまで怒った表情を作ったのは俺も初めて見たので、少々腰が引けてしまった。精神年齢が他のメンバーよりずっと上のはずの俺でさえビビるのだから、普通の小学生であるうちの選手が怖がるのも当たり前だ。

 

 しかし、今は試合中だ。こんなところでヒステリーを起こしてしまってもらっては困る。俺は予想以上に沸点の低かった監督をなだめようと一歩前へ進み出た。

 だが俺が自己犠牲の精神を発揮するよりも早く、監督はかぶっていた帽子を外して皆に頭を下げた。


「俺のせいだな。皆、すまん」

「え?」


 身構えていたチームメイトも前へでた俺も、自分の責任だと素直に謝罪した監督に驚きの声をもらす。

 いや、まあ確かに敵をアンチ・フットボールだと誤解していたり、ノープランでピッチに送り出した監督のせいだとは俺も思っていたけれど、完全に怒っていたような問いかけからのギャップが激しすぎる。周りもそうなのか全員がぽかんと口を開けている。

 そんな俺達の反応を尻目に、体を起こすといつも通りのひょうひょうとした雰囲気に戻った監督が頭を上げて帽子をかぶり直す。


「とまあ前半の反省はここまでにしておこうかー」


 明るい口調の監督に誰かの口から吹き出す音が聞こえる。その途端メンバー全員が顔を伏せ、口元を隠して肩を揺らす。なんだか形勢が不利な試合中のハーフタイムというのが信じられないような、和んだムードに一瞬で変えられている。

 もちろん俺も監督の変化と緊張が解けたせいで思わず笑ってしまった。しばらく押し殺した笑いが空気を漂わせていたが、監督はいつものように手を叩いて注目を集める。


「よし、じゃあ作戦会議といくぞー」

 

 とぐるりと周囲を見回す。俺もついでメンバーの表情を観察するが、少なくとも皆の顔から緊張や疲労の影は薄らいでいる。相変わらずこの下尾監督は子供の心をほぐすのは上手いもんだな。これで試合の戦術面の指揮でもう少し頼りになればいいんだけど、それは無い物ねだりなんだろう。チームをまとめる能力とまだ子供である選手を思いやる心を持っているだけで上等だと思わないと。

 さて戦術面では俺から駄目出しをされているとは知らない監督は、士気の戻った俺達を相手に後半へ向けたミーティングを始めた。


「前半のゲームを見ていてアシカが気がついたんだが、相手チームはこっちの体力の消耗をねらったサッカーをしているんじゃないかって意見だ」


 監督の発言にメンバーの目がちらりと向けられる。その瞳には「またお前か」と言いたげな色が浮かんでいたので、思わず横を向いて口笛を吹く。いや、口笛吹けないから「ひゅー、ひゅー」という空気が抜ける音しかしないんだけど。

 監督も素直に俺が見抜いたと言わなくてもいいのに。サッカー歴が少ない子供のはずが敵の戦術を監督より先に理解するなんて、俺がさらに怪しげな子供になっていくじゃないか。自分を大きく見せようとしない態度は立派だけれど、今回は俺の事はスルーしてほしかった。


 そんな風に必死でとぼけている俺をよそに、監督が相手はパスを逆方向に一旦振る事によってプレスを防いだりしている手口を教えていく。だがこれらは相手のプレイ方法が判っても、有効な対策がほとんどないのが痛い。

 未来のプロサッカーでもプレスをかわす方法の一つとして使われている作戦を、拙いとはいえ鎧谷は実践しているのだ。よっぽどいいコーチに恵まれたのかもしれない。そういえば選手達も飛び抜けて上手いような選手は……一人しかいなかったな。それでこんなに完成度の高いチームを作り上げるんだから、やっぱり監督の手腕が確かなのだろう。


「判りました。それで僕達は後半どうプレイするべきなんでしょうか?」


 具体的な方法を尋ねるのは当然キャプテンだ。この人だけは試合中もハーフタイムでも落ち着いて最善の一手を探しているような感じだな。


「そうだなー、一番困るのは敵の術中にはまってうちの運動量が落ちる事だ。まずそこから改善していこう。後半の頭から山下を出すから、山下を中心に攻撃して鎧谷を押し込め。そうすれば相手のパスワークやオフサイドの脅威も減る。攻撃は最大の防御というノリで審判が後半開始の笛を鳴らしたらどんどん飛ばしていけ。下手にペース配分を考えるとまた相手の作戦に引っかかってしまうからなー」

「はい!」


 と全員が力強く返答する。特に声が大きかったのは山下先輩だ。自分を中心にした攻撃ができるとあって、気合いが体中から溢れんばかりだ。こうなると彼を前半温存していたのも利点になるな。気力体力ともに充実したうちのエースが満を持しての登場だ。


 ――いつもならそれが俺の立場なのになぁ。まだレギュラーを奪って日が浅く、それまでは攻撃の切り札的な使われ方をしていた時を思い出して、俺はちょっと悔しさがつのる。同時にこれまで監督は、俺をこんなに美味しい場面で出してくれていたのかと感謝の念が湧く。

 この時俺には少しだけジレンマに襲われていた。自分が活躍するためにはチームが苦境に陥らなければならない、そのせいで心からチームを応援できないのではないかと。

 だがそんなちっぽけな葛藤は、チームの皆で「後半はやるぞー!」と掛け声を掛け合っている内に簡単に消滅した。

 

 この試合は俺が出られなくてもいいから勝ってくれよ!

 一片の曇りなく味方を応援できるようになったのは、俺が大人になって心が広くなったのだろうか? それとも子供になって純粋になったからなのだろうか? どっちでもいいな、とにかく皆ファイトだ!



  ◇  ◇  ◇ 


「なんだか前半はピリッとしない試合内容だったな。こんなのわざわざ見に来る必要あったのか?」

「まあそう言うなって、代表でチームメイトだったカルロスがどんな奴らに負けたのか興味ないのかよ?」


 一人がそう言うと、スタンドの隣の席で同じジャージを着ていた少年がしょうがなさそうにため息を吐く。


「俺がテレビの前であいつをチンチンにしてやるつもりだったのに、余計な事する空気の読めない奴らがいるもんだなー」

「いや俺の見立てでは、まだお前よりカルロスの方が上だったな」

「え? どこが?」


 本気で判っていなそうな相棒にもう一人の少年は、一層面倒そうな表情を深めて淡々と突っ込みを入れる。


「スピード、パワー、決定力、知名度、格好良さ、ファンの数、出来る言語の数、俺からの好感度、そういったものすべてがお前よりもカルロスの方が上だ」

「そんなにたくさんあるのか……っていうか後半はあんまりサッカーに関係なかったよな。ファンの数とかバイリンガルのあいつに語学で負けるのはともかく、格好良さとかお前の好感度とか一体どんな基準だよ? というかお前俺のこと嫌いなのか?」

「……はっはっは、何くだらないこと言ってるんだか」

「え? 否定しないのか。笑って流すつもりかよ」


 大声で笑っていた少年が抗議に対し、何かを誤魔化すようにピッチを指さした。


「お、後半の開始だ。両チームともメンバーを入れ替えて、勝負をかけるつもりだな」

「え? あ、本当だな。いや、それよりお前はチームメイトの俺の事を……」

「これからの両チームのディフェンスをよく見ておいてくれよ。まだどっちか判らないけれど、お前が明日相手する事になる守備陣なんだからな。頼りにしてるぞ」

「お、おう! 俺に任せておけって!」

「……本当にやりやすいなこいつ」

「今、何か言ったか?」

「いや、お前は本当にやりやすいFWだって言っていたんだ」

「へ、へへへ、そうかぁ? なんだか照れるぜ」 



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