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やり直してもサッカー小僧  作者: 黒須 可雲太
第一章 小学生フットボーラ―立志編
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第五十四話 ベンチから走れと叫んでいます

「何か上手くいきませんね」


 まるで最上級生のようにふてぶてしく腕組みをしてピッチを見つめる俺のつぶやきに、隣に座る下尾監督もしかめっ面で頷く。

 前半の半ばを過ぎた時点でまだスコアは動いていないのだが、試合展開は思わしくない。どうもうちのチームの動きがいつもよりスムーズではない印象を受けるのだ。

 もちろん前の試合から連続出場している選手もいるのだから、その疲労で運動量が落ちるのは判る。それに一時間程度とはいえ敵の鎧谷SCの方が二回戦が早く終わった為に休憩が長かった。だから敵の方がコンディションが良いのも理解できる。しかし、それだけではない流れや繋がりの悪さを感じてしまう。


 敵の鎧谷SCはミーティングの通り、どこか捉えどころがないチームだった。

 俺としてはアンチ・フットボールを予想していたから、もっとフィジカルとガチガチの守備を重視したチームカラーを予想していたのだが。

 アンチ・フットボールというのは、名前の通りフットボール的能力よりも身体能力が高い選手が選ばれる傾向が高い。その優秀な身体能力によって相手のサッカースタイルを封殺するパターンが多いのだ。その上で少人数のカウンター攻撃によって数少ないチャンスを物にする、ローリスク・ハイリターンの作戦である。欠点としては、観客からすればあまりサッカーを見ている気にはなれないというぐらいか。まあアマチュアであれば気にする必要のない欠点だ。


 だが実際に対戦すると、この鎧谷SCはまるで俺の想像していたチーム像とは違っていたのだ。

 まずアンチ・フットボールと呼ばれるようなチーム戦術ではない。どうやらこれはロースコアの結果から推測した、俺達の勝手な誤解だったようだ。

 改めて確かめると守備はしっかりしているが、なんというか突出した選手がいない「基本がしっかりした、小さくまとまったチーム」のようである。しかし、それだけで全国大会をここまで勝ち上がってこれるとは思えない。実際に今も矢張が押されている訳だしな。

 うちのリズムを狂わせるような事を仕掛けているのかもしれない。

 そう思ってじっとピッチ上の違和感の元を感じ取ろうとする。


 矢張SCが押され気味のいらいらする展開をしばらく観察していると、ようやくその理由の一端が見えてきた。

 相手は確かに特別上手いという選手はボランチで「っすっす」とうるさい少年以外にはいないのだが、その分きちんと全員が揃ったレベルで安定してプレイしている。それは全国大会なら当たり前だが、メンバー全員が完全にチームコンセプトを理解して従っているのは珍しい。

 そして、そのチームコンセプトとはおそらく「味方はボールを走らせて、敵には体力を使わせる」に近い物だろう。


 相手は攻撃する時などは大体パターンが固まっている。

 ドリブルなどはほとんどせずパスを回すのだが、例えば右サイドにボールを渡す場合には、必ず左サイドへ一回ボールを戻してから大きく逆サイドの右へと振る。

 こうする事でディフェンスしている相手は左へとプレスをかけたのが無駄どころか、右サイドを空けるという逆効果になってしまう。さらに今プレスをかけたのと反対方向へと走ることで体力を倍使う。


 守備にしても、ここまできちんとオフサイドトラップを仕掛けてくるチームとは初めて対戦する。

 小学生ではディフェンスはほとんどのチームがマンツーマンを選択している。それは一対一という基本的な守備を教えるのには最適であるし、ワンミスで大ピンチになるオフサイドトラップはどうしてもムラのある小学生にはまだ早いとの考えからだろう。

 だが、鎧谷はそれを基本戦術としているのだ。たぶんDFにも確実に一対一で止められるような、特筆する選手がいない為の苦肉の策なのだろうが、それがかえってDF全員の「個人でなく組織で、そしてオフサイドで止める」という意志を統一するのに役立っているようだ。

 おかげで矢張SCの前線へのロングパスはほとんどオフサイドに引っかかってしまっている。

 何遍も無駄走りに終わっているFWなどが苛立っているな。俺や山下先輩までいないから攻撃が単調になって、アクセントをつけられる人がいないんだ。


 うちのFWは「使われる」タイプばかりであって自分で状況を打破するタイプではない。普段ならば山下先輩の強引なドリブルや俺のスルーパスが攻撃の中心となっているから顕在化していなかったが、ここで矢張SCに攻撃の駒が少ない欠点が浮き彫りになってしまった。

 そうなるとサイド攻撃にしても、後ろや中央のフォローもなく、ただサイドアタッカーが突っ込んでドリブル突破という訳にはいかない。バックパスなどの逃げ場のないドリブラーが個人で敵の組織的守備を敵にするのは、それこそカルロスのようなスピードを持っていなければ無理だ。当然そこまでの切れ味を持たないうちのサイドMFは、マークされた状態でボールをもらっても味方からは孤立して有効な攻撃を仕掛けられないでいる。 


 そんな徒労感の多いプレイを試合開始直後から繰り返されれば、誰だって疲れを感じてくる。そして一番問題なのが、こっちのチーム全体に走る意欲が薄れてきている点だ。「どうせプレスをかけに行っても無駄だし、また逆を突かれるんだからプレスに行くのは止めておこう」とか「またオフサイドにかかるんだろうなぁ」とこういう雰囲気になっているのが恐ろしい。体力が尽きて走れなくなるのではない。諦めが勝って追うのを止めてしまっているのだ。

 そんな風に足を止めてプレッシャーがかかっていない状況では、敵がさらにのびのびとプレイしてしまう。

 

 こちらのプレッシャーが弱まれば、向こうのパスはさらに回りやすくなる。こっちの無駄走りがなくなれば、相手はさらに余裕を持ったディフェンスができるようになる。

 鎧谷だけがリズム良くパスを回して、こっちの流れが寸断されていく。

 そして敵はいいリズムなのにボールを奪われないことを優先しているのか、無理にゴール前に上げたり、強引なシュートを撃ったりはしない。

 

 ゴール前のFWにいいパスが通ればシュートを撃つが、それが駄目ならばバックパスをして組み立て直す。そんなゆとりを持ったゲーム展開を相手にされてしまっている。

 前半も終わりに近づいてくると、ピッチに立つ矢張のメンバーが首を捻る場面が目立ってきた。

 いつも通りやっているはずなのにパスが繋がらない。プレスのかけ方がちぐはぐだ。DFラインが乱れている。パスを出そうとする相手がオフサイドのポジションにいる。

 仲間で確認を取り合って練習の時のようにフォームを戻そうとするが、その声もお互いが微妙に尖って苛立ちを隠し切れていない。ピッチ上の矢張イレブンはキャプテンを除いて全員がやりにくそうにプレイしていた。


 キャプテンはこんな場合でも落ち着いて見えるのが頼もしい。彼が中盤の底でしっかりとディフェンスを引き締め、攻撃陣にも声を出して士気をあげようと鼓舞している。さすがにこれ以上に攻撃にも参加しろとは言えないよなぁ。

 だがキャプテンの孤軍奮闘もあまり上手く機能しているとは言いがたい。キャプテンの存在感のおかげかディフェンスは浮き足だってはいないが、それでも消極的な守りになっている。攻撃にいたってはオフサイドに引っかかりすぎたのか、縦への意識が消失しているようだ。誰も仕掛けようとはせずに「逃げ」のパスを回すばかりだ。

 鎧谷のゆっくりとした攻撃とは似て非なる物だ。

 敵の攻撃はパスを回すことでDFのポジションを動かして隙を作り、そしてDFの体力と集中力を少しずつ削いでいく。今の矢張の攻撃は攻める手段がないから、他の誰かに責任を押しつけようというような意志のこもっていないパス回しなのだ。


 そんな意味のないパス交換をしていると、敵にパスのルートが見破られやすくなるって、ああ、やっぱり!


「DFとキーパー、サイドから上げてくるぞー!」


 俺の叫びにDFよりもMFであるキャプテンがはっと驚いた顔で慌てて深い位置にまで下がっていく。他の防御陣の反応は敵のカウンターに対しても鈍い。おいおい、集中してくれよ。

 右サイドの奥深くから上げられたセンタリングは、ゴール前に固まっていた矢張DFによって何とかクリアされた。これもうちのDFが頑張ったというより、鎧谷に長身のFWがいなかったから助かったような物だ。運動量が少ないためにサイドを抉るような攻撃にはクロスを上げる前に止められず、上がったボールをゴール前で待ちかまえてシュートされる前にクリアするというちょっと情けない守備だ。

 ここまでうちのディフェンスが崩されたのは俺の記憶には無い。


 カルロスにごぼう抜きされた時ですら、自分達からチェックにいってかわされたのだ。今のようになんだか気が抜けたような、みっともないやられ方は初めてである。まだ失点していないのは相手の決定力の無さに助けられているからで、断じてうちの守備が機能しているからではない。


 こちらはシュートさえまともに撃てず、敵になぶられているかのような前半がようやく終了した。ゲームが途切れる事がほとんどなかった為か、ロスタイムもほぼなかったのはありがたかったなぁ。

 あと二・三分あれば失点していたぞ。


 こうして三回戦の前半はただ点を取られていないだけの、一方的な相手ペースで終わった。

 スコア的には差がつかなかったが、体力的、精神的な消耗の度合いは比較するまでもない。ピッチから引き上げてくる両チームのメンバーの表情を見れば一目瞭然だ。

 参ったな、またこの試合でも俺の出番がありそうじゃないか。

 

「アシカ、何がおかしいんだ?」


 あ、いけない。疲労と試合が上手く行かない事で神経質になっているスタメンの先輩に俺の顔を見られてしまった。

 ――ボールを持った時と、ピンチなのに自分の出番が来そうだとにやけてしまうこの悪癖は直さなきゃいけないな。

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