第五十三話 三回戦のミーティングをしよう
「おーし、全員集合したな。それじゃ三回戦のミーティングを始めるぞー」
監督の声に矢張SCの全員が「はい!」と威勢良く返事をする。もう剣ヶ峰戦が終了してからしばらくたち、昼食も済ませたので元気一杯のようだ。
俺も同じ年代のはずなのに未だ体力が回復しきってはいない。これは単にレギュラー組との二・三歳の年の差なのかな? 年齢だけが問題ならば仕方がないが、俺個人のウィークポイントだとまずい。ただでさえ弱点になっているのに、スタミナ不足の問題は連戦が続くと深刻化してしまう。できるだけ早く解決しなければならないぞ。そう頭のメモにこれで何度目になるのか「スタミナを強化すること」と書いてアンダーラインを引いておく。
そんな俺が大会後のトレーニングメニュー改良などしているのとは無関係に監督はミーティングを始めた。
「よし、じゃあ三回戦の相手だが鎧谷SCというあまり有名じゃないクラブだな。何度か全国には出場したことはあるみたいだが、最近はぱっとしていなかったみたいだ。でも今回勝ち上がってきたんで古豪復活と言われているらしいぞー。ま、こんな情報はどうでもいいか。問題は現在の敵の戦力だもんなー」
おそらくチームの全員が心の中で「だったら昔の話をするなよ!」と突っ込んだに違いない。何か言いたげな俺達の表情を見てそうと察したのか監督はにやりと笑う。
「うん、皆の心が一つになったな。計算通りだ」
「嘘つけ!」
今度こそは我慢できなくなった全員が、声を合わせて突っ込んだ。その反応に下尾監督一人が拳を固めて「よしよし」と頷いている。うわ、鬱陶しい。おそらく今度も心が一致しただろうが、連続で突っ込む者はいなかった。やがて満足したのか顔を上げた監督は、何事もなかったかのように敵チームの説明を続ける。
「で、敵の戦術なんだが、これがどうもはっきりしないんだよなー。県大会のスコアを見てもほとんどが一対ゼロの勝利で、比較的楽な試合で二・三対ゼロがあるという、ロースコアのシャットアウト試合ばかりだ。全国に入ってからも、昨日と今日の午前の試合の両方で一対ゼロだ。守備が整っているのは確かなんだが、どうもカウンターチームって訳でもないしなー。正直に言って捉えどころがないチームだ。まあここまで勝ち上がってきたんだから、弱いはずはないんだが……」
と歯切れの悪い解説だった。
ふむ、話を聞く限りではどんなチームなのか全くイメージできないな。
「なにか他のチームと違う所はなかったんですか?」
「いや、それが一見どこにでもあるようなチームなんだ。確かに個人の技術はしっかりしていてパスもよくつながるし、守備も基本に忠実だしこの年代では珍しくオフサイドトラップを多用しているな。でも全国レベルなら攻守ともそう珍しくないレベルみたいなんだけどなー」
俺の質問にも監督は首を傾げる。どうも本格的に特徴のないチームらしい。
「なるほど、じゃあ相手の良さを消すサッカーでしょうか?」
そこで出たキャプテンからの意見に、監督はポンと音が出るほど右拳を掌に打ち付けた。
「それだ! そうだな。鎧谷SCのプレイスタイルは判らなかったが、鎧谷SCと戦っている相手はみんなやりにくそうだったぞ。監督や選手なんかが試合中に首を傾げながらプレイしていたなー」
としきりに頷いて納得したような表情を浮かべている。
うーん、どうやら相手の長所を潰すいわゆる「アンチ・フットボール」と言われて嫌われるタイプなのかもしれない。でも俺は結構嫌いじゃないんだよなそういうサッカーも。
俺の目指しているサッカーとは大きくかけ離れているのは確かだ。だが自分の良さより相手の長所を消すサッカーもまた一つの立派な戦術だと思う。アンチ・フットボールというが、その作戦も自分のチームと敵の戦力と戦術を正しく理解していなければ役に立たない。ある意味自分達から仕掛けるアクション型のサッカーより頭を使うと言ってもいい。
だけどそれにしては何か監督の説明に違和感があるなぁ。
そんな風にあれこれ敵チームを想像していたら監督はさっさとミーティングを進めていく。
「ま、相手がどんなチームか判らなくても、こっちはいつものプレイ心がけるしかないな。何しろ攻撃重視か防御優先かの二つぐらいしかうちのクラブがとれる作戦はないしな」
とぐるりとチーム全員に目を走らせる。
「矢張で一番大事なのはいつも言っているように、サッカーを楽しむ事と怪我をしない事だ。……まあ二つだがこれは両立可能だからいいか。次の三回戦もそれさえ守っていれば大丈夫だ。それじゃ、防御重視のスタメンを発表するぞ」
若干眉をしかめながら「意図は後で説明するからまずはメンバーを聞いてくれ」と前置きした上での発表だ。俺でなくともある程度のメンバーが変更されているのは予想がつく。
果たして呼ばれたスタメンの中には俺の名は入っていなかった。それと何名か二回戦のスタメンと変わっていたが、個人的に意外だったのは山下先輩が外れていたことだ。
「どうして俺がベンチなんですか!」
ほら当然噛みつくよなこの人は。チームで一番プライドが高いだろうエースの抗議に監督は「うーん」と帽子をとって頭をかいた。
「うーん、お前らを外した一番判りやすい理由から言うと……。そうだな同じようにスタメンじゃないアシカ立ってくれ」
「はい?」
指名された通りに立ち上がる。なんだ? 俺自身は抗議はしていないぞ。そう眉を寄せている俺の姿に、なぜか腕組みして渋い顔をする監督。
「ほらな。アシカなんて生まれたての子鹿みたいに足がぶるぶる震えているだろう? こんな状態で次の試合に出られると思っているのか?」
「俺はアシカとは違います!」
「うん、まあアシカより体力があるのは認めるけれどさー。二試合連続フル出場は無理だろう?」
監督の言葉に悔しそうにうつむく先輩だが、さすがに自分の状態を理解しているのか「フル出場できます」とまでは言わなかった。ま、普段は守備をさぼっている先輩が、剣ヶ峰戦では積極的にプレスをかけたり守備参加してたもんなぁ。強敵相手に点を取って、いつもはしない守備にまで加わっていたらそりゃ体力消耗するわ。
「……アシカはあんまり怒らないんだな、お前からも文句がくると予想してたんだが」
「いくら何でも自分のスタミナ不足は自覚してますよ。……それにずっと出番がない訳じゃないんでしょう?」
「まーなー。あ、今発表した布陣は前半用だからな。後半からは山下を投入して攻撃的にシフトするぞー」
「はい!」
と皆と一緒に返事してから気が付く。あれ? 山下先輩の投入が後半からだとすれば、じゃあ俺はいつから出場するんだ?
「あの、俺の出番は……?」
おそるおそる尋ねた俺をちらっと眺めて監督は頬をかくと、俺の顔から足へ視線を移す。生まれたての子鹿のように足が震えている、というのはさすがに大げさではあるが、疲労が溜まっているのは隠せない。ざっくりと自己診断すると、出力八割でガソリン量は二割って所か。もし車がこんな状態だったら整備工場に持っていくのが妥当なレベルだ。
しかし、他のメンバーも午前に出場した選手が多い。特にスタメンでボランチのポジションでキャプテンとコンビを組むのは、前の試合で俺へすぐ交代した先輩だ。体力面ではともかく、メンタル面で回復しているかが問題となってくる。さらにキャプテンにしたって前の試合ではチームで一番というほどの距離を走っている。いくら体力自慢とはいえ、まだ小学生なのだから、厳しい試合のダブルヘッダーでは音を上げてしまっても仕方がないぞ。
監督としてはできれば俺を一日に二試合も出したくないのだろう。しかしチーム事情はそれを許してくれない。自分で言うのも何だが、俺がいるといないとでは特に攻撃面に関しては相当な開きがあるはずだ。
頬をかくのを止めた監督はため息とともにこう告げた。
「うちが負けている場合に限り、後半の残り十分を切ったら出すかもしれん。とにかくアシカは出番があるかないかより、まずは疲労を回復させるのに専念しろ」
そして何かを吹っ切ったかのように、ぽんぽんと手を叩いて再び注意を集めると最後にこう勇気づける。
「俺達は優勝候補の筆頭だった剣ヶ峰に勝つぐらい強いチームなんだ。マンガみたいに勝てば勝つほど敵のレベルが上がっていくなんて事はない。次の試合なんて、もしかしたら剣ヶ峰戦に比べたら楽勝かもしれないぞ。油断してもいけないが、相手よりも俺達のほうが強いと信じていつも通りの矢張のサッカーをやろう。
つまりいつものように楽しく、怪我をしないように試合をすればいいだけだ。それ以外の事は考えないでいい。もし他に指示があればその都度出す。いいな?」
「はい!」
気合いのこもった返事が響く。
これだけ気合いが入って、しかも優勝候補に勝ったという勢いがあれば、もしかしたら俺の出番がないんじゃないか……そんな心配をしたほどだった。
まあその心配は無駄になる訳だが。
「ん?」
ミーティングを終えてピッチに向かおうとする右足に、ほんの僅かな違和感がある。疲労で震えているだけじゃない、俺が良く知っている感触だ。
――これは。
「スパイクの中に小石が入ってやがる」
スパイクを逆さにしてトントンと叩いて小石を出すと、改めてしっかり靴紐を締めなおした。




