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やり直してもサッカー小僧  作者: 黒須 可雲太
第一章 小学生フットボーラ―立志編
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第五十話 時計の針に注目しよう


 今日何度目の試合再開の合図を待っているんだろうか。この試合のスコアは四対四という県大会ならともかく、全国大会では珍しいぐらいの点の取り合いになっている。

 しかもこれは別にノーガードの殴り合いって訳ではない。お互いが守備をベースとした戦術にもかかわらず、この結果なのだ。全国レベルの守備を越えた破壊力が両チームにある証だろう。……剣ヶ峰にはカルロスがいて、俺達の攻撃の場合にはギャンブルが当たるという運の要素も多分にあったが。


 ここで両チームとも残り時間が無いにもかかわらず、慌ただしくメンバーチェンジが行われた。剣ヶ峰はFWの入れ替えで、こっちはDFとFWをそれぞれ同じポジションの少年と交代だ。

 たぶん向こうはカルロスと相性のいいFWを入れたんだろう。うちは疲労で足の重くなっているメンバーのチェンジである。 

 ピッチから良く見えるスコアボードには四対四というスコアと、ロスタイムが四分という表示があった。

 四並びとは運がいいのか悪いのか判らないが、試合時間そのものはもうすでに使い切っている。あとはロスタイムに残された四分だけの戦いとなるな。それでも決着がつかないならば、延長戦からさらにPK戦へと進んでいく。


 審判のホイッスルと、カチリと小さな音を立ててスコアボードにある時計の針が動くのがほぼ同時だった。後この試合はたったの四分間か。

 剣ヶ峰はまたキックオフのボールをカルロスに渡すが、今回の彼はあっさりとボール後ろに戻して、前回のキックオフからのドリブルで強行突破を試みてはこなかった。


「さすがにあんなに神がかったドリブルは、もうお休みみたいですね」


 俺の言葉にキャプテンも頷く。ほとんど対カルロスのドリブル専用ともいえる「カルロスが来たよ、全員集合!」と引き籠って自陣のペナルティエリアに集結するという、みっともないディフェンスは披露せずにすんだようだ。


「そりゃああんな抜き方が毎回できるのなら、どんな抵抗しても無駄になりそうだしね。カルロスもガス欠とまではいかなくても、あれだけのキレのあるドリブルする体力が尽きたって感じかな」

「なら今のカルロスはただの代表のエースクラスの選手ってことですか」

「それでも充分にすごいけどね。でも前みたいに全員でディフェンスしても止められないって雰囲気じゃないよ」

「さすがはキャプテン。プレイだけでなく俺の発言までフォローして相手の状態の解説まで行き届くとは、素晴らしい万能ぶりですね」

「ま、キャプテンだからね」

「……キャプテンになるハードルがそんなに高いなんて今初めて知りましたよ」


 俺達が中盤の底で会話している内に、また時計の針がカチリと動く。残り三分だ。

 どうすべきかと、ちらりとベンチを眺める。ラインを上げて同点にしろとの作戦は、忠実に実行したつもりだ。では、同点になってからのプランはどうなっているんですか監督?

 このまま同点を維持して延長に持ち込むのか、それとも……。

 

 下尾監督は一点負けている状況と同じように手を大きく回して「攻め上がれ!」と全身で指示していた。どうやら延長にいく前に勝負を決めるのがお好みらしい。クラブ内で一番好戦的なのが監督って大丈夫か、とも思うが俺のスタミナの残量も実はそろそろ厳しい。延長に入らずに勝てるならばそれに越した事はない。

 傍らのキャプテンと顔を見合わせるとお互いに肩をすくめ苦笑する。判っていたんだ二人とも。うちの監督はこういう監督なんだって。


「ラインを上げろ!」


 俺とキャプテンがDFにそう指示していると他の地点からも同様の声が届いてきた。思わずそっちに目をやると、ちょうど振り向いたカルロスと視線が合う。どうやら向こうのお望みも延長前の短期決戦らしい。

 驚いたように丸くなっていた彼のブラウンの瞳にも笑みの影がよぎる。こっちも守らずに攻撃に出るのが判ったのだろう。ブラジルの血が入ったサッカー選手は皆攻撃が好きなのか、音を出さずに口笛を吹く真似をして小さく拍手の真似事をする。


 舞台は全国大会、相手は未来の日本代表のエース、状況は点の取り合いの末の同点、残り時間はロスタイムのみ。この状況で攻めろ! という指示が出たら燃えないフットボーラーはいないだろう。

 プレッシャーがかかっていない訳ではない。自分の一挙手一投足に観客からの視線を感じているのだ、無視することはできない。だがその重圧がかえって俺の緊張感を研ぎすまし、集中力を持続するいい刺激になっているのだ。

 人の目に晒されるのが重荷に感じるのは、恥ずかしさや照れがあるんだろう。でも逆行する前ならともかく、今回はサッカーに関してだけは誰に見られても恥じることなく胸を張れる、俺はベストを尽くしていると。


 俺とカルロスの絡み合う視線が離れたのは、中盤で激しいボールの争奪戦が始まったからだ。お互いが残り時間が少なく、そしてその間に得点を決めた方が勝つと判っている。ならばボールの奪い合いにも熱が入る訳だ。

 残念ながら俺の体格とパワーではこの格闘技に近いぶつかり合いでは分が悪い。自分に今できる最善の事――ルーズボールが出る確率の高そうな位置に陣取り、プレスの掛け合いを一歩引いた場所で応援するしかない。

 俺のすぐ目の前にはキャプテンが体を張り、向こうの屈強なMFと肩と肘で押しあっている。こんな泥臭い場面だといつもはその場からいなくなるはずの、クールな山下先輩まで汗にまみれて走り回っている。


 カチリ。時計の針がまた動いた。ロスタイムの残りはもうたったの二分しかない。

 くそ、俺も力足らずとはいえ参加するべきか? 血は熱く俺もあの中へと飛び込むべきだと叫んでいるが、頭は冷たく冴え最もボールがこぼれる可能性の高い場所へと小刻みなポジションチェンジを繰り返している。

 勝手に飛び出しそうになる足に向けて言い聞かせる。焦るな、仲間を信じるんだ。絶対にあいつらはボールを敵に渡したりはしない。


 そう信じてはいても、体力的にはともかく精神的に消耗する。自分が動くべき時にまでひたすら我慢する方がずっときつい。こんなことなら闇雲に突っ込んでいって暴れまわったほうがはるかに楽だとさえ思える。

 だがそれは逃げだ。

 俺は二回目にサッカーをやる機会が訪れた時に、絶対世界一の選手になると決めたのだ。世界一の選手がこの場面でプレッシャーに負けて逃げるだろうか? 


 逃げるどころか、こんな時にこそ笑うんだろうな。

 ぎりぎりの状況でリラックスして微笑める選手こそが、世界への階段を上がっていけるのだろう。

 深呼吸して無理やり唇をつり上げる。体の強張りが抜けたことが影響したのか、目の前で展開されている迫力満点の格闘戦だけでなく、いつの間にか俺のすぐそばに接近していたカルロスに気が付いた。

 こいつは俺よりはるかに恵まれている体格をしているくせに、この潰し合いには参加する気配はゼロだった。


 むしろ、仲間が走り回っているのを無視して俺をまっすぐに見つめて笑っている。

 くそ、負けるもんか。対抗してこっちも唇が上がっている程度だった笑みを、もっと深くして睨み返す。

 ピッチの真ん中でありながら、周囲の喧騒からすこしだけ外れた場所でお互いが牙を見せつけあっている。試合中とは思えない、どこかシュールな風景だ。

 だが、こんな時でも警戒のアンテナは張っておいて良かった。俺の鳥の目によると中盤の競り合いの均衡が崩れ、ボールが破れた網の目からこぼれ落ちるように、誰もいないスペースへと転がり出た。


 ルーズボールが俺とカルロスが睨み合う、そのちょうど真ん中に転がってきたのだ。お互いが躊躇いなくこぼれ玉へと飛び込もうとする。

 カチリ。時計の針がまた動いた。

 残り一分。

 おそらくはこの試合最後になるであろうプレイが、ここから始まる。

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