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やり直してもサッカー小僧  作者: 黒須 可雲太
第一章 小学生フットボーラ―立志編
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第四話 歓迎試合をやってみよう

 試合開始のホイッスルを待ちわびながら、俺は心臓の鼓動がどんどんとテンポアップしていくのを抑えられずにいた。

 手足も勝手に踊り出しそうになっているが、ようやくサッカーができるんだ、少しぐらい舞い上がっても問題ないよな? 


 今朝目を覚まして足が動くようになったのを確認してから、ランニングや試合前の軽いボールに慣れる練習はしたのだが、やはりサッカーは試合をしてナンボだろう。試合が一番楽しいからこそきついトレーニングにも耐えられるんだ。

 その楽しい楽しい試合から遠ざかって、諦めて、挫折していた俺がもう一度サッカーをプレイできるのだ。歓迎の為の試合でこれがお遊びの様なものだとかは関係ない、相手がほとんど初心者とかも全然気にならない。

 自分がピッチに立てるだけで湧き上がってくる幸せを俺は心の底から噛みしめていた。

 

 笛が吹かれると、味方のメンバーがわっとばかりにボールに群がった。いや、それは相手チームも同様でボールはおしくらまんじゅうの中心にあるような状態だ。

 さすがにあの中には突っ込めないなぁ……、と足を止めたのが俺と数人の先輩だ。両チームに分けられたサッカー経験者は、集団に加わろうとはせずにちゃんとポジションを守ってバランスを保とうとしているようだ。


 では俺も以前に自分のやっていたポジションである攻撃的MFの位置につくか。勝手に全開で走り出そうとする足の手綱をしぼりながらセンターサークルを目指す。幸いにもこの試合に関しては技術的な心配はほとんどない。さっきの足慣らし程度のボール練習において自分のテクニックがさび付いていないのを確認できたからだ。自転車に乗るコツを覚えたらブランクがあってもすぐにまた乗れるようになるのと同様に、俺のボールを扱うコツもまたすぐに蘇ってきたのだ。全盛期とまではいかないが、基礎的なプレイに関してはミスする不安はない。

 

 俺がピッチの中央付近に軽いジョグで体をほぐしながら移動していると、妙な眩暈じみたものを感じた。つい先程まで浮かれっぱなしだっただけに衝撃は大きくかなり動揺して足取りが一瞬みだれた。ヤバい、過去に戻った後遺症でもあったのかと内心青ざめて周りにばれないよう体調をチェックするが、異常があるのは三半規管のみなのか平衡感覚がおかしくなっているだけで他に肉体的な不調は発見できない。

 監督などに不審に思われない様に顔を伏せ、目をつぶって感覚を戻そうと深呼吸する。だが、その眩暈のような症状は強くなる一方だった。無視するのは不可能と諦めて、僅かに体が揺れているような感覚に自分から集中してみた。

 すると頭の中にピッチが上から――まるで将棋や囲碁の盤を見下ろす様な映像が捉えられたのだ。鳥が上空からのカメラで映したように自分を含めたプレイヤーがどこにいるのか把握できる。

 目で見る視界とは別に脳裏にディスプレイがあって、そこでピッチ上の敵味方のプレイヤー情報を判りやすく駒の形で表現されている。


 これは――おぼろげだが記憶に残っているどこかの名選手が語っていた「好調な時にはピッチを鳥の様に上から眺めている」状態なのか?

 聞いた時はオカルトじみた話だと切り捨てていたが、すでにこの身はもっと不可思議な現象を実体験しているのだ。別に鳥のような天からの視点を持ってもおかしくはないだろう。それに実際のピッチの中からと観客席にテレビから同じぐらいの比率でサッカーを眺めていた、再起不能になってもサッカーから離れようとしなかった恩恵なのかもしれないな。そんな都合のいい思考に捕らわれていたのだが体は自然とこの場に最適な行動をとっていたようだ、ちょうどのタイミングで密集地帯からボールが飛び出してきたのに誰より早く反応できた。

 これも盤上の駒の配置から棋士が勝負のポイントを読みとるように、俺の「鳥の目」がルーズボールを奪うのに有効なスペースを教えてくれていたからだ。


 転がり込んできたボールをしっかりとトラップして、笑みを抑えきれない顔を上げる。うん上体を起こして視界が広くなると、この鳥の目の有効範囲も広がるようだ。さっきまでは自分の周囲十メートルほどの選手を認識するのが精いっぱいだったのが、ルックアップするだけで俺が感じ取れる間合いが倍に広がっている。

 首をせわしなく巡らすとさらに俺が知覚できる範囲はピッチ全面にまで及んだ。そこまで確認するとボールをサイドに開いているフリーの味方へと渡す。うん、試合での初キックは澄んだ音を立てて相手にピタリと合った。


「へへへ……」


 俺は足から伝わる感触に思いっきり痺れていた。もちろん、痛かったとかじゃなく自分の足でボールを蹴るのがどれほど快感だったのか思い出していたのだ。そう、綺麗にボールを蹴れたそれだけでこんなにも胸が湧き立つのだ。これが本当の試合だったら、もっと重要な大会だったら、ゴールを決めたら……その為にも今から頑張らねばならない。


 とりあえず鳥の目をなんで手に入れたかは置いておこう。もしかして今目覚めた訳じゃなく、前世の俺が取得した技能という可能性も捨てきれないからな。ただ使う前にリタイヤしたせいでようやく出番がきたとか、知らないだけで世界の一流選手は皆がこのぐらいの鳥並の視界をもっているといった事さえ考えられる。

 だからこの歓迎試合の間だけは儲け物と考えて活用だけすればいい。

 自分の持った力に対しそう気を取り直す。


 精神的再建を果たした俺が改めて戦況を分析すると、固まってボールを追いかけている集団と広がってポジションどりをしている選手の半々ぐらいだった。ボールを追いかけているのは初心者達で勢いはあるがあまり有効な動きは出来ていない、そのため俺にとって問題となるのはそれ以外の経験者達だ。

 今更追いかけっこするのはごめんだとすると、それ以外で一味違ったプレイをして監督などにアピールしなければならない。

 

 そう考えた俺は少し位置を下げ、ボランチとして攻守のつなぎ役をアピールすることにした。なぜならばそれが最も俺の持つ「鳥の目」を生かすポジションだと判断したからだ。以前にプレイしていた攻撃的MFより一列下がった位置だが、この試合のレベルではさほど違和感はない。

 というよりも今日の歓迎試合ではこなすだけならば、ゴールキーパーを除くどのポジションでも出来そうだ。


 またもこぼれてきたボールを味方に配給しながらそう口の中で呟く。自信過剰かもしれないが、浮かれているだけではなく第三者的にも間違いないだろう。

 自負を裏付けるようにまたボールが俺をめがけてやってくる。

 今度は転がって来たんじゃなく、味方DFからのパスである。DFの上級生がよこすってことは少しは信頼を獲得できたのだろう、その信頼を裏切らないようにしっかりと左足でトラップして前線のFWへ丁寧なロングボールを送る。よし、今度も気持ちいいくらい狙いどおりにコントロールされたパスが通った。


 くくく、絶好調だ。いくら相手が初心者ばかりとは言え自分の考えた通りに試合展開が流れていくのだ。ルーズボールをいち早く拾い、わざと空けたスペースへ誘導してパスカットをし、手元にあるボールを常にフリーの味方へと捌いていく。上級生も俺を初心者とは思ってないようだが、やはり歓迎試合ということもあってか無理に削ってはこない。そんなにもぬるい状況下ならば俺にとってはこの歓迎のゲームはイージーモードでしかない。まだ初心者の子供相手に我ながら大人げない無双をしている内に、よりいっそうボールが足に馴染んでくるのだ。


 トラップする度に柔らかくボールを受け止められるようになっていく。キックする毎に狙いが正確になっていく。

 自分が一分刻みで成長する実感に俺は鳥肌を立てていた。

 またパスをもらうと「鳥の目」によってフリーの味方を探る。この一連の思考操作もだんだんとスムーズになってきた。

 ふむ、前線にパスを通しすぎたせいかFWらしきポジションにいる味方には全てマークがついている。スルーパスを通そうにもまだディフェンスの裏のスペースに走り込むなんて芸当は期待できない。

 ならば……。


 俺がしばしボールをキープしているのに業を煮やしたのか、上級生がつっかけてくる。

 なかなかのスピードだがまだ今の俺でも十分に対処できるレベルだ。ちょっと実践練習しようと間合いを完全につめられる前に、こっちのタイミングで迎えに行く。新入部員と侮っていたのか、急に前に出た俺に「あれ?」って表情で慌ててブレーキをかける上級生。そのバランスが崩れたままの相手を誘うようにボールを押し出すと見せかけて足裏でコントロールし、つんのめった相手と入れ替わるように一回転して前を向く。


 ――よし、久しぶりに成功したぞ。マルセイユ・ルーレット!

 往年の名選手――あれ? 今の時代ではまだ現役なのか? ――とにかく俺の好きなフランスの司令塔の得意技だ。何度も練習したのだが試合で成功したのは数えるほどで、今日ほど完璧に敵を抜けたのは初めてだ。


 ここまで簡単に抜かれるとは想像していなかったのか、相対する上級生をかわすとディフェンスのフォローが誰も来ない。まあ、来ないなら行ける所までいっちゃうよ。

 ペナルティエリア付近で完全にフリーになった俺は、ようやく駆けつけてきた敵ディフェンスを尻目に丁寧にゴール左隅へと流し込んだ。

 ――げ、危ねー。どフリーでよく狙ったはずなのにゴールポストかすめてたな。相変わらずシュートは下手だな俺って。ま、まあとにかく初得点だ!


「お前やるなー!」「凄ぇよ」「ナイスシュート」

「ありがとう!」


 駆けよってきた急造チームメイトに背中を叩かれ、ハイタッチを交わす。いてて、手のひらも真っ赤だし背中にも紅葉が幾重にもついているぞ。叩かれた跡が結構痛いのに頬の緩みが押さえきれない、今の俺は自覚できるぐらいニヤケきっている。

 それにしても、この試合で一つだけ改めて確信できた。

 俺、本当に馬鹿みたいにサッカーが好きなんだなぁ。

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