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やり直してもサッカー小僧  作者: 黒須 可雲太
第一章 小学生フットボーラ―立志編

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第四十七話 ジョアンはどけと言っただろう

 カルロスの雰囲気が明らかに変わっていた。だが雰囲気は重くなっているのに、今まで以上に圧倒的な存在感をまき散らしているようではない。むしろ放っているオーラは減少したようにすら感じられる。

 後付けの理屈ではあるが、彼の中の炎が鎮火したのではなくより高温になったのではないだろうか。眩しいばかりの赤い炎ではなく、冷たくさえ見える青白い炎を俺は連想した。


 これはマズい。あいつがセンターサークルに佇んでいるだけで、危険な気配がプンプンしてくる。

 ゲームが再開されるまでのほんの僅かな時間であるが、カルロスを止める為の相談を矢張の守備陣が総出でやりとりする。幸いな事に話はすぐにまとまった、いやまとめなければ失点すると誰もが感じ取っているのだ。

 すぐに解散し、そそくさとフォーメーションを確認する。

 その確認が終わる前に再開の笛が吹かれ――カルロスがやってきた。


 キックオフのパスを受け取ってから、迷う素振りさえなくピッチの中央を一直線にドリブルで進んでくる。

 少しでも進路の妨害をしようとうちのFWも頑張るのだが、ほとんど相手にされていない。立ち止まらせるどころか、ほとんどフェイントさえ引き出せずに突破されていく。

 やばい。これだけの速度で進まれると即席の罠が完成する前にゴールされてしまいかねない。

 仕方なく俺は少しだけ見えやすいように前へ出て「カルロス!」と叫ぶ。俺の声と姿に注意を引くだけの効果があったのか、一瞬とはいえ彼のドリブルが停滞した。そこに抜かれたFWも含めて俺達が一斉にプレスをかける。


 ここでポイントなのが、俺達からみてプレスをかける全員が右からカルロスに向かって行くことだ。こうなればスピードに自信のあるカルロスは、群れて押し寄せる右の敵から逃れるような進路、つまり俺達から見れば左のサイドに逸れつつ縦への突破を試みるはずだ。

 そこにはサイドDFが二枚待っているという寸法だ。

 右からは俺達が包囲し、左はサイドライン、前にはダブルチームのDFが歓迎している。最後の仕上げとして、故意に空けてある敵FWへのパスコースには、普段は守備をしない山下先輩がじっと潜んでカットする瞬間を待ち構えている。


 DFの二人を縦へのストッパーとして、俺とキャプテンとFWの先輩がプレッシャーをかけ、パスカットの為に山下先輩まで動員した六人がかりというほとんど無謀なギャンブルに近い罠だ。もしカルロスがドリブル突破を諦めて途中でパスを選択していたら、うちの中盤は簡単に切り裂かれてしまっただろう。


 ここでカルロスが個人技のみで勝負しにくると決めつけたのは、データとか相手の陣形を読んでとか論理的な物ではなく俺の勘でしかない。しかしうちのチームの誰一人として異を唱えなかったのだから、それだけカルロスが他のチームメイトと距離をとり、なおかつ尋常ではないオーラを漂わせていた証拠になるだろう。

 だが、彼はご自慢のスピードに慢心したのか、すっぽりと包囲網の中に突っ込んでしまった。ここまで罠が機能してしまってはもう逃げ場がない。後は熟した果実をもぐように、ボールを奪う作業が残っているだけだ。さあボールを渡すんだカルロス。


 包囲していた全員でカルロスの持つボールを取りにいった瞬間、彼のしなやかで大きな体が爆発したようだった。



  ◇  ◇  ◇


 怯えたようなチームメイトが「ほ、ほらカルロス」とよこしたパスを受け取ると、ボールを渡した選手はオレの意識から消失した。もちろん本当にいなくなった訳ではない。俺にとっては、そんな使えない味方なんていないことになっただけだ。

 それでいい。このオレがチームメイトとはいえ他人を信用しようとしたのが間違いだったんだ。


 自分一人の力で勝つと覚悟を決めると、急速に世界の動きがスローモーションになり、歓声は遠ざかっていく。さらに視界に映る全ての物から鮮やかな色彩が失われていった。ついさっきまで肌を焼いていた熱いはずの日差しさえオレを避けているようで、夏の熱気を感じなくなった体は流れている汗さえも停止させる。

 ああ、これまでに何度か覚えのある「ゾーン」に入った感覚だな。


 別に体に異常が起こった訳じゃない。オレも初めてゾーンに入った時は、何が起こったのか判らないまま夢中で相手チームの全員をぶち抜いてゴールしていたのだ。

 後にユースのチームドクターに質問すると、アスリートが極限に集中すると時々起る現象らしかった。コンピュータでいうなら、不要とされたソフトが次々に緊急停止され、重要なソフトのみにリソースを注ぎ込むようなものらしい。

 つまりは色や音、味覚に嗅覚や温感など、当面必要のない感覚がシャットアウトされて、その分他の能力が研ぎ澄まされるらしい。


 アスリートとしては選ばれた一握りの人間しか到達できない場所だと、ドクターはオレを祝福してくれた。

 だが、ここはひどく寂しい場所だ。

 モノトーンの世界に響くのは自分の呼吸音だけ、周りを見回しても誰もまともに動いている奴なんていない。ゾーンに入る度に、オレは行った事など一度もないはずの氷原の中に一人立ち尽くす自分の姿が思い浮かぶ。

 そんな場所に一緒に入れない人間に期待していたオレが間違っていたんだ。

 オレは一人だけでいいんだ。この状態のオレを止められる奴なんか、きっと世界中探してもいないのだから。


 灰色の世界の中で、ほとんど練習用のコーンを通り過ぎるのと同じ感覚で敵のFWをかわして前へ出る。

 どうせ止められない、ただの石ころみたいな障害物にすぎないんだから無駄な邪魔はしないでほしい。

 少し進んで敵陣も半ばに入ると、この無彩色で静かな風景の中、僅かばかりに色づいた敵のボランチともう一人がノイズを響かせながら体を寄せて来た。

 へえ、この中でもオレが識別できるってのは、アシカはやっぱりただのジョアンじゃないみたいだな。

 まあどちらにしろ、ちょっと進行方向を変えるだけでオレに追いついてこられるはずもない。


 進路を右に逸らし、サイドから敵陣を蹂躙しようとするが……。おかしいな、オレが駆け抜ける為のスペースがないぞ。

 気が付くとオレは前を二人のジョアンに塞がれ、周りを敵に包囲されていた。

 どうしてこんな事に?

 その問いが頭をかすめたが、それよりも今どうするかが問題だ。

 ――ああ、そうか。

 その答えはすんなりと天から落ちてきた。

 ジョアンがどかないのなら、踏みつぶせばいいんだ。

 そう決めると、オレは自分の体が弾けるように筋肉が躍動するのを感じた。


 横からのあくびが出そうなプレスがかかる前に通過すると、前にいる石ころ二つの真ん中にある、体半分ぐらいもあるオレにとっては広すぎる隙間をこじ開けてすり抜ける。

 この白と黒だけで構成された中で、まともに動いているのはオレだけだ。他人はオレの後ろをスローモーションで間抜けに追いかけてくる存在でしかない。

 

 ペナルティエリアの手前までくると、キーパーがオレを止めるために飛び出そうとしている。そんなんじゃダメだな。遅いよジョアン。迷いがあるから反応が鈍くなるんだ。

 そんな中途半端なタイミングで前へ出ると、ほら。

 キーパーの頭上を越えるように、ふんわりと優しくボールを浮かせてゴールへプレゼントする。

 

 ゴールネットが揺れるのと同時にゾーンの魔法が解けて世界には色彩が戻り、観客がオレの名をコールしているのが耳に入る。焼けるような日差しが思い出したようにオレにも照り付け、汗が再び流れ出した。

 観客席の前に行きシャワーのように歓声を浴びる。国際大会などのスタジアムに比べると、明らかに数が少ないとはいえ、やはり自分の名前を何度も呼ばれるのは気持ちがいい。

 これは日本でもブラジルでも変わらないな。オレがハーフだとか肌の色がどうとかそんな事は関係なく、凄いプレイをすれば皆が褒めて注目してくれている。手を上げてコールに答えるとさらに歓声と拍手のボリュームが上がった。

 今の内によく拝んでおけよ、オレはすぐにでもヨーロッパなんかのビッグクラブでプレイするようになってしまうんだぞ。このオレを日本で見れるのは、もうしばらくの間だけだ。


 ――だからよく目に焼き付けておくんだ。絶対に忘れるんじゃないぞ、このオレを。これがカルロス様の力とゴールなんだ。



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