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やり直してもサッカー小僧  作者: 黒須 可雲太
第一章 小学生フットボーラ―立志編

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第四十四話 ピッチの外も覗いてみよう

 観客席の中で唯一屋根が付いていて日陰になっている特等席で、この暑さにも関わらず背広を着た男達が話し合っていた。

 先刻まではじっとピッチに釘付けだった視線は、お互いの表情から手持ちの情報を推し量ろうとしているようだ。


「カルロスの突破力はデータ通りだな、決定力もスプリント能力もこの年代では最上級だ。久しぶりに素材だけで世界に匹敵するタレントが登場したな」

「ああ、あいつはもう能力の裏付けを取るのはこの試合まででいいだろう。それよりもどうやって日本代表に取り込むかに力を入れた方がいいな。その方向でブラジルのサッカー協会と交渉を進めておく」

「剣ヶ峰は彼が突出し過ぎて他のメンバーは能力が判らなかったな、むしろ相手のチームの方がよく抵抗していた」


 彼らの会話に、唯一ジャージ姿の中年男が額の汗を拭きながら報告する。


「はい、えーと矢張SCですね。全国大会はこれが初出場ですからあまり有名ではないチームです」

「ふむ、ボランチの二人とトップ下の選手はいいな。資料をもらえるかね」

「はいこちらに」

「他の二人はともかく、この三十九番の情報は本当かね。いささか信じ難いのだが」

「ええ、間違いないはずです。足利 速輝(あしかが はやてる)は小学三年生で四月から矢張SCに所属し、サッカーを始めたそうです」

「……クラブに入ったのが四月からで、それまでどこか別のところで練習していたのではないかね?」

「いいえ、それまではボールに触ったこともない、もちろん親もボールを買い与えたこともない全くの初心者だったと」


 その報告に背広組はお互いに訝しげな視線を交差させる。


「ボールタッチなどに関しては、まあセンスがあるという事でいい。世界にはもっと天才的にテクニックを持つ子供もいるからな。でもサッカーを始めて四月からならまだたったの四ヶ月という期間で、これだけゲームの流れを読んでプレイできるのはおかしいだろう。しかも、フリーキックで無回転シュートだと? ヨーロッパでも最先端技術で、現在の日本でも撃てるのは片手で数えられるぐらいだ。どうして初心者があれを撃てるんだ?」

「……さ、さあ?」

「ふむ、上手いというよりも不気味な小僧だな」



  ◇  ◇  ◇


「足利さん、お宅の速輝ちゃんは凄いわねぇ」


 と周りの席中から褒められても私には曖昧な微笑しか返せない。


「はあ……」


 それを不満に思ったのか隣に陣取ったママ友が「もっと喜びなさいよ」と口を尖らせる。


「うちの息子なんて速輝ちゃんと同い年なのに、レギュラーどころかまだベンチ入りもしてないわよ。三年で唯一試合に出てる速輝ちゃんが凄いって喜んでくれないなら、出番のない他の子達が可哀想じゃないの。ねえ?」


 と周囲の母親グループに同意を求める。口々に「そうよ、うらやましい」だの「どういう練習をさせているのか教えて」とか言ってくるが、私には答えようがない。基本的にサッカーに関しては、お金やクラブが絡まない事には速輝の好きにやらせているのだから練習内容など全然知りもしていないのだから。


「えーと、うちは速輝の自主性に任せてるんでちょっと練習内容とか判らないんです」


 やんわりとした拒絶に周りのママ友も落胆したようだった。あわよくば自分の息子も同じようなトレーニングをさせたかったのだろう。このままではあまりに冷たすぎるかと僅かばかりの手がかりをだす。


「朝は速輝が自主練習しているけれど、最近は上級生も一緒にやっているみたいよ。確かキャプテンの子とも一緒に練習しているみたいだから、そっちから聞いてみたらどうかしら?」


 としらっと他に追求する先をおしつける。確か速輝に聞いた限りではキャプテン君は親御さんがあまりサッカーについては熱心でないと耳にしているから、結局親ルートでは無理。子供達の話になるだろう。

 そんな風に大人数になればもうクラブでのトレーニングと変わらなくなる。熱心な子は今でも自分で練習しているだろうし、やりたくない子は三日坊主になる。結局環境はそんなに変わらないはずよ。うん、自己正当化完了ね。


 速輝、家に帰ったら美味しいご飯をたくさん作ってあげるから頑張るのよ! 試合もその後のママ友からの追及から逃げるのも。でもあの子なら試合はともかくママ友には勝てなさそうかなぁ、そう思い頬が緩んだ。

 あ、良かった。私は速輝が前半尻餅をついてからずっと顔が強張っていたから、ストレートな笑顔なんてできなかったのにようやく普段の自分に戻ってこれたみたいね。


 後半に入るけれどあの子大丈夫かしら……まだ小さいから体力ないし、大きな子にぶつかれればすぐ転んじゃうから、怪我しなければいいんだけれど。監督さんも、もう少ししたら引っ込めてくれないのかしら? もう一点取ったんだし、休ませてくれてもいいのに。



  ◇  ◇  ◇


「監督、カルロスのいるチーム結構苦戦してるじゃないっすか」

「むう、明智の言うとおりだな」

「絶対に次の三回戦で俺達と当たるって本当っすか? ここでコケたらカルロス対策が水の泡なんすけど」

「いや、絶対に剣ヶ峰が勝ち上がってくる」

「だといいっすけどね」


 俺はぼりぼりと頬をかいて、隣で「絶対に剣ヶ峰が勝つ、はずだ、たぶん」と呟いている監督に冷たい視線を当てる。このおっさんはイマイチ当てにならないんだよなぁ。これからは自分で対戦する可能性のある両チームを調べた方が早くて確実みたいだな。

 

「明智の頭でならどっちが勝つか判らないのか?」

「俺でも判らないからサッカーは面白いんすよ。だいたいやる前に判るんなら、試合なんかやらないでデータ上の条件でシミュレーションで勝敗を決めた方が楽っす」


 と自分でも判らない事はあっさりと認める。そして「もし試合しないで判るなら、俺サッカーやらないっすよ」と吐き捨てる。


「でも試合する方を選ばせてくれるならカルロスより、あの三十九番――足利って奴と戦ってみたいっすね」

「ほう、どうしてだ。やっぱりカルロスとは戦いたくないのか?」


 俺が興味を示したのが珍しいのか目を輝かせて監督が尋ねてくる。


「だってカルロスってフィジカルが凄いだけじゃないっすか。スピードとパワーでごり押ししてるだけ。あれじゃ面白くないっす、やっぱりサッカーはもっとスマートにやらないと。その点まだ足利って奴との方が読み合いと技術を競う頭脳的な試合がやれそうっす」

「なるほどなぁ」


 しきりに頷いた監督がふと真剣な表情を作る。この人がこんな顔をするときは大抵が碌でもないことを考えているに違いないんだ。


「なあ明智今ちょっと、俺は考えたんだが……」

「監督の考えはいつも間違っているから口に出す必要はゼロっす」

「そう言わずに聞いてくれよ」

「……はあ、何っすか?」

「お前の「っす」て口調は頭悪そうな感じしないか?」

「……聞く必要なかったっすね」

「いや、学業では県ナンバーワンの成績なのにその口調が似合ってないかな~って」


 サッカーや喋り方に学校の成績は関係ないはずなんだけどね。


「監督の喋り方も随分と大人っぽくないっすけどね」

「あ、若く見えるって事か? いやーまいったなぁ」

「ええ、ホントに参るっすね」


 俺はため息を吐き出した。いっそこの人が本当に性格が悪いのなら、追い出すなり何なりの手段が取れるんだけど、まるっきり悪気のない監督の上に俺は恩があるのだから手に負えない。


「あ、もうすぐ後半開始っすね。選手達が出てきたっす」

「おお、本当だな。あ、なんだカルロスと足利って奴が和やかに笑い合ってるぞ。うんうん、スポーツで生まれる友情かぁ、青春だなぁ」

「思ったよりもヌルい奴らだったんすかね、俺だったら少なくとも試合中は絶対になれ合わないっすけどね。……でもよく見れば笑顔同士なのに誰も近づいていかない、殺伐とした雰囲気のようっすよ」

「誰も間に入れないライバル関係かぁ、青春だなぁ」

「はいはい、青春っすね~。あ、俺は後半集中して観戦するんで監督は話しかけないでくださいね~」


 さて、カルロス君と足利君。次に当たる俺達が燃えるぐらい、出来るだけ面白くそしてお互い消耗する試合をお願いするよ。

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