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やり直してもサッカー小僧  作者: 黒須 可雲太
第一章 小学生フットボーラ―立志編
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第四十三話 監督についてぼやいてみよう

 ハーフタイムで帰ってきた俺達を迎えたのは微妙な雰囲気だった。

 前半の頭からの惨状を考えれば今の一点差というのは喜ぶべきだ。だが明らかに今の試合展開は「前半は守備一辺倒」という監督のゲームプランを崩壊させている。気が短い監督であれば「お前等、俺を舐めているのか!」と怒鳴っても不思議ではない場面だからだ。

 もっともそんな物はうちの下尾監督が出迎えに立ち上がって手を叩いた後、


「お前ら、俺の指示に従わないで何て試合をやってるんだ。全くよくやったぞー」


 と褒めているんだか怒っているんだか不明な言葉と共に、戻ってきたイレブンの頭をくしゃくしゃに撫でてくれたので固い空気はほぐれたのだったが。

 下尾監督ももちろん完璧な監督なんかじゃないけれど、小学生であるクラブの全員を萎縮させずに、のびのびとプレイさせる事が出来るだけでも育成年代の指導者としてふさわしいな。


「まず、前半の作戦だけどな。あれが失敗したのは俺のせいだ、すまん。まさかカルロスって奴があそこまでの選手だとは想定していなかった。特に俺の作戦ミスのおかげで無茶な役目をさせた上に、早めの交代までさせてすまなかったな」


 と監督は続けて、前半で俺と交代したボランチの先輩に頭を下げる。

 その先輩は慌てたように手をぶんぶんと振って「いや、別に俺は気にしてないし、というか監督が謝るような事じゃないよ」と顔を赤くして「全然気にしてません」とアピールする。

 ふむ、空元気かもしれないが、少しは精神的に回復したようだ。あのカルロスに遊ばれた後は、本気でトラウマになりかねないほど落ち込んでたみたいだったからいい傾向ではあるな。


「ま、前半の俺の失策はともかく後半の作戦だが、試合前から言っていた通りだ。カルロスが下がったなら両サイドのMFもガンガン攻め上がっていいぞー」

「あ、それなんですが」


 と俺が手を上げて監督の作戦に異を唱える。「なんだアシカ?」と訝しげな監督には気の毒な情報かもしれないが、これは耳に入れておかないとまずいよな。


「カルロスが後半も遊ぼうって言ってましたから、たぶん後半もあいつは出てくるんじゃないかと」

「……」


 下尾監督のみならず、スタメン・ベンチ組を問わずに沈黙がこの場を支配した。そんなにカルロスが怖いかお前ら、いや俺も怖いんだけどね。


「確かなのか?」

「間違いないかと」

「俺も聞いてたぜ、アシカの言った通りだ」


 俺と山下先輩の確認に監督が舌打ちする。俺達だけでなく、相手側も想定外のアクションを取ることで試合前からの彼のゲームプランが完全に崩壊してしまった。

 ご苦労だろうが、監督からしたら「お前が言うな」と怒るかもしれない。俺が前半中に反撃に出たのが誤算の一歩目だったんだからな。


「そ、そうか、あまり知りたくもなかったが了承した。じゃあ、作戦変更だな。サイドは上がるのは控えめにしろ。そのぶん中央にDFの人数を割いてディフェンスを厚くしなければどうしようもないからな」


 額に手を当てて悩みながら後半の作戦を絞り出していた監督だが、俺を見て小首を傾げた。


「それで、アシカとキャプテンは二人がかりならカルロスを止められるのか?」

「止めてみせます」

「いや、止められるのかどうかと」

「止めてみせますって」

「……そうか」


 何かを諦めた表情だが監督が納得してくれた。


「ディフェンスは枚数を余らせているんだから、アシカやキャプテンから合図があったらいつでもフォローできるように備えておくんだぞー」

「はい!」


 元気のいい返事に監督も顔色を戻して頷く。


「それで攻撃の方だが、どうしても手薄になるな。残り五分を切っても負けていたらパワープレイで全員で総攻撃するしかないが、それまではどうしても前半最後の攻撃みたいなカウンター頼りになるか……」


 ちらりと俺に視線を投げかけて


「フリーキックでゴールするのが理想的なんだが、正直言ってアシカのキックはもう一度ぐらいなら通用すると思うか?」

「……後一度ぐらいなら」


 少し頭の中で計算して答える。キーパーに挑発の種を蒔いておいたし、カルロスは守備陣と連携が取れていないようだった。初見殺しのブレ玉だが、俺程度のレベルのシュートでも一度見ただけですぐに対策をとられるとはちょっと考えづらい。後一点ならば何とかなるのではないかとこの点では俺は楽観的なのだ。


「よし、ならば攻撃は少ない手数でシュートまで持っていくこと。それかセットプレイを有効に使うこと。最後に気持ちでは絶対に負けないこと。いいな?」

「はい!」

「よし、全国大会で優勝候補と試合できるのはあと二十分だけだ。精一杯楽しんで、怪我をしないで、そしてできれば勝ってこい!」

「はい!」


 ……監督、そこは絶対に勝ってこいと言うべき場面だろう。それより怪我するなってことを優先するのか。

 はぁ、まったくこの監督は頼りにならないなぁ。

 こんなんじゃ俺達が頑張らないと、この勝利よりも選手を優先する監督に苦手な勝利インタビューさせるという意趣返しができないじゃないか。自分の為、チームの為、そして監督の為にもこれは勝つしかないな。



  ◇  ◇  ◇


 ハーフタイムに帰ってきたオレを見る周りの目には、僅かにトゲが含まれているようだった。


「何だ?」


 とたずねても「いや、別に」ともごもご言って向こうへ行ってしまう。日本はこんな所がうっとうしいな、ドリンクを飲みながらそう強く思う。言いたいことがあったらはっきり言えばいいのに、みんな口ごもるのが好きなのだろうか。

 昔からオレに正面から物を言って来る奴は少なかった。もっと子供の頃は肌の色のことで、今はサッカーの実力のせいで陰口を叩かれる機会が多かったのだ。


 点を取られたのはお前のせいだってはっきり責めてくれた方が気が楽なのにな。

 一点目のチャージがファールを取られたのはアンラッキーなだけだったし、その直後のフリーキックも敵の技術に拍手はするがオレの責任ではない。だが、二点目はオレが最終ラインを崩してしまった訳で、失点の原因の一つであることに間違いはない。チームに合流して日が浅いとはいえ、それは言い訳にはならないのだから。

 そう自分でも納得しているんだから、ちらちらと横目で見られるよりはっきり「カルロスのせいだ」と指摘された方がやりやすいんだけどな。ドリンクを一息に飲み干してボトルをベンチに置く。監督も予想とは違う展開に頭を悩ませているようだ、これでは実りのある話し合いは期待できそうにないな。

 そうオレがため息を吐いた時だった。


「二点目はカルロスが悪い」

 

 うちのキーパーがはっきりオレに向かって言い切った。瞬時に周りが静まりかえる中「おい、そこまで言わないでも……」となだめようとする奴もいるが、全くオレから視線を逸らさずにキーパーは続けた。


「一点目のフリーキックは僕のミスだった。うん、認めるしかないよ。でも二点目はカルロスのせいだよ」

「ああ、そうだなDFラインを乱したのは悪かったな」


 俺が素直に謝罪をすると、はっと息を飲む音が聞こえる。オレが素直にミスを認めたのが信じられなかったのだろうか、一体どんな風に思われてるんだろうなオレは。

 だがキーパーはまだ幼さを残した顔で首を振る。


「ううん。カルロスが悪いって言ったのはDFラインを無視したとかそんな話じゃない。カルロスが僕達ディフェンス陣を信用してないのが悪いって言ったんだ」

「ん?」

「カルロスは守りに戻ってくる必要はないって言ってるんだよ。僕たちが後ろで守備してるのを信用してないから、あの三十九番にくっついて帰って来たんだろう? 僕達が止めると信じていてくれたら前線でカウンターの準備をしていたはずだよね」


 思わず視線を相手から青空へと逸らす。うん今日もいい天気だ、日本の夏はブラジルに比べて湿度が高いのが難点だが今日に限って言えばからりとした南米のような陽気だな。

 そっぽを向いているオレの頬を両手で挟んで自分の方へと向かせたキーパーが、噛み付きそうな表情で一語ずつぶつけてくる。


「だ・か・ら、カルロスはハーフウェイ・ラインより向こう側に行って攻撃だけしてくれればいーの。どうせ守備は下手なんだしやらなくていーよ。こっちはこっちで守るからさ、好き勝手に攻撃して後一点ぐらい取ってくれればそれでいいんじゃないかな」

「……ずいぶんな扱いだな」

「いーや、信用してるんだって。カルロスなら好きにやらせても点を取ってくれるってね。だからカルロスも僕等が守ってくれると信用してほしいね」


 結構な言われ方なのに不思議と腹は立たなかった。こんな風にストレートに感情をぶつけられる方が、陰口をたたかれるより何倍もいい。


「判った。オレは攻撃だけで守りには口も挟まない。だけど、ただ一つだけ聞いておきたい事がある」

「何?」

「あのアシカってチビの無回転シュートを止められるのか?」

「あ、あの生意気なチビはアシカっていうんだっけ。それに無回転シュートってあのフリーキックのおかしなシュートだよね。あれを止めるって……大丈夫、僕が気合と根性でキャッチするよ!」


 根拠は何一つないくせに、なぜかどや顔のキーパーにため息をこぼす。こいつがうちのチームだけでなく、控えとはいえ代表のキーパーで日本は大丈夫なのだろうか。いや確かにこいつの気合いと根性と反射神経は、オレでも認めざるをえないレベルではあるのだが。


「あれはパンチングして防げ」

「へ?」

「オレが向こうのチームに使った時アシカがパンチングしろって叫んでいたんだ。という事は、あのシュートはパンチングで防ぐのが有効ってことだろう」

「あ、そうだね。なるほどー」


 素直に納得してうんうんと頷く姿に毒気を抜かれる。そこに何も教わった覚えが無いためか、どうも印象がうすい監督が尋ねてきた。この人から何も習っていないはずなのだが、対外的には「カルロスは俺が育てた」と吹聴しているので鬱陶しいことこの上ない。


「カルロス、お前は後半も出るつもりなのか? 予定では前半だけのはずだが」

「ええ、出してください」

「それは構わんが、どうしたんだ? お前はこの大会に出るのを嫌がっていたかと思っていたんだがな」

「ええ、ちょっと思い出してきたんで」

「何をだ?」

「……血が熱くなる感覚をですよ」

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