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やり直してもサッカー小僧  作者: 黒須 可雲太
第一章 小学生フットボーラ―立志編
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第四十二話 名前を知りたければ本人から聞こう

 うちのキーパーが赤ん坊を守るような姿勢でしっかりとボールを抱きしめる事により、カルロスのフリーキックから続いていた一連のピンチを脱出して一息をつく。

 あの後のコーナーキックは、矢張SCのほとんど全員がペナルティエリア付近まで引き籠るという非常手段で乗り切ったのだ。幸いなことに剣ヶ峰は無理に点を取ろうとはせずに、四・五・一の守備重視のフォーメーションを崩そうとしなかったので、数で勝る俺達が守りきる事になんとか成功した。


 それにしてもまだ相手は俺達を舐めているのか、全力でプレイをしている感じがしない。将来の事まで考えて怪我しないように、無理をしないようにと自重しているのかもしれないが、そう考えると馬鹿にされているようでふつふつと腹の底が煮えたぎるな。


 その熱を冷まさないように意識しながら思考を攻撃に切り替える。いや、そんな反抗心でも集めていかないと戦う為の心の圧力が下がっていくんだよ……カルロスのせいで。

 こいつの才能を感じる度に「不公平過ぎるだろ」と愚痴がこぼれてしまう。やり直しというインチキをした俺でさえこうなんだから、今までのこいつの対戦相手が心を折られても仕方がない。そんな奴らの為にも生まれつきの才能だけではなく、技術や経験とチーム全員の力を集めれば天才にも勝てる事を証明しなければならないよな。

 正直俺達が勝つことがカルロスに挫折を味あわされた奴らの為になるのか全く不明だが、そう思い込むことで力に変える。


 あのブレ玉にしても俺はキックする時に足首を固定して、ボールにスピンがかからないような工夫を色々としていた。だがカルロスはそれを見よう見まねでコピーしたのだ。

 もちろん俺よりも無回転シュートとしての完成度は低く若干スピンがかかってしまってはいるのだが、あいつのパワーがその分ボールの速度を上げて、空気抵抗を増やす事でボールを揺らすのに成功しているのだ。つまりは力技である。だが結果として俺のブレ玉と似たような効果が得られるのならば、これから先のカルロスのフリーキックが一層脅威になったことに違いはない。

 

 キーパーがボールをDFにパスし、今度は俺達が攻める番なのだがどうしようか少し悩む。俺のフリーキックにも警戒しているのか、直接ゴールを狙える位置ではファールを取られかねないプレイはしてこなくなったのだ。その分マークが甘くはなったとも言えるが、Jユースの選手に慎重なプレイをされてはこちらも打つ手が少なくなる。

 ましてやカルロスを中心とした高速カウンターを考えるととてもじゃないがDFラインを上げろとは指示できない。

 

 だから、少ない人数で得点を取れるセットプレイ――でき得れば俺のブレ玉を生かせるフリーキックが最高なのだが、それを封じられた状態だ。仕方ない、ここは無理せず一旦サイドから崩すか。

 とは言えサイドMFはもはやDFラインの一角として吸収されているので使いづらい。ボールを貰いに下がってきた山下先輩に、サイドに流れて貰おうと指示しようとした瞬間、猛然と右のサイドMFが駆け上がっていくのを発見した。


 は、そうだよな。三年坊主が攻撃の組立に苦労しているのを、じっと引いて見ているだけの先輩達じゃなかったよな。ここで監督の作戦に反して上がるってのは、例え失敗してもそのリスクは自分で背負うという事だ。

 つまりサイドからクロスを上げるなり、もしボールを取られるなりして攻撃の役目を終えたら、敵よりも早く即座に全力疾走でDFの最終ラインへ戻らねばならない事を意味する。口で言うのは簡単だが、実際にやるのは相当きつい。ましてやカルロスがいる高速カウンターチーム相手に上がる決断は、勇気があるのではなくむしろ暴挙に近い。


 でもそこまで覚悟したのなら、使うしかないよな。

 さっそく上がった右サイドへとパスを送る。この試合初の矢張SCのサイドアタックに、相手も一瞬だけ陣形に揺らぎを生じさせた。でも元々守備の枚数は揃っている、せいぜいが中央へしぼっていたディフェンスを広げる程度の対応にかかる隙でしかない。

 俺も攻撃に加わるべく前線にダッシュするが、ここで異変に気がついた。ついてくるのだ、カルロスが。

 おかしい。こいつは守備をほとんどしない、するにしてもDFのパスコースを制限するプレスをかけるぐらいだったはずだ。なのになぜ俺にくっついて相手の陣地まで戻っていくのだろう。

 もしかしてこのタイミングでカルロスが守備の勤労意欲に目覚めたなんて理不尽な展開だけは止めてくれよ。

 そんな俺の願いが聞こえているように隣でカルロスがにやにやしている。俺にとっては猛ダッシュだが、この化け物にとてはランニングと変わらないようだな。


 だがカルロスにマークされているデメリットだけを気にしても仕方がない。むしろこいつを俺の所に引き付けていると考えれば悪い取引ではないのだ。これから俺が敵のゴール前まで上がれば、相手のカウンターも前線に軸となる人物のいない切れ味の鈍いものになる。ならばここで俺が攻め上がる事でカルロスを敵陣深くに押し込む!

 攻める裏側にあるリスクを覚悟しながらも、足を速めてさらに敵のゴール前までカルロスを釣り上げる。

 

 うちのサイドMFは前を敵に切られると、俺へ返そうかと迷っていたようだ。しかし、俺がフォローに行く素振りもなく敵ゴールへ一直線に向かう態度に、自分で勝負するしかないと判断したらしい。

 もともとサイドアタッカーはドリブル勝負が得意な奴がやると相場は決まっている。うちの先輩ももちろんそうなのだ。だから、行けぇ! 先輩。


 一対一のサイド対決を制したのは相手のDFだった。

 負けるなよー!


 内心で絶叫しながらも俺が自陣に戻ろうとはしなかったのは、サイドMFがスライディングでボールを奪われたのだが、その攻防でこぼれたボールを最終的に確保したのはうちのキャプテンだったからだ。

 さすがにキャプテンだ、頼りになるぜ。矢張SCのフォローの神様である。その彼がバックアップしていると確認したからこそ俺はサイドでボールを受けようとせずに中央へ走ったのだ。


 キャプテンは素早くルーズボールを、そのままサイドライン沿いの前方へのふわりとしたパスへと変えた。そこにボールを取られた先輩が汚名返上と慌てて走り込む。スライディングした敵DFはまだ追いかける体勢にはない。その為に結果的に深くサイドをえぐる事になったが、さてあの先輩はどこにクロスを上げるのだろう。

 俺は今ゴールの正面にいるが、もはやDFラインに吸収されてしまっている。ここで大柄なDF達とクロスボールに対してヘディングでの高さ比べをしても勝ち目はない。一旦バックステップして体勢と走り込むべきスペースを探るが、ちい、ここまでカルロスの奴がくっついてきやがった。


 ならば! 思いきりDFの間に突っ込みキーパーの目の前にまで立つ。どこか幼い顔つきのキーパーが、じろりと険悪な視線を投げかけるがここは無視する。本来ならばここまでキーパーと接近することはほぼない。せいぜいがコーナーキックの時ぐらいだろうか。

 では、なぜこんな場面が少ないのか? 答えは簡単である、オフサイドの反則になるからだ。でも今の俺がここでシュートをしたとしても反則ではない。なぜならば俺の隣に敵の一員のカルロスがいるからだ。

 チームに馴染んでいないからなのか、それとも判っていてやっているのか、彼はチームのディフェンスの約束ごとを平気で破っているようだ。

 とにかく俺みたいにすぐゴールキーパーの前にいても、オフサイドではないと判断したうちのFW二人がペナルティエリアに侵入する。

 当然だが彼らについていたDFも慌ててゴール前に殺到し、キーパーの前のスペースが一気にセットプレイでもなければあり得ない人口密度となった。


 その間にサイドはゴールラインぎりぎり、コーナーキックとほぼ変わらない位置にまで侵略している。ここに至ってはオフサイドなど無い為にさらにゴール前に人が集まってくる。

 こんな密集地にいられるかと、すれ違うようにしてペナルティエリアを出る。そして、そこですぐに手を上げてクロスを呼び込んだ。

 DFが全員引っ張られて、シュートを撃つのに絶好のこの位置がぽっかりと空いているからだ。サイドもそれを感じたのか、即座に俺に向けた低く速いクロスボールを蹴った。

 ヘディングではなく、ボレーで撃てる膝ぐらいの高さだ。これならば軽くミートするだけで枠を外さなければゴールできる。


 そう確信した俺は迫るボールだけに注目し、ゴールとキーパーの位置は鳥の目で確認するだけにした。そして万全の態勢でボレーの準備に入った時、俺とクロスの間に割り込んでくる影があった。

 そう、お察しの通りカルロスだ。こいつこんなに大きい体をしているのに、もうあのゴール前の混雑を抜け出して追いついてきたのかよ。その恵まれた体躯をいかして、ぐいっと俺を押し退ける。さっきファールを取られたせいか幾分は柔らかい当たりだが、それでも俺が陣取っていたシュートするにはベストのポジションは占有された。


 もう場所を変えようにも時間がない、クロスボールがすぐそこまで来ているんだから。だったらいっそ、もう守備に戻る準備をした方が――。そこまで考えてカルロスのカウンターに備えようとしていた俺は予想外の人物を発見した。

 山下先輩がまるでミサイルのように俺達とクロスボールの軌道の間に飛び込んできたのだ。

 後方で俺の代わりにボランチの位置に下がったかと思っていたが、どうやら決定的な仕事をするチャンスを窺っていたらしい。俺に合わせたクロスが来ると判断した先輩は、それを自分のゴールに変えるべくカットして自分でシュートしようともくろんだのだ。そうとしか考えられないエゴイズムに満ちた行動だが、それが俺とカルロスの意表を突いたのは確かだ。


 山下先輩は低空クロスに足で合わせることは出来ず、頭から突っ込むダイビングヘッドになった。

 低いボールだった為に上から叩きつけるヘッドになった事に加え、ゴール前の密集がキーパーへのブラインドとなったのか、相手のキーパーは反応さえ出来ずにボールはゴールネットを揺らす。


 かなりの勢いで飛び込んだ山下先輩は地面と衝突の際「ぐおっ」とうめき声を上げたようだったが、ゴールしたと判った瞬間にピョコンと跳ねるように立ち上がると「おおー!」と天に人差し指を突き立てて吠えた。

 そして真っ先に俺とポジション争いの押し合いをしていたカルロスに向かって指を突き付けた。


「うちのルーキーばかり気にしてんじゃねーぞ。俺がこのチームの得点王でエースの山下だ」


 と宣言すると胸を張って、カルロスを指差ししていた手をどうだと腕組みにする。俺と同様「何だこいつは?」と固まっていたカルロスがいきなり笑い出した。


「くっくっく、そ、そうか山下だな。覚えたぞ。それとチビお前は何て名前だ?」

「……他人に名前を聞く場合はまず自分が名乗るのが礼儀でしょう」

「え、オレの事知らないの?」


 冗談ではなく本気で皆が自分の事を知っていて当然だと思っているらしい。まあ、この小学生サッカー関係者ばかりのここでは、カルロスを知らない奴はほぼいないだろうが。これがすでに有名になった奴の思考という物か。少しでもこっちのペースに巻き込もうと「名を名乗れ!」と言ったが、返ってカルロスは喜んでいるようだった。


「まあいいか、オレはカルロスだ、でお前は?」

「俺の名前は……」

「こいつはアシカだ」


 俺が答えようとしたのにかぶせるように、なぜか山下先輩が先に口を切る。いや、しかもそれあだ名だし!


「いや、それ……」

「山下にアシカだな、よし覚えたぞ。後半も遊ぼうぜ」


 無駄に格好良い台詞を残してカルロスが背を向けると、審判の前半終了を告げるホイッスルが鳴った。

 

「俺の名前、アシカじゃなくて足利なんだけど……」


 たぶん聞こえていないんだろうなぁ。


 

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