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やり直してもサッカー小僧  作者: 黒須 可雲太
第一章 小学生フットボーラ―立志編
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第三十七話 優勝候補と試合をしよう

 俺もスタメンに混じってウォーミングアップをしているが、いまいち気合いが入っていかない。どんな状況でもベストを尽くさなければならないとは承知しているのだが、カルロスとの直接対決がないのかぁと地の底まで下がったテンションのノリという奴はなかなか思うようには上がっていかない。

 そんな憂鬱そうな雰囲気を漂わせていたのか、俺を監督がちょいちょいと手招きする。


「アシカ、なんだか調子悪そうだな」

「べ、別にそんなことありませんよ」

「お前は判りやすいなー。まあ、あのカルロスって奴と戦うのは今回は我慢してくれ。うちが剣ヶ峰FCに勝つ為には向こうの切り札であるカルロスが引っ込んだ後で、ジョーカーであるアシカがひっくり返す手しか考えつかなかったんだ。俺だってお前とカルロスのマッチアップは見たかったんだがチームの勝利の為だ、勘弁してくれ」


 と前で手を合わされて頭まで下げられたら不満を持ち続けている訳にもいかない。大きく息を吐き出して肺の中の空気と頭の中の思考を入れ替える。


「頭を上げて下さいよ、選手である俺が起用法について文句を言えるはずないじゃないですか」

「スタメンから落とした時は思いっきり言われたような……」

「と、とにかく文句はありませんから監督の思うように采配を振るって下さい。あ、それで一つ質問があるんですが」


 都合が悪くなりそうだったので質問で話題を切り替える。


「どうしてキャプテンをカルロスのマークに付けなかったんですか? 正直キャプテンの方があの先輩よりマンマークする能力は上だと思いますが」

「ああ、そうだがな……」


 監督は顎を撫でながら苦い物を口に含んだような表情になった。


「正直な話、カルロスを完全に押さえ込める奴はうちのクラブには……いやもしかしたら日本中の小学生にはいないかもしれない。だから少しでも時間と体力を削るのがマークする人間の使命になるんだ。でもキャプテンの奴は真面目で責任感が強すぎるからなぁ、マーカーとして指名されると何とかカルロスを止めようとしてファールを重ねる事になってしまうだろう。

 うちのチームは目立たないかもしれないが、キャプテンを中心にまとまったチームなんだ。もし早いうちにキャプテンが退場をしてしまったら、そこからアシカを投入しても建て直しがきかなくてチームが崩壊してしまう。だからこそカルロスのマークはもう一人のボランチに任せるんだ。前半だけでも保ってくれればいいし、万が一トラブルがあってもまだ傷は浅くてすむからな」

「なるほど、そうですか」


 納得のいく説明に俺は頷いた。確かにキャプテンはうちのチームの要である。守備での貢献度はもちろん、俺が上がった時のフォロー、チーム全体へ目を配ったコーチングなど精神的支柱としてかけがえがない存在だ。実際の所監督よりチーム内での信頼度は高い。そんなキャプテンが途中退場してしまうリスクは許容できないに違いない。


「だから、前半はじっと耐える時間帯だ。いくらカルロスやJユースでもうちの守備陣が守りだけに専念したならば、そう簡単には点は取られないはずだからな。誰かが怪我やカードをもらったりとか、よっぽど手の施しようがない事態でも起こらない限りはお前を前半から出したりはしないぞ。だから後半からの攻撃の組み立てをピッチの外から観察してシミュレートしておいてくれ」

「判りました。前半の内にDFラインの上げ下げのタイミングや、ウィークポイントがどこかとかチェックしておきます」

「頼む、たぶんスタメンの奴らは前半はずっと守備に追われてそこら辺までは気が回らないだろうからな」

「了解です」


 額の前にビシッと指を伸ばした掌を当てて敬礼する。こんな茶目っ気のある態度ができるようになったのもちゃんとスタメン落ちの理由を説明されて、その理由に納得できたからだ。アップ中のもやもやが残っていたら試合中のパフォーマンスにも影響があったかもしれない。やっぱりなんだかんだ言ってこの下尾監督は俺と相性がいいんだろうなぁ。


「そろそろ試合開始だな、ベンチから皆の頑張りを応援しようか」


 促されてベンチに腰掛ける。頼むぞ先輩方、優勝候補が相手とはいえ失点を防ぐぐらいなら何とかなるはずだ。頑張ってくれよ!



  ◇  ◇  ◇


 甘かった。

 それが今の心境を表す単語だ。うちのチームが防御に徹すれば県内レベルではそう点を取られることはない、それは事実である。なら相手が全国大会で優勝候補であれば? そしてその相手の攻撃の中核に世界レベルの選手がいたとしたら? 答えは決まっている、耐え切る事などできるはずがなかったのだ。


 特にあのカルロスの動きはベンチから観察しているだけで背筋に冷たい物が走る。マークしてる防御専門のはずのボランチの先輩が赤子扱いされているのだ。密着マークで体力を削るのと、抜かれるにしても少しでも時間を稼ぐのが役目のはずだが全く機能していない。カルロスがボールを受け取る、ボランチが抜かれる、キャプテンがフォローに行くがスピードにのったカルロスに追いつく事は出来ずに、そのままシュートされるか決定的なパスを出されるというシーンが続出している。

 まだ開始から5分しかたっていない状態で二対ゼロ、カルロスの一ゴール一アシストという監督の想定した最悪の事態をはるかに超える展開だった。

 矢張SCのよく訓練されているはずのディフェンス陣がたった一人によって完全に崩壊させられている。

 いつもは憎らしいぐらい泰然としている監督が少し顔色を青ざめさせて俺を呼ぶ。


「おい、アシカ。悪いがすぐに準備してくれ。このままじゃ前半だけで何点取られるか判らん。最小限の失点でしのごうだなんて俺の考えが甘すぎたぞ、あいつは化け物だ」

「はい、もう体は温まっていますから今すぐでも大丈夫です」

「ああ、もうこのままボランチのあいつをカルロスのマークにつけておくのは酷すぎる。このままじゃトラウマになりかねんぞ。じゃあ次にプレイが途切れた時に…」


 観客の歓声にピッチの上を振り向く。そこには芝の上でカルロスとボランチの先輩が倒れている。審判が走り寄ってくると倒れている先輩に高々とイエローカードを示す。

 どうやらまたドリブル突破された先輩がファールでカルロスを倒してしまったらしい。良かった、いや良くはないがレッドでさえなければオーケーだ。今から俺と交代する先輩がイエローカードをもらっても、それほど問題にはならない。カルロスも先輩も痛がる素振りも見せずにさっさと立ち上がった所からしてダメージはなさそうだしな。

 だがお互いの顔色は対照的である。褐色のカルロスはともかくカードを貰った先輩は真っ青で血の気がない。唇なんか紫に近いほどで目には涙まで浮かんでいる。これはもう心が折れてしまって戦闘意欲がないな。


 監督が副審に俺の交代を伝えるが、それはこのフリーキックの後でプレイが途切れた時になるようだ。

 頼むからこれ以上は点を取られないでくれよ。小刻みにステップを踏んで体に火を入れ直しながら「外れろ、外れろ」と怪しげな念を送る。

 俺のそんな願いが通じたのか、ファールされた影響も感じさせないカルロスが蹴ったパワフルなフリーキックは僅かにゴールの枠を逸れてピッチの外にある看板を直撃して鈍い音を立てた。

 ああ、小学生の大会でも宣伝の為の看板ってあるんだなぁ。頭の片隅でかすかにそんな思いも湧いたが、すぐに一つの思考に埋め尽くされた。

 ――もうすぐあのカルロスと勝負できるんだ。


 すぐに矢張SCのゴールキックとなり、このタイミングで俺も交代してピッチに入る。

 交代で途中退場する先輩は県大会の準決勝では交代があんなに悔しげだったのに、今日はむしろほっとしているような表情さえ浮かべている。あいつと対峙するのがどれだけプレッシャーになっていたのかが伺える。悪いな先輩、まるで先輩を使ってカルロスがどれほどの選手か計ったようになってしまった。だが、安心してくれ。きっと俺があいつを止めてみせるからよ。


 この時の俺は時計はまだ前半の八分なのにすでに二対ゼロであるとか、うちの守備組織がずたずたにされているとかのマイナス要素は浮かんでこなかった。諦めていた世界レベルの怪物と直接戦えるのだ、まさに前世から俺が待ち望んでいた舞台である。ここは格好つける為にも、面と向かってこう告げるべきだろう。


「かかってきな、カルロス」



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