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やり直してもサッカー小僧  作者: 黒須 可雲太
第一章 小学生フットボーラ―立志編
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第三十六話 仲良くテレビを眺めよう

「おーし、皆にジュースは行き渡ったな? それじゃ、一回戦の勝利を祝してかんぱーい!」


 監督の掛け声に「乾杯!」と全員で唱和する。そのままグラスを置かずに、ぐいっと一息で飲み干す。うん、美味い。これが勝利の美酒……と言う訳にはいかないので果汁百%のジュースだが、間違いなく勝利の味付けがされている。

 乾杯の後は別に何という事もなく食事をするだけなのだが、皆の視線は挨拶している監督よりもテレビから離れない。


 なぜならば俺達が宿泊している旅館は、おんぼろであるがBSもCSも全ての放送が無料で視聴できるのだ。しかもこの夕食の時間帯にはスポーツに特化した局で俺達が参加している全国大会のコーナーが放送しているのである。花より団子の年代なのだがつい食事の手を休めて注目してしまう。

 注目のクラブが幾つか取り上げられ、その後で今日行われた一回戦のハイライトが流される。小学生とは言えさすがは全国のレベルだと唸らされる試合が続出し、ついに俺達矢張SCが三対一で勝利した試合が放送された。

 山下先輩の鮮やかなフリーキックに三点目の駄目押し弾となる豪快なFWのヘッドは格好よく映されていた。俺の得点シーンはどうだったかって? ……今日の珍プレー大賞と題されて、シュートがポストに当たりその跳ね返りがキーパーの背中にぶつかってゴールというビリヤードのような得点として何度もリプレイされた。俺はともかくあのキーパーにはちょっと失礼な話だよな。


 そして最後の特集コーナーに次の二回戦で俺達が当たる剣ヶ峰(けんがみね)FCのチーム紹介と今日の試合の結果があった。さすがにJ下部のユースだけに注目度も高いが、同じようなJユースなら他にも数チームがこの大会に出場している。なぜここが一番目立っているのかを一言でまとめるならばそのメンバーの豪華さだ。なにしろレギュラーメンバーの中にこの年代の代表候補が三人も入っているのだ。しかもその内の一人カルロスは代表でも不動のエースである、彼を中心にしたチームが優勝候補と目されるのも当然と言える。


『では最後に今大会の優勝候補の最右翼の呼び声も高い剣ヶ峰FCの一回戦の試合をご覧いただきます。この剣ヶ峰FCはエースであるカルロス君抜きでも県大会を圧倒的な強さで勝ち上がってきました。そしてすでに上のカテゴリーに混じっていたカルロス君が全国大会でようやくチームに復帰。その破壊力に更に磨きをかけています。合流間もないエースがチームにフィットするのか? ではどのような強豪でもプレッシャーのかかる初戦の模様をどうぞ!』


 アナウンサーの煽りが終わり、得点シーンを中心とした試合のダイジェストが流される。

 しかし、長いなこれ。最初は皆で「おお!」とかそのユースならではの技術の高さに驚いていたんだが、五点を超えた辺りから誰も口を開かなくなってきた。いつまで続くんだろうこの得点ラッシュは。皆がそう思い始めた時、ようやく試合のシーンが終わりアナウンサーに画面が戻る。


『九対ゼロという大差で勝利した剣ヶ峰FCの立役者は間違いなくこのカルロス君でしょう。彼の持ち味はその絶対的なスピードです。六月に行われた陸上の小学生全国大会において百メートル走で優勝した、文字通り日本最速の小学生なのですよ。その快足を生かしたドリブルはまさに圧巻の一言。国際大会においてもその突破力は注目を集め、ブラジルの監督からは「ブラジル代表で十番を背負うべき少年が日本に奪われてしまう」と懸念を表明したほどです。これからも彼がどちらの代表を選ぶのか両国で綱引きが激化する模様です。

 普段は上のカテゴリーであるU十五に参加して中学生相手でも主力として練習と試合をしているのですが、今大会を制する為の切り札として急遽参戦が決定しました。そのためにチームとしての連携が心配だったのですがよけいなお世話だったようですね。今日の彼の残した記録は三得点二アシスト……前半のみの出場でこれでした』


 解説していたアナウンサーの姿が消え、カルロスの活躍シーンが連続で映し出される。

 うん、このダイジェストを見ただけで判る。こいつは小学生のレベルじゃねぇ。ドリブルを始めるカルロスを誰も止められない、ほとんどヒョイヒョイという感じでごぼう抜きされていく。

 もちろん他のチームメイトも十分に上手いのだが、あまりに彼が突出しすぎていて印象に残らない。特に剣ヶ峰FCの守備陣なんかはほとんど攻められているシーンが無いために判断のしようもない。延々と剣ヶ峰FCが攻め続けている映像が終わると、アナウンサーが次はカバディの世界選手権の予選について話し始めた。

 いつの間にか静まり返った室内で唯一響いていたテレビの電源を監督が急に消す。

 じっと見入っていたはずなのに誰一人それを抗議しようとはしなかった。そして画面が暗くなると同時にふうっと深い呼吸を始める人間が俺も含めて大勢いる。どうもさっきのカルロスのプレイを見ている間は無意識の内に呼吸を止めてしまっていたらしい。


「……とまあこいつらが明日の俺達の相手で注目の優勝候補だ、困ったことに」


 監督の宣告に誰かがごくりと唾を飲む音が聞こえた。まだ対戦が決まっただけなのにプレッシャーがかかるなんて洒落にならないな。硬くなりすぎた雰囲気をほぐそうと俺が何か考えるよりも早く、監督が続けた言葉によってシリアスな空気は壊された。


「だから、その優勝候補に勝てば今度は俺達矢張SCが注目の的となってテレビに追いかけられる訳だ。どうしよう、誰かインタビューに慣れた奴いるか? 俺なんかマイク渡されても演歌歌ったり、人生のパートナー募集中ですとしか言いようがないんだが」


 腕組みして「練習のメニューに隠し芸を入れ忘れていたのは痛恨だった……」と俺達に相談する監督の表情はあくまで深刻だ。それなのに一瞬の空白の後にくすくす笑いが広がっていく。困っているのは俺達が勝っちゃうとマスコミがうるさくなるからかよ! ああ、さっきまであったお通夜のようなムードはすでに胡散霧消して誰もがリラックスした状態になっている。

 監督は無言の内に「俺達は勝てる」という信頼を伝えてくれたのだ。ただ話すよりユーモアを交えた態度にすっかり硬さがほぐれている。さすがは大人の余裕って奴なのか、ここらへんの緩急の使い方は上手いなぁ。

 ようやくプレッシャーに飲まれた状態から復活した俺達に監督が改めて声をかける。


「それじゃ、明日の作戦を説明するぞ。今テレビに出てた通り敵の剣ヶ峰FCは強い。正面から無策でぶつかったら勝算は少ないだろう。だからちょっと小細工を使わせてもらおうか」


 とぐるりとメンバーを見回し、俺に目を止める。


「次の試合ではアシカは後半からの出場だ。前半はいつも逃げ切る時用の守備重視の布陣でいくぞ」

「え! なんでです?」


 俺は思わず立ち上がって抗議の声を上げる。俺はもうレギュラーとしての立場を確立したつもりだったから、この指示に素直には従えない。監督も判っていると言わんばかりに掌をこっちに向けて「抑えて、抑えて」というジェスチャーをする。俺がとりあえず腰を下ろすと監督が説明を続けた。


「おそらく相手は明日も今日と同じようなゲームプランで臨んでくるはずだ。つまりカルロスを先頭にした前半で点を取れるだけとって後半は控えのメンバーで軽く流すって展開だな。これなら主力の疲労も抑えられるし、なにより勝って当たり前なはずのチームが先に点を取られて最後までずるずるいくという、番狂わせに起こりがちな『事故』が起こる可能性が一番少ないプランだからなー」


 とりあえず敵の明日の作戦については納得できる説明だ。しかし、それがなぜ俺がスタメン落ちという結論に至るのかが理解できない。


「そこで俺達は明日は前半を思いっきり引いて守ることにする。いつもは三・五・二だが、サイドは下がって五・三・二のファイブバックになって構わない。その分いつものスリーバックは中をしぼってスペースを与えるな。そしてボランチは二人とも守備専門だ、特にアシカを下げてまで入れたんだからボランチはカルロスを密着マークに専念してキャプテンはそのフォローだ。

 FWとトップ下の攻撃陣も前半は点を取ろうと思わず、シュートを撃つことでディフェンスラインの押し上げを防ぐぐらいの感覚でいてくれ。相手のフォーメーションは四・五・一で守備重視に見えるが、カルロスを中心にした高速カウンターは間違いなく日本一の破壊力を持っている。絶対にスペースを与えるんじゃないぞ」

「は、はい」


 と攻撃陣の返答も歯切れが悪い。そりゃ点を取ろうとは思うなってのは攻撃するメンバーにとってあまり嬉しくない言葉だろう。


「後半になったら逆にこっちが攻撃する番だ。アシカを投入してサイドも上げてどんどん攻めていく。おそらく相手は前半でカルロスを下げているだろうから、カウンターをおそれずに全員で点を取りに行くぞ」

「はい!」

「よし、このウサギとカメ作戦の正否は後半逆転できるかよりも、むしろ前半どれだけ失点を防げるかにかかっている。カルロスは絶対にフリーにしないこと。例えピッチの外にドリンクを飲みにいっても、お前はついていって一緒にピッチの外でマークしてろ。判ったな?」

「はい!!」


 一際大きい声で返事したのは俺の代わりにスタメンに入り、カルロスのマーカーに指名されたボランチの先輩だ。くそぅ羨ましいなぁ、あのカルロスとガチでやり合えるなんて。

 確かに監督の指示する作戦は、元々戦力の劣る俺達が勝つ為には正しいかもしれない。だがそれでも一つだけどうしようもない不満が俺にはあった。カルロスの出場が前半だけなら俺は直接戦えないじゃないか! それだけが心残りだった。

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