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やり直してもサッカー小僧  作者: 黒須 可雲太
第一章 小学生フットボーラ―立志編
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第三十五話 右に左に揺さぶろう

 後半のキックオフを告げる笛の音を、前半の開始時よりもはるかに落ち着いた心境で聞くことができた。

 全国大会特有の観客の多さとサッカー関係者の多さによるプレッシャーにも慣れたせいかもしれない。まだ伸び伸びとまではいかないが自分のプレイを胸を張って披露できるだけの度胸は身に付いた。これは俺一人ではなくうちのチーム全員に言えることである。僅か二十分で傍目でも変化が判るとは、なるほどトップレベルってのは居るだけで自分が磨かれていくって言うのは本当かもしれないな。


 後半は相手の攻勢を受け止める展開となった。まあ、これは当然ではある。

 一発勝負のトーナメントにおいては一点差でも十点差でも敗北には変わりがない。負けている方はリスクを承知で攻めに人数を割かないと話にならないのだ。勝っている方は無理な攻撃をせずに軸を守備に置いて、数人の攻撃的なポジションの選手だけがカウンターでディフェンスの裏を突こうとすればいい。そうすれば守備は整ったままでローリスクハイリターンのカウンター戦術が完成する。これが後半のうちのチームの基本方針でもある。

 正直俺はあまり好きな戦術ではないが、チームとしての約束事なので無茶をして迷惑をかけるわけにはいかない。

 敵の焦りが透けて見える強引な攻めを今は集中して守っていくだけだ。


 後半が進むにつれてスコアは変わらないが、形勢は徐々に俺達矢張SCへと傾いていた。元々薄い相手のチームの中盤が前がかりになることで、十五番一人では取り繕えないほど穴が広がっていく。そこへ俺とキャプテンが中盤で守備陣と攻撃陣とのリンク役とフィルター役をこなすことで、その穴だらけの中盤の守備はほとんど機能を止めていた。

 なにしろボランチが埋めるべきDFの前のスペースを、まだ三年生の十五番一人に任せているのだ。トップ下の山下先輩とFWが繰り返すポジションチェンジについていけていない。ましてや十五番はマークが上手いわけでもフィジカルに優れているわけでもない、パスコースを寸断するのに向いた人材である。この少年が先輩にマークする為に居場所をはっきりさせてくれていたら、こちらとしては返ってパスする時に迷いがなくなってラッキーなぐらいだ。

 

 向こうは前線の人数は増やしたが、こっちのカウンターを警戒してかあまりDFラインも押し上げてこない。そのために単調なロングボールの放り込みになっているが、うちはその手の攻撃には滅法強い。背が高く、当たりの強いDFとキャプテンが揃っていればそうそう失点する心配はない。

 こういうサッカーではなく格闘技のようなディフェンスにおいては俺は居場所がない。だがDFラインの前に陣取って、こぼれ球や敵からのグラウンダーのパスをせっせと掃除するように集めることで存在をアピールしている。「足利という少年は攻撃だけじゃなくて守りも頑張ってますよ」というどちらかというと営業のような感覚である。それでも俺の地道なプレイが確実に相手チームのセカンドチャンスの芽を摘んでいく。


 そしてボールを手中にするやカウンターの起点として行動する。前へ出てもセンターサークルまでと監督から制限されているので、ややふくれっ面になっていると自覚しながら山下先輩やウイングの位置まで上がった方のサイドMFにパスを通す。

 ここで気を抜くと十五番がそっとパスコースに近寄っているので、常に鳥の目も併用してカットされないように注意しなければならない。俺の位置でボールを奪われると守備を整える時間のないショートカウンターになり、かなり危険な状況になってしまう。そんなのは出来る限りリスクを避ける戦術の今では絶対に許されない事態だ。

 そんな慎重さが要求される起点となるパスだが、俺は意図的にサイドへのパスを多めにしている。これは別に中央で待っている山下先輩に意趣返しをしているんじゃない。ここまでの二得点は俺と山下先輩の真ん中寄りのポジションの者が取っている。ここらで矢張SCにはサイドアタックもあると見せておかねばマークは中央にだけ厳しくなるかもしれない。この試合だけでなく次からもマークを分散させるためにも、サイド攻撃の活性化は必要なのだ。


 後半の半ばを過ぎるとさらに相手は前がかりになってきた。もう中盤のスペースを消す作業まで省略して攻撃に人数をかけようとしている。

 そんな前輪駆動の相手には手数の少ないカウンターが有効なのもまた判り切った話だ。

 すでにさりげなくボールを奪うという手段を放棄して、必死に山下先輩にくらいついているだけの十五番を無視するようにサイドアタックを繰り返す。繰り返すとは言っても左の次は右とピッチの横幅一杯を使って相手を揺さぶっているのだ、このDF前のエリアを一人で担当している十五番は追いかけるだけで一苦労だろう。

 

 また俺が意地悪く見る必要もないのに必ず山下先輩とアイコンタクトしてからサイドに流すもんだから、十五番は必ず真ん中からスタートしなければならず右往左往している。時々涙目で俺を睨んでいるのは多分気のせいではない。


「山下先輩!」

「おう!」


 と声をかけてマークをトップ下の先輩に引きつけてからのロングパスでサイドMFを走らせてはアタックを何度も繰り返す。

 俺と同じ三年生ならばまだ体が出来上がっていないはず、もういつ足が止まってもおかしくはない。

 あ、向こうの監督もそれを懸念したのか十五番を交代させて、センターバックのように体格のいい奴をボランチのポジションにいれやがった。あの十五番は顔を袖で拭いながらベンチに下がっていったが、俺のせいじゃないよな。

 普段ならば俺もここら辺の時間帯で足が重くなってくるのだが、今日に限ってはその気配がない。なぜかと思うと、ふと監督のセンターサークルより前へ行くなという後半の指示に思い当たった。あれでいつもよりアップダウンが少なくなって運動量も軽くて済んだのだろう。あの監督がそこまで考えていたのかという疑問はあるが、とにかく今はスタミナ面で問題は起きていない。


 ところで向こうの監督がボランチを交代させたのはどういう意図だろうか。 

 その作戦を探る為にとりあえず新入りのお手並み拝見とマークされた山下先輩にボールを渡すが、先輩は前を向くことが出来ずにがっちりとストップされた。すぐに俺へバックパスで戻したがそれだけでどんなタイプかは推測できる。体格なんかから見て取れるようにDFをボランチにコンバートしたような選手だ。接触プレイには強いがMFとしては汎用性に問題がある、つまりマークマンとして以外は注意する必要はない。むしろ十五番のほうがやりにくいタイプだったことは確かだ。だからこそ三年生でのスタメン抜擢だったのだろうが。


 ならばまだゲームに馴染む前に穴をつかせてもらおうか。

 山下先輩に少し戻るように手招きすると、案の定新加入のボランチもついてきた。駄目だろう、チームの舵取り役が簡単に釣り出されては。

 すっと左に流れる先輩とマーカーを生暖かい視線で応援しながら右サイドのMFへとパスを通す。さすがにDFだけは残っているが、縦へのコースを切られたと判断するとドリブルにこだわることなくアーリークロスを上げる。

 ここで山下先輩がボランチを誘い出したのが功を奏した。中央のDFが薄くなっていたのである。


 そのゴール前の危険なポイントに、若干影の薄いサイドMFからのクロスが入った。正確で早いセンタリングが、いまいち活躍している場面の思い当たらないFWの頭へとピタリと合う。

 どちらかというと目立たないコンビから生み出された高速カウンターは、見事に敵のゴールネットを揺らしていた。

 

「山下やアシカだけじゃなくて俺も忘れんなよ! 俺の名前は――」

「ナイスヘッド!」

「全国大会初ゴールおめでとー!」


 得点したFWを中心に人の輪が出来上がっていく。何やらFWが「最後の名前まで喋らせろ」とか意味不明な怒り方をしているらしい。それを見つめる俺と山下先輩の視線が絡まった。やるか? いきましょう、赤い背中の紅葉の復讐です。俺は後頭部の仇討ちだな。

 どうでもいい場面でだけアイコンタクトが成立するほど先輩との息が合う。そして互いに頷き合うと、スコアラーの背中に紅葉を付けるため得点者への祝福の嵐の中へ侵入するのだった。



 三対一となり試合が決まったと判断したのか、下尾監督は残り時間を睨みながら交代要員のアップを仕上げさせる。

 確かに残り五分で二点差あれば決まりだろう。油断する訳にはいかないが、余裕ならば持てる。

 そして監督は残り三分で俺を、そしてロスタイムに突入してから山下先輩と立て続けに選手を交代して時間の消費をはかる。交代で出場した選手はどちらも守備的な選手で守りは万全だ。

 監督に乱暴に撫でられたせいで乱れた髪を整えている山下先輩と共にベンチから声援を送る。ちなみに俺はもともとぼさぼさ頭なので別に少しぐらい髪が跳ねても気にならない。「しっかり守って下さい!」と先輩達を元気付けようと声を張る。

 でもロスタイムで二点差、しかもフレッシュな守備陣と逆転されるならもうそうなる運命だったとしか思えない布陣である。

 幸い矢張SCにはそんな理不尽な事は起こらず、そのままのスコアで試合終了を迎えたのだった。

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