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やり直してもサッカー小僧  作者: 黒須 可雲太
第一章 小学生フットボーラ―立志編
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第三十四話 どんなゴールでも喜ぼう

 鈍い音を立ててゴールポストに弾かれたのは、ご想像がついているだろうが俺の放ったロングシュートだ。

 ペナルティエリアの外からとはいえ角度的にはいい場所からのシュートだったが、一拍遅れて反応をしたキーパーの手をかすめるようなコースを辿ると、予め定まっているかのようにポストへ衝突したのだ。

 まあそれは仕方がない。ロングシュートであれば入る確率の方が少ないのだから。うん、決して俺がシュートの時に目を閉じるのを忘れたり下を向くのをうっかりしていたせいではないのだ。

 外れたのを嘆くよりも、こぼれ球を押し込もうとする方が建設的だな。そう覚悟を決めてゴール前の密集地へ突入する体勢になった俺の目に、予想外の光景が映った。


 キーパーの手をかすめてゴールポストに当たったボールはそのままの勢いで跳ね返り、まだ宙に浮いたままのキーパーの背中に命中したのだ。

 そしてさらにその背中で反射したボールは反対方向――そうゴールマウスの中へぽろんと飛び込んだ。


「……」


 何とも言いがたい空気がピッチを覆う。夏なのにその肌寒く感じる空気を吹き飛ばしたのは、いつもよりためらいがちな音色の審判のゴールを告げるホイッスルだった。その音に、僅かな間は硬直していた仲間も何か吹っ切ったような様子で俺の周りに集まってくる。

 皆が笑っているのは間違いないのだが、普通のゴール後の祝福の笑顔ではなく吹き出すのを堪えているような表情だ。そのまま乱暴に頭や背中をばしばしと叩き「ナイスシュートだぞアシカ!」「いや、むしろナイスアシストだゴールポスト、ナイスシュートだゴールキーパーといった方が正しい」と姦しい。本当に祝福されているんだよな? 全国大会で初ゴールを決めたのに素直に喜べていないんだが。ガッツポーズを取ろうにも、どうにも自分の力での得点ではないようで赤面し、堂々とアピールできない。とにかくゴールしたんだから反則以外の全ての経過は正当化されると判っていてなお面映ゆさが先に立つ。


「せ、先輩達また気を抜いてないで試合再開に備えましょう!」


 という俺の進言に皆がしぶしぶと従った。さすがに得点した者の発言は重いのか、割とすんなりとポジションに戻ってくれたのはありがたい。それでようやく周囲からメンバーが離れ、注目が薄れてくるとついつい唇が綻びる。えへへへ、格好いいとは言い難いがこれが俺の全国大会での初得点である。つい、にやけてしまうのも仕方ないだろう? でもこれだけで満足する事などできない、ここからどれだけの数字を積み上げていけるのかで真価が問われるのだから。


 気を抜くと緩んでしまう頬を引き締めていると、試合が再開される笛が鳴り響く。

 おっと、得点したからといって浮かれるのはここまでにしておこうか。なにしろここは全国大会。僅かな油断がチームの危機を招くのは失点の際に痛いほど思い知らされているのだから。


 と、ここまでは格好よかったのだが、つい浮かれてしまってこの時点ではまだ気づいていなかった。

 さっきの場合は相手のオウンゴールとなるのだ。

 つまりまだ自分は全国大会でのゴールはお預けである。それが正式な試合結果で判明すると本当に膝から崩れ落ちた。

 おのれ、あのキーパーめそこまで俺の得点を邪魔するか。

 

  ◇  ◇  ◇


 後にそんな茶番が待っているとも知らず、審判の長い笛の音にふうと一息つく。ようやく前半終了だ。

 結局点数はあれから動かずに二対一でうちがリードしているのに変わりはない。だが戦況は少しずつ動いている。相手チームが徐々に攻勢を強めて来たのだ。中盤を薄くしてその分をFWに当て、前線の破壊力を増している。

 当然ながらピッチの真ん中付近は俺達矢張SCの天下になるが、一番ディフェンスにとって危険なペナルティエリア付近は十五番がカバーしている。そして、相手のDFも二失点したとは思えない程しっかりと立て直しをしていた。これが少々誤算だったのだ。それまでのディフェンスのドタバタぶりを見ていただけに前半でもう一点ぐらいは取れるだろうと皮算用していたのだが。ここまできっちりとした守りが出来るチームだとは思わなかったな。


 もう一点取っておけば次の試合に向けた作戦も立てられるんだけどなぁ。

 多分ビデオにでも録画してこっちのチームの観察をすることになるだろうカルロス達に対しての話だ。分析するには役に立たないデータになるように華麗ではあるが意味のない技術を発揮する姿をこの試合で見せておきたかった。

 そう考えて頭をぶんぶんと振る。いかんまた先走って次の試合を考えてしまっている。この試合に勝たなければ次も何もないんだぞ、もっとしっかりしろと頭に冷水をかけて物理的に頭を冷やす。冷たい水が火照った体に気持ちいいが、これって真夏にしか使えない冷静さを取り戻す方法だよな。だが全国大会でオーバーヒート気味な自分の精神状態よりももっと心配になるのが、


「おーし、みんな前半はまあまあの出来だったぞー」


 と県大会と変わらずにお気楽な声をかけてくるこの監督だ。一見落ち着いているようなのだが、実は俺達以上にテンションが上がりすぎているのではないかと邪推してしまう。相手のチームの注目選手に中盤の要である十五番のボランチを抜かしていたし、全国で初試合で舞い上がっていた俺達を落ち着かせることもできなかった。もしかして、育成は上手いけれど試合に勝つ為の戦術家ではないのかもしれない。

 俺から密かにそんな勝負師失格疑惑を持たれている下尾監督がチームに後半の指示を出す。


「後半だが基本的な戦術はこのままでいいぞー。当然負けている相手が攻撃的に出てくるのは予想できるよな。そこでキャプテンとアシカの両ボランチはしっかりと守備をしてからのカウンターがベースとなる。特に前へ出がちなアシカはポジションを上げ過ぎないようにしろよ。もし前へ出るとしてもあくまで囮としてだ。一点取ったアシカが囮になればDFラインも乱せるはず、かく乱の為にオーバーラップする振りだけでいいぞ。アシカは後半は専ら守備にその力を使ってくれよ。次に当たる相手にもわざわざその攻撃センスを見せびらかさないでもいいだろう」

「はい」


 返事をするがちょっとその声は暗くなる。やはりどちらかというと華やかな攻撃的ポジションへの未練が捨てきれない。ましてやこの試合がおそらくは全国のサッカー関係者の目に留まるかと思えば、目立つようにアピールしたくもなる。

 だが、それよりもチームの勝利が優先だ。負けていてどうしても得点が欲しい場合などは多少の無茶は許されるが、リードしている展開では俺が勝手なプレイをするとチームとしての戦術的な意思統一が乱れてしまう。ここは監督の指示通り後方に控えてボランチとしての仕事――チームの攻守のバランスをとり、空いたスペースを埋めてパスを左右に的確に散らしてゲームをこちらに有利なようにコントロールする――に専念するとしよう。


「それで、攻撃の方は山下を中心に基本的にはカウンターなのは言ったとおりだ。それとボランチが二人残っている分サイドアタックを効果的に使え。両サイドも右が上がったら左は下がるといった釣瓶の動きをしっかりすれば攻め上がっても問題ない。その場合はボランチがサイドの上がったスペースを埋めるように動けよー。

 最後に攻撃はしっかりとシュートで終わるのは徹底しようか。細かいパスでつなぐよりより山下かアシカからのスルーパス一発でセンタリングかシュートまで持っていくような形にしよう」 

「はい!」


 全員が声を揃えて答える。うん、少し防御に比重を置いた作戦ではあるけれど堅実な指示だ。それを聞いた俺は胸をなで下ろす。

 もしかして舞い上がった監督が、無理な作戦を提示するんじゃないかと心配していたのだ。だが俺達と同じく前半を終えてその緊張も解けたようだ。ベンチに対する信頼感を取り戻した俺は手を挙げる。


「なんだアシカ?」

「中盤でパスを回す際には十五番のボランチに注意してください。あいつわざとパスコースを開いて罠を張っていますよ。影が薄いので大変ですが、パスを出す前にあいつのポジションを気にしてください」

「ああ、あの十五番か。アシカと同じ三年なのにスタメンだから気にはなってたんだがなー。出場していた試合数が少なすぎて分析できなかったんだ。なるほど、つまりアシカみたいな奴が中盤で守っていると想定して戦えばいいんだな。よし、みんな聞いてただろう。アシカが相手チームで守っていると思ってやれよー」


 今回は素直な「はい」という返事はなく「えー」「やだなぁ」とか「アシカの身代わりなら一発ぐらい殴ってもいいかな?」などと物騒な発言まで漏れてくる。先輩達は俺を一体何だと思っているのか問い質したいな。

 でも、そんな軽口を叩けるようになっただけチームの雰囲気は軽く柔らかくなっている……まあそうとでも思ってないとやってられないのが俺の本音なのだが。


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