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やり直してもサッカー小僧  作者: 黒須 可雲太
第一章 小学生フットボーラ―立志編
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第三十二話 先輩のキックを見守ろう

 ようやく戦闘態勢に入った俺達矢張SCだが、全国レベルの相手に一点のビハインドは精神的に辛い。できるだけ早く同点――いや前半の内に逆転までしておくべきだ。

 ボールをセンターサークルにセットすると、闘志を込めた視線で相手のイレブンを睨みつける。だが思っていたように殺気を込めて睨み返されるとか、そんな事は全くなかった。むしろ相手もそわそわしていて、ボールがセットされてもまだ得点したFWが他のチームメイトと笑みを交わし合っている。これは……敵も浮ついているのか?

 そうか、相手も小学生なのだ。俺達と同じで初出場組のチームが全国大会の初戦で緊張しない訳がない。それが開始一分もたたない内に願ってもない先制のゴールを決めたのだ。まるで夢見心地になり浮き足立たないほうがおかしいだろう。


 なら速攻だ。

 瞬時に作戦を決めると山下先輩に話しかける。全体的な戦術ならばキャプテンだが攻撃に関しては山下先輩と相談した方が早い。


「向こうもまだ試合に入り込めていないようですから、ドリブルで突っかけましょう」

「判った。俺とアシカのどっちがいく?」

「俺が行けるとこまで行きます。その間に先輩はマークを外していて下さい」

「うしっ、了解!」


 力強く俺の肩を叩くと「ちゃんと届けろよ」と念を押して前へ出た。こういう時は割り切りが速いこの先輩と組むと楽だ。力量も信用できるし、自分のプレイをこなせば山下先輩もしっかりとそれに応えてくれるはずだ。

 さて、ここで俺が速攻の中でもなぜドリブル突破を選んだかというと、相手のディフェンスが浮ついていると想定したからだ。集中していない状態でも目の前に来たパスならばボールをカットすることはあるが、スピードのあるドリブルならば止められない。もしくは無理に止めようとしても余裕がない為にファールになる確率が高いのだ。


 試合再開のホイッスルにFWから渡されたボールを山下先輩が後ろに下げる。そのパスを俺は前へ加速しながら受け取った。リスタートの上にまだ自陣なので当然ながらマークなどついていない。邪魔されるものがない俺のドリブルはセンターラインを越える時にはすでにトップスピードにまで達していた。

 俺の奇襲ともいえる中央突破に慌てて相手もピッチの真ん中に集まってくるが、明らかに反応が鈍い。前でコースを切られるタイミングで隣を走る山下先輩とのパス交換をすると、どちらをマークするのか迷ったのか中途半端に立ち止まっている。

 想定通りに気を緩めた隙への速攻が功を奏して敵のディフェンスを混乱させていた。いくつかFWへのパスコースが空いてはいるがここはあえて無視して強引にドリブルで進む。

 しかし、さすがに危険なエリアまでは一直線に通してはくれないようだ。バイタルエリアに入る前にマークが二人も寄ってきた。この辺が潮時だと、俺と同等のスピードでここまで駆け上がってきた山下先輩にパスを出す。


 待ってましたとばかりにトラップしたボールをぐんぐん前へと進めていく。主に俺にだけ注意していたのか先輩のマークが雑になっている。おそらく相手も県大会レベルではきっちりマークの受け渡しなんかが出来ていたのだろうが、そんな初歩的な事でミスが起こっている。これが全国大会のプレッシャーか。

 まあせいぜいが苦しんでくれ、なにしろこっちもプレッシャーに晒されたせいで先制されているのだ。相手も少しは硬くなってくれないと不公平ってもんだよな。

 

 その時顔を引きつらせた敵のDFと山下先輩がぶつかった。いや明らかに相手がぶつかってきた。スピードにのった先輩のドリブルに横から体当たりの格好で、二人がもつれるように転がったのだ。

 すぐさま審判のホイッスルが響き、矢張SCにフリーキックが与えられる。それより今は先輩が無事かどうかが問題だ。


「山下先輩、大丈夫ですか?」


 一番近くにいた俺が衝突現場まで当然早くたどり着く。芝の上に横になっているが、山下先輩は上手く受け身をとったのか「いてて……」と芝で擦った膝を気にしているぐらいだった。よかった、これなら酷い怪我はしていなさそうだ。

 集まってきたチームメイトに「大丈夫そうです」と安心させ、ベンチに座る監督に向けて両手で丸のサインを送る。これで判ってくれるだろう。


「おい、せめて俺の大丈夫って返事を聞いてからオーケーのサインを送れよ」


 とまだ横になったままぶーぶー言う先輩は無視の方向で。

 それより、こんな目立つファールをした相手はと見ると。どうやらこっちは受け身に失敗したのか、腰の辺りを押さえている。あ、しかも審判からイエローカードまで出されたか。ま、故意のファールだけど結果的に山下先輩に怪我はなかったし相手は倒れて呻いている。そして、まだチャンスは続くんだからレッドカードが出ない判定にも文句はない。


「アシカ、フリーキックは俺が蹴るぞ」


 山下先輩がいつの間にか立ち上がって宣言する。こういう得点になりそうな場面では率先して立候補するんだよなこの人は。PKなどの時で俺がもらった場合でもFWより早く「自分が蹴る」と言っていたしな。まあ、ここは先輩が取ったフリーキックなのだ。山下先輩が蹴るのに誰も反対はしないだろう。それでも一応は念のために確認だけはしておこうか。


「もう蹴れるぐらい回復したんですね? なんなら俺が蹴ってもいいんですよ」

「いや、いい俺が蹴って直接入れる」


 そう断言してから小さな声で付け加える。「アシカのフリーキックは秘密兵器だし、ゴールまでちょっと距離があるここからはパワーのある俺の方がいいだろう」との事だ。これは本心なのか、それとも自分で撃ちたいだけなのか。ひとまず、エースのお手並みを拝見しましょうか。最後に「新ボールなんで吹かさないようにだけは気を付けてください」と伝えてキッカーを認めた。


 ついさっまで倒れていたとは思えない軽快な足取りで審判からボールを受けとると、指示された位置より微妙に前にセットする。

 フリーキックを与えられた地点はゴールの正面で、直接狙うには少し遠めかもしれない。だが山下先輩が「直接狙う」と宣言してるんだ、間違いなくシュートするだろう。それが直接入るかは判らないが、壁に当たったりキーパーに弾かれてルーズボールになった場合のフォローも必要だ。早く同点に追いつきたいので、DFを残して俺達矢張SCも前のめりなフォーメーションになる。

 いつでもいいぞとピッチ上の全員の集中が高まった時、審判の笛が吹かれた。

 山下先輩が力強く踏み込んでキックを放つ。鋭い弾道のシュートが壁を巻いてゴール右上に突き刺さった。

 キーパーが一歩も動けない程の文句の付けようのない見事なゴールだ。山下先輩って思ったより上手かったんですね、絶対止められるからとこぼれ玉を押し込む気満々でしたよ。


「見たか、俺がエースだ!」


 天に拳を突きたてて吼える山下先輩にチームの全員が集まる。観客に自分のアピールをしていた先輩は自分に魔の手が迫ってくるのに気が付かない。「アシカもちゃんと見て……おや全員揃って何を、あ、頭は痛いからやめてって、うわっ今のはまじで痛かったぞー」と人の渦の中心になっている。うむ、みんな楽しそうでなによりだ。

 誰よりも先に一発叩き込んだ俺は素早く離脱すると、口元の笑みを噛み殺して相手チームを観察する。

 さてこの同点弾でさらに落ち着きをなくしたか、それとも俺達みたいに目覚ましの一撃になってしまったか。果たしてどちらだ?


 敵は失点したにも関わらずキーパーを大声で励まし、お互いが忙しく声をかけ合っている。明らかに先ほどのリスタート時より雰囲気が締まっている……復活したか。まあ相手も全国まで勝ち上がってくるチームだ、パニックになったままで簡単に押し切れる相手だと甘い予想は捨てたほうがいいな。

 だとしたら――ここからは総力戦だ。


「先輩方、もうすぐ試合再開ですよ! 気合入れなおしていきましょう!」

「おう!」


 俺の檄にチームメイトが応える。中には「またキャプテンなのに台詞とられた」とか「あいつに張られた後頭部がまだ痛い」だの文句が聞こえるが、そんな雑音を気にしていては何もできない。監督は俺達の方が実力は上だとかしたり顔で解説していたが、そんなデータは現在の試合には関係ないな。大体初の全国大会出場の俺達が相手を格下に見下しているのが大間違いなんだ。

 これから対面する相手は全部強敵、向かってくる相手は全てライバル。そう思い込んで対処しなければ大怪我してしまいかねない。

 さあ、行くぞ。


 

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