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やり直してもサッカー小僧  作者: 黒須 可雲太
第一章 小学生フットボーラ―立志編
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第三十話 応援をよろしくお願いします

 全国大会に向けて矢張SCは着々と準備を進めていた。とはいっても練習そのものは普段と変わらずに完成度を高めるだけだったために、何の準備が進んだかといえばそれは試合とは直接関係のない準備である。

 全国大会に行く為の宿泊の準備から移動の手配、選手や両親への告知など俺とは関係ない所で大忙しだったようだ。「正直な話、うちが県大会を勝ち抜けると本気で信じていた大人は一人もいなかったから誰も準備なんかしてなかったぞー」とは監督の談話だが、あんたもうちのチームを信じていなかった一人かい! とクラブの全員で突っ込むなどといったちょっとした騒動をよそに、チームとしてはなかなかいい感じで仕上がってきたと思う。


 レギュラー陣の顔ぶれに変化はないが、県大会を勝ち抜いた事で連携はより深まっている。やはりこれまでどんなに練習しても埋めきれなかった経験を、トーナメントという厳しい舞台で手に入れられたようだ。ミニゲームにおいても俺が本気で鋭いパスを出そうとするとタイミングに合わせた動きをしていたのは山下先輩ぐらいだったのが、大会以降はFWも徐々に満足できる反応をするようになっている。


 ディフェンスにしてもラインの上げ下げやプレスのかけ方などの呼吸が合うようになって、パスカットやオフサイドを簡単に取れるようになった。組織的な守備としては一つ上のレベルに上がったんじゃないかと自信を持てるようになったな。県内レベルであればそうそう点を取られる事はないと胸を張って断言できる完成度だ。


 俺の個人的な練習もまあ順調と言って間違いはないだろう。朝練では今まで通りの個人技術の上達と一対一を重視したトレーニングである。劇的な変化はないが毎日少しずつ技術が上がっていくのが実感できるのが嬉しい。基本的なボールタッチの柔らかさだけならば前世での全盛期に並んでいるんじゃないかな。

 それに、最近は二人の先輩とも距離が近くなって、俺も面倒だとストレスに感じなくなったのはいい。

 だが、時々山下先輩が「あれを取ってこい」「これを取ってこい」と用事を言いつけるのにはイラッとくる。頼まれた物を渡す時に彼の頭をポンと叩くようにして渡していたら怒りだして雑用を俺に頼むのは止めたが、なんであんなに怒ってるんだろう。


 朝練の公園ではシュート練習もするのだが、徐々に俺の決定力も上がっている。監督の助言を受け入れて最初はぎゅっと目を閉じてシュートを撃っていたのだ。だが、むしろ足下のボールを見る事によって上体が起きないし、より確実に狙ったコースへ蹴れるとシュートの時は周りを見ないですむようにうつむく格好にしたのだ。するとミニゲームの途中で「アシカはシュートを撃つ時下を向く」とばれてしまい、今度はそれをカバーするためにパスやシュートのフェイントを入れる時まで下を向くプレイスタイルになってしまった。

 おかげでよりトリッキィなスタイルとなり「むしろ視線の先にボールを蹴る方が珍しい」とまで言われるようになったのだ。どうもだんだんと色物的なキャラクターとなり、俺の理想とする堅実で正統派のゲームメイカーという理想像から少しずつずれてきたように感じられる。


 そしてメインになるクラブでの練習だが、これは随分とハードになった。なにしろ監督が、


「アシカにも厳しくチェックに行け、でもお互い怪我しないように」


 と命じたせいで、マークがきつくなってミニゲームの最中に全く気を抜けなくなったのだ。さらに、そのミニゲームが終わると俺だけは監督に命じられたダッシュのトレーニングだ。短い距離でも全力で走るとかなり疲れる。だが、そのダッシュとジョグの組み合わせのノルマを終えるとまた次のミニゲームが始まる時刻になる。

 最初はやってられるかと切れそうになったのだが、なんとそのダッシュにチームメイト全員がついてくるようになったのだ。これでは文句を言っても、俺が駄々をこねているとしか思えない。


 監督も「お前等なんでアシカの練習につき合ってるんだ?」と尋ねられた時も「俺達もおいて行かれたくないから」と答えられては反対のしようもない。

 次の「そうか……ではなんでアシカだけが仰向けに倒れてるんだ?」との問いには「アシカはスタミナがないから」と全員で答えやがった、ちくしょう。俺の体力増強メニューをチームメイトがこなしたらますます差が開いていきそうでちょっと怖い。いや、敵ではなく味方の体力がアップするのは喜ばしいはずなのに素直に祝福できないのは俺の性格が曲がっているのだろうか。


 そして最後に、俺が監督へ要求した練習後の大会用の新しいボールを使ったトレーニングである。

 うん、このボールは新素材を使用しているだけあって軽くてよく飛ぶ。キーパーからすれば厄介だろうが、フィールドプレイヤーとしては力加減を間違えて上に吹かさないように注意が必要だがそれ以外は問題なさそうだ。いや、問題ないどころか幾つか思いついた手もある。それをこの時間で実験しているのだ。全国大会まで物にするのは大変だが、新技の開発はどうしても燃えるな。つい熱が入って時間を超過しては監督に怒鳴られるのが日常と化していた。


 

 そんな練習に明け暮れている毎日だったが、ある日に母と朝食を一緒に食べていた時だった。


「ごちそうさま。今日も美味しかったよ」

「はい、お粗末様。あ、速輝ちょっといい?」

「うん、何?」


 もう夏休みに入っているから多少の時間の調節はできる。どうせこれからも個人練習の後にクラブへ行くだけしか予定はないのだから。


「うん……そうね、夏休みの宿題はちゃんとやってる? あんまりサッカーばっかりやって勉強もしなくちゃ駄目よ」

「ああ、夏休みの宿題ならもうほとんど終わってるよ。あとは日記とか自由研究とかどうしても時間がかかるのだけが残ってる」

「あ、そうなの」


 と真面目に勉強もしているとアピールしたのにまだどこか浮かない表情だ。


「速輝はなんでサッカーをやっているの? 私もスポーツは好きだけど、応援に行ってちょっと怖くなったの。速輝が顔を蹴られて口の中を切ったり、走り回って足をつったりしたのを見てたらこんなにきついのに何でやってるんだろうって……」

「別に大した怪我じゃないし、もうどこも痛い所なんてないよ」

「うん、それは判ってる。大丈夫って速輝が言ってるのに心配だったから病院で見てもらったけど、問題ないってお墨付きをもらったものね。でも、やっぱり怪我したのは事実じゃない。速輝は勉強も出来るんだし、他にも安全なスポーツだって一杯ある。無理してきついサッカーを続けなくてもいいのよ?」


 心底俺の事を心配してるのが伝わる言葉だけにどう答えればいいのか迷ってしまう。確かにサッカーは接触プレイがあるだけにスポーツの中でも怪我をする危険は大きい方だ。危険性の無いスポーツなど存在しないが、少しでも怪我をする可能性を低くしたいのもまた親として当然の感情だろう。


「でも、俺はまだサッカーを始めて間もないのに、もうレギュラーで全国大会に出場できるほど上達したんだよ。ここまで来てやめるのはもったいないじゃないか」

「うん。でもこの短期間でそんなに上達したって事は、元々速輝の運動神経が良かったからじゃないの? だったら他のスポーツをやり始めても同じようにすぐに上達するわよ」

 

 ……しまった。前世からの技術や経験の持越しなんかを説明してないせいで、俺の基本性能が凄く上の方なんだと誤解されているようだ。そうじゃない。俺は学校の勉強もサッカーのスキルもこれから十年以上かかって覚える事を前倒しにして覚えているにすぎないんだ。インチキをしている後ろめたさが俺の腹に石が乗ったような重さを感じさせる。

 ここは口先で誤魔化せる場面じゃないよな。十年以上も未来から戻って来たとかそういったSFっぽい話はできないが、自分の本心をさらけ出さないと納得してくれそうにない。


「うん、もしかしたら他のスポーツをやっても上手くいくかもしれない。勉強に力を入れれば受験は上手くいくかもしれない」

「だったら」

「でも、それじゃ駄目なんだ」

「どうしてなの?」

「俺はサッカーの事が好きだから」


 俺の力を込めた言葉に「そう……」と頬に手を当てて何やら考えているポーズをとった。しばらくすると「仕方がないわね」と苦笑して認めてくれた。


「速輝は最近わがままを言わなくなったのに、これだけ頑固に続けたがるって事はもう誰が言っても止めないでしょうね。だったら母親としては全力で応援してあげるしかないじゃない」


 ――ああやっぱりこの人は俺の母親だ。いろんなイレギュラーがあってもこの人は味方でいてくれるんだよな。


「ありがとう」

「ただし!」


 びしりと空気を引き締めて、これだけは守ってもらうわよと目に力を込めて約束させた。


「学校の成績が下がらないようにする事! いいわね」

「も、もちろんです」



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