第二十九話 全国に向け進化しよう
「おーし、みんな昨日は頑張ったな。そのおかげで我が矢張SCは全国大会にいける事となった。まずはめでたいな、ぱちぱちぱちと。よし、それでこれからの全国大会に向けたトレーニングだが……今までどおりでいーぞ。どうせ後二週間で大会が始まるんだし、今更あれこれやっても変わらないって。それどころか悪影響すらあるかもしれん。何しろこれまでの練習で県の王者になったんだから、自信を持ってこれまでの練習の精度を高めていこう」
「はい!」
「んじゃ、いつもどおりに楽しく、全力で、怪我をしないように練習しろよー」
ぽんぽんと手を叩く。昨日の県大会優勝の後の挨拶としてはいささか気が抜けたような言葉だ。だがそんなのんびりとした態度が下尾監督には似合っている。この監督が急に熱血する姿などちょっと想像できないし、してほしくない。
「あ、それと全国大会で使用する公式球はこの新しいボールだとさ。一応三つは貰えたから大切に使って、感触を確かめておけよー。特にキーパー、ちょっと変化が大きいみたいだから慣れておかないとポロポロ失点するそうだぞー」
それは結構重要なのでは、少なくともついでで言うべき事じゃないだろう。ん? まてよ。新しいボール?
「監督、練習後でもいいですから新しいボールを少し使わせてもらえますかね?」
手を挙げた俺を監督はちょっと胡散臭そうな表情で見つめるが「ああ、まあ三十分ぐらいならいいぞ」と許可を出してくれた。よしこれで新しいボールで色々と試せる。
俺がにんまりとしているとなぜか周りの人間も訝しげに眺めているようだ。大会後から妙に注目を浴びるようになったが、やっぱりどこか鬱陶しいな。まああまり気にし過ぎてもストレスが溜まるだけだ、できるだけ気がつかない風を装っておこう。
「じゃあ、練習開始ー」
と開始を告げる監督が不意に「あ、アシカはちょっとこっち来い」と手招きした。
「なんですか?」
「おー、アシカの欠点が実践であからさまになったからな、それを克服する訓練をするぞ」
「……特別な練習はしないって」
「まあ、特訓というほどじゃなくて追加のトレーニングだ。お前のスタミナ不足を補うために、ミニゲームの休憩ごとに二十メートルダッシュを十本やれ。短距離を全力で走ればトップスピードとスタミナが強化されるからな」
「スタミナ付けるのは長距離を走るのかと思いましたが」
「走り込みなら今でもやってるだろ? それにサッカーのスタミナとマラソン選手のスタミナもまたちょっと違うからなぁ。ま、全国大会までに効果があるかは怪しいが今の内からやっておいて損はない。スピードもスタミナも本来はじっくりと長期的計画でやらないと身に付かないが、今種を蒔いておかないとなかなか花は咲かないからなー」
「な、なるほど」
と感心した俺に「ま、花を枯らさないぐらいの頑張りでやるんだぞ。水や肥料をやりすぎても駄目なように、あんまり無理なトレーニングは成長途中のアシカの体を壊すから、決勝戦みたいな無茶はよせ」と少しシリアスな雰囲気で注意を追加する。
「なるほど、判りました。ダッシュの件は了解です。それにしても監督は園芸もやってるんですか? 花なんかの例えを出すなんて」
「え? 俺の趣味が園芸って知らなかったのか? 俺は毎年サボテンを買ってはその度に花が咲く前に枯らしているぞ」
「……サボテンってほっといてもなかなか枯れたりしないんじゃ、それを趣味で毎年やって枯らしてるって……」
「ま、まあとにかく。アシカの弱点克服パートツーだ」
仕切り直しをするように監督は声を張り上げた。まあ、俺とあんまり関わりのないことで突っ込むのも無粋かと思っておとなしく続きを待つ。
「アシカの最大の欠点――決定力の改善だ」
「俺も色々と努力はしているんですが」
その努力が実を結んでくれないから、俺の返答も歯切れが悪い。簡単な解決法があるのならそれこそ教えて欲しい。
「うん。その一環として今日のミニゲームではFWをやれ」
「は?」
「とにかくシュートをじゃんじゃん撃ってみろ。それで何か判るかもしれないし、万が一準決勝で点を取った事で呪いみたいなものがなくなったかもしれん」
「わ、判りました」
――とりあえず今日最初のミニゲームでは俺はFWとして戦う事となった。
◇ ◇ ◇
俺を急造FWにしたミニゲームが終わり、俺と監督とキャプテンと山下先輩の四人で顔を合わせていた。話題はもちろんさっきのゲームにおける俺の活躍だ。なんと撃った十本のシュートの全てが枠内。キーパーやDFの誰にも触れさせなかったのだ。
「まさかここまでとはなー」
「足利のシュート力を見誤っていましたかね」
「俺でも十本連続は無理だぞ……」
と三人が「十本連続でバーに直撃させるなんて」と口を揃える。え? ゴールバーに当たったのって枠内だったっけ? というか枠そのものだろうか? という疑問は置いておいて。とにかく俺のシュートは見事に敵のディフェンスをかいくぐり、バーに当たり続けたのだ。結果的にそのこぼれ球を仲間のFWが三回押し込んで、俺の所属するチームが勝利したんだが、どう考えても喜べないな、これは。
「どうしてシュートが入らないんだろうな。アシカの他のパスやキックと同様におかしな部分は技術的には見当たらなかったぞー」
「ええ、よくキーパーやDFの動きを観察していましたし、シュート前のスペースを見つける目も大したものでしたね」
「でも、俺なら目をつぶってでも入れられるようなコースからもバーに当ててるんだよなぁ」
全員が腕を組んで「うーむ」と考え込む。とそこで下尾監督が小首を傾げて尋ねてきた。
「なあアシカ。お前は時々ノールックでパス出したりしてるじゃないか。あれって普通の視線をパスを出す方向へ向けていないぐらいじゃないよな?」
「ええ、まあ……」
と言葉を濁して答える。さすがに世界的選手になれば別だろうが、今の俺が鳥の目を持ってるんですと説明するとオカルトっぽくなるからな。すると監督が「なるほど視覚に頼らずイメージする能力が高いんだな」と一人合点する。
「つまり体操選手なんかがどんなに激しく回転しても鉄棒を掴めたり着地できるように、目だけに頼るんじゃなくて周囲の状況をイメージして把握できるってことだ」
「はぁ」
頼りない返事をする先輩方に「じゃ目をつぶっていてもなんとなく周りの様子が判る力とでも思っておけ」と切り捨てる。ただここではあきらかに監督の推測は外れている。鳥の目はそういうなんとなく判るといった勘のような物ではなく、はっきりと脳裏に映像として認識できているのだから。だが、ここはそういうものだと頷いておいた方が話は進みそうだ。
「でもそれがどうしました?」
「つまりアシカはよく見てシュートを撃っても入らないんだよな? なら目をつぶって撃てばいいじゃないか」
「……」
「いや、冗談ではなく本気で。ゴール前では一瞬の隙しかない。生粋のストライカーなんかはゴールとキーパーだけを見てシュートを撃つが、アシカは考えすぎなんじゃないかな。ゴールとキーパーに加えて敵DFと味方FWの位置にアシストした方がゴールする確率が高いかまで計算しながらでは、まだアシカの能力じゃ処理し切れていないから微妙なズレが出てシュートが入らないんじゃないか?」
……一理あるかもしれない。ただでさえ時間のないゴール前で、普通の視覚情報に加えて鳥の目の情報まで利用しようとしたら処理しきれずにパンクしていたって事か。納得できる仮説……かなぁ? まあ他に仮説があるわけでもないし、俺には今度神社に行ったらお賽銭を弾もうというぐらいしか対策がなかったんだ。とりあえずその線で考えてみよう。
「じゃあ、実験してみようか」
監督がキーパーを呼び俺にペナルティエリアのすぐ外からフリーキックを撃たせる。よくキーパーの動きを観察し、逆を突くつもりで右足を振り抜く。結果は……まあ、想像していた通りクロスバーを直撃した。
「今度は目をつぶってみろ」
ふてくされたい気持ちはあるが、僅かにでも決定力不足が解決される可能性があるのなら馬鹿らしくてもやるしかない。
瞳を閉ざすが、俺には何の関係もない。鳥の目によってゴールの位置もキーパーの動きも脳裏に映し出されている。そのまま助走をつけてキックする。すると脳裏には見事にゴール左上隅に突き刺さったボールが映る。
「え?」
全員が疑問の声を上げるが、俺が目を開いてもゴール内に転がっているボールが今の光景は嘘ではないと証明している。
「まさか本当に入るなんて……海水浴のスイカ割りみたいに空振り失敗したのを笑ってやろうと思っていたのに」
おい、一人で「アシカ、恐ろしい子!」とおののいている監督よ、貴様は冗談のつもりだったのか?
「いや、本気だ。本気で笑うつもりだったんだ」
駄目だ。この人には口は勝てそうにない。俺は会話を切り上げてもう一度目をつぶりシュートを放つ。今度のキックはキーパーの読みがあたったのかパンチングで防がれた。
「ま、百発百中ってわけにはいかんか。そりゃ目をつぶったとたん外さなくなったら俺も怖ーしな」
「僕はまだ半信半疑ですが、確かに目に頼らない方が決定力は上がっているようですね」
「え? それでいいのか本当に?」
山下先輩が一人常識人のようにうろたえているが、サッカーにおいてはゴールすれば全ては正当化されるのだ。山下先輩のちょっと傲慢な態度が許されているのもゴールゲッターとして買われているからなのだ。
とにかく、効果があるのかまだ不明ではあるが俺の決定力解消への道は開かれた。いや「目を閉じて撃て」とか「考えるな感じろ」とかいうアドバイスをドヤ顔で送ってくる監督の示唆によるものだというのが微妙に不安を感じさせてはいたのだが。




