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やり直してもサッカー小僧  作者: 黒須 可雲太
第一章 小学生フットボーラ―立志編
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第二十八話 今だけは優勝を喜ぼう

 皆が監督の胴上げをしてるのを遠巻きにして眺めていると、自然と頬が緩んでくる。これは試合中の敵に牙を見せつけるようなものではなく、自然に自分の中からこみ上げてきた暖かなものだ。

 本来であれば、俺も一緒に胴上げに参加したいのだが両足の筋肉のつりは収まったとはいえまだ完全には回復してはいない。無理に動かさずに自重しておくべきだろう。


 小学生が下から大人を上げているせいで高さの物足りない胴上げが終わり、いつも着ているジャージがさらにくしゃくしゃになった監督が地面に両足をつける。話に良く聞くように落下して怪我しないかちょっと心配だったが余計なお世話だったようだ、ちっ運がいいな。……いや俺は監督を尊敬してますよ。


 誰にともなく言い訳している内に、気が付くと山下先輩が隣に立っていた。この人も要領がいいから力のいる胴上げは適当な所で切り上げてきたんだろう。

 胴上げよりもむしろ俺の方が気になるのか、ちらちらと横目で見ているようだ。ここはこちらから声をかけてあげるのが後輩としての礼儀だろう。


「山下先輩もお疲れ様でした。最後のパスを良く決めてくれましたね、あれはナイスシュートでしたよ」

「お、おう。まあほら俺ってこのチームのエースだしな。なんだか最近お前が目立っているような気がしたんでちょっとだけ本気を出してみた。そういえば、お前もナイスアシストだったぞ。俺へのパスが少ないって反省したのかここん所の二・三試合はいいパスよこすようになったなぁ」

「……別に山下先輩を特別扱いした覚えはありませんけどね。ただ先輩がいいポジションにいるから結果的にそういう事になってるだけかと」


 俺の言葉に気を悪くするかと思ったが、山下先輩はにんまりと笑った。どうしたんだろう、気分屋なこの先輩が後輩である俺にこんな口を利かれても怒らないなんて不思議だ。

 それどころか俺の首に腕を巻きつけるようにして肩を組んで「へっへっへ」と含み笑いをしてくる。


「そう言うなって、お前が俺の事だけは信用してるの判ってるんだから。試合中にあそこまで名指しで任せられたら、先輩としては頑張らなくちゃいけないだろうーが」


 とにやにやした表情で「うりうり」と首を引き付ける。

 げ、そういえば今日の試合でアシストしたラストパスで「山下先輩任せた」みたいな事言ったっけ。いつもは「ゴール前に詰めろ!」とかだけだったから印象が変わったかもしれないな。いや、鳥の目で見ても山下先輩が最適の位置にいただけで他意はない。そりゃ朝練を毎日一緒にやってるからそのシュート技術に安心してパスが出せるとかもちょっとは考えたけど、ちょっとだけだぞ。

 俺は山下先輩をどちらかといえば友達よりもライバルだと認識しているために、こういう風にフレンドリーに接されるとどうしていいのか困惑する。


「へえ、足利が名指しで頼るなんて。それは珍しい事を聞いたね」


 ふむふむと頷きながら話に加わってきたのはキャプテンだ。さっきまで胴上げの輪の中心にいたはずなのに、いつの間にか俺達の隣に立っている。こんなにすっと人の懐に入るのが上手いのは、ディフェンスでマークが得意なのと関係があるのだろうか。俺が未だ首を抱えられたまま頭の片隅でそんな事を考えていると、また違う声がかかった。


「うんうん、アシカが誰かに頼るなんてちょっと信じられないねー」


 とスタメンの長身FWが言うと集まってきた皆が「うんうん」と同意している。なぜチームメイト全員がこっちに来る。ほら、監督が寂しそうな仲間になりたさそうな目でこっち見てるじゃないか。

 その言葉が聞こえたかのようにキャプテンが答えてくれた。


「不思議そうな顔で僕達を見ているね。なぜこっちに来たかというと――足利を胴上げするためだー!」

「うえっ!」


 驚愕でおかしな声が出た。ちょっと待て、俺は別に胴上げされるほどの事は……。とお断りしようとしたのだが、お構いなしに先輩達に抱え上げられてしまった。

 いつになくノリノリのキャプテンが音頭をとる。


「では、次にルーキーなのに大活躍。攻撃に守備に走り回って最後には足をつるほど頑張った足利の胴上げだ!」

「おー!」

「いや、有り難いけど結構です」

「みんな落とすなよ。一応怪我人なんだからな」

「おー!」

「そうじゃなくて! 怪我してるんだから勘弁してくださいよ!」

「じゃあ行くぞ、足利は軽いからどこまで上がるか記録に挑戦だ!」

「おー!」

「俺の意見は無視ですかあぁあぁあぁ!」


 と抗議する声までもが胴上げで波打ってしまう。上空に二・三度高々と跳ね上げられて地面に降ろされた。今のは絶対胴上げじゃなくて人間の手でやる逆バンジーとかそういった絶叫マシンっぽい奴だぞ。空中で何回転したんだか本人にも判らないのは胴上げとは呼べないはずだ。微妙に足下がふらつくがこれは疲労や筋肉のつりが原因ではなく、三半規管へのダメージの影響である。

 さすがにこの祝宴ムードの中で恨み言は口にできないが、目つきが悪いと評判になりつつある目つきに涙を滲ませて周囲を睨みつける。そこにうっぷんを晴らせる獲物を発見した。こちらをにまにまと楽しそうに眺めている山下先輩だ。そういえば先輩、さっき俺を胴上げする時は随分力強く押し上げてくれましたね。

 俺がたぶん今までに見せたことのない満面の笑みで接近するのに何かを感じたのか、山下先輩が急に体を震わせると後ずさろうとする。駄目ですよ先輩、俺の感謝を受け取ってください。


「胴上げどうもありがとうございました。でも僕だけじゃなく、決勝ゴールを決めた尊敬すべき山下先輩も祝福してあげるべきですよ!」

「え?」


 山下先輩の体が石像のように固まる。


「ははは、アシカは冗談が上手いなぁ……。てキャプテンなぜ俺を抱え上げてって。あぁあぁあぁ」


 くけけけ俺を陥れた罰だ。俺よりも高く上がってやがる、怪我人の俺には少しは配慮して手加減をしていたみたいだ。俺も痛む足を引きずって下に入り、頭上に落ちてくる山下先輩の後頭部にぺしぺしと平手で攻撃する。

 胴上げから降ろされた山下先輩はしばらくうずくまっていたが、やがてふらついた足取りでこっちに近寄ってきた。やばい、彼の目が血走っている。

 ここは逃げるが上策とくるりと背を向け逃走を開始したのだが、


「あ、足がまだ痛い」

「うう目が回る」


 まるで二人の酔っぱらいの追いかけっこの様な有様になってしまう。そこに「おー、二人とも胴上げ気持ち良かったかー」と監督が乱入する。いや、気持ちよかったらこんな所で仁義無き戦いをしているはずがないだろう。

 非難を視線に乗せ頬を膨らませる俺と山下先輩に対し「そっかー」と監督はぽりぽり頬をかく。


「いや二人が寂しそうだったから俺がキャプテンをけしかけたんだけどなー」

「あんたが黒幕かー!」

「うむ、そうだ。全ての計画は監督が立てる。それが何か問題あるのか?」

「ぐぬぬ」


 と熱に浮かされたようにしばらく馬鹿騒ぎが収まらなかった。


  ◇  ◇  ◇


 胴上げされる同期の桜に胸の中がちくりと痛むのを抑えきれなかった。少し運の天秤がこっちへと傾いてくれたら俺があそこで宙に舞っていたかもしれなかったのにな。

 だが嫉妬を覚えるより先に監督としてしなければならない事がある。


「お前達、決勝戦まで良く頑張ったな」


 皆うつむいていて話している俺を見ようともしない。涙を流してしゃくりあげている少年もいる。まだ小学生に敗戦のショックを表に出すなと言うのは酷だろう。

 

「この決勝戦の負けは俺のせいだ。すまなかったな」

 

 頭を下げる俺に泣いていた一人が大声をあげる。


「そんな事ありません。俺が決勝に出られたらもっと……」


 ああ、このうちのエースストライカーが準決勝で負傷退場しなければもっと攻撃的に戦えたかもしれない。だがエースが怪我で出場できないのなんてサッカーではよくある程度の不運でしかない。それを覆せるだけの作戦を授けられなかった俺の責任なんだ。


「それは違う。監督ってのは負けた時に責任を負わされる為にいるようなもんだからな。その役割を奪うのは許さんぞ。それより……」


 少し離れた所で大はしゃぎしている矢張SCを指さす。


「あの光景を目に焼き付けておけよ。くやしさを刻みつけておけよ。涙を止めるなよ。そういった全てを忘れなければお前達はもっともっと強くなれる。将来サッカーでかどうか判らんがきつい状況に追い込まれた時に、今のこの状況を思い出せ。きっと逃げずに戦えるはずだ」


 ぽんと大きく手を叩く。


「物語の主人公は一度負けてから立ち上がれるから格好いいんだ。みんなでまた立ち上がろう、そうすれば今日よりずっと強く格好よくなれるはずだ」


 全員で「はい!」と返事をする。いい子達だ、だからこそポリシーを変えてでも勝利にこだわったのだが、それが返ってこの子達に迷惑をかけてしまったようだ。


「いい返事だ。じゃあ来年彼らを倒しにまたここまでこよう」


 そしてふと考える。あのアシカって子は三年生だったよな、あの幼さでもし敗北したとしたらその時に立ち上がれるのだろうかと。


  ◇  ◇  ◇


 馬鹿騒ぎを終えて、俺達は表彰状と優勝旗を手にしていた。開会式と同じほど長い挨拶は想定外だったが、その他の儀式は晴れがましいので勝者の義務というよりは権利でもある。

 一通りの表彰を終え、皆で写真撮影などをこなす。うちのチームは個人賞は俺の「最優秀新人賞」といった三年生だけの中から選ばれた賞だけだった。この新人賞にしても三年で出場している選手そのものが少ないのだから、どこまで権威があるのか判らない。


 それでも一ゴール差で得点王を逃した山下先輩などは執拗に絡んでくる「得点王って言ったってよー、準決勝で俺達が勝った相手のFWじゃないか。優勝を決めた決勝ゴールの俺をもっと評価するべきだよなぁ。そこら辺一人だけ個人賞をもらったアシカはどう思う?」

 どうも思いません。そう答えられたらどれほど楽な事か。そんな内心を押し殺す。


「そうですね、全試合通して二失点のあのキーパーのMVPは妥当かもしれません。準決勝ではPKも止めていたようですしね。そして得点王のFWもなかなかの得点能力だと思いますが、やっぱり身内びいきを抜きにしてもMFなのに得点王まであと一点に食い込んだ山下先輩は凄いとおもいますよ」

「やっぱりそうか? 俺もそうだとは思っていたんだ」


 いやーまいったなと前髪をかき上げる。優勝が決まって機嫌がいいのは判るが、クールな印象と随分とイメージが変わったな。ちなみにこの人はサッカー少年にしては長めの髪をしている。俺なんか面倒だし熱いからほとんど坊主に近いぐらいに刈り上げているんだが。


 収まらない馬鹿騒ぎの最中にふと思った。小学生という狭いカテゴリーとはいえ県でナンバーワンのサッカーチームになったんだ。そしてこれから先の大会では俺達は日本一を目指す。

 矢張SCとしては全国大会で優勝したとしても世界への挑戦はなく、そこで終わりだ。だが、この年代の選抜された者が日本代表として戦う事になっていたはずだ。大会で優勝し、活躍すればそのメンバーに選ばれる可能性もアップするはずだ。なんにしろこのサッカーというスポーツは世界と繋がっている。

 ――だとすれば意外と世界と言うのは近い。いや、日本も世界の一部なのか。

 だったら……これから一度も負ける事がなければ俺は自動的に世界一になれるはずだよな。

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