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やり直してもサッカー小僧  作者: 黒須 可雲太
第一章 小学生フットボーラ―立志編
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第二十五話 まだ見ぬ相手を目標にしよう

 俺は呆然と揺れるゴールネットと雄叫びを上げている足利を見つめていた。この右腕にはさっき振り払われるまでは掴んでいた足利のユニフォームの感触が残っている。

 何でこうなるんだよ? 足利はフィジカルが貧弱だったんだろう? なんでそんなチビな体でDFに向かってつっこんでゴールしてしまうんだよ。

 両腕を掲げている足利の周りに向こうのチームメイトが集まってくる。どいつもこいつも「もう勝った」といわんばかりに頬を緩ませて、あのチビの頭をはたいてやがる。


 得点された事よりもなぜかその人の輪に無性に腹が立った。

 俺に向けて審判が「今のプレイは本当ならイエローカードだからね」と警告してきた。判ってるよそれぐらい。それでもカードをもらったとしても足利を止めなければいけなかったんだ。

 俺は唇を噛みしめて立ち上がるとゴール内にあるボールを抱え、センターサークルにいるうちのFWに向けて蹴り飛ばした。この失点は俺の責任だ。マークしていた足利に得点されたんだから言い訳のしようがない。だが責任を追及されるよりも先にまだやらなきゃいけない事がある。


「急いで一点取り返すぞ! 相手はもう疲れてるんだ、延長まで持ち込めば絶対に勝てる。だから全員で上がってすぐ取り返そう!」


 手を叩いて皆に大声で鼓舞する。俺の意図に気が付いたのだろう他のメンバーも「よっしゃあ、ここから追いつけば伝説だな」と空元気でも冗談を言えるだけの気力が出てきたようだ。

 それでも一部のチームメイトは舌打ちして「お前が言うなよ」と聞こえよがしに呟いているが、それは甘受しなければならない。俺がマークを引き受けたはずの足利にゴールを決められたんだからな。

 でも嫌みを言われたのよりも、チームが一つになれていないのが痛い。


 相手は同点の時に気を緩ませたミスを繰り返さない様に、もう足利を中心にして残り時間を守り切ろうとお互いが声を掛け合いまとまっている。

 ――俺達の方が実力は上のはずだ。なのにどうしてこうなっちまったんだろう。 


 その疑問は試合終了のホイッスルが鳴るまで解かれることはなかった。


  ◇  ◇  ◇


 審判の笛に小さくガッツポーズをとると、俺は勝利の喜びと誰にも判らないであろう理由で鳥肌を立てていた。勝ったのはもちろん嬉しいのだが、今回の結果で明らかに俺の知っている歴史とはズレが生じたのだ。

 これから先は起こる筈の歴史を知っていても役に立たないかもしれない……。あれ? 今までに役に立った事あったか? というよりも俺が利用していないだけか。ならばこの感慨は前回の優勝チームである敵を下したことによる傲慢だな。

 スポーツは残酷なほど平等に弱肉強食が適用される世界で、勝った者だけが上に行ける。別にイカサマをした訳ではないのだ、本来の歴史をくつがえして実力で俺達が勝ったからといって誰も文句を言う奴はいないはずだ。よし理論武装終了。


「足利だったな、ちょっといいか」


 ……どうやら文句を言う奴がいたようだ。出来るだけ表情を消して、後半ずっと俺をマークしていた八番と対峙する。


「なんでしょうか」

「ああ……まずはおめでとう。午後からの決勝も頑張れよ」

「あ、はい。ありがとうございます」


 身構えていたら素直に祝福されて毒気を抜かれた。恨み言の一つぐらいは言われるかと覚悟していたんだけどな。


「俺達に勝ったんだ、全国にまで行ってもらわないと納得できないからな」

「はあ、まあ俺達もそのつもりですけれど」

「そうだろうな。それと……全国へ行くんならそのフィジカルとスタミナの二つを何とかしろよ。そうじゃないと、比較にもならないからな」

「比較? 誰と比べてるんですか?」

「……ああ、去年うちが負けた相手のエースで俺がマッチアップした相手だ。お前も名前はぐらいは聞いたことあるんじゃないか? U十二でもエースを張って十番を背負っている奴だから有名だぞ。今年はどうにかしてリベンジするつもりだったんだけど俺はここでつまずいちまったからな」


 ああ、あいつか。その名を思い浮かべた瞬間に鳥肌が立ち、胸の奥に新たな熱が生まれた。そうか、やっぱりあいつかぁ。前世では結局一度も対戦する事は叶わずに、活躍をテレビで観戦する事しかできなかった選手である。

 当然ながら今回の全国大会で俺が一番戦いを熱望している少年だ。このU十二の年代でもすでに代表のエースとして将来を嘱望されているが、俺が知っている未来の歴史でもその期待通り、いやそれ以上に成長していた。だからこそ戦って確かめたい、現在の自分がどの位置にいるのかを。


「その表情じゃ知っているみたいだな。お前達が勝ち進めば当たる事もあるだろうさ、俺もお前とあいつの一対一を見てみたいからな。ま、負けるだろうがそこまでは頑張れ」

「意外と親切、なんですよね? まあ激励には感謝しておきます」

「何、もしかしたらチームメイトになるかもしれないしな。うちの監督はお前等をスカウトしそうだったからな」

「……全国大会後にしてください」


 苦笑いでスカウトを婉曲に断ると、少し寂しげに彼も頷いた。


「そうだな、お前達のチームは仲が良さそうだからな」


 そして何かに納得したように右手を差し出す。「また戦おう。その時は必ず止めてやる」俺も握り返すが相手の手は万力で締め付けられるように圧迫してくる。いてて、全力で握っているのにまるでかなわない。


「残念ですが、次も俺達が勝たせてもらいます。いてて……」


  ◇  ◇  ◇


 母特製のサンドイッチを食べ終えた俺はごろりと芝の上に横になった。ここは競技場の観客席で中心へ向けて少し斜めになったスタンドである。床や椅子がなく、下が芝になっているため、ピクニック気分で横になれる。


「お行儀が悪いわよ。それに、食べてすぐ横になると牛になるんじゃない」

「軽くストレッチするだけだから大目に見てよ。それと、もし牛になったら松坂牛みたいに毎日ビール飲ましてね」

「未成年の飲酒は禁止されています」

「牛が成人するの待ってたらとっくに出荷されてるよ」


 馬鹿話をしながら芝の上で伸びをする。うーん、食べてすぐ横になるのは消化に悪いと判ってはいるんだが、今の内に少しでも疲労を回復しておかなければならない。仰向けに寝転がった俺は、真上に足を突き出すとつま先を握りぐっと引き付ける。このストレッチはアキレス腱が伸びるし、足に溜まった乳酸も分解されていく気がする。


「お、アシカはもう飯を食べ終わったのか」


 青空と入道雲をバックに監督が俺の顔を覗き込んできた。母の方にも軽く会釈で挨拶している。


「ええ、母特製のサンドイッチが美味しかったので」

「そうか、そりゃ良かった。美味しい料理はいいサッカー選手を作るんだ」と怪しげな自説を展開した後でこう付け加えた「それで次の試合でのお前の起用法についてちょっと伝えておこうと思ってな」


 それは重要だと起き上がる俺を制して再び背中を芝につけられた。


「まあ休める内に休んでおけって。それで、次の試合だがアシカはスタメンで行くからな。あ、でもフル出場させようとまでは思ってないから安心しろよー。というよりもお前のスタミナがどこまで持つか判らんからこうしたんだ。後半から途中出場させてその後ガス欠になられたんじゃ計算が立たん。それぐらいなら最初から行けるだけいってもらって、疲れが見えたら交代してもらった方だがいいしなー」

「……期待されているような、舐められているような」


 監督が肩をすくめる。


「期待してるのは本当だぞ。そうでもなきゃ三年生を準決勝の切り札(ジョーカー)に選んだりせんよ。そして舐めてるっていうかアシカが体力無いのは事実だしな」


 横になったまま頬をかく。スタミナ不足なのはどうにも否定しがたい事実だ。


「全国でも活躍したいならもっと体力をつけろ。最低でもフル出場できるだけのスタミナがないとジョーカーにはなれてもエースにはなれん。お、今のはなんか格好いい台詞だな」

「言ってる事は確かに格好いいですけどね。言っている監督は格好よくありませんよ」


 俺の減らず口も気にせず、どこかいたずらっぽい眼差しで監督は俺を見下ろしている。


「とにかく次の試合は後の事は考えずに最初からトップギアで行けよ。俺は全国へ行く計画を立ててるんだからな。その計画の最初のページに前半で引っ込むアシカが得点かアシストを決めるって書いてあるんだ。その後は守りきって勝利、全部監督のおかげですとチーム全員に感謝の胴上げされるってな。その計画通りにやるんだぞ」

「随分と詳細かつ他人任せな計画ですね」

「そりゃ監督だからなー」


 からからと笑う監督には悪気は一切ないようだ。だけど、まぁ監督が立てた計画ならそれを実現するのがいい選手なんだよな。

 それじゃあちょっと全国への切符を取りにいきましょうか。

 

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― 新着の感想 ―
[一言] いや、審判w なんでイエロー出さないの? 小学生の試合だろうとイエローカードやレッドカードは普通に出るよ。このレベルの大会だと審判はどこかのチームのコーチがやるにしても審判ライセンス持ちの人…
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