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やり直してもサッカー小僧  作者: 黒須 可雲太
第一章 小学生フットボーラ―立志編
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第二十三話 しつこいマークと渡り合おう

 同点を祝ってもらっているはずなのになぜか頭を防御して逃げ回る山下先輩を追い回していると、俺の背筋に冷たい物が走った。反射的に振り返ると瞳に映ったのは、黙々とセンターサークルにボールをセットして再開を待つ相手チームの姿だった。

 ――まずい。このタイミングで再開されたらどうしようもない。陣形は乱れきって士気は緩みきっている。キーパーまでペナルティエリアを離れて祝福の輪に加わっているのだ、子供の手を捻るより簡単に得点されてしまうぞ。俺は強盗に追われて交番へ逃げ込むが如き鬼気迫る形相でセンターサークルへ急行した。

 確かサークル内に相手チームの選手がいれば試合は再開されないはずだ。

 間一髪で間に合ったのか審判が咥えていたホイッスルを外して注意してくる。


「あんまり長く喜びすぎないように。もし君がここに来なかったら、準備ができてなくてもルール上再開しなきゃいけなかったんだからね」

「はい、承知してます。お手数かけてすいません」


 審判に向けてしおらしく頭を下げると、まだ山下先輩の頭を狙って張り手を繰り出しているチームメイト達に怒鳴り声を上げる。


「すぐに試合を再開しますよ! 早くポジションに戻ってください!」


 俺の声に無粋な奴だと迷惑げに振り向くが、すでに攻撃する準備を整えている相手を目撃してはっとした表情で小走りに先輩方が自分のポジションへと戻っていく。ここからはむしろその先輩方よりも、後ろで無言の内に気迫を高めている相手チームに意識を向けて言葉を続ける。


「早く再開しないと逆転ができないじゃないですか! 今勢いに乗ってるんですからさっさと逆転しましょう!」


 俺の背から吹く風の温度が一気に上昇したようだった。


  ◇  ◇  ◇


 ふざけるなよ。俺は目の前で偉そうな事を喋っているチビに対する怒りを抑えきれなかった。大体こいつが前半から出て来なかったせいで、立てた対策が無駄になりちょっと計算違いの試合スタートになったのだ。そのせいでマークの再確認などのどたばたした立ち上がりになり、序盤で失点をしてしまった。

 そして今の同点弾もやっぱりこの足利ってチビが原因だ。パスの受け手を確認しようとしないパスやヒールキックといったふざけたプレイスタイルに加えて、今度はラボーナだと? にやけた生意気そうな顔といい絶対に真面目にサッカーやってないよな、こいつ。


 こんな奴にアシストされるどころかもしかしたら負け――ぶんぶんと頭を振ってネガティブな考えを払いのける。確かに上手いのは認めよう、俺一人でこいつの攻撃の全てを止めるのも難しいかもしれない。だが、監督が指示したように俺が体で足利の体を止めてもう一人のボランチがパスコースを消せば問題ない。

 こいつが接触プレイが苦手なのはもう判ってるんだ。これまで競り合った感触でも明らかに当たりが軽いからな。ボールを奪おうとは考えずにドリブルしてきたら体をぶつけるつもりでいくぞ。それでボールがこぼれたらうちの守備陣がフォローしてくれるはずだ。

 足利よ俺は一対一ではお前に勝てないかもしれない、だが負けなければいいんだ。そして俺達を抜いた矢張SCとうちで十対十をやれば間違いなくうちが勝つ。


「三十九番の足利は俺がチェックするけどあいつからのパスのカットをしてくれ、最悪DFライン裏へのスルーパスだけはケアしてほしい」

「判った。あの小僧とゴール前をつなぐラインは消しておくね。だけどあいつすばしっこいぞ、ドリブル突破も厄介だと思うけどそっちは大丈夫?」

「ああ、パスがないと決めておけば簡単には抜かれない。忘れるなって俺はこれでも一対一のディフェンスならチームナンバーワンなんだぞ」

「……うん、まあFWは抑えきってるし問題になりそうなのは三十九番の他は十番だけだね、よし後ろは任せてお前はマークに集中しろ」


 さすがにうちのチームメイトとは話が早くて済む。同じ守備的MFと僅かな会話で即座に今一番の脅威となっている足利への対応策がまとまった。もっともこれは試合前に監督が高く評価していた足利対策としても最悪の場合で、あの小僧の実力が想定の一番上だった場合の対処法なんだけどな。俺が一対一で押さえきれない相手なんてここ一年を通して県内にはいなかったんだから。足利よ光栄に思うんだな、お前への対応はちょっと上手いチビから全国でエースクラスを相手にした物に変更されたぞ。


 とはいえ向こうも攻撃的なスリートップの布陣だけに、これ以上の戦力を足利ただ一人だけに注いで守るのは不可能だ。そして同点であるからこっちも攻めの人数を削る訳にもいかない。こうなったらFWを止めるのはDFに任せて俺ともう一人がフォロー役で止めるしかないな。最悪の場合は監督は嫌いな方法だがファールで止めたりもしなくちゃいけないかもしれない。いや、そうではない。俺が危なげなく足利をストップできていれば何の問題も起こらないのだ。余計な事は考えずこのチビのマークに集中しよう。


  ◇  ◇  ◇


 俺は対面する八番の雰囲気の変化に舌打ちして額の汗を拭った。これまではどこかにあった油断とか驕りが完全に消えている。見下すのはやめて対等な相手だと認識したって事だろうが、俺を三年と侮っていた為に僅かにあった隙なんかまで消滅してしまった。

 これからの残りの十分は厳しい戦いになるのを今一度覚悟しておくべきだろう。正直少しは俺も同点ゴールの喜びに浸りたかったという未練なんか、爪の先でも残してたらすぐに勝負を決められそうな気迫をしている。


 俺達矢張SCのようやく同点に追いついたというどこか浮ついた空気を吹き飛ばしたのは敵の猛攻だった。俺へはぴたりと八番がマークしているのだが、DFはラインをどんどん押し上げて「攻撃は最大の防御」を実践している。

 ちい、これまでの対戦相手は俺達が攻めている時間が多かったから、こういう守りを強いられる展開は慣れてなく分が悪い。おまけに中盤を押し込まれているので、もっと前にいたはずの俺がいつのまにかキャプテンと並ぶポジションにまで下げられている。

 こうなると山下先輩をFWにしたのがたたり、中盤にスペースが空いてしまう。そこを相手に突かれさらに敵の攻撃が厚みを増すといった負のスパイラルが止まらない。矢張のDF陣も頑張ってはいるが、これではいつまでもつのか……。


 このままではマズい、流れを押し戻す為にはどうにかしなければならない。キャプテンに近づくと「十番に仕掛けます」と伝える。相手の勢いを断つ為にも攻撃の中心を担っている敵の攻撃的MFである十番をターゲットに定めた。

 こいつが分厚い攻撃をほとんど独力で指揮しているのだ。ただ単にFWへ玉を出すだけならば対処しやすいが、こいつはバランスを考えてDFを左右に揺さぶるようにパスを配りやがる。派手ではないが正確なキックは司令塔として及第点以上のタレントだ。おかげでうちのディフェンスは振り回されて体力を消耗してしまっている。この十番からボールを奪えれば、カウンターのきっかけになりその間が矢張SCの守備陣に僅かなりとも休息を与える事になるはずだ。


 向こうの攻撃は未だに続いている。シュートを止めてもセカンドボールを拾われ、さらにそこから次のより厳しい攻撃に繋げられている。だが、実はその攻撃の渦の中心である十番は実はあまり動いていない。ほぼ王様状態で味方がパスを献上するとそれをまたFW達に危険なパスへと変えて与えている。運動量が少なくても許されるだけの確固たる地位をチーム内に得ているのだろう。

 

 だからこいつを捕まえるだけならそんなに難しくはない。ピッチの俺達の陣の真ん中にデンと構えているからだ。それでもこれだけ攻撃を操れるんだから大したもんだとは思うぜ、でもここらで終わりにしてもらおうか。ちょうどシュートまで持ち込めなかったFWが十番の位置にボールを戻す。

 そこに俺が思いきりつっかける。なかなかに鋭いダッシュだったはずだが、あっさりとボールごとサイドステップを踏んでかわすとまたFWにパスを送ろうとする。急ブレーキに傾く体をわざと大きく右手をぐるぐる回すことでバランスをとり、なんとか踏みとどまった俺はそのキックを邪魔しようと体を寄せた。

 幸いな事にさっきのダッシュで十番を追い越しているので、前線へのパスコースに俺が入って壁になっている。もう一回チェックに……と動き出そうとした瞬間にたたらを踏む。俺をマークしていた八番がここまで追ってきて肩をぶつけたのだ。くそ、ちょっとこれは予定外だ……俺は体勢を崩しながらも十番へ左からスライディングするが、キレを欠いたそんな物に引っかかるはずもなく、馬鹿にしたような笑みを浮かべながら一歩右へ移動するだけで奴は完璧にスライディングを避けた。


 よし、それでいい。おそらく十番に俺の笑みは見えなかっただろう。だが、結果から逆算すれば引っかけられたと判るはずだ。

 俺を小馬鹿にしたステップでかわした十番は、その刹那に右の死角からのキャプテンのチャージにあっさりとボールを奪われた。「え? なんで?」ときょとんと表情の十番には悪いが、ここまでがサインプレイだったのだ。

 俺が急停止した時に右手を回したのはキャプテンへの「右へ回れ」という合図だ。だから俺は逆方向から注意をひきつける為にスライディングを仕掛けたって訳だ。あの八番に邪魔されてちょっと焦ったが上手くいって良かったぜ。


 素早く立ち上がるとキャプテンがすぐにボールを渡してくれる。これまで押し込まれていた分、相手のDFラインが上がっていた。絵に描いたようなカウンターチャンスだ。すぐに「先輩行きます!」と大声を上げてDFラインの裏へとロングボールを放り込もうとする。そこで誰かにユニフォームの右肩を引っ張られた。倒れるほどではないが微妙にキックの精度が落ちる。しかも、引っ張った八番はボールの軌跡を見るや「キーパー前へ出ろ!」と絶叫したのだ。


 俺の蹴ったロングボールは狙いより若干長くなってDFとキーパーの中間地点辺り、つまりペナルティエリアよりもちょっと手前に落ちた。これならばキーパーの守備範囲内、俺達DFが追うまでもない……と思ったよな? そう思ってくれ! 祈りが通じたのかDFの足が止まる。「馬鹿! 追え!」と隣で八番が叫んでいるが、もう間に合うものか。

 ワンバウンドしたボールは、前へ進むことなくその真上に跳ねるとぴたりと停止した。俺がロングボールにバックスピンをかけて蹴った成果だ。


 これでボールはキーパーとうちのFWのちょうど真ん中ほどの地点にあることになる。走るのをやめていたDFはもう追いつけない。キーパーとFWのスピード競争の一騎打ちになる。頼んだぜ先輩、ここできっちり決めてくれよ。


 見守る俺の祈りも虚しく、ほんの僅かに早くボールに追いついたキーパーがペナルティエリアを大きく離れてクリアしやがった。FWと正面衝突しそうになりながらも、一切恐れる様子もなく冷静にピッチの外へ蹴りだしだのだ。


「アシカ、すまん!」


 と追いつけなかったFWが俺に謝るが、本来ならば謝罪しなければならないのはこちらの方だ。隣にいる八番にバランスを崩されなければ、もう少し短くてキーパーよりもFWが先に触れるボールでアシストが出来たはずなのだ。しかもキーパーに指示まで出しやがって、あれでキーパーの飛び出しが一瞬早くなってしまった。まったく邪魔だなこいつ。乱れたユニフォームを直しながら「どっか行け」と不満を視線に乗せて睨んだら、向こうも上からぎらついた目で睨み返して俺の胸を指さした。


「お前みたいにふざけたプレイをしたり、にやにや笑っている奴になんか絶対に負けるもんか」

「俺だって真剣にやっているぞ」

「だったらなんで試合中に笑ってるんだよ」

「……サッカーを楽しんでいるからだ」 

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