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やり直してもサッカー小僧  作者: 黒須 可雲太
閑話

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225/227

外伝 お見舞いに行こう

「ただいまー」


 今日も充実した練習ができましたっと。無事に家までたどり着き、ほっと一息をつく。

 クラブでもかなりハードなトレーニングをしていたのだが、この年代の健康な体は帰宅している間にさえ疲労を回復させてむしろ空腹感の方が強く訴えかけてくる。


「あら、おかえり速輝。ちょうど今あんたがテレビに出てるわよ」

「あ、おかえりお疲れさまー。うわー本当だ。アシカって意外にテレビ映りいいんだね」

「ん? どの番組? それに自然に真が家に居るのは何でだ?」


 帰ってきてドアを開けた途端に、待ってましたと言わんばかりのタイミングで出迎えた母さんと真の二人。その交わされた会話に俺は色々な疑問が噴出する。


「ああ、私が真ちゃんを夕食に誘ったのよ。今日はご両親が遅くなって真ちゃんが隣で一人きりって聞いたから。どうせ作るなら二人分も三人分も手間はそんなに変わらないしね」

「そういう訳でお呼ばれしたんだよ! 手土産はちゃんと持ってきたからね」

「そ、そうか。それと何かと納豆をこの家に持ち込むのは勘弁な」


 くつろいだ様子でシンプルな部屋着のままの女性陣。なのになぜだかスペイン戦でパスを回されたまま自陣へと押し込まれていくような、強敵に徐々に外堀を埋められていくプレッシャーを真から感じてしまう。

 いやきっとこれは俺の気にしすぎだよな。そう自分に落ち着くよう言い聞かせ、もう一つ気になった事を尋ねる。


「じゃあ俺が出てるテレビってどんなの?」

「あ、今ちょうど始まったばっかりの所だね。ニュースの中のワンコーナーで、えーと新聞のテレビ欄には「優勝戦士達が恩師へお見舞い」……って書いてあるよ」

「……ああ、あれか」

「な、なんなのその疲れが増したように肩を落とした態度は?」


 事情を知らなかった母さんが戸惑っているし、真も小首を傾げている。はあ、仕方ない説明するか。


「これは俺達が松永前監督をお見舞いに行くようテレビ局に頼まれて、カメラマンなんかのスタッフと一緒に行った奴だよ」

「え? お見舞いって、じゃあやらせなの? それによく考えたら松永の病気って入院してすぐ面会ができるぐらい簡単に回復するの?」

「やらせかどうかはよく判らない。テレビ局からの依頼とはいえ一応行ったのは確かだしな。そしてテレビ局と松永があいつの症状は軽いんだとアピールしようとコネを使ったんじゃないかな」


 コネで精神的な病気って治るの? さあ名医が手術するのとは違うし無理なんじゃない? と不思議がっている二人を尻目にテレビを確認する。

 ちょうど画面では俺達U―十五の世界大会で優勝したメンバーが松永の入院している病室をノックする場面からだった。

 ああ、思い出したこれから酷い展開になるんだよな。

 二日前にテレビ局によって要請された松永へのお見舞いを記憶の中で再生する。



 聞こえなければ「留守だな」と帰るつもり満々の小さなノックに対し、残念ながら「どうぞ」と威厳のあるバリトンが中から響く。声はいいんだよな前監督の松永って奴は。監督は指示を出したり選手に安心感を与えるため声がいいと役立つし、視聴者と相対する解説に至っては言わずもがなだ。だからコネだけって訳でもなくテレビ中継の解説者役にも選ばれたのだろう。

 しかし、返事があっても俺達代表チームのメンバーはなかなかドアを開けようとはしない。今日はユニフォーム姿で病院には訪れられないと、皆が別々の学校の制服を着ているので統一感も仲間意識も薄れてしまっているのだ。

 お互いが罰ゲームのように「お前が扉を開けて矢面に立てよ」と日本特有の麗しい謙譲の美徳を発揮し合っている。

 とうとう根負けしたのかそれとも責任感の強さゆえか、テレビ局が用意して無理やり持たされた花束を抱えている真田キャプテンがドアを開いた。


「お久しぶりです。松永さんご加減はいかがですか?」


 強ばった表情で先頭に立って入室した真田キャプテンは、ベットで上半身を起こしている松永へ代表して声をかけた。

 松永は病人らしくパジャマのままだが上から派手なピンクのカーディガンを羽織っている。夏の気候ではその服装は少し暑そうだがエアコンが利いたこの病室ではちょうど良さそうな格好だ。派手な色合いのおかげか顔色もだいぶ良く見えるな。


「ああ、大丈夫だ。俺が育てた教え子で世界一になったお前達の顔を見たらまた気分が良くなったな」

「え? ワイは育てられた覚えはないで」


 松永の過大表現に対して不用意に直球で返した上杉の声に室内の空気が早速ピシリと凍りつく。その独り言というには大きな上杉の突っ込みをスルーできず固まる松永。

 以前ならここで相手が少年だろうと構わずに逆上していたかもしれないが、入院したおかげか自制心が強くなったようだ。

 だがもともと気の短そうな前監督の額にはすでにくっきりと青筋が浮かんできた。そうだよな、ワガママだからこその転換性ヒステリーという症状だもんな。まだ完治していないそんな患者と対面して一分も経過していない内に気まずくなってしまったのだが、大丈夫なのだろうか?

 俺の懸念をよそに松永は深呼吸をしただけで額の青筋を引っ込める。

 おお、確かに入院する前より落ち着いているらしい。いや、ほとんど彼と直接の面識がないから前のチームから居残っている真田キャプテンや石田などからエピソードを聞いて組み立てた松永のイメージからの推測に過ぎんが。


「そ、そう言えばまだ言ってなかったな。優勝おめでとう、よくやったな」

「ありがとうございます」


 表情を取り繕い、かけられた祝福の言葉に一応は殊勝に頭を下げておく。それを見て「うむうむ」と頷いた松永が調子に乗る。


「俺が最後まで面倒を見られなかったのは悪かったが、俺の見い出したお前達と俺が推薦した山形ならきっと世界大会でも良いところまで行くと信じていたぞ」


 などとちょっとでも急遽編成された山形代表チームの内幕を知っていれば一蹴される戯れ言をほざく。お見舞いに来たほぼ全員が「嘘だ!」と否定の叫びを上げかけて、テレビに撮影されているのを思い出してぐっと飲み込む。

 十数人の体がピクリと硬直し、その後一斉に何かを噛み殺すのに似た挙動をしたのだ。病室の中がまたも一種異様な雰囲気になる。

 そのムードのまま明智が無理に作ったと一目で判る笑顔で答えた。


「それにしちゃ実況の解説では結構きついこと言ってたっすね」

「……獅子は我が子を千尋の谷に突き落とすと言うだろ。あれも親心だ判ってくれるよな」

「全然判らないっす。あんたに突き落とされた谷はグランドキャニオンクラスだったっすよ! 這い上がるよりもコイの滝登りのグランドキャニオンバージョンだったっす。意味もなく落とされた谷底から這い上がるのは滅茶苦茶大変だったっす!」


 的確に突っ込み返す明智をじとっと睨みつける松永。最近まで世界を相手に戦ってきた明智に全く引けをとらないほど威厳が漂っている、例えそれがパジャマ姿であってもだ。うん、まったく無意味なはったりにしかならないオーラであるのだが。


「明智は細かい事を気にしすぎだ、だから中々代表に選ばれなかったんだぞ」

「僕を選ばなかったのはあんたっす!」

「まあまあ、明智も落ち着いて。病人を興奮させちゃ駄目じゃないか。特に松永さんの病は興奮させるとマズいみたいだし」


 ボルテージが上がっている一方の二人を心配して俺が止めに入った。そのおかげで、いったん水入りになる。お互いカメラの前であることを思い出したのか頭が冷えたようだ。

 だが雰囲気はそう簡単にほぐれる訳もなく、まだ固いままである。と言うより面会に来た当初からほぼ全ての時間がピリピリした今にも発火しそうなムードだ。

 ここは俺が話の接ぎ穂を提供しようか。

 

「そういえばブラジル戦のすぐ後に松永さんが倒れたと耳にした時、カルロスに松永さんへ何か言付けがあるか尋ねてみたんですが」

「おお、でかしたアシカ! 俺が育てたカルロスはなんて言っていた? 早く元気になるようにか、それともわざわざ日本にまで見舞いに来るとでも言っていたか? いやいや、まいったなー。そこまでしてくれなくてもいいのに。カルロスが来たらまたテレビ局との打ち合わせが大変になるじゃないか」


 お見舞いに来てから一番嬉しそうに一人芝居をして頬をかく松永。「何人育ててるんやこのおっさん」とぼやく上杉と「彼の中ではとりあえずこれまで代表名を連ねた選手の全員はこの人が育てた事になっているはずだ」と冷静に分析する真田キャプテン。さすがに松永の代からキャプテンを続けているだけに彼との付き合い方とスルースキルを心得ているようだ。

 そんな脇での雑談を無視し、松永は「で、あいつはなんて伝えてくれと言っていた?」と嬉しそうに尋ねる。負けじと俺もテレビ映りが良いだろうと自分で思う微笑を浮かべて答えた。


「忘れた」

「はぁ? 何だとアシカ、お前伝言もまともにできないのか!?」

「いや、だからカルロスに対して松永さんに伝える事ないかって聞くと「松永って誰だ? はあ、日本代表の監督だった奴? すまん忘れた」って」

「……」

「ああ、でも「何の役にも立たないジョアンだったのだけは覚えてるぞ」って」


 ふいに松永はベットの上で顔を俯けてぶつぶつと呟き出す。

 その完全に陰になって表情が窺えなくなった部分からは低く「カルロスの奴、今大会も俺があれだけ応援してやったのに許さない。絶対に許さない」と洩れだしている。あまりの松永の急変に伝えた俺も含め全員の腰が引けてしまう。

 よし、お見舞いの挨拶もしたし伝言も伝えた。最小限の役割は終えたはずだ。

 

「それじゃ伝言も終えましたし、そろそろ帰った方がいいっすね。これ以上は松永さんの体に障りかねないっすからね。ああ、そうだったっす。松永さんは解説者をはずれて無職になるみたいっすけど、この病院は高いみたいだから早く退院できるといいっすね」


 まだ腹の虫がおさまらなかったのか、かなりの毒を含んだ明智の最後っ屁に対し松永は短時間の内に一気に青白くなった顔を上げる。


「忠告ありがとうよ。てめえら――特に明智とアシカの暴言は忘れんぞ。必ずこの礼はさせてもらうからな」

「え? 俺も?」


 真っ向から喧嘩を売った明智とは違い、俺はカルロスからの伝言を教えただけなのだが。

 それでもテレビカメラの前で彼をがっかりさせた対象としてロックオンされたようだ。まあこいつから俺が狙われるのはいつものことかもしれないが。



 ちなみにこの後病院を退去して解散するとすぐに、明智からメールで連絡があったんだよな。「松永から二度とお前らを応援も贔屓しないってメールが来たっす!」だと。

 どうして明智にだけ松永からメールがきたのかは単純な話で、彼以外の全員が松永とアドレス交換をしていないからだ。あれだけ嫌っていても情報収集のためにアドレスを手放さない明智の根性は見上げたものだ。

 あれだけ性格が温厚な真田キャプテンでさえも、代表監督が山形監督へ変わった後は即座に携帯とアドレスを変更し、更に松永へだけはそれを連絡するのをうっかり忘れてしまったのだから前監督の人望がどれほどの物だったか窺えるよな。

 まあ病室を出た途端に明智へメールが来るのは早すぎるとか、病室で携帯使ってよかったのかとか、明智は文章でも「っす」とわざわざ書いて語尾に付けるのかといった突っ込みどころもある。だがそれより大事なのは、もうが俺達を褒めたりしないだろうって事だ。

 そういった意味ではこのお見舞は大成功だったのだろう。



 それ以外の部分ではお見舞いとしては放送禁止レベルだったと思うがどうなる事か。

 ――まあ結局そんな俺の心配は裏切られたんだけどな。

 以下、ナレーション付きで実際に放送されたシーンをお楽しみください。

 


『花束を渡す真田キャプテンに嬉しそうに受け取る松永。その花束の豪華さは彼らチームの全員から松永への敬意の大きさをあらわしているようだった。例え前監督になろうともその尊敬の念に陰りはない。

 優勝して間もないにも関わらず取るものも取り敢えず駆けつけた教え子達に、体を起こして痛々しげな顔に慈愛に満ちた笑みを浮かべる名伯楽。 


「松永さんご加減はいかがですか?」

「教え子のお前達の顔を見たら気分がよくなった」


 病状にあっても常に教え子に対する労いを忘れないこのような態度がカリスマを生むのだろう――松永前監督は実に多くの教え子達から慕われている。


「カルロスからの伝言です」

「早く元気になるように、わざわざ日本まで見舞いにくる。まいったなー、そこまでしなくても」


 その教え子達との信頼関係と絆は、例え相手の国籍が海外へと変わろうとスター選手となっても不変なのだ。これが師弟関係の理想かもしれない。


「早く、退院できるといいっすね」

「ありがとう、必ずこの礼はさせてもらう」


 お見舞いにきた誰もが彼の早期の退院を願い、応援などで無理だけはしてくれるなと口を揃える。これほどお見舞いにくる者達の心を一つにさせる人格者もなかなかいないのではないか。


 こうして短いながらも心温まる交流は終わった。これからも自分の身を削るようにして教える恩師とそれに見いだされた若き才能に溢れる選手達との美しい師弟関係は日本サッカー界の宝となっていくはずだ』



 異常に短くカットされて編集された台詞と映像だけを見ればごく普通のお見舞いにしか思えない。

 あまりに流れが不自然で途切れ途切れなのを誤魔化すためなのか、無理矢理壮大な音楽で感動的に仕上げてある。

 酷い。俺達のお見舞いも褒められた物じゃなかったが、あんまりな捏造である。これがマスコミでは当たり前なのか?


 番組を見終わり、一緒に番組を眺めていた真と母さんと共になんとも言い難い沈黙に包まれた中、場違いな着信音が響く。あ、俺の携帯じゃん。

 えーと、明智からだが「マズイっす、松永からまあ放送見る限り反省しているようだから僕とアシカも許して今後も応援してやるってメールが来たっす!」って、なんだよそれ。


 ……俺のことは許さなくていいんだってば!

 これからも松永との戦いは続いてしまうようだった。

 世界と戦う為には代表監督に選ばれるように活躍し、さらに松永に褒められないようにしなければならないという無駄に難しいミッションが課されてしまった。

 ……やっぱり俺は早めに海外のクラブへ移籍した方がいいかもしれない。


「えーと、その速輝。ファイト!」

「そ、そうだよ! 私も付いてるから頑張れアシカ!」


 うん、やっぱり海外への脱出を急いだ方がいいな。このままずるずると真のペースに乗っているといつの間にかなぜか彼女と二人で海外に行くことになりかねない。

 別段真のことが気に入らないわけじゃないが、今はとにかく色恋よりもサッカーに集中したい。

 でもなぜかピッチ上でプレイするより複雑な状況に置かれてしまったようだ。

 こればっかりはやり直しても、俺はまだ人生経験が未熟なままなんだよな。

 眼鏡の奥の目を細めている幼馴染に対し「頑張るよ」と頭をかくしかない俺は、恋愛経験においては外見通りの子供なんだから。


 経緯はどうあれ、俺の外国クラブへ行こうという決意は固くなり事態を動かす事となる。

 後に俺はインタビューでなぜ海外へ焦ったように移籍を求めたのかという質問にこう答えた。


「上手くなるのには早く海外へ出た方がいいだろうと思ったのが一つ。後は、なんだか怖かったから」


 と。その時も隣にいた幼馴染が微妙な表情をしていたが、それは間違いなく本音だった。


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