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やり直してもサッカー小僧  作者: 黒須 可雲太
第三章 代表フットボーラー世界挑戦編

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第八十五話 皆で乾杯をしよう

 壁一面を覆い尽くすかのような巨大なスクリーンには、ブラジルディフェンスを日本代表全員が参加したパスワークで切り裂いて得点するシーンが映し出されている。

 最後に足利が上杉からのリターンを受け取って、ゴールへと丁寧に流し込むという一番の見所であるシュートの場面で画面は一時停止された。


「これがつい先ほど行われたブラジル対日本の結果です」


 画面から目を離してこれまでビデオに解説を加えていた男は会議室にいる周りのメンバーを見つめる。ユース年代の強化部長を任されている彼としては絶対に見逃せない一戦であったから当然決勝はテレビで観戦し録画もしていたが、これほどまでに早く意見を求められるとは思っていなかった。

 おかげでまだ映像の編集も大雑把でポイントも整理しきれてはいない。

 それでもオーナーからの注文であれば従わざる得ないのが辛いところだ。


「オーナーからの指示通り日本の足利を中心にまとめてみましたが……」

「ああ、十分だ。これだけでも足利の能力は判断できるだろう。監督はどう思う?」

「オーナーがこの日本の小柄なMFを気に入ったのは判りますが、まだ若いと言うより幼くしかもジャポネーゼです。J傘下のユースに入っているせいで引き抜くには手続きとお金が必要なようですし、もう少し時期を見ては?」 

 

 トップチームに即戦力を求めているためにユース年代の青田狩りには慎重論を唱える監督、その意見に乗ってきたのは財政面を司るクラブ役員だ。


「今いきなり引き抜いても、まだ試合に出せないから数年育成しなくてはいけないぞ。それぐらいならまだ金のかからない地元のユースで育てた方がいい。この足利って少年が将来うちでやれるぐらいまで日本で成長したなら改めてそこでオファーをかければいいだろう。わざわざうちに引っ張らないでもすぐに試合に出られる年代までは日本で頑張ってもらった方がずっとお得だ。もっとこいつが日本で名前を売ってくれた後の方がジャパンマネーを引っ張るスポンサーも付きやすいし、うちとしてはリスクが少なく有利な条件になるはずだからな」


 金にうるさいこのクラブ役員は、完全に足利を選手としてよりビジネスの材料としてしか見ていない考え方をしている。

 しかし、そこに当然異を唱えるスタッフも当然居る。


「いや、そんなにぐずぐずしていたらこいつは他のクラブにかっさらわれるぞ。世界大会に同行しているスカウトからは彼だけでなく他の日本代表にもうすでに複数のクラブから接触があったらしいと報告が来ている。条件面で折り合えるかはともかく、大会ベストイレブンに選ばれるクラスの選手には全員声をかけておくべきだ」

「そりゃカルロスやエミリオみたいな実績のある国やクラブから輩出されたブラジル人なら大枚を叩いても惜しくはないが、まだプロでもないジャポネーゼに大金を賭けるのはなぁ」

「だが技術だけなら光る物がある。スペインの酔いどれとも互角にやれる奴なんかは、南米やヨーロッパでもそうはいないぞ」


 議論が熱を帯び出したとき、ここまでの話し合いには積極的に関わろうとしなかったオーナーから基本的な確認をする質問が出る。


「ふむ、では日本人だとか年齢を無視してこの足利という選手を評価すればどうかね?」


 クラブ役員達は目を見交わした後、獲得には消極的だったはずの財政担当の役員が答える。


「それは……まあ獲得に動くべき選手ですが」

「ならばうちの一員にしよう」


 オーナーの熱意に押される形で足利へのオファーを出すことが決定された。あまりにも乗り気なオーナーの態度に思わずスタッフの一人が疑問を呈する。


「確かに面白い素質を持っているとは思いますが、オーナーはこの足利という選手がずいぶんお気に入りのようですね。一体どのような点が気に入ったので? 酔いどれと並ぶぐらいのテクニックを持っているな所ですか、それとも決勝で勝負を決める得点を奪うという大舞台に強い心臓ですか?」


 名物オーナーとして知られ、寝る時以外は常にブランド物のスーツを身にまとっていると噂される伊達男は画面に映っている今まさにシュートを撃とうとしている足利の顔を指さす。


「ああ、そんなんじゃない。俺が一番気に入ったのはこいつの笑顔だな。だってこんなに楽しそうにプレイする奴を他のクラブに取られたくないじゃないか」



  ◇  ◇  ◇


「それじゃあ、日本代表の世界大会優勝を祝って乾杯!」

「かんぱーい!」


 山形監督の音頭に日本代表の全員がコップを掲げて陽気な声音で応える。俺達の年齢が年齢だけに乾杯でもアルコールは抜きで中身がジュースなのが幾分残念だが、勝利の味付けがただのジュースをどんな美酒より美味しく感じさせてくれる。

 乾杯した後はもう祝勝会用に準備されたパーティールームは大混乱である。

 試合でも放任主義に近い指揮をしていたのだからと、山形監督は長々しい演説や挨拶は省略して「お疲れさまだったな、今夜はとにかく楽しめ」と無礼講を許可する短いスピーチと乾杯しかやらなかったのだ。

 そうなればかしこまったままで終わるような大人しい奴らではない。


 日本代表の肉食系男子はまず、わっと唯一の日本人でも認めるイギリスの肉料理であるローストビーフに群がった。その理由は単にこれが美味しいからだけではない。

 もしローストビーフなどのオーソドックスなメニューを食いっぱぐれてしまえば、残された料理はなぜか大量の伝統的イギリス料理ばかりとなって彼らを待ち構えているからだ。

 どうやらホテル滞在中に明智がハギスやウナギのゼリー寄せなどを入手していたのを目撃されていたらしく、こっそりと買い求めるぐらい好物だと勘違いされたのかそれらが大量に運び込まれるという事態を引き起こしてしまった。

 しかもわざわざ専門的な店から取り寄せたらしく、揚げたてにも関わらず賞味期限が切れているフィッシュ&チップスに未消化の内容物がたっぷりとつまった独特の異臭を放つハギス、更に大きめのウナギを贅沢に使い小骨などを取らないことでカルシウムの補給にぴったりの小骨が喉や口内を攻撃するウナギのゼリー寄せなどイギリス人でも「これは……」と目を丸くする本格派ぞろいだ。

 人気のある普通の料理が足りなくなれば罰ゲームのようにイギリス名物を食べるしかないのだから、皆がローストビーフの確保に走るのは当然だろう。


 そんな食べ物や飲み物に関するちょっとした不満もあったが、祝勝会そのものの雰囲気は悪くない。いや世界一になったお祝いなんだから、参加している全員のテンションが最高潮なのは当たり前か。

 これまでは常にどこかに漂っていた戦いの前だという緊張感がほぐれ、最高の結果を得た皆の身にまとう空気が柔らかいものに変わっている。

 で、当然ながらこんなリラックスした場面になると最年少である俺は立場が弱くイジられるわけだ。

 まあそうは言っても俺をからかうなんて度胸のある人間はチームに数名ぐらいしかいないんだけどね。

 その内の一人であるジュースを片手にした明智が、さっそく俺について入手したばかりの情報を開示する。


「そう言えばアシカには気の早い海外クラブからオファーがあったそうっすね?」

「ん……俺もさっき連絡されたばかりなのに凄いな。俺についての情報なのに自分より明智の方が良く知ってそうでちょっと怖いぞ。まあ、どこかからか話があったのは確かみたいだけど詳しい話はまだ聞いてないんだ」


 明智は本当に耳が早いな。確かにこの大会で俺のプレイを見たクラブから、まだトーナメントを勝ち進んでいる最中にも関わらず所属するユースの方へ打診があったそうだ。

 でも俺の情報を照会して先に唾を付けておこうとしている段階だろうし、どこのクラブが接触してきたかまでは教えてもらえていない。ということはまだ正式なオファーではないって事なんだろうな。

 それにしてもやはり海外は移籍が日常なせいか、対応するスピードが少し慌てすぎじゃないかというぐらい速い。この辺は日本のクラブより遙かにフットワークが軽い感じがする。


 俺だってできれば早い内に海外へ出たいが、所属しているユースや学校も含めて自分一人の問題でもないんだからじっくりと考えなければならない。

 それに今度の活躍で所属しているユースの上層部に注目されたようで、俺だけでなく山下先輩もトップチームに早めに引き上げる予定だそうだ。このまま行けばJリーグにも早期にデビューさせてもらえる可能性が高い。

 実際にこれまでも中学生でJへ初出場を飾った者もいたし、話と俺のアピールが上手く進めば中学校に在学中でもJリーガーにるのも夢ではないかもしれない。

 一旦日本でプロフットボーラーとしての基礎を固めるか、それとも海外にチャレンジするか。うーむ、難しいが胸が躍る贅沢な悩みだな。


「なんやアシカは外国のクラブ行くんか?」

「いえ、まだそう決めた訳でもありませんけど」

「なんや寂しくなるなー」

「だからまだ決めてないって」

「ぐすっ、ちゃんとこんな大会の時は日本へ帰って来るんやで」

「……誰だよ上杉にアルコール飲ませた奴は」


 涙目になってくだを巻いている上杉の姿をマスコミに撮られたりしたらマズいだろ。

 だが俺の非難を上杉の傍らにいる真田キャプテンが否定する。

 何々「上杉はシェフがフランべするのを見てたらそのアルコール分で酔っぱらっただけ」だと? それなら、まあいい……のかな?

 大体、フランべすればアルコール分は全部燃えて消えるんじゃないのか? それにどこでフランベする料理があったんだ? え? イギリス名物を食わされるのが嫌で、美味しそうなのは自分達だけで隠してた? 名物料理が増えたのはアシカ達のせいだから仕方ないだろう、ハギス食いねぇだと? お前らなぁ……まあいいか。


 未成年での飲酒はマスコミが煩いけれど上杉のこれは不可抗力だよな。

 だが、おそらくこのアルコール耐性の低さでは将来も下戸であろう上杉は、そのキャラクターからすれば意外にも絡み酒であり泣き上戸なのは間違いない。

 こいつはこれだけ面倒なら大人になっても飲めない方がいいぞ絶対。これで上杉とはどうせしばらくはお別れになるから俺がわざわざ気を配ってやる必要はもうないのが少し寂しいけれど。


「しかし、上杉が泣いてる所なんて初めて見たな」

「ア、アホ。これは目にゴミが入っただけ……てかアシカの方こそ涙目になっているやないか!」

「こ、これは水棲哺乳類特有の目を守る作用です!」

「いやそれは水族館か動物園におる方のアシカの方やろう」


 酔っぱらっている割に的確な突っ込みだ。うわ、こんな時だけ冷静になるなんて本気で面倒臭い。俺の小声の呟きにこんな時だけ耳聡く酔っぱらった上杉は反応する。


「なんやて、この世界一の点取り屋様に文句があるんか!」

「大会の得点王はエミリオでした! それに俺だって世界一のゲームメイカーです」

「ふ、アシカは僕に勝つまで世界一のゲームメイカーは名乗って欲しくないっすね」

「明智、話がややこしくなるから絡んでくるなよ」

「上杉は自身が世界一の点取り屋との大口を叩くのも僕の前では無用に願います」

「島津、お前も対抗心を燃やすのなら相手はDFにしろよ、な?」

「その世界一のゲームメイカーでも頭が上がらないのが先輩である俺だ。なんなら俺を世界一の先輩と呼んでくれても良いぞアシカ」

「うんうん、山下先輩は俺という「世界一の選手の」先輩ってことですね」


 明智と島津に山下先輩まで参戦してきた。いやまだ明智は同じ中盤だから俺と張り合うのは判るが、上杉の世界一の点取り屋というのに抗議している島津は一応DFだろうし、山下先輩の自分を世界一の先輩と呼べに至っては何を言っているのかさっぱり判らない。

 こいつら全員アルコールではなく勝利に酔っているな。


「だいたいなんで準優勝チームがMVPと得点王を独占してるんや、おかしいやないか!」

「それは日本のFWよりブラジルの方が上だったってだけでは……」

「そうか、無念だ」

「いや、なんで島津が落ち込むの? あんたはDFだって言ってるでしょう!」

「あー、じゃあ喧嘩が起こらないように間をとって、俺が世界一の点取り屋って事に決定しよう」


 山下先輩までもが上杉と島津の自分が最強のストライカーだという議論に加わって大騒ぎだ。


「こら、お前等なに騒いでるんだ!」

「あかん、山形監督が来た。みんな散るんや!」

「おう!」


 試合中にも見られなかったような息の合いっぷりで全員が綺麗なラインを作り、近づいてきた監督から逃げ出す。

 俺は本当なら捕まってしかられてもいいと思っていた。このチームメイトと一緒に山形監督に怒られるなんてもう二度とないのかもしれないのだから……。


「こら! 待たんか」

「あ、石田さん良いところに! 最後の後始末をお願いします!」

「え? 何?」


 でもこれまで何度も怒られそうになった時のように反射的に逃げるのに最善の手を選択してしまう。

 この場合は逃げる最中に見かけた椅子に腰掛けたままの苦労性のうちのアンカーに監督の足止めを頼んだのだ。中盤の影の立役者だったこの人ならこういう敵をくい止める役割にはぴったりのはずだからな。

 だから後ろから「こら石田! お前怪我してるのに騒いじゃ駄目だろ!」「ええ? なんで俺怒られてるの!?」といった叫びは無視することにした。 


 俺達は食事が終わってもずっと騒ぎ続けていた。

 軽い怪我や連戦の疲労も忘れたように思い切り陽気に飲んで食ってはしゃいでいたが、あくびをする者が増えて夜が更けていくに連れ少しずつ場が静かになり収まりそうになる。そうなると慌てたようにまた誰かがふざけ出すのだ。

 多分皆の気持ちも俺と一緒なのだろう、今日という日が終わってしまうのが惜しくて寂しくてたまらないのだ。

 今日俺たちは世界一になった。

 だが、明日になればまた一から次の世界の頂きに向けての厳しい挑戦の繰り返しになる。それは俺達はサッカー選手なのだから別段それは辛いわけではない。

 でも皆がまた元々所属するチームに戻って別れると、中にはもうこれから先二度と顔を合わさなくなる奴だっているかもしれないのだ。

 このメンバー全員でこうして馬鹿をやっていられるのも今日だけだってちゃんと判っている。

 だから眠らなければ今日という日が終わらないんだとばかり、俺達はずっと夜更けまで世界一の仲間とはしゃぎ続けたんだ。

 だがどれだけ引き伸ばしても終わりの時はやってくる。


「それじゃ最後に乾杯してお開きにするぞー」

「ええ!? 監督もう少しぐらい……」

「借りてる会場の閉まる時間だから仕方ないだろ。さて何に乾杯するか、やっぱり優勝にかな」

「いや次の世界大会で得点王になるこの上杉に乾杯せぇへん?」

「それぐらいならば、サイドバックとして得点王になる予定の俺へ杯を傾けてくれた方が……」

「DFが得点王とったら確かにその大会は歴史に残るっすけど、きっとそれは黒歴史っすよ」


 あーもう、最後までまとまらない奴らだなぁ。ここは俺が出しゃばって最後の乾杯の音頭を取ろう。

 大きく息を吸って声を張る。


「じゃ、俺がいきますよ! ――世界一の仲間達に!」

「乾杯!」


 全員の杯が掲げられ、こうして俺達の世界一幸せな夜は終わりを告げた。

 


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