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やり直してもサッカー小僧  作者: 黒須 可雲太
第三章 代表フットボーラー世界挑戦編

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第八十三話 審判の笛を待ち続けよう

 ピッチ上の日本代表選手全員が雄叫びを上げ、自分達が一丸となりパスを繋げてゴールした喜びを全身を使って爆発させている。ゴールした時に選手がガッツポーズをするのは別にアピールするのが目的なのではない。勝手に手足が動いてじっとしていられないのだ。

 しかし、一番最初に叫んだ俺はそのせいか最初に頭が冷えてようやく自分達の立場を思い出す。

 いかん、まだ俺達は勝った訳じゃないのだ。ここで気を緩めて逆転されるなんて間抜けな真似はごめんだぞ。

 叫びで掠れた喉の調子を咳払いで戻し、気合いを入れ直そうとする。


「こほん、皆……」

「いいか、ここからが本当の勝負だ! 世界一になりたければ、残り五分の間一瞬でも油断するな。得点した嬉しさはここまでにして、残りは試合後までとっておけよ。俺達は世界の頂点を決める舞台でもう一踏ん張りするために今まで厳しいトレーニングをしてきたんだろう? 試合終了するまで後ほんの少しの間だけ足を止めずに全員で戦おう!」

「おう!」


 真田キャプテンの獅子吼に俺の言葉はかき消される。いや本当にこの試合で覚醒して頼り甲斐があるようになっちゃったなうちのキャプテンは。

 だけどできれば俺が格好を付けるシーンを横取りしないで欲しかった。まあ、あんたの叱咤で日本代表の全員がまた戦う顔になったから別にいいんだけどね。


「それとアシカは何か言いかけたか?」

「いいえ何も」


 ついでに台詞を取られて口を開けたままぱくぱくさせていた、俺のちょっと格好悪い姿をスルーしてくれればもっと良かったのだが。

 頭を勢い良く振って気を取り直し、闘志を再注入している日本代表の仲間から目を離してセンターラインの向こう側にいるブラジル代表を眺める。

 ああ彼らはもう逆襲の体勢を整えて、まるで剣を何本も突き立てられている闘牛のように荒ぶっているじゃないか。

 さすがに年齢は若くとも歴戦の強者だな、土壇場で失点したぐらいで気落ちしている選手は一人もいないか。 

 なあに相手がどれほど気合いを入れていても、ロスタイムを含め後五分を守りきればいいだけだ。そのぐらい軽いもんさ。



 時計の針よ加速して進め、さあ審判よ遠慮なく笛を吹け。

 ほんの数分前までの余裕は消し飛び、ブラジルのコーナーキックの場面で腕時計に視線をやる審判に対して必死に念を送るが通じない。

 審判は視線を時計からピッチに戻した。もう少しだけ試合は続行されるようだ。

 このまま終われば日本が勝利するという時に限ってロスタイムが異常に長く感じるものだが、それが世界大会の決勝でブラジルに追われているなら尚更体感する時間は長い。

 こんなに俺が焦燥感に苛まれているのも、ブラジルも残った体力の全てを振り絞るようにして猛攻をかけてくるからだ。

 攻撃に力を振り切ると、さすがにとんでもなく迫力があるぞブラジルって国は。

 ドリブルの名手を一人止めても、また後ろから他国のエースクラスのドリブラーがやってくる。シュートを一本防いでも、またどのクラブでも得点王になれそうなシューターがこぼれ球からゴールを狙ってくる。

 一瞬であっても俺達が気を抜いたら即失点は免れない。

 リードしているのがたった一点だけでは、いつか弾丸が出るロシアンルーレットを延々とやらされているようでディフェンス陣は精神的に消耗が激しいぜ。

 

 俺が得点してからは日本のサポーターが上げるのは「止めろ!」という怒号か悲鳴ばかりである。

 しかし、その苛烈な攻撃を俺達は一丸となって体を張って守りきっている。いくらなんでも、もうそろそろロスタイムも尽きるはずだ。……そうだよな?

 さっきからそう考えて自分を元気づけているが、自分を誤魔化せないほど疲労と焦りがつもっていく。

 さてこれが最後のセットプレイになるのか、ブラジルがコーナーからゴール前にキックした。

 だが敵にも残り時間が少ないのが影響したのか、慌ただしくボールをセットしてすぐさまゴール前に入れるが微妙に上がったセンタリングのコースが雑である。

 そのやや目的意識を欠いたコーナーキックは日本選手中最高峰のDFである武田がヘディングで跳ね返した。やるじゃないか武田。


 コーナーキックがゴール前からこぼれると一斉に日本ディフェンスは上がっていく。

 これはゴール前に残っている敵攻撃陣にパスが渡ればオフサイドの反則を取れるからだ。当然オフサイドを取られるのが嫌なブラジル選手も、そのラインを気にして魚が網に引っ張られるようにゴール前から引き上げられる。

 しかも日本のDFだけでなく敵味方が一遍に上がってくるので、例えルーズボールを拾った敵がいてもプレッシャーが与えられてシュートコースは恐ろしく狭くなるのだ。


 だがこの時ブラジルでこぼれ球を拾ったのはエミリオだった。

 背が低くヘディング争いではあまり役に立たないと、このゴールハンターは少しゴール前の混雑から離れていやがった。

 彼にマークで付くべき武田はその高さを買われてゴール前で壁となっていたのだから、どうもマークの受け渡しが上手くいかなかったようだ。

 しかし武田がいなければさっきのコーナーキックを防げたかは判らないので、これをミスと言えるかは微妙だな。

 こぼれ球を狙っていたのは俺も同じでゴール前にはいなかったが、ルーズボールの奪い合いでは彼に一歩遅れをとってしまう。

 鳥の目で密集具合を判断しても俺の方へ転がってくる確率の方が高かったはずなのに、なぜかエミリオの方へと弾かれるボール。

 これだから理屈抜きの狩猟本能を持ってポジショニングしている選ばれたFWは嫌いなんだ。


 ほとんどシュートコースがないにも関わらず、ボールを足下に収めると冷ややかな笑みでエミリオは唇の端を歪める。

 まずい。

 俺の位置からではエミリオの邪魔は出来ない為に、直接彼の元へではなく人波に逆行しゴール前に急ぐ。しかしそれよりも早くエミリオは行動した。

 ふわりと優雅な弧を描くループシュート。

 誰もがテンパっている場面でピッチの時間を止めるような柔らかいボールである。

 ブラジルの天才が計算し尽くしたコースに繊細なタッチで送られたボールは、ゴール前の混雑どころか日本のキーパーまで完全に通り越しそこから急激に落下する。

 いかん、あの軌道ではバーを掠めてゴールに入ってしまう。

 この状況で日本の選手がキーパーの後方にいるなど、少しでもディフェンスの知識があれば守っているはずない。

 何しろそんな場所にいればオフサイドが全て無効になるのだからブラジルを有利にするだけなのだ。

 だがなぜか今だけはキーパーの後ろに仁王立ちしている少年が一人いた。


「ワイが守備するのは国際大会の決勝戦だけやからなー!」


 おそらく日本代表メンバー以外には血迷い言をと一蹴される叫びを上げて、思い切りジャンプしエミリオのループシュートを頭で弾き返したのはうちのエースストライカー上杉である。

 バネのある彼のヘディングは角度をつけて落ちてきたボールへもなんとか届き、ヘディングに適した額ではなく頭頂部に当たるとふわりと打ち返された。

 こいつがまさか守備をするとは誰も想像すらしていなかったので、敵も味方も彼についてはノーマークだったのだ。

 しかし、FWである彼の守備知識の無さがここではプラスに働いたな。

 オフサイドラインを乱さないように規律正しく組織されていたディフェンスの隙を、素人が見事に防いでくれたのだから。

 でも多分まぐれにすぎないからもう無理するな。やっぱりこいつは敵ゴール前の方が似合う。


 止めてくれたかと一息も付かず、俺は上杉がヘディングで返したボールへと駆け寄る。

 上杉にとって勝手が判らないゴール前でのクリアはやはり曖昧で、弾き返したボールの行方は不確かだ。どうせ頭で止めるならキーパーに返すかいっその事ラインの外へ出してしまえば良かったのだが。

 いや、ぎりぎりで上杉の頭が届いたぐらいだからそこまでコントロールを求めるのは酷か。

 守備に慣れていない彼ならばゴールに入らないようにするだけで精一杯だったのだろうし、それで十分だ。

 しかしここで日本のDFがラインを上げて、僅かなりとも空いたゴール前のスペースへ走り込む影が俺以外にも一つ。

 鳥の目で状況を把握して、上杉がクリアするよりも先に動き出した俺と同じぐらい素早い反応を見せられるような奴は一人しかいない。カルロスだ。


 持ち前の快速を活かして瞬間移動したかのようにクリアボールに迫るカルロス。

 だが、ここで俺が彼の前に割り込んだ。

 へへ、確かにお前は速いよカルロス。俺の足なんか比較にならないだろうさ。

 でもな、俺は鳥の目と予測でお前よりもずっと「早く」行動していたんだ。

 例えカメでもスタート時間が早ければウサギが居眠りをしなくても競争に勝てるんだぜ!

 俺は頭でボールを大きくピッチの外に弾き出した。

 結局俺を追い抜けずボールに絡めなかったカルロスが歯軋りをしながら俺を見下ろすが、今だけはこの身長差が気にならない。

 ――よし、負けていない。俺はカルロスとだって互角に戦っているぞ。

 解説をしているはずの松永や世界中のサッカー関係者に向けて堂々と胸を張る。

 だが胸を張っているのは俺だけではない。もう一人、日本代表には褒めて欲しくてたまらない人物がいるようだ。

 

「はぁはぁ、まぁなんや決勝戦ぐらいはパスやら守備やら性に合わん事でもやってみたんやけど、ワイぐらいの才能があればぶっつけでも結構様になるもんやな」


 得意げに指で鼻の頭をこする上杉。だが彼に対する仲間の態度は、ピンチを救ったにも関わらず意外と冷ややかだった。


「良くやったな上杉。でも今回はたまたま上手く行ったが、守備を請け負っている俺には知らせてくれないとオフサイドラインが乱れるから困るぞ」

「ナイスディフェンスだったな。でもお前っていうカウンターの柱がいなくなると敵のDFが押し込んでくるから上杉は前線にいてくれた方がいいな」

「上杉がまさか守備をするなんて……そんな事をする奴とは思わなかったぞ。もう俺達らしくないプライドを捨てるような真似は止めた方がいいだろうな」


 救世主のつもりだった上杉もたじろぎながら反論する。


「な、なんや意外と不評やな。特に最後の島津から「誇りを捨てたのか、屑め」って感じの見下げ果てた目でダメ出しされるのはなんか納得いかへんで」

 

 上杉は引き締まった頬を膨らます。殊勲者なのに誰も褒めてくれないのが不服なのだろう。

 どうどう、なだめるように彼の背中を軽く叩いて落ち着かせる。


「確かに今回は助かりましたが、やっぱり上杉にはこっち側より敵陣に居る方が似合ってますね」


 俺からの援護射撃は上杉側への物ではなく、真田キャプテンなどのディフェンス側へ立っての物だった。

 ちょっと肩を落とす日本のエースストライカーに明智からも追い打ちがかけられる。


「上杉はもう守らなくていいっす。ブラジルにプレッシャーをかけるためにカウンター要員として敵ゴール前に残っていて欲しいっすね」

「了解」


 了承する声がユニゾンする。……え? なんで返事が重なってるんだ? 上杉と声を合わせて返事した者はすぐに判明する。


「いや、島津。お前は残れよ」

「俺に残って一体何をしろと?」


 心底不思議そうに首を傾げる少年に全員で突っ込む。


「守備しろよ、DFなんだから!」


 驚いたように目を瞬かせ、島津は深く頷いた。


「断らせてもらう」


 もうやだこいつ。


 そんなちょっとした幕間を挟みつつ、俺達日本代表はディフェンスに心血を注ぎ集中を高めて体を盾にしてゴールを守っていた。

 あの上杉までプライドを捨てて守備をしたんだから、石に齧り付いてでも勝ちたい。

 日本は攻撃的なメンバー構成だが、前線にカウンター要員を二人置いて残りの全員がゴール前の壁となる覚悟を決めていたのだ。

 まあ、そのブラジル陣内に残しているメンバーがFWとDFのコンビなのがちょっとだけおかしいが。

 とは言え俺や前の二人が狙っているのは守備だけではない。

 ボールを持てば、すかすかになったブラジルのディフェンスラインを切り裂いてスルーパス一発での追加点を奪ってやる。そうなれば追加点が決まった時点で終わりだ。

 敵もそれを察知してかなかなかディフェンスをがら空きにまではしない。

 よしよし、こんな風に警戒させて腰を引かせるだけでも効果はある。もちろん相手も前掛りにはなっているが、一番高さのあるクラウディオなどを上杉に張り付かせているだけでこのカウンターは威嚇としては十分だ。

 制空権のあるあいつが日本のゴール前にいれば向こうのパワープレイが一層脅威になってしまうからな……って、おいとうとうクラウディオさんまで日本陣内へお出ましですか。


 日本は反撃を企てながらも、やはりほとんどの時間はリスクを承知で本気になって攻めてくるブラジルを相手にしてはサンドバッグ状態になるのは避けられない。

 汗と土にまみれ、俺達はブラジルの攻撃を体で受け止めている。

 くそ、まるで決壊しかけたダムを全員で崩れないように押し返しているような報われない作業をしている気がしてきたぞ。どうか早く終わってくれ――。

 もうロスタイムに入ってから一時間が経過したのではと思うほど、走り回り体力を消耗し尽くしている。

 どんなに大きく息を吸っても酸素が足りない。息が荒くなるどころか酸欠で頭痛までしてきた。

 一歩ごとに芝が絡み付いてくるように足が重い。今にも足がつりそうでふくらはぎの筋肉がひくついている。

 サッカーが個人競技ならもうとっくにギブアップを宣言しているぞ。チームと日本を背負ってなければこんな厳しい戦いをやってられるもんか。

 

 頼むから早く終わってくれ。願いから懇願になりかけた時、ようやく待ち望んだ音が鼓膜に届いた。

 二度短くそして三度目は長い笛の音がピッチに鳴り響く。この試合の終了を告げる日本にとっては福音である。

 念の為に仲間と顔を合わせ「今の笛は終了の合図で間違いないよな?」と視線で尋ね合う。

 だが戦いに集中しきっていたメンバーが確認するより早く、ピッチに山形監督とベンチメンバーが駆け込んできた。

 ああ、間違いない。

 確信すると緊張が緩んだのか、視界が滲んでしまう。

 試合中はそんな事はなかったのに汗が目に入ってしまったんだな。くそ、駆け寄ってくる仲間の顔がよく見えないじゃないか。

 視覚ではなく、背中を叩かれ髪をぐしゃぐしゃにされる感触でようやく実感できた。


 ――俺達は世界一になったんだなって。

 

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