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やり直してもサッカー小僧  作者: 黒須 可雲太
第三章 代表フットボーラー世界挑戦編

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第七十七話 キャプテンの真価に驚こう

 ――これはミスキックだ。

 足が伝える感触から瞬時にそう悟ったが、蹴ってしまった以上俺に出来ることは少ない。後はもうボールの行方を天に祈り、どこへ行くか判らないこぼれ球を味方に押し込んでもらうという幸運を願うしかないのだ。

 他力本願のようだが、ゴールできるなら何だって構わない。


「リバウンドを拾ってくれ!」


 全力を込めたキックの勢いで、まだ空中に体が浮いたまま必死に怒鳴る。

 もし俺のシュートが完全にゴールの枠を外れてしまっていたら、そのまま敵のゴールキックになり日本のチャンスは潰えてしまっただろう。

 だがここでは俺と日本にまだ運があった。

 俺のミスは軸足が前に数ミリズレた結果である。いわゆるダフッってしまった状態なので狙いよりも弾道が低くなってしまう失敗だったからだ。

 俺の蹴ったフリーキックはブラジルの作っていた壁にまともにぶつかって大きく上へ跳ねた。同じミスキックでもプレイが途切れてブラジルのボールになる枠外へのシュートより、まだセカンドチャンスが続くこっちの方がずっとマシである。


 ベストショットではなくとも俺の全力で蹴ったブレ球を至近距離で頭に受けた壁役のブラジルDFは銃撃されたようにピッチへ倒れ、ボールは不安定な軌道で空中に舞った。すまん。一言だけKOした相手に謝り、謝罪はすんだとばかりすぐに彼の事は意識から消去する。

 ボールはペナルティエリア内ではあるが壁にぶつかって跳ね返ったため、ゴールから離れていく。こういう球筋になるとうかつにキーパーは飛び出せない。

 しかも味方DFが作った壁が彼が前へ出ようとすると邪魔になるのだからブラジルのキーパーはゴール前で大人しくしているしかないだろう。必然的に空中のボールを奪い合うのは手の使えないフィールドプレイヤー同士となり、激しく体をぶつけ合ったヘディングでの争いになる。

 こうなると平均身長が低く、しかも前線には高さより速さを特徴とするタイプを揃えた日本では厳しい。

 なんとかしてくれと願うが、ゴチャついた混乱の中からジャンプで頭一つ抜けだしたのは「サンパウロの壁」クラウディオだ。長身とバネを生かした高い打点のヘディングでルーズボールを大きくクリアする。

 高さだけではなくパワーも併せ持ったクラウディオのヘディングは大きく弾み、ゴール前どころかセンターサークルにまで届きそうな放物線を描いた。


 これは――マズイ。クリアされただけでなく敵の高速カウンターのきっかけにもなりかねない。

 なにしろ残り時間はもう僅かである。同点に追いつくのはおそらく最後のチャンスかもしれないセットプレイだったのだ。日本代表はほとんどの守備選手もブラジルゴールに上げていた。

 この状況下でクリアしたボールがもしカルロスのようなスピードスターにでも渡れば、今みたいにスペースの空いた日本陣内とがらがらの守備網では抵抗する余地もなく簡単に駄目押し点を奪われてしまう。

 俺も急いで飛んでいくボールを追おうかとしたが、焦る気持ちとは裏腹に体がついて来ずにつんのめり芝に膝を突いてしまった。

 畜生いつの間にかシューズが鉛に変化したみたいに足が重く、関節は錆び付いたみたいに軋んでいるじゃないか。ブレ球を撃つのにはただでさえパワーが必要なのに、残った体力の全てを注ぎ込んでシュートを撃ったせいで足に力が入らない。

 これではディフェンスには到底間に合わないとクリアされたボールの軌道を祈るように見守る。すると思わず安堵の吐息が洩れた。


 敵味方がブラジルゴール前で混雑していた中、その後方のぽっかり空いているスペースには真田キャプテンの堂々とした姿が陣取っているではないか。

 おそらく彼は自分一人だけで日本が捨てた自陣全ての守りを支える覚悟をしていたはずだ。それだけの決意をして長身で攻撃力のある武田など他のDFはブラジルのゴール前に上がらせたのだろう。

 その「日本は自分が守るんだ」という悲壮な決意がこぼれ球を引き寄せたのか、それとも長年代表のDFを務めていた経験なのかクリアボールが落ちてくる絶好のポジションで待っていてくれた。うん、これでクリアされた球はなんとか日本の物にできそうだ。

 よし、ではここからまた一から攻撃は立て直しだな。 


 だがここで目を疑う光景が。

 真田キャプテンがクリアされたボールに対し柔らかく胸でトラップすると、体が開かないように左肩を固めてしっかりとした壁を作りその場からのロングシュートを放ったのだ。

 日本代表の中でも彼以外のメンバーがシュートを撃ったのなら俺もこんなには驚かない。

 だが、これまで一緒に過ごした試合経験でも彼のロングシュートなど見たことがなかったからだ。真田キャプテンが撃ったシュートといえば、せいぜいがこれまではコーナーキックなどのセットプレイ時に長身を生かしてのヘディングで得点を狙ったぐらいしか記憶にない。

 だから俺はてっきり守備一筋だったアンカーの石田と同じで、真田キャプテンは決定力に欠けるから攻撃に参加しないのだと勝手に判断していたのだ。


 しかしそんな考えを覆す鮮やかな右足の一振り。フリーキックを撃った地点よりも離れた場所からの意表を突いた一撃だ。

 真田キャプテンは日本代表の中でシュートの名手として挙げられる上杉もかくやという豪快なロングシュートを放つ。

 鋭い回転のかかったボールは綺麗な弧を描きブラジルゴールを襲った。

 鮮やかな軌道を見せるシュートはゴール前で密集する敵味方の選手達を越え、ブラジルキーパーの伸ばした手までかいくぐりゴールの隅へと突き刺さる。

 一瞬スタジアムがゴールネットをボールがこする音が聞こえるぐらいに静まり返り、直後に大歓声が沸き起こった。

 特にもう時間がないために俺のフリーキックが入らなかった時点で敗北を覚悟していたのだろう日本のサポーター席は凄い騒ぎだ。爆発するような拍手と喜びの叫びに加えて大きな日の丸が狂ったように大きく左右に振られている。

 いや日本のサポーター席だけではなく、スタジアムそのものが大音量のあまりに揺れているような印象だ。俺でさえも自分の体が震えているのかピッチが揺れているのか判別できない。


 それにしても代表のキャプテンにまでなる人間は凄い。

 俺は鳥肌を立てながらこれまで真田キャプテンを過小評価していたと痛感する。この人はシュートを撃てないんじゃなくて、自分は攻撃せずに守りに力点を置いたほうが日本に利すると考えていたから自分が攻め上がるのを控えていたんだ。そしていざという場合に伝家の宝刀を抜いた訳か。

 能ある鷹だったと言うべきか敵を騙すにはまず味方からと言うべきか、ブラジルディフェンス同様俺もすっかり欺かれていた。

 真田キャプテンもこれまでシュートを撃ったというデータのない自分に対してキーパーが注目してないと判断したから、あれだけのロングシュートを撃ったのだろう。予選と決勝のタイムアップ寸前までかけて日本のキャプテンが仕掛けた罠にブラジルは見事に嵌ってしまったのだ。

 

 信じられないようにゴールの中のボールを凝視していた俺達日本代表のメンバーは、近くの選手どころか日本ゴールを守っているキーパーまでもが一斉に真田キャプテンの下へ駆け寄る。

 そしてここでようやく高らかに鳴らされる得点と後半の終了を同時に告げるホイッスル。

 うわ、どうやら俺が思っていた以上に残された時間は切羽詰まっていたみたいだな。ちらりと時計に目をやりとっくに試合時間がロスタイムを数分過ぎているのに冷や汗を流す。

 しかし殊勲のゴールを挙げて延長戦の扉を開いた真田キャプテンは、サポーターの声援に応えたり観客に自分の力をアピールするより先にやるべき事があったようである。礼儀正しく人に合わせる傾向のあるキャプテンがここでは珍しく自身の感情を優先させた。

 サポーターの声にも走り寄ってくるピッチ上のメンバーにも目もくれずに、自分の撃ったシュートがゴールしたのを見届けた途端真っ先に日本のベンチに駆け寄ったのだ。そしてベンチの隣のスペースでまだ横たわったままで試合を眺めていた少年に近づいた。


「どうだ石田! 任せておけって言っただろう!?」

「ええ、キャプテンなら絶対にやってくれると信じてましたよ」


 きつく手を握り合う真田キャプテンと石田。

 日本代表でずっと報われにくく黒子役の目立たない部分を背負ってきた二人だが、その分お互い対しては親近感と長い間に培われた硬い絆があったらしい。

 ここ一番でやってのけた大仕事に興奮が冷めやらないにも関わらず、まず真田キャプテンは怪我で離脱した戦友への「約束をはたしたぞ」という報告を優先したのだ。

 そこに他のメンバーもやって来てベンチ前がぐちゃぐちゃになる。


「ワイだってキャプテンはやってくれる男やと信じてたで! ただアシカにはあのフリーキックで決めるか最悪でもワイにアシストしてくれるちゅう期待は裏切られたけどな」

「いや全部お前にアシストするのはさすがのアシカでも無理だろ。もっと優先しなきゃいけない義理のある先輩の俺もいるし」

「俺だって石田に劣らずキャプテンを信頼しています。ですからほら、いつも守備は全面的に任せて右サイドを戻ってこないでしょう?」

「いや島津のは真田キャプテンを信頼してるってよりディフェンスを丸投げだよな!」

「それ以上突っ込むのなら、優勝後のインタビューで日本代表のキャプテンのドン・ロドリゲスは頼りになったと答えてしまうかもしれんと警告しておこう」

 

 真田キャプテンと石田だけではなく、日本代表メンバー全員が入り乱れての冗談交じりの会話に花が咲く。時間ギリギリで敗北を免れたのだから喜びを爆発させるのは当然だろう。 

 だけど俺はその輪に加われなかった。

 別にフリーキックが入らなかったからと拗ねている訳ではない。

 ただ単にベンチまで走って行くのが辛かっただけだ。


 俺は足を怪我したのでもないしトラブルが起こったのではない。延長へ持ち込んだと喜んでいる皆にわざわざ告げて水を差す必要もないだろう。

 試合開始からアクセル全開でプレイしてきた俺の体は、完全にガス欠となってしまっているのだ。

 完全にスタミナが尽きて歩くのさえも億劫になっているが、すでに日本は交代のカードも使いきっている状態だ。だから俺を交代させるのは不可能である。きっとこの歩くのもきつい状態で延長戦が前後半を合わせて二十分も残っているけどなんとかなるさ。……たぶん。

 日本代表が湧いている中、俺一人だけがどこか引きつった表情をしていた。

 

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