表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
やり直してもサッカー小僧  作者: 黒須 可雲太
第三章 代表フットボーラー世界挑戦編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

214/227

第七十六話 自分の仕事を頑張ろう

「石田の具合はどうっすか? あいつ何でも我慢しちゃうっすけど、本当に大丈夫っすかね?」


 ベンチ前から最後に帰ってきた真田キャプテンに対し、明智が真っ先に口にしたのはついさっきまで中盤の底でコンビを組んでいたアンカーの石田の状態についてだ。相棒が負傷欠場となったのに動揺を隠せないのか、明智の視線は落ち着かな気にちらちらと日本ベンチへ注がれている。

 今こんな風にイレブンが集まって話せているぐらいにプレイが途切れているのは日本がゴールしたからだ。

 石田がカルロスからボールを奪った直後に、彼が止められるとは思ってなかったのか僅かに緩んでいたブラジルディフェンスを裂いての日本が高速カウンターが成功した。

 石田と明智のアンカーコンビを経由してからの俺が出したラストパスはやはりこいつしかいないと上杉へ回る。執拗なクラウディオのマークに苦しんでいた上杉は、中央へ切れ込んでいた馬場を壁役にして相手をかいくぐり強引にねじ込んだのだ。得点する才能というよりも「何が何でもゴールする」という執念のシュートが決まり、日本は一点差に追いついた。


 だが得点した事についての日本代表が躍り上がって喜ぶアクションは、ゴールしてから石田がカルロスによってベンチに運ばれているのに気がつくまでの短時間で終了している。

 すでに交代要員の新しいアンカーが入っているためにこの試合での石田の復帰はないと判っているが、これまでずっと試合中に黒子役として皆の代わりに汗をかいていてくれた地味な少年をチームの全員が頼りにしていたのだ。だからこそ彼の容態が気にかかる。


「ああ、意外と元気で大丈夫そうだ。この試合は無理でもすぐにまたプレイできそうだったぞ」

「おー、良かったやないか」


 大仰なリアクションで胸を撫で下ろすのは先程得点した上杉だ。彼のように守備に気を使わないように見える少年でさえ背後を守る石田の事を心配していたらしい。


「……でも石田さんのためにも負けられませんね」

「ああ、勿論だ」


 俺がぽつりと漏らした言葉に力強く答える真田キャプテン。これまで守備陣にはキャプテンシーを発揮していたが、攻撃面に関しては俺達アタッカーに任せてあまり口出ししてこなかった。だが今回はちょっと彼の様子と迫力が違う。


「石田の為にも絶対に勝つぞ!」 

「おお!」


 真田キャプテンの力強い檄に、日本代表の全員が腹の底から返事をした。



 石田のためにも絶対追いつこうと日本の士気は最高潮だが、ブラジルボールのキックオフからの再開である。

 しかも残り時間が五分を切った段階で一点リードしているブラジルはどうやらもう無理な攻撃はするつもりがないようだ。

 これはおそらく向こうの監督の指示だろう。これまでは二点差のセーフティリードがあったから選手のわがままも認め、好きに攻めさせていた。だが一点差に迫られ残された時間もない状況では、甘さを捨てて勝負に徹するためにこのままのスコアでの逃げきりを目指しているのだ。

 前線にはカルロスとエミリオといったスピードと決定力を合わせ持つ危険なコンビを残し、他のメンバーはまずしっかりと守備のブロックを作ることを優先している。


 こうなると日本も攻めあぐねてしまう。何しろただでさえ技術が高く身体能力に優れた選手が多いブラジル代表なのだ。それがただ勝利するためだけに、本来ならば彼らが嫌っているはずの一番「堅い」方法を使ってきたのだから。

 このブラジルが敷いた堅牢な守備陣を破るためには一筋縄ではいかない。攻撃にかける人数と時間が必要となってくる。

 しかしこちらの攻撃の枚数については、ブラジルのエースコンビが日本ゴール前で張っているために制限されこれ以上は割けない。そして残り時間の方は――後三分かよ。後半は得点が多く入った分ロスタイムが長いとしてもそろそろ追い付かなければいけない時間帯だ。

 しかし、どうすればいい?

 焦りばかりが募ってくる。

 上杉はフィニッシュでしか役に立たず、山下先輩にはマークが張り付いている。左サイドの馬場に対してはもうカットインはさせないとブラジルの右サイドバックが付きっきりである。俺の背中にも密着マークしているのが一人と、その後ろには抜かれた場合のフォロー兼中盤のスペースを穴埋めする為の人材までが用意してあるのだ。

 ここはこいつを使うしかないか。

 珍しく下がって自分の守備位置にいる島津へ「上がれ」と合図を出す。


 元々島津がサイドバックのポジションにいたのは守るためではなく、前線に出るとマークがくっつくのを嫌ったためと助走距離をとってのトップスピードで突破するためのものだ。今だってマーカーから距離を取るために下がっていたにすぎない。

 つまりここでオーバーラップを促すと、自陣で目一杯弦を引き絞った状態から島津という矢が発射されるのだ。

 

「行け島津!」

「合点、承知!」


 ブラジルが守っている右サイドの直前にパスを出す。ボールの落とされた位置までの距離は島津とブラジルの守りもほぼ変わらない。だが島津はすでに助走を終えてトップスピード、守備のために腰を落としている敵DFとではボールを拾う対決では勝負にならない。

 相手もそう考えたのだろう、俺からのパスをカットしようとするのではなく逆に一歩下がって自分の後ろのスペースを消す。

 そこで抜きにかかるのを躊躇するようなら島津ではない。敵がこないならこっちから行くぞと更にテンポアップしてDFラインを引きちぎろうとする。

 テクニックの勝負ならば本場仕込みのブラジル代表にはかなわない。だがこういった一瞬の切れ味対決だと島津は真価を発揮する。


 迷いを一切見せずに突っ込む島津に対し、逆に相手のDFの方が逡巡したようだ。

 あまりに真っ直ぐにフェイントの素振りすらなく正面から向かってくる島津にこれは罠ではないかと疑ってしまったらしい。

 そう俺が考えたのは、この対決は島津がいきなり縦からゴールへ方向転換した時に一発で決まったからだ。相手DFが島津の気迫に飲まれ自分の後ろに抜かれることだけはすまいと硬くなったのを確認してからカットインしたらしい。

 その鋭いターンについて行けないブラジルDF。

 もともと加速度のついた島津と腰が引け気味だったDFでは相対速度が違う。縦を切っていたマークから離れ、敵の密集するゴール前に臆することなく突っ込む島津。

 ブラジルの最終ラインも油断はしていなかったが、まさかど真ん中に飛び込んでくるとは思わなかったのだろう僅かに対処が遅れる。

 特に対応能力に優れたクラウディオは上杉にかかりきりで島津の面倒はみる暇はない。


 そしてブラジルはここまで圧倒的な勝利が多く、守りを固めるような展開の試合がなかったことが裏目に出た。

 ワントップという守備的にも思えるフォーメーションを採用しているブラジルだが、実は暴走左サイドバックのフランコを入れている辺りからも判るようにメンバーには攻撃力のある選手が多い。

 しかも逃げきろうとする割に、後半の頭にカルロスとエミリオを入れたおかげで守備専門の選手を加入させることができなかったのだ。

 完全に構築されていたはずの守備ブロックの中に、突然飛び込んできた異物に対し思わず過敏に反応してしまう。

 

 島津の小さな体がカナリアイエローのユニフォームの波に飲まれた。姿を消したと思ったら審判の笛が会場内に響き、一拍遅れて大歓声が湧く。

 ブラジル選手が引いた後の芝の上では腹ばいに寝ている島津は、そのままの姿勢でぐっと拳を握りしめている。

 島津の足を引っかけたブラジルのファールにより、日本がゴール前のいい位置からのフリーキックを得たのだ。


「ナイスチャレンジだ島津!」

「当然だな、これが俺の仕事だ」


 差し伸べた手を握り返し、力強く島津は答える。


「そしてここからはアシカの仕事だろう」

「――ああ、そうだな」


 直接ゴールが狙える位置からのフリーキック。これまではこのぐらいの距離と角度ならば俺が最も多く撃たしてもらっていた。しかしこの世界大会決勝の舞台で、しかも残り時間は……ああもうロスタイムに入りそうな時間帯じゃないか。これは絶対に外せない、実に痺れる場面だぜ。

 集まろうとした仲間に手を振りさっさと散れと合図する。

 こういった態度が年下のくせに生意気だと思われるの原因なのかもしれないが、今は何より時間が惜しい。

 大体この位置からのフリーキックならば直接俺が狙うしかない。つまり他の選手とはほとんど話し合う余地は残っていないのだ。ならば俺のそばにいるよりもこぼれ球を拾いやすいポジションで早く準備してもらった方がいい。


 目を瞑り自然とスタジアムにあるはずの全ての音が遮断されるぐらい神経を集中する。

 俺のイメージする世界の中にあるのはボールとゴールだけである。間に存在しているはずの壁やキーパーなどの遮蔽物は、どんな対策を練ろうと俺が完璧なキックをすれば邪魔になりえない。

 セットプレイのキッカーは、蹴る瞬間だけは試合中なのに敵ではなく自分と戦っているのだ。


 自分の呼吸音だけが響く静かな俺の世界に唯一外部から干渉を許していた笛の音が届く。

 いつもと同じリズムとタイミングで助走し、最後の一歩は強く踏み込む。

 一流のフリーキッカーは、インパクトの瞬間にその蹴ったボールが辿る未来の軌道が見えるという。

 おこがましいかもしれないが代表チームでフリーキックを任され、そのチームが世界大会の決勝まで勝ち上がってきたのだから俺もその一流の端くれに居ると言ってもいいだろう。

 だからこそ判りたくもないのに理解してしまう。

 スタミナが尽きて僅かに萎えた軸足がほんの少しだけ芝の上を流れ、イメージと違うキックの感触となってしまった結果を。

 

 ――これはミスキックだな、と。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ