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やり直してもサッカー小僧  作者: 黒須 可雲太
第三章 代表フットボーラー世界挑戦編

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第七十二話 踊る子供に注意しよう

「エミリオを止めろ!」


 俺達前線の喉も破れよというぐらい力を込めた絶叫は、ピッチを覆う歓声の中でもなんとか日本のDF達に届いたようだ。

 カルロスといったトップ下がいつものポジションにいないブラジルは、攻め手としてはFWのエミリオへのロングパスを放り込むぐらいしかない。

 そこまではこっちも予想していた。そのために今のエミリオにはマークがきちんと二枚ついている。これまでのブラジルが奪ったゴールは、全てカルロスからの鋭いアシストパスが起点となってフリーのエミリオにフィニッシュまで持って行かれていた。

 だからこの大雑把なパスに対しても守備組織がしっかりまとまり、FWのマークが外れていない状況ならばそう簡単には得点されたりしないはずだ。

 この見解は間違っていたとは思わない。ただ例外を設けておかなければならなかったのだ――ただし相手FWが天才の場合を除く、と。


 ブラジルDFからのやや正確さを欠いたパスをいち早く受け取ったのはエミリオだ。

 本来ならこいつにはボールにも触れさせないのが最善なのだが、彼についている二人はパスカットより対人プレイ得意なセンターバックの屈強なDFである。エミリオに抜かれないよう、シュートを撃たれないようにとディフェンスしていれば自ずと彼とゴールの間に立つような位置関係になる。

 これでは後方からのロングボールを事前にクリアできなかったからといって責められない。彼らの目的はパスを遮断する事ではなく、エミリオにシュートさせない事なのだから。

 なにしろこの段階ではブラジルのアタッカーは彼一人に対し、守る側の日本はセンターバックが二人にバックアップ役として真田キャプテンまでいたのだ。じっくりと待ち構える体勢になるのが一番リスクが少ないはずだった。


 それでも人数が揃っているからと気を抜かず、俺と島津の叫びに最終ラインは警戒感を強める。

 エミリオはボールを持つとその場で身軽に反転し、日本のゴールを窺う。

 だがその時にはすでに武田と途中出場のDFがきっちりシュートコースを消している。更には真田キャプテンが二人が抜かれた場合に備えながら距離を詰めてきているのだ。普通のFWであれば即座にバックパスし援軍を待つしかない状況である。

 しかし、このブラジル産のゴールハンターはいい意味でも悪い意味でも普通ではなかった。


 ほとんど三対一で不利な勝負になるのを理解してなお嬉々として守備網が待つペナルティエリアへと突入してきたのだ。

 ここまでエミリオの行動はブラジルにとって悪い意味で普通ではない。状況判断のできないFWはDFの獲物になるしかないからだ。しかし客観的には愚行なはずなのに、自身の持つテクニックで予想される結果をひっくり返して見せるのだから質が悪い。

 日本にとって悪い意味で普通でなかったのは彼の細かいタッチのドリブル技術の高さだ。これほどのテクニシャンのFWには決勝まで勝ち上がった日本の最終ラインもこれまでお目にかかった事がなかったのである。

 ドイツの「新型爆撃機」はもっと無骨でゴールに直結する技しかなかった。スペインの酔いどれはMFで生粋のゴールハンターではなかった。ペナルティエリア内で、日本が最終ラインを任せている三人がかりでもボールを奪えないどころかエリアから追い出せもしないなんてことは今まで一度もなかったのだ。


 囲んでいるDFより一回り小さく細い体が小刻みに、しかもリズミカルに楽しげにステップを踏む。

 

「あいつペナルティエリア内で踊ってやがる……」

「ああ、あれぐらいはやるさ。このオレが認めたFWだぞ」


 無意識に呟いてしまった言葉にまだ隣にいたカルロスが答えた。こいつが認めるほどの才能なのか……、そこまで考えてはっとした。感心している場合じゃないだろう。


「石田さんに明智も守備に戻りますよ!」


 俺の声にあまりに鮮やかなエミリオのダンスに見とれていた二人が再起動する。ここからでは日本の最終ラインでの戦いに参戦するのは間に合わなくとも、エミリオが踊っている時間を使って一斉に押し上げ始めているブラジルの攻撃陣を牽制するぐらいの事はできる。

 自分のできる事をやらずにディフェンスを頑張っている仲間を見殺しにするわけにはいかない。

 だが俺達が戻るより早く、審判の吹く笛によって試合が止められてしまう。


 得点を認める響きではなく、反則があった時の笛の音だ。

 おそらく試合会場全てからの視線が注がれる中、審判が途中加入した日本のDFにイエローカードを示すと少し体を捻りペナルティスポットを指さす。

 カードを突きつけられたDFは「反則なんてやっていない」と必死な表情で詰め寄るが、その体を武田に後ろから抱えこまれて暴れそうなその行動を抑えられている。確かにこれ以上興奮した状態で乱暴な抗議すると警告が累積して退場させられかねないからな。

 そしていつも冷静な真田キャプテンが審判とファールを取られたDFの間に立ち、作り笑顔で今のジャッジに間違いないのかと確認をしている。


 俺の鳥の目による状況確認では、エミリオの誘うフェイントに引っかかってついDFが足を出した瞬間に、狡猾なブラジルのストライカーがタイミングを見計らってわざとその足に引っかかって転んだようだった。

 しかし一度下された判定はまず覆らない。それにエリア内でボールを持ったFWの足にDFの出した足が触れたのも事実だ、微妙な判定だがミスジャッジとも言い切れない。

 あのDFは途中加入だっただけに、いきなり世界最高クラスの技術とハイテンポのドリブルについていけなかったようだな。交代直後に時々ある流れに乗り損ねた状態だろう。

 アップで体は十分に暖気していたはずなのに、テンションの差やこれまでの試合展開を経験しているか否かで、周りの選手に比べ精神的に一歩引いている分反応が遅くなってしまう事があるのだ。

 どうやら試合の流れに乗る前に、エミリオのリズムに飲まれてしまったか。

 クリーンではないが貪欲にゴールを狙うエミリオ。彼には才能だけではなく、子供の頃からブラジルのストリートサッカーで磨かれた反則すれすれの行為を審判にバレずに行う狡賢さ「マリーシア」があった。

 その狡賢い点取り屋は審判が反則だと笛を吹くまでは、ぐったりとピッチに転がっていた。

 DFに比べ一回り小さな体が同情を誘ったのかは定かではないが、現金な事に笛が吹かれPKが確定した途端走ってボールを確保に動いたのだから肉体的なダメージそのものについては心配いらないようだ。


 ボールを抱えて元気一杯にペナルティスポット前に立ち、今か今かとPK開始を待ちわびて陽気な笑みを浮かべているエミリオに苛立ちが募る。

 そりゃ、ルール違反はしてないけど少しぐらいは悪びれればいいのに。


 日本代表とベンチメンバー、それにプラスして会場内の日本を応援するサポーター全員がエミリオへ向けて「外せ外せ」と呪いの念を飛ばす。

 緊迫した空気を切り裂き、審判の笛が響く。同時にキーパーが両手を叩き、大きく広げた。その威圧感は彼の体が倍に膨らんだようでゴールが小さくなったようにさえ感じさせる。

 エミリオはえくぼを作ったままでモーションに入ると鋭く右足を振り抜いた。

 彼の蹴ったボールは日本のキーパーが飛んで無人になったど真ん中へ柔らかな軌道を描く。まるで子供がふわっと宙に優しく放り投げたようなシュートでこの重大な場面でのPKを決めたのだ。

 キックモーションはそのままでタイミングにボールの速度とコースを足首だけで完全にコントロールしている。傍目には素人が蹴ったシュートに見えるかもしれないが、地味ながらハイテクニックである。

 ゴールネットを揺らす逆転されたゴールの音はほんの僅かで、俺の耳に届く前にブラジルサポーターの上げる大歓声にかき消されそうなほどだった。


 神経を尖らせてヤマを張り、エミリオのキックするタイミングに合わせて飛んだうちのキーパーを小馬鹿にしたようなシュートだな。

 誇らしげにピースサインのように指を二本突き出した右手を掲げるエミリオ。どうやらあれは「二点獲ったぞ」というアピールらしい。さっき同点に追いついた時もこれをやろうとしたんだろう、今度こそそのポーズがとれてご機嫌なのか満面の笑みを浮かべている。

 さっきのちょっとインチキ臭いPK奪取といい、エミリオは完全にリラックスしてプレイしていやがる。これが俺達の年代でブラジル最高、いやもしかしたら世界最高の点取り屋な本来の持ち味なのか。カルロスみたいな剛の凄さではなく柔の上手さを持っているタイプである。

 この二人のコンビは本当に厄介だ。完全に抑えきるのは厳しいぞ。


 少しだけ弱音を吐きたくなった俺はベンチを伺う。

 そこには失点の動揺を微塵も表に出さず、毅然とした態度でブラジルゴールを指さす山形監督の姿があった。

 本当ならあんたが一番頭を抱えていたいだろうに、意外と肝が据わっているじゃないか。

 指揮官が堂々としていると、下の人間は落ち着くものだ。まだエミリオにしてやられた感が強い日本代表だが、監督の姿を見て徐々に混乱が収まってきた。

 確かに今の失点は痛いが、あれはエミリオの個人技と演技にやられただけで組織としてのミスではない。勝ち越されたからといって同点にされた後に選んだ日本の攻撃態勢を変えるより、更に強めるべきだ。

 最低でも後一点取って同点にしなければ、延長戦やPK戦にまでも持ち込めないのだから。


 今日の試合が厳しいのも敵が強いのも覚悟していたはずだろ? 前半の楽勝ムードに腑抜けてしまっていたかな。これは世界大会の決勝戦、俺達の年代でサッカーが一番強い国を決める試合なのだ。このぐらいの苦境は予想してしかるべきだったんだ。

 うん、そうだな。だから落ち着いて冷静に、うちの守備陣を虚仮にしやがったブラジルをボコボコにしてやる。

 失点したがまだ一点差だ。この日本代表がこれまでどれだけリードされた試合を逆転した来たと思っている。却って追いかける展開の方が慣れていてやりやすいぐらいだぞ。

 俺達日本代表の士気は逆転されたにも関わらず、未だに高いままだった。



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